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第5話:隠密航路、アステロイドの影
しおりを挟むキヨス・ベースの巨大な発進ゲートが、音もなく開かれていく。
オダ・ノブナガは、愛機アツタ・フレームのコックピットで、その先に見える星々の微かな煌めきを静かに見つめていた。
出撃時刻、夜明けまであとわずか。 この漆黒の宇宙が白み始める前に、彼らはここを離れなければならない。
「全艦に通達。これより、『鼠の道』を通り、目標宙域へ向かう。通信は原則禁止。我が艦に続け」
ノブナガの声が、選抜された約500隻からなる決死隊の各艦長へと、秘匿された短距離指向性通信で送られる。
コックピットのメインスクリーンには、出撃準備を完了した各艦のステータスを示す緑色のランプが整然と並んでいた。兵士たちの緊張と覚悟が、無線の沈黙を通じてさえ伝わってくるようだった。
「アツタ・フレーム、発進する」
ノブナガは短く告げ、操縦桿をわずかに傾けた。
機体は滑るようにキヨス・ベースのドックを離れ、広大な宇宙空間へと躍り出る。
彼の後に続くように、漆黒の船体を持つ高速艦艇が次々と静かに出撃していく。彼らが目指すは、イマガワ・ヨシモトが油断しきっているであろう、オケハザマ宙域。
キヨス・ベースが急速に小さくなっていくのを視界の端に捉えながら、ノブナガは思考を巡らせていた。
残してきたシバタ・カツイエらに託した陽動部隊は、今頃、スルガ艦隊の注意を別の宙域へと引きつけるべく、派手な戦闘行動を開始している頃だろう。
彼らの犠牲が、この奇襲作戦の成否を左右する。そのことを、ノブナガは片時も忘れてはいなかった。
「ナビゲーションAI、『鼠の道シーケンス・アルファを起動。アステロイドベルト最外縁部へ」
「了解。 ルート・アルファ、エンゲージ」
AIの合成音声が応えると同時に、アツタ・フレームは急加速し、通常の航路から大きく外れた暗黒の宙域へと針路を取った。
そこは、無数のアステロイドが漂い、宇宙デブリが高密度で浮遊する、航行の難所だった。
大型艦隊はもちろん、通常の艦船ですら好んで近づかない危険な宙域。
だが、それ故に敵の索敵網も手薄になる。
アツタ・フレームの高性能センサーが、前方のデブリ群の分布を立体的に映し出す。
ノブナガはAIの誘導を補助するように、時折自ら操艦し、微細なデブリや磁気異常を巧みにかわしていく。
コックピットは、エンジンの低いハミングと、各種計器の微かな電子音だけが支配する、緊張感に満ちた静寂に包まれていた。
ノブナガの集中力は極限まで高まり、船体の一部になったかのように、宇宙の微細な変化を感じ取っていた。
時折、艦橋のサブモニターに、後続艦の艦内の様子が断片的に映し出される。
固い表情で計器を見つめる兵士、祈るように手を組む者、仲間と無言で頷き合う者。
誰もが、この無謀とも思える作戦に命を賭けている。
ノブナガは、彼らの覚悟を背負っていることを改めて感じ、奥歯を噛み締めた。
「殿 !」
ヒデヨシからの秘匿通信が、短い電子音と共にコックピットに響いた。
彼は別の高速情報収集艦から、この決死隊の電子戦および情報分析を担当している。
「ヒデヨシか。状況は ?」
「はっ。現在のところ、敵に感知された兆候はありませぬ。 陽動部隊も予定通りスルガの別動隊と接触。 激しく抵抗し、敵の注意を引きつけている模様です」
「そうか……」
ノブナガは短く応えた。
ヒデヨシの冷静な報告は、この隠密航行において何よりの心の支えだった。
順調に危険宙域を進むこと数時間。 突如、コックピットに甲高い警告音が鳴り響いた。
「警告 ! 前方、高エネルギー反応 ! 未確認物体、急速接近 !」
AIが叫ぶように報告する。
メインスクリーンには、デブリの影から突如として現れた複数の小さな光点が映し出された。その動き、そのエネルギーパターンは……
「スルガの早期警戒ドローンか !」
ヒデヨシの声が、わずかに焦りを帯びて通信回線から飛び込んできた。
数は5機。 おそらく、この危険宙域を定期的に巡回している偵察部隊だろう。
この距離では、既に彼らのセンサーに捉えられている可能性が高い。発見されれば、奇襲作戦は水泡に帰す。
「ヒデヨシ ! ECM最大出力 ! 目標ドローンのセンサーを焼き切れ !」
ノブナガは即座に指示を飛ばす。
同時に、彼の指が猛烈な速度でコンソールを叩いた。
「全艦、緊急回避機動 ! パターン・ガンマ・スリー ! アステロイド帯の最暗部へ突入する !」
「アツタ・フレーム」は急反転し、まるで巨大な獣の牙のように突き出たアステロイドの影へと滑り込む。
後続艦も、訓練通り一糸乱れぬ動きでそれに追従した。
「ECM照射開始 !…くっ、敵ドローン、一部抵抗しています !」
ヒデヨシの声が緊迫する。
敵ドローンも、ただではやられないということか。
数秒が永遠のように感じられた。アステロイドの岩肌が、コックピットの窓のすぐそばを掠めていく。 一瞬の判断ミスが、艦隊の壊滅に繋がる。
だが、ノブナガは冷静だった。 彼は自艦のセンサー情報をヒデヨシの艦とリアルタイムで共有し、敵ドローンの動きを精密に予測する。
「ヒデヨシ、3時の方向のドローン、センサー特性X-7のはずだ。 ピンポイントでジャミング周波数を合わせろ !」
「了解 !…やりました ! 3時のドローン、センサー機能停止 !」
一つ、また一つと、敵ドローンの光点がスクリーン上で動きを不規則にし、やがて制御を失ったように虚空を漂い始めた。
最後の1機が沈黙したとき、ノブナガは操縦桿を握る手に汗が滲んでいることに気づいた。
「…全艦、損害報告」
各艦からの「損害軽微」「航行に支障なし」という短い報告が、彼の耳に安堵をもたらした。間一髪だった。
ヒデヨシが、やや弾んだ声で報告してきた。
「殿、敵ドローン部隊、完全に無力化。 我々の情報は送信されていない模様です」
「……よくやった、ヒデヨシ。全艦隊、隊列を再編し、航行を再開する。 だが、油断はするな。 ここから先が正念場だ」
ノブナガは、再び広大な暗黒の宇宙へと視線を向けた。 オケハザマは、まだ遠い。
そして、そこには銀河最強と謳われる大艦隊が待ち受けているのだ。
この小さな危機を乗り越えたところで、それはまだ序章に過ぎなかった。
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