【完結】ツンデレお嬢様弁護士は奮闘中! ~法と人情で悪を裁く! ~

月影 流詩亜

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第一章:新米弁護士、嵐の予感

第 3話 苦い勝利と新たな依頼

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 労働審判は、ついに最終局面を迎えていた。
 東京の空も梅雨入りを間近に控え、やや湿気を含んだ空気が裁判所の廊下にも漂っているかのようだ。

 英里香は、これまでの調査で集めた高山社長の過去の言動、他の従業員に対するパワハラまがいの発言や、恣意的な人事評価の記録などを証拠として提出し、今回の佐伯玲子さんへの解雇がいかに個人的な感情、特に妊娠に対する偏見に基づいたものであるかを粘り強く主張した。

「社長は以前にも、『女は家庭に入ればいい』『子供ができたら仕事なんて無理だ』といった趣旨の発言を繰り返しておられます! 
 今回の解雇も、その延長線上にある、極めて差別的な意図に基づくものと言わざるを得ません!」

 英里香の声が、静かな審判廷に響く。
 しかし、高山社長はどこ吹く風、といった態度で腕を組み、相手方のベテラン弁護士は

「それはあくまで過去の、しかも文脈を切り取った発言に過ぎない」

「今回の解考は、佐伯さんの能力と会社の経営状況を総合的に判断した結果であり、差別的な意図など断じてない」

と、あくまで「経営判断」の正当性を繰り返すばかり。
 まるで壊れたレコードのようだ、と英里香は内心で毒づいた。
 議論は平行線を辿り、やや泥仕合の様相を呈してきた。
 双方の主張が出尽くしたと判断したのか、審判官が重々しく口を開いた。

「双方の主張には隔たりが大きいようです。
これ以上審理を続けても、白黒をつけるのは容易ではないでしょう。
 裁判所としては、双方に対し、和解による解決を強く勧告いたします」

 そして、具体的な解決金の金額が提示された。
 それは、玲子さんが要求していた額には満たないものの、決して無視できる金額ではなかった。

事務所に戻り、英里香は御門に報告した。

「和解勧告ですか…。所長、私はやはり判決で…」

 白黒つけたい、という言葉を英里香は飲み込んだ。
 御門は、英里香の葛藤を見透かしたように、静かに言った。

「気持ちは分かる。 だがな、大江戸先生。
 我々の目的は、法廷で相手を打ち負かすことだけではない。
 依頼者の利益を最大化することだ。判決まで持ち込んでも、必ずしも勝訴できる保証はない。
 むしろ、証拠の点で厳しいとなれば、請求棄却のリスクもある。
 そうなれば、玲子さんは何も得られない。時間も費用も、そして何より精神的な負担もさらに増えることになる」

 御門は、英里香の淹れたコーヒーを一口すすり、続けた。

「提示された和解金額は、決して悪くない。
 玲子さんの今後の生活を考えれば、早期に金銭的な補償を得て、この問題から解放されることも、一つの『勝利』と言えるんじゃないか?」

 御門の言葉には、長年の経験に裏打ちされた現実的な重みがあった。
 英里香は、自分の理想や正義感だけで突っ走っていたことを改めて痛感する。
 弁護士として、依頼者の人生全体を見据えた判断を下さなければならない。

翌日、英里香は佐伯玲子さんに裁判所の和解勧告について説明した。

「裁判所の判断は、こうでした。
もちろん、玲子さんが納得できなければ、審判を続けて判決を目指すことも可能です。
 ですが、先ほどお話ししたようなリスクもあります…」

英里香は、和解のメリットとデメリットを、言葉を選びながら丁寧に伝えた。
 玲子さんは俯いたまま、黙って聞いていたが、やがてぽつりと言った。

「もう…疲れました…。早く、楽になりたいです…」

 その目には涙が浮かんでいた。
 英里香は、玲子さんの手をそっと握った。

「分かりました。では、和解を受け入れる方向で進めましょう」

 裁判所で、和解調書に双方が署名捺印した。
 高山社長は最後まで不満そうな顔を隠そうともせず、相手方の弁護士だけが事務的に手続きを進めていた。

 玲子さんは、すべてが終わると、英里香に向かって深々と頭を下げた。

「先生…本当に、ありがとうございました」

その声は震えていたが、表情には安堵の色が見えた。英里香は「いいえ、大変でしたね」と返すのが精一杯だった。

 事務所に戻ると、どっと疲れが押し寄せてきた。これで良かったのだろうか。
 高山社長に非を認めさせたわけでも、罰を与えたわけでもない。
 玲子さんの心の傷が完全に癒えたわけでもないだろう。
 勝利とは言い難い、後味の悪さが残る。
 まるで、引き分け狙いのサッカーの試合が終わった後のような、何とも言えない気分だ。

 そんな英里香の様子を見てか、御門が声をかけてきた。

「お疲れ様、大江戸先生。まあ、座りなさい」

御門は自らコーヒーを淹れてくれた。珍しいこともあるものだ。

「…所長、私、結局何も…」

「そんなことはない」御門は英里香の言葉を遮った。

「君はよくやった。依頼者の人生は、事件が終わっても続いていく。
 我々の仕事は、法廷で喝采を浴びることじゃない。依頼者が少しでも前を向いて、次の一歩を踏み出せるように、その背中をそっと押してやることだ。
 今回の和解は、玲子さんにとって、そういう意味があったと私は思う」

 御門の言葉が、少しだけ英里香の心を軽くした。そうかもしれない。
 これも弁護士の仕事なのだ。

一息つき、溜まった事務作業に取り掛かろうとした矢先、内線電話が鳴った。受付の田所さんからだった。

「先生、大変申し訳ありませんが、至急お会いしたいという女性がいらっしゃいまして…。予約はなかったのですが、かなり切羽詰まったご様子で…どうしましょうか?」

アポなしの来訪者は珍しくないが、「切羽詰まった」という言葉に、英里香は少し嫌な予感を覚えた。

「分かりました。応接室にお通ししてください。すぐ行きます」

 英里香が応接室のドアを開けると、そこには小柄な若い女性が一人、硬いソファに浅く腰掛けていた。
 年は二十代半ばだろうか。
 青白い顔で俯き、膝の上に置かれた手は小刻みに震えている。
 高価そうなブランドバッグが、今の彼女の雰囲気とは不釣り合いに見えた。部屋の空気が、妙に重く張り詰めている。

「はじめまして。弁護士の大江戸英里香です。どうぞ、お掛けください」

英里香は努めて穏やかに声をかけ、女性の向かいに座った。

「あの…突然すみません…。ご紹介もなしに…」

女性はか細い声で言うと、一度顔を上げたが、すぐにまた俯いてしまった。その瞳には、深い怯えと絶望の色が浮かんでいた。

「大丈夫ですよ。
 何かお困りのことがあるのですね? 私でよければ、お話を伺います。お名前を教えていただけますか?」

 英里香が優しく促すと、女性は意を決したように、震える声で名乗った。

「倉田…倉田遥と申します」

そして、せきを切ったように話し始めた。

「先生……私、ひどいことを……。会社の上司に……」

その声は涙で震え、言葉は途切れがちだった。

「……二人きりになった時に、無理やり……キスを……。それから、怖くて、会社に行けなくなって……お医者様からは、うつ状態だって……」

 倉田遥と名乗る女性の口から語られる言葉は、先ほどの労働審判とは明らかに質の異なる、重く、深刻な響きを持っていた。

 英里香は、彼女の言葉を一言も聞き漏らすまいと、じっと耳を傾ける。
 背筋に冷たいものが走るのを感じながら、英里香は気を引き締めた。

 佐伯玲子さんの事件は終わった。
 しかし、それは新たな、そしておそらく、より深く暗い事件の始まりを告げる序章に過ぎなかったのかもしれない。

 英里香は、目の前の震える女性を守らねばならない、という強い使命感を、胸の奥に感じ始めていた。
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