【完結】ツンデレお嬢様弁護士は奮闘中! ~法と人情で悪を裁く! ~

月影 流詩亜

文字の大きさ
11 / 63
第三章:明日への序章

第10話 それぞれの新たな船出

しおりを挟む

 判決が言い渡された後、東京地方裁判所の前は、しばし安堵と祝福の空気に包まれていた。降り続いていた小雨はいつの間にか上がり、雲の切れ間から差し込んだ初夏の日差しが、濡れた路面をきらきらと照らしていた。

 まるで、この瞬間を祝福するかのように。

「大江戸先生、橘先生、本当に、何度お礼を言っても足りません……!」

倉田遥は、まだ涙の跡が残る顔で、しかし晴れやかな笑顔を浮かべて、英里香と橘弁護士に深々と頭を下げた。
 その表情には、長かった苦しみから解放された安堵と、未来への微かな希望が宿っていた。

「倉田さん、本当によく頑張りました。今日の勝利は、何よりも倉田さん自身の勇気がもたらしたものです」

英里香がそう言うと、遥はまた目頭を押さえた。
そこへ、裁判を見守っていた御門が、穏やかな表情で近づいてきた。

「大江戸、橘先生、ご苦労だった。見事な戦いぶりだったな」

そして、英里香に向かって、いつもの厳しい口調を少しだけ緩めて付け加えた。

「……特に、大江戸。 お前、少しは弁護士らしくなったじゃないか」

 素直な褒め言葉ではないかもしれないが、英里香にとっては、どんな賛辞よりも嬉しい言葉だった。
 師からの認められたという実感が、じわりと胸に広がっていく。

「ありがとうございます、所長」

 英里香は、照れくささを隠すように、深く頭を下げた。
 あの日から、数週間が過ぎた。
 梅雨も明け、A市の街には本格的な夏の到来を告げる強い日差しが降り注いでいる。
 英里香は、時折、倉田遥と連絡を取り合っていた。
 遥は、判決後もカウンセリングを続けながら、少しずつ、しかし着実に心の回復への道を歩んでいた。

『先生、私、新しい仕事を探そうと思うんです』

ある日の電話で、遥がそう切り出した。その声には、以前のような怯えや不安はなく、確かな前向きな響きがあった。

『もう、過去のことに縛られてばかりいるのはやめようって。
 今回の経験は辛かったけど、それを乗り越えたことを、これからの力にしたいんです』

 英里香は、遥のその言葉に心から嬉しくなった。

「素晴らしい決意ですね、倉田さん。
何か私にできることがあれば、いつでも言ってください。
 履歴書の書き方とか、面接対策とか、いくらでも相談に乗りますから」

「本当ですか!? 嬉しいです!」

 それから遥は、英里香のアドバイスも受けながら、精力的に就職活動を開始した。
 面接で、過去の経験について尋ねられることもあったというが、彼女はもう、卑屈になったり怯えたりすることはなかった。

 毅然きぜんと、しかし誠実に事実を伝え、それを乗り越えて新しいスタートを切りたいという強い意志を示した。

 そして、努力は実を結んだ。
判決から二ヶ月ほど経ったある日、英里香のスマートフォンに、遥からの弾むような声の電話がかかってきた。

『先生! 決まりました! 新しい会社、内定いただきました!』

「本当ですか!? おめでとうございます、倉田さん!」

 英里香も、自分のことのように嬉しかった。電話の向こうで、遥が喜びのあまり少し涙ぐんでいるのが伝わってくる。

『ありがとうございます !   先生のおかげです。これからは、新しい場所で、また一から頑張ります !』

 その声は、希望に満ち溢れていた。
 過去の傷が完全に消えたわけではないだろう。
 それでも、彼女は力強く、新たな一歩を踏み出したのだ。
 一方、英里香自身も、この事件を通して弁護士として大きな成長を遂げていた。
 初めて担当した労働審判での悔しさ、そして遥の事件で味わった怒りや無力感、それでも諦めずに真実を追求し、依頼者に寄り添い続けた経験。
 そのすべてが、彼女を精神的に強く、そして視野の広い弁護士へと変えていた。

仕事への取り組み方も、以前とは明らかに違っていた。
 感情に流されることなく、常に冷静に状況を分析し、多角的な視点から戦略を立てる。
 依頼者の言葉に真摯に耳を傾け、その心情を深く理解しようと努める。
 御門も、そんな英里香の変化を認め、より複雑で重要な案件を彼女に任せるようになっていた。

「大江戸グループの令嬢」という色眼鏡で彼女を見る者は、少なくとも事務所内にはもういなかった。

 彼女が自分の力で勝ち取った信頼と実績が、それを証明していたからだ。
 
そんなある日の午後、事務所にひょっこりと兄の嵐が顔を出した。
 手には、近くの有名店のどら焼きの紙袋を提げている。 おそらく、口実だろう。

「よう。近くまで来たから、差し入れだ」

ぶっきらぼうに言いながら、嵐はどら焼きの袋を英里香のデスクに置いた。

「あら、珍しい。どういう風の吹き回し?」

英里香がからかうように言うと、嵐は少し照れたように視線をそらした。

「…別に。…こないだの裁判、勝ったんだってな。やるじゃないか、お前も」

その言葉は、兄からの素直な称賛だった。

「まあね。お兄ちゃんこそ、あの時の松永の情報、結構役に立ったわよ。ありがとう」

 英里香も、素直に感謝の言葉を返した。

「…ふん。まあ、困ったことがあったら、いつでも…いや、たまには頼れよ。刑事の情報網も、捨てたもんじゃないぞ」

「はいはい。 その時は、遠慮なく協力要請させてもらうわ。どら焼き、ごちそうさま」

 軽口を叩き合いながらも、二人の間には、以前のような刺々しい雰囲気はない。
 互いの仕事や立場を認め合い、尊重し合える、そんな新しい関係が築かれ始めていた。

 英里香は、もはや「大江戸グループの令嬢」という肩書に、過剰に反発することも、劣等感を抱くこともなくなっていた。
 それは消し去ることのできない事実であり、時に重荷になることもあるかもしれない。

 しかし、それ以上に、「弁護士・大江戸英里香」として自分の足で立ち、依頼者のために戦い、勝利を掴んだという経験が、彼女に揺るぎない自信を与えていた。

 事務所の窓からは、夏の強い日差しを浴びて輝くA市の街並みが見渡せる。
 英里香は、自分のデスクに山積みになった新しい事件のファイルに目を向けた。
 それは、また別の誰かの苦しみや葛藤が詰まった、困難な案件かもしれない。
 しかし、今の英里香の目には、不安の色はない。

 むしろ、次なる挑戦への静かな意欲が宿っていた。
 様々な人々との出会いと別れ、怒り、涙、そして喜び。数々の経験を経て、彼女は確かに成長した。

 弁護士・大江戸英里香の戦いは、まだ始まったばかりだ。
 理不尽に立ち向かい、傷ついた人々に寄り添い、真実の光を見つけ出すために。
 彼女は今日も、依頼者のために、この街で奔走する。その先に、どんな未来が待っているのかは分からない。

 それでも、彼女は進み続けるだろう。
 確かな信念と、ささやかな希望を胸に抱いて。

 英里香は、新しいファイルの一番上に手を伸ばし、その表紙をゆっくりと開いた。

 窓の外では、夏の空がどこまでも青く広がっていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...