【完結】伊達騒動秘録 ~ 左近、影に潜む。友と猫が見た伊達の闇~

月影 流詩亜

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第三章:亀千代の危機

第二十六話:徳松の決意

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 伊達屋敷に渦巻く不穏な空気は、日を追うごとにその濃度を増していた。

 若君・伊達亀千代毒殺未遂事件は、下女お勝の「自害」という形で一応の幕引きが図られたものの、それが偽りの終結であることは誰の目にも明らかだった。

 そして、徳松は、この息詰まるような状況の中で、親友である左近が、たった一人で何かとてつもなく危険なものと戦っていることを、痛いほど感じ取っていた。

 以前にも増して左近の口数は減り、昼間の「昼行灯」ぶりとは裏腹に、ふとした瞬間に見せるその瞳には、深い疲労と獲物を追う猟犬のような鋭い光が宿っている。
 夜中に部屋を抜け出すことも、もはや常態化しているようだった。

 徳松は、左近が自分に何も語ろうとしないその意図を汲み、詮索することは避けていた。
 しかし、ただ親友の身を案じ、無事を祈るだけの日々にもどかしさを感じずにはいられなかった。

(左近……お前は一体、何と戦っているんだ……。俺に何かできることはないのか……?)

 あの日、左近に「何かあったら、俺もいる。いつでも声をかけてくれ」と伝えた言葉は、徳松の本心だった。

 だが、左近は決して弱音を吐かず、徳松を頼ろうともしない。
 それが左近の優しさであり、同時に彼が背負っているものの重さなのだと、徳松は理解していた。

(待っているだけでは駄目だ。 俺も、俺にできるやり方で、左近の力にならなければ……!)

 ある朝、朝日が差し込む厨房裏で、いつものように猫たちに餌を与えながら徳松は固く決意した。

 左近が何を探っているのか、具体的なことはわからない。
 だが、この屋敷に渦巻く悪意の中心に、あの家老・原田甲斐がいることだけは、徳松にもおぼろげながら感じ取れていた。 ならば、そこを探る手助けができればいい。

 徳松には左近のような知略もなければ、武術の心得もない。
 しかし、徳松には誰にも真似できない特別な「仲間」がいた。
 それは、屋敷内外を自由に行き来し、人間の目には映らないものを見、人間の耳には聞こえない音を聞くことができる、賢く、そして忠実な猫たちだった。

「ミー、トラ、チビ……みんな、聞いてくれ」

 徳松は、集まってきた猫たち一匹一匹の目を真剣に見つめながら、心の中で語りかけた。
 言葉ではなく、長年培ってきた絆と信頼を通じて、徳松の思いが猫たちに伝わることを信じて。

「俺の大事なダチが、今、すごく困っているんだ。 あいつを助けたい。
だから、お前たちの力を貸してほしい」

 徳松は、懐から小さな布切れを取り出した。
 それは、以前ミーが原田甲斐の屋敷から偶然運んできた、溝口主膳の着物の一部だった。
 左近が興味を示していたのを、徳松は覚えていた。

「この匂いを覚えてくれ。 この匂いがする場所……原田様のお屋敷の周りや、甲斐様の一派の侍たちがよく出入りする場所で、何か変わったこと、おかしなものを見たり聞いたりしたら、どんな些細なことでもいい、俺に教えてほしいんだ」

 猫たちは、まるで徳松の言葉を理解したかのように、彼の顔をじっと見つめ、あるものは喉を鳴らし、あるものは彼の手にそっと頭を擦り付けた。

 徳松は、それぞれの猫の首輪に、ごく小さく刻んだ目印の木札を結びつけた。それは、猫たちが持ち帰る情報が、どの場所からもたらされたものか、後で判別するための工夫だった。

 その日から、徳松の密かな情報収集が始まった。猫たちは、徳松の願いに応えるかのように、これまで以上に広範囲を駆け巡り、様々な「お土産」を彼の元へ運んでくるようになった。

 それは、時には泥に汚れた反故紙の切れ端であり、時には見慣れぬ草の種であり、またある時は、誰かが落としたと思われる小さな金属片だった。

 徳松は、それらの「お土産」一つ一つを丹念に調べ、日付や発見場所(猫の首輪の目印から推測した)と共に、帳面に丁寧に記録していった。
 ほとんどは取るに足りないガラクタだったが、中には、墨で書かれた文字の断片や、嗅ぎ慣れない薬草の匂いがするもの、あるいは特定の家紋が微かに見て取れるものなど、気になるものもいくつか混じっていた。

 徳松は、これらの情報が直接的に何を意味するのか、すぐには理解できなかった。
 しかし、いつか左近がこれらの情報を必要とする時が来るかもしれない。
 その日のために、徳松は地道な努力を続けることを心に誓った。
 左近に直接告げることなく、陰ながら彼を支える。 それが、今の自分にできる精一杯の友情の形だと信じて。

 夕暮れ時、伊達屋敷の屋根の上で、一匹の黒猫がじっと眼下の通りを眺めている。
 その首輪には、徳松が結んだ小さな木札が揺れていた。 猫の琥珀色の瞳は、闇に紛れて原田甲斐の屋敷へと吸い込まれていく、いくつかの不審な人影を、静かに捉えていた。

 徳松の純粋な思いと、猫たちとの深い絆が生み出す小さな情報の断片。
 それらが、やがて伊達家の闇を照らし出す一条の光となるのか、それとも……。

 いずれにせよ、徳松のささやかな決意と行動は、確実に物語の歯車を、新たな方向へと回し始めていた。


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