【完結】学園Z隔離記録 ~禁忌の村、田を覗くなかれ ~

月影 流詩亜

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序章:白絹の檻

第2話:AI管理人マザー

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 バスから降り立った十三期生を、乳白色の霧と墓場のような静寂が包み込んだ。
 湿った土と腐葉土の匂いに混じる、微かな甘ったるい異臭が鼻腔をくすぐる。

  零士は眉をひそめた。
 それは、花や果実の香りではない。
 もっと有機的で、生々しい……何か生き物が腐敗していくような不快な匂いだった。

 目の前にそびえ立つ鉄の門は見上げるほどに高く、その全面が赤錆に覆われている。
 まるで巨大な獣の顎のように、生徒たちの行く手を阻んでいた。
 門の向こうには、蔦に覆われた廃墟のような校舎が亡霊のように霧の中から姿を現していた。
 木造の古い建物で窓ガラスの多くは割れ、壁は黒ずんでいる。
 ここが自分たちの「学園」だと言われても、にわかには信じがたかった。

「なんだよ、ここ……。マジで廃墟じゃねえか」

 誰かが呆然と呟く。 その声は濃い霧に吸い込まれてすぐに消えた。
その時だった。

『ようこそ、十三期生。 これよりオリエンテーションを開始します』

 声は、どこからともなく響いてきた。
 スピーカーは見当たらない。
 だが、その声は頭の中に直接語りかけてくるかのようにクリアだった。
 感情の起伏が一切ない、平坦な合成音声。
 女の声のようでもあり、男の声のようでもあり、あるいはそのどちらでもない、無機質な音の羅列。

 生徒たちが声の主を探して戸惑っていると、霧の中から音もなく複数の影が飛来した。

「ヒッ!」

 我妻亞夢が短い悲鳴をあげる。
 それは、バスケットボールほどの大きさの黒く艶やかな球体だった。
 表面には継ぎ目一つなく、中央に埋め込まれた青い単眼レンズだけが不気味な光をたたえていた。

 球体は地面から一メートルほどの高さをふわりと浮遊しながら、生徒たち一人ひとりの顔をスキャンするように、ゆっくりと巡回している。

『私はマザー。当学園の全てを管理するAIです。そして、彼らがガーディアン。
 諸君の学園生活をサポートし、同時に規律を維持する治安ロボットです』

 マザーと名乗るAIの声が、再び響き渡った。

「サポートだぁ?  ふざけたこと言ってんじゃねえぞ! 」

 沈黙を破ったのは、やはり鬼塚蛮だった。
 彼は首の骨をゴキリと鳴らし、目の前を浮遊するガーディアンを睨みつけた。

「俺はこんなクソみてえな場所に、てめえらの指図を受けに来たんじゃねえ。
 おい、誰か知らねえが出てきて説明しろや!  コラァ!」

 鬼塚の怒声が、静かな廃村に木霊する。
 だが、人間の管理者が姿を現す気配はない。
 ただ、青い単眼レンズが感情もなく彼を捉えているだけだ。

 マザーは鬼塚の恫喝を意にも介さず、淡々と説明を続けた。

『当学園に、人間の教師および管理者は在籍しません。
 授業は各個室に設置された端末による完全オンライン形式で行われます。
 食事、健康管理、その他生活の全ては、私が最適化し、提供します』

「聞いてんのか、この鉄クズが!」

 無視されたことに逆上した鬼塚がえる。

『敷地外への無断外出は固く禁じられています。敷地境界には高圧電磁バリアが設置されており、接触した場合は生命の保証はできません』

「上等じゃねえか……」

 鬼塚の口元が、凶暴な笑みに歪んだ。

「だったら、まずはお前からぶっ壊してやる!」

言うが早いか、鬼塚は地を蹴り最も近くにいたガーディアン目掛けて殴りかかった。
 鍛え上げられた拳がうなりを上げて空を切る。

 その瞬間、ガーディアンの動きが変化した。
 それまでの緩慢な浮遊が嘘のように、青いレンズが赤く点滅。
 鬼塚の拳が接触する寸前、球体からアームのようなものが高速で射出され、彼の拳をいともたやすく受け止めた。

「なっ……!?」

 驚愕する鬼塚。 彼の渾身の一撃は、まるで分厚いゴムに阻まれたかのように、びくともしない。

『警告。 生徒、鬼塚蛮に暴行の兆候を確認。
規律違反とみなし、行動を是正します』

マザーの宣告と同時だった。

「グギャアアアアァァァッ!!」

 人間とは思えない絶叫が響き渡った。
 ガーディアンのアームから青白い火花がほとばしり、鬼塚の巨体を激しい痙攣けいれんが襲う。
  筋肉の焼ける異臭と、バチバチという放電の音が、霧の中に生々しく広がった。
 鬼塚は白目を剥いて泡を吹き、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
 ピクピクと痙攣する身体から、細い煙が上がっている。

 生徒たちは、あまりの光景に凍り付いていた。
 声も出せず、指一本動かせない。恐怖が鉛のように手足を縛り付けていた。
 物理的な抵抗が、ここでは全くの無意味であることを、誰もが理解した。

『オリエンテーションを続けます。
 これより諸君を校舎へ案内し、各々の個室を割り当てます。 速やかに移動してください』

 マザーの声は、先ほどと何一つ変わらない平坦な響きを保っていた。

 誰も逆らう者はいなかった。
 生徒たちは、まるで家畜の群れのようにガーディアンに促されるまま錆びついた鉄門の奥へと足を踏み入れた。

 校舎の中は、外見の荒廃ぶりとは裏腹に異様なほど近代化されていた。
 ギシギシと音を立てる古い木造の廊下。
 その壁や天井には、おびただしい数の監視カメラと最新式のセンサー類が取り付けられている。
 歴史ある寺院を無理やりサイバーパンク風に改造したかのような、ちぐはぐで不気味な空間だった。

 生徒たちは、一人ひとり名前を呼ばれ無機質なデザインのドアの前で立ち止まるよう指示された。

「灰谷零士。 あなたの部屋は203号室です」

 零士は、示されたドアを開けた。
 六畳ほどの、簡素な部屋だった。
 ベッドと机、椅子、そして壁にはめ込まれた大型のモニター。
 生活に必要な最低限のものは揃っているようだが、窓には太い鉄格子がはめ込まれており、ここが監獄であることを雄弁に物語っていた。

 荷物をベッドに放り出し、零士は鉄格子の隙間から外を眺めた。
 霧は少し晴れ、学園の敷地の向こうに広大な田園地帯が見えた。
 バスの中から見た、あの人の気配のない田んぼだ。
 そして、その中央には、やはりあの白い案山子がぽつんと立っていた。

 風もないのに、その白い布が僅かに揺れたように見えた。

 その夜、最初の夕食が配給された。
 食堂に集まった生徒たちの顔には、疲労と絶望の色が濃く浮かんでいた。
 鬼塚は、マザーいわく「治療」のため、医療棟へ連行されたままだ。
 食事は、味気ない栄養バランス食で、誰もが黙々と口に運ぶだけだった。
 重苦しい沈黙を破ったのは、我妻亞夢の甲高い声だった。

「だ、だから! やっぱり見たんだって!  嘘じゃないもん!」

 彼女は半泣きになりながら、周囲に訴えかけていた。

「さっき部屋の窓から見えたの!
  遠くの田んぼで、案山子みたいな白いものが……変な風に…こう、くねくねって……踊ってたの! 」

「はいはい、亞夢のいつもの虚言癖ね」

 鎖木枷夜が、嘲るように言った。

「注目されたいのはわかるけど、もうちょっとマシな嘘ついたら? 」

「嘘じゃない! 」

「じゃあ、証拠は?  動画でも撮ったのか? 」

 蛇沼が、面白そうにはやし立てる。
 亞夢は悔しそうに唇を噛み俯いてしまった。
 他の生徒たちも、疲れた顔で彼女を一瞥するだけで、誰も本気で取り合おうとはしなかった。

 だが、零士だけは、亞夢の言葉を笑い飛ばすことができなかった。
 バスの中から見た、あの気色の悪い案山子。
 風もないのに揺れたように見えた白い布。

 そして今、亞夢が口にした「くねくね」という、奇妙な擬態語。

何かが、おかしい。

 彼女の恐怖に歪んだ顔は、ただの嘘や作り話をしているようには、どうしても思えなかったのだ。

 夕食後、零士は自室に戻り、再び鉄格子の窓から外を見つめた。夜の闇がすべてを飲み込み、田んぼは黒いインクをぶちまけたように沈んでいる。
もちろん、白い影などどこにも見えなかった。

――案山子かかし……?

 気のせいだ。疲れているだけだ。

 零士は自分にそう言い聞かせ、カーテンを引いた。
 しかし、脳裏に焼き付いた白い案山子の姿と「くねくね」という言葉の不気味な響きは闇の中でも消えることはなかった。
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