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序章:白絹の檻
閑話 第1話:零士 ~色のない世界~
しおりを挟む灰谷零士は世界が灰色に塗りつぶされてしまった日のことを、ぼんやりと思い出していた。
それは彼の人生で唯一、鮮やかな色彩を持っていた思い出だった。
笑い声に満ちたリビング、太陽の光が差し込む庭、大切な人の温かい手。
全てが煌めき、未来は無限に広がっているように見えた。
零士は、好奇心旺盛で感受性豊かな少年だった。 世界のあらゆるものに興味を持ち、喜びや悲しみを全身で受け止めることができた。
あの日までは。
彼の目の前で、あまりにも理不尽な終わりが訪れた。 一瞬にして、光と色が奪われた。
大切な存在が理由もなく、ただ無意味に彼の視界から消え去った。
幼い零士の心は、その出来事を処理しきれなかった。 感情が、まるで回路がショートしたかのように停止し世界は一瞬にしてモノクロームの死んだような景色に変わってしまったのだ。
それ以来、彼の心は固く閉ざされた。
何を見ても、何を感じても、あの時の虚無感と無力感が付きまとう。
喜びは薄く、悲しみは深淵へと沈んでいく。
感情を殺し、他者への関心を失うこと。
それが、彼がこの残酷な世界で生き延びるために見つけた唯一の術だった。
学校では、遅刻や欠席が常態化した。
授業中は、ただ虚空を見つめ、教師の問いかけにも、友人の誘いにも、一切反応しなかった。
周囲からは「無気力」「反抗期」「問題児」とレッテルを貼られた。
親は心配し、教師は叱責したが零士の心には何も響かなかった。
彼にとって、彼らの言葉も、世界の出来事も、全てが遠く、意味のない「音」や「現象」でしかなかったのだ。
やがて、彼は社会から「矯正が必要な存在」として分類され、「地方学園Z」への入学が決定した。
バスに揺られながら、零士は窓の外を、まるで一枚の古い写真を見るかのように眺めていた。
灰色のアスファルト、灰色のビル、そして、それらを映す空もまた、薄汚れたコンクリートのような鼠色に淀んでいる。
世界は依然として、色を失ったままだ。
何処へ行こうが同じだ。
この学園Zがどのような場所であろうと、彼にはもはや何も期待せず何も恐れない。
それが、このくだらない世界で生き延びるための零士なりの処世術だった。
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