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第8話:デビルズ・パスの咆哮
しおりを挟むオダ・ノブナガは、アツタ・フレームのコックピットで、その瞬間を待っていた。
メインスクリーンには、オケハザマ宙域を覆い尽くさんとする巨大なエネルギーの渦が、刻一刻と迫ってくる様子が映し出されている。
それは、この宙域特有の現象……大規模磁気嵐の先駆けだった。
ノブナガの背後では、選りすぐられた精鋭艦隊が、息を殺して主君の号令を待っている。
やがて、艦内のセンサーが一斉に甲高い警告音を発し始めた。
「高エネルギー流、急速接近!磁気嵐、予測通り発生します !」
ナビゲーションAIの冷静な合成音声が、嵐の到来を告げる。
ノブナガの視界の端で、宇宙空間が歪み始めたかのように、オーロラのような極彩色の光が明滅し、プラズマの奔流がうねり狂うのが見えた。
それは、まるで宇宙そのものが怒り狂い、咆哮を上げているかのようだった。
強力な電磁パルスが、不可視の波となって艦体を叩く。
「全艦、対電磁パルス防御最大。船体制御、マニュアル補助に切り替えよ。嵐に飲まれるぞ」
ノブナガの声は、嵐の轟音にかき消されそうなほど静かだったが、不思議なほどの落ち着きを保っていた。
ノブナガの指示通り、各艦は磁気嵐に対する防御態勢を強化し、熟練のパイロットたちが、荒れ狂う宇宙の奔流の中で必死に艦の姿勢を制御しようと努める。
アツタ・フレームもまた、激しい揺れに見舞われた。 だが、最新鋭の実験艦であるこの機体は、想定以上の安定性を示し、ノブナガは最小限の操艦で嵐の中を突き進むことができた。
ノブナガの視線は、嵐の向こう側……イマガワ・ヨシモトの本隊が停泊しているはずの宙域へと注がれていた。
「ヒデヨシ、スルガ艦隊の状況は ?」
「はっ… ! 嵐の影響で、敵艦隊の正確なレーダーコンタクトはほぼ不可能です !
センサーも広範囲に渡って機能不全に陥っている模様 !
断続的に傍受される敵艦からの微弱な信号は…明らかにパニックを起こしています !」
ヒデヨシの声は、嵐のノイズと興奮で途切れがちだったが、その内容はノブナガの予測通りだった。
2万5千を誇る大艦隊も、この未曾有の磁気嵐の前では赤子同然。レーダーは役に立たず、通信は途絶し、艦隊の統制は完全に失われているだろう。
各艦は孤立し、周囲の状況も把握できず、ただ嵐に翻弄されているに違いない。
(ヨシモトめ…今頃、あのキンキラキンの旗艦の中で、何が起こったのかも理解できずに喚き散らしていることだろうよ)
ノブナガは、敵将の無様な姿を想像し、冷たく微笑んだ。
彼にとって、この磁気嵐は計算し尽くされた戦術の一部。 だが、ヨシモトにとっては、まさに青天の霹靂、理解不能の災厄でしかないはずだ。
「殿 ! 敵艦隊の陣形、完全に崩壊 !
複数の艦が同士討ち、あるいはアステロイドに衝突している可能性があります !
エネルギー反応が各所で乱れています!」
ヒデヨシからの報告は、スルガ艦隊の混乱がノブナガの想像以上であることを示唆していた。
最新鋭の技術で固められた大艦隊も、自然の猛威と、それを予期せぬ奇襲の前には脆くも崩れ去る。
ノブナガは、嵐の最も激しい中心部を避け、その「目」とも言うべき比較的安定した航路を選びながら慎重に、しかし確実にスルガ本隊の懐深くへと艦隊を進めていた。
彼の脳裏には、ヒデヨシが最後に更新した敵旗艦オケハザマ・フォートレスの予測位置が焼き付いている。
「…よし」
やがて、ノブナガは短く呟いた。
ノブナガが定めた奇襲開始ポイントまで、あとわずか。 嵐は依然として猛威を振るっているが、それはむしろノブナガらにとって好都合な隠れ蓑となっていた。
敵は、この嵐の中から自分たちが現れることなど、夢にも思っていないだろう。
ノブナガは、全艦に向けて最後の指令を発した。
「…時は来た」
ノブナガの声は、コックピットの静寂を破り、決死の覚悟を秘めた兵士たちの胸に深く突き刺さった。
「全艦、我に続け。
目標、イマガワ・ヨシモトが座乗する旗艦オケハザマ・フォートレス!
ただ一点に集中し、これを撃滅する !進め !」
その号令と共に、アツタ・フレームは嵐の帳の向こう側へと、猛然と加速を開始した。
後続する精鋭艦隊もまた、一糸乱れぬ連携でそれに続く。
彼らは、磁気嵐という名の巨大な獣の牙の間を縫うようにして、油断しきった獲物へと襲いかかる。
デビルズ・パスの)咆哮《ほうこう》は、今、クラン・ノブナガの鬨の声へと変わろうとしていた。
銀河の歴史が、まさにこの瞬間、大きく転換しようとしていることを、まだ誰も知らない。
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