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第三章 平民ライフ出張編

54.彼は彼女の提案を喜ぶ。

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(side ラディンベル)
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 視察が終わり、俺たちも通常業務に戻った。
 もうすっかり、商会とお弁当屋さんを行き来する毎日だ。

 視察では、失言を繰り返した護衛にはムカついたし。
 復讐する予定だったと聞いたときは睨んでしまったけれど。
 ―――もし、リディに手を出されてたら容赦はしなかった。

 最終的には反省したようだし。
 サティアス邸の庭の整備が進んだらしいから、まあいいか。
 まさか、謹慎代わりの処遇が雑用だとはあの護衛も思わなかっただろうな。

 その護衛の件と殿下の突撃以外は特に問題もなく。
 視察は順調に進んだし、ルドルフ様も勉強になったと言ってくれたから。
 俺たちのもてなしも上出来だったんじゃないだろうか。

 ただ、リディとルドルフ様が意外に仲良くなっていたのは想定外だ。
 ふたりにその気がないことなんてわかってるけどね。
 ルドルフ様がレンダルの人で本当によかったと思う。
 近くにいたら、ライバル視していたところだよ……。

 ―――それにしても。
 今回の料理は、大蒜と生姜のオンパレードだったけれど。
 改めて気にして食べると、本当にいい仕事をする食材たちだよね。

 餃子なんか、初めて食べたけれど。
 あれはやばい。リディが作る料理の上位に入るくらいに嵌まった。
 殿下も相当気に入っていたと思う。

 ただ、ひとつ不思議だったことがあって。
 リディも餃子でテンションが上がっていたから好きなんだと思う。
 なのに何で今まで作らなかったのかな?

 そう思って聞いてみたところ。

 かなり大蒜を使っているから、匂いがつくことと。
 ―――そういえば、殿下にも帰る前に浄化魔法をかけて歯磨きも勧めていた。
 なんなら、それをしないとお妃様に離縁されると脅してもいた。

 実は、作るのが結構面倒だってことを教えられた。

 確かに肉のミンチも大量に必要だし。
 ひとつひとつ皮で包んでいくのも面倒だよね。

「今度は俺も手伝うから、また作ってね」
「ふふ。ありがとう。餃子、気に入ってくれたのね」
「うん。すごくおいしかったよ。あれは嵌まる。今度は、肉をミンチにするのは俺がやるし、包むのもがんばるよ」

 俺は気合を入れてそう言ったんだけど。
 リディは、何故か考え込んでしまった。

 やっぱり、俺の料理の腕は信用ならないんだろうか。
 そりゃ包むのは上手にできないかもしれないけど。
 ミンチなら何度も作ってるし、大丈夫だと思うんだけど。

 なんて考えてたら、思いもよらなかったことを言われた。

「ねぇ、ラディ。そろそろ、また、やらかしてもいいかしら?」

 ん?やらかす?
 第二回餃子パーティーを開くってこと?

「お肉の販売方法のことでね、考えていたことがあるの」

 ああ!リディの前世知識からの思い付きか!
 なんだ。そんなの、全然やらかしでもないし、歓迎するけれど。

「肉の販売にも何か秘策があるの?」
「秘策ってわけじゃないんだけど。部位販売をしたらどうかと思うのよ」

 部位販売?とは何ぞや。

 詳しく聞いたところによると。
 肉は、部位によって結構特徴があるらしい。
 赤身部分に霜降り部分。脂が少ない部分もあれば筋が多い部分もある。
 そういった部位によって、調理方法も変わってくるから。
 最初から分けて販売したらどうか、という話だった。

 そう言われて、我が家の肉を思い起こしてみたけれど。
 たぶん、肉を売るときは単純に切り分けているだけだ。
 鳥だったら一羽丸々か、半羽。
 牛や豚も、重さだけが基準で、部位なんてものは気にされていない。

「ステーキ用とか煮込み用とか、料理に合わせて売ったら買う方も便利だし。余った部分とかはミンチにするの。ミンチを作るのも大変だから、最初からミンチにして売ったらすごく喜ばれると思うのよ」

 なるほど。それは、確かに喜ばれるね。
 しかも無駄がない。

 ああ、そっか。
 さっき考え込んだのは、俺がミンチ作りをするって言ったからなのか。
 リディは今回は特に沢山作っただろうから、大変だったのを思い出したのかな。
 だからミンチ作りを何とかしたいと思ったのかもしれない。

「部位によって値段も変えるの。希少部分は高くしたり、端物は安くしたりして。切り分ける手間賃も上乗せすると今よりも少し高くなっちゃうかもしれないけど、本来自分でやる作業をやってもらうんだから、それくらいはいいわよね?」

 なるほど、なるほど。
 手間賃を吹っ掛けなければそこまで高くはならないだろうし。
 楽ができて料理に合う部分だけを買えるなら、購入者はうれしいはずだ。

 それに、売る方だって。
 まとめて売るよりも、小分けで売ったほうが結果的には儲かるんだよね。

「それは、すごくいい販売方法だと思う」
「そうよね?ラディのおうちでも取り入れられるかしら?」

 うちのことまで考えていてくれたなんて。
 リディは本当にいい子だよね。
 こんな奥さん貰った俺、本当に幸せ者だと思う。

 今回の提案は、実家にとっては物凄くありがたいものだ。
 すごくうれしい提案だけど。
 うちに提案する前に、やっておかなくてはならないことがある。

「それはもちろん。話したらすぐに飛びつくと思うよ。でもね、この話、うちに話す前にこの国でやらないと、陛下やデュアル侯爵が拗ねちゃうと思う」
「え、そこまで凄いことじゃなくない?それに、商会は絡まないわよね?」
「凄いことだよ。みんなの生活が便利になるんだから。それに、商会はいくらでも関われるよ。販売方法の提供だけでもマージン取れるし、部位ごとにレシピを付けたら、それこそ儲かる」
「ええ?そこまでお金にするの?ラディ、がめつくなったわね?」

 なんだと?
 リディにそう言われるのはちょっといただけないけれど。
 でも、商売に関わるようになってからよく思うんだよね。

 技術や情報っていうのは馬鹿にできない。
 目に見えないけど、それが肝になってることが物凄く多いんだ。
 お金にするのは、儲けたいというよりは価値を示すためなのだ。

「そんなことないよ。リディだって情報を切り札にするでしょ?」
「それはそうだけど。部位販売まで商売にしようとは思ってなかったわよ?」
「それはわかってる。でも、それくらいの情報だってことは、理解してね?」
「そっか。本当に、この世界はいろいろ遅れてるわよね」

 俺からしたら、リディの前世が進みすぎてるけどね。

 とりあえず、まずは侯爵に連絡を取らないと。
 リディには、簡単に部位販売についてまとめてもらったほうがいいよね?
 なんて考えてたら。

「あ!商売にできること思い付いたわ!」

 今日のリディは絶好調らしい。

「骨やガラでスープを作るのよ!」

 骨まで使うなんて、牧畜業からしたら本当に無駄のない売り方だよね。
 それはとってもありがたい提案だし、商会だって関われる。

 更に聞けば。
 スープのままでは保存が大変だから水分を飛ばして粉末状にするのだと言う。
 そうすれば、容量も小さくなるし、保存も効きやすくなる。
 しかも、その粉末をお湯に溶かせば元のスープに戻るというから驚きだよね。

「粉末スープなら売れそうよね?」
「そりゃ、そんな便利なものがあれば売れるけど、そんなことできるの?」
「前世にはあったから、できるはず。ちょっと試作してみるわ」

 リディの前世は本当にすごいね。
 今は骨からじっくり煮だしてるから、めちゃくちゃ時間がかかってるけど。
 そんな粉末ができるなら、どの家でもおいしいスープが簡単に作れる。

 これは、本格的に侯爵に話を通さないと。

 リディは忙しくなっちゃうけど、簡単な企画書と粉末スープを作ってもらって。
 俺も手伝えることは手伝おう。

 そう意気込んでいたら、リディからあるものを作ってほしいと頼まれた。
 今回の件には関係なさそうなものだったけど、リディが欲しいというならば俺は作るのみだ。

 そうして、またしてもお弁当屋さんになかなか行けない日が続いたけれど。
 新たな提案の為の準備に勤しんだ俺たちは。
 万全を期して、サティアス邸に乗り込んだ。

 提案相手は、毎度のデュアル侯爵と義両親だ。

「今度は何かな?」

 デュアル侯爵がそう言うのも無理はないよね。
 俺だって、リディが何か思い付いたときは、正直そう思う。

「元々は、ラディのご実家に提案しようと思っていたのだけど」
「うちだけのものにするには勿体ない話なのでご提案にあがりました」
「グラント家は、牧畜業がメインだったか」
「そうなの。それで、お肉の部位販売と粉末スープをね、考えたのよ」

 リディがそう言って、企画書を皆さまに配って。
 俺に話してくれたことを、同じように説明した。

 企画書にはミンチを作る機械まで描かれていて。
 リディってばいつの間にこんなものまで考えてたんだ、と驚いたけれど。

 今回は実際に部位ごとに分けた肉も用意したから、更にわかりやすい。
 牛や豚の肉は、ステーキ用、煮込み用、焼き肉用、薄切り肉なんかがあって。
 鳥も部位ごとに切り分けて、牛・豚・鳥、それぞれのミンチも用意してある。
 
 そして。

「説明だけではわからないと思うから、実際に食べ比べてもらおうと思うの。出来立てをお出しするから、お庭に出てもらってもいいかしら?」
「庭に?厨房じゃなくて?」
「煙がすごいのよ。だから、お外のほうがいいと思って」
「え、リディアちゃん、大丈夫なの?火事にならない?」

 義母上からの不安そうな声も尤もなんだけど。
 俺も、最初はびっくりしたしね。
 でも、これがまためちゃくちゃおいしいんだ。

「大丈夫よ。それに、見てもらえばわかるから」

 そう言って、皆さまを庭に連れ出して。
 リディは焼き鳥の焼き台をセットした。

 そうなのだ。
 リディは、部位の違いの説明のために俺に焼き鳥を作ってくれた。
 それを皆さまにも食べてもらうことにしたんだよね。

 で、俺が頼まれて作っていたのは、この焼き台。それと、炭。
 何に使うのかと思ってたけど、まさか、これで料理するとは思わなかった。

「今日は鳥で食べ比べてもらうわね。部位ごとに串に刺して炭火で焼いてお出しするわ。焼き鳥っていうお料理よ」
「焼き鳥?」
「そのままの名前だけど。部位の違いがよくわかると思うの」

 そうして、リディが焼き鳥を焼いてくれている間に。
 皆さまには粉末スープをお湯で溶いて飲んでもらった。

「凄いな。こんなに簡単にスープができるのか」
「簡単なのにすごくおいしいわ」
「これは、売れるね」

 粉末スープはさすがに高評価。
 俺も、初めて飲んだ時は感動したよね。

「お待たせしましたー!これが焼き鳥よ」
「これ、全部、部位が違うのか?」
「そうよ。左から、もも、むね、ささみ、砂肝、レバー。これ、全部鳥なのよ」

 リディが出来た焼き鳥を差し出しながら説明して。
 皆さまは、早速食べ始めた。

「リディア。これ、全部違って全部おいしいよ」
「見た目も味も結構違うのね。すごいわ」

 だよね。
 全部鳥なのに、部位でこんなに違うなんて、俺もびっくりしたし。

 追加で、手羽先やミンチで作ったつくねも出したら更に驚かれた。

「これは、すごいな。これだけ違うなら部位で売る方法は有効だ」
「そうだね。というか、むしろ、焼き鳥屋を開いたほうがいいよ」

 それは言われると思ったけど。
 リディは手いっぱいだから、それは他の人にお任せします。

「どうかしら、部位販売と粉末スープ」
「うん。やるべきだね。どこに話を通すかは検討しなくちゃいけないけど、まずは陛下に話してみるよ」

 侯爵にそう言われて、リディと思わずハイタッチ。
 よし。第一関門は通過した。

 どうか、このまま、うまいこと事業化しますように。
 そして、俺が気兼ねなく実家に提案できますように。
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