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第四章:虚構の断罪者
第16話 証言の海へ
しおりを挟む潮来由利凛の『記憶サルベージマシーン・ゆりりん号』が偶然映し出した、断片的で謎めいたイメージ。
それは、検察あるいは警察による証拠隠蔽の可能性を示唆するものだった。
英里香と嵐は、事務所でその不鮮明なイメージ『第三者の指紋…報告不要…』『繊維の一致、断定できず…』といった手書きメモのような文字、そして顔の見えない人物のシルエットを前に、今後の調査方針を協議していた。
「これが本当に、隠蔽された証拠の一部だとしたら……決定的だ。
だが、どうやって証明する?」
嵐が腕を組み、唸る。
「まずは、この『第三者の指紋』と『繊維鑑定の再鑑定要求』について、当時の捜査記録や関係者の証言を徹底的に洗い直すしかないわ。
そして、この『報告不要』と指示した可能性のある人物、あるいは鑑定結果に疑義を呈した鑑定人を特定する必要がある」
英里香は冷静に分析する。
「『消えた証人』の可能性もあるな。
検察に不利な証言をしたために、公式記録から抹消された人物がいるのかもしれない」
「ええ。その線も追わなければ」
二人は、由利凛の暴走というアクシデントがもたらした僅かな光を頼りに、再び動き出すことを決意した。
それはまるで、広大な証言の海の中から、真実という名の小さな島を探し出すような、途方もない作業の始まりだった。
その頃、大江戸グループ本社の一室では、明日菜が由利凛の姉の天音と共に、膨大なデータベースと格闘していた。
明日菜がグループの情報網を駆使して収集した30年前のA県警の人事記録、裁判記録、関連企業の登記情報などを、天音がその卓越した情報処理能力で解析していく。
『英里香から頼まれた「消えた証人」候補だけど…当時の裁判記録や新聞記事から、検察側証人として名前が挙がりながら、最終的に証言台に立たなかった人物が数名いるわね』
天音が、モニターに表示されたリストを指し示す。
『特にこの、元味噌会社の経理担当だった女性……彼女は事件直後、会社のお金の流れについて何か証言しようとしていたらしいけど、その後、突然退職して行方が分からなくなっている』
『その女性、徹底的に追跡してちょうだい。
それと、由利凛が言っていた「報告不要」と指示した可能性のある当時の検察幹部、警察幹部のリストアップもお願い』
明日菜が鋭い目で指示を出す。姉妹の連携が、地道な調査を加速させていく。
一方、巧の研究室では、ジャンヌがこれまでの資料を丹念に整理・分析する中で、ある重要な疑問点に気づき、英里香と巧にオンラインで報告していた。
「…事件当日、被害者である専務は、重要な取引先との会食の後、深夜に帰宅したとされています。
しかし、その会食相手の証言記録を読むと、専務はその日、ひどく何かに怯えている様子で、上の空だったようなのです」
ジャンヌが、モニター越しに資料を示しながら説明する。
「怯えていた…?」英里香が聞き返す。
「はい。そして、一郎さんが犯行に及んだとされる時間帯…彼は会社の寮にいたという複数の同僚の証言があるにも関わらず、警察は『一時的に寮を抜け出した可能性がある』として、それらの証言を軽視しています。
もし、一郎さんのアリバイが本当に成立していたとしたら…… ?」
ジャンヌは一呼吸置き、核心に迫る仮説を口にした。
「真犯人は別にいて、その人物は、専務が『怯えていた』原因と関係があるのではないでしょうか ?
例えば、専務が会社の不正か何かを掴み、それを告発しようとしていたとか……そして、その不正に関わっていた人物が、口封じのために…」
ジャンヌの指摘は、これまでの捜査が完全に見落としていた「動機」の可能性を示唆していた。
一郎が犯人である、という前提に囚われていた捜査では、決して辿り着けなかったであろう視点だ。
「……なるほど。会社の内部対立、不正の可能性か…」
巧も深く頷く。
「僕のシミュレーションでも、公式発表されている犯行状況……つまり、一郎さんが短時間で寮を抜け出し、専務宅に侵入し、一家四人を殺害して証拠を隠蔽し、再び寮に戻るというのは、物理的にも時間的にも極めて困難だという結果が出ているんだ」
巧は、コンピューターシミュレーションの映像を共有した。
画面上では、現場の見取り図や時間経過が再現され、一郎とされる人物の動きが示されているが、どう計算しても公式発表通りの犯行を遂行するには無理があることが一目瞭然だった。
この映像は、法廷で検察側の主張の矛盾を突く強力な武器になるだろう。
様々な角度からの調査が、少しずつ真実の輪郭を浮かび上がらせようとしていた、その時。
大江戸家の誰もが(おそらく由利凛本人でさえ)予想していなかった方向から、新たな「手がかり」がもたらされた。
元凶は、やはり潮来由利凛だった。
「うーむ、やはり妾自ら動かねば、埒があかぬようじゃな!」
事務所や研究室での「活躍」では飽き足らず、彼女は独自の「潜入捜査」を計画、実行に移していたのだ。
ターゲットは、被害者の専務が勤めていた味噌会社の、さらにその親会社(現在は吸収合併されている)の古いデータサーバーだった。
「ふふん、妾のスーパーハッキング技術(?)にかかれば、こんな古びたサーバー、赤子の手をひねるようなものじゃ!」
由利凛は、自室(カオスな実験室でもある)で、怪しげな自作デバイスをパソコンに接続し、キーボードを猛烈な勢いで叩いていた。
目的は、事件当時の専務や役員たちのメールのやり取りや、隠された業務記録の発見だ。
数時間に及ぶ格闘(?)の末、彼女はついに、パスワードで固くロックされていた古いアーカイブの中から、いくつかの断片的なメールのログを発見した。
『…例の件、処理完了…これでもう、我々の秘密が漏れることは…』
『…専務の動きが気になる…万一の場合の備えは…』
『…鈴木一郎…利用価値あり…』
内容は断片的で、誰が誰に宛てたものかも不明だ。
しかし、そこには明らかに、事件の裏に何か重大な秘密が隠されていたことを示唆する言葉が並んでいた。
「やったのじゃー ! 大発見じゃぞ !」
由利凛が歓喜の声を上げた瞬間、背後から冷たい声が響いた。
「……由利凛、あなた、また何かやらかしているわね?」
そこに立っていたのは、呆れた表情の明日菜と、静かな怒りをたたえた母・潮来由利子だった。
どうやら、由利凛の怪しげな行動を察知し、様子を見に来たらしい。
「ひぃっ! あ、明日菜ちゃん ! お母ちゃん ! こ、これはその、正義のための情報収集活動じゃ!」
「不正アクセスは立派な犯罪よ。
それに、そんな怪しげな方法で得た情報が、法廷で証拠として認められるわけないでしょう」
明日菜が冷静に諭す。
「まったく、この子は… !
少しは落ち着きというものを覚えなさい !」
由利子が、ゴチン!と由利凛の頭に拳骨を落とす。
その威力は、常人なら気絶していてもおかしくないほどだ(由利凛は平然としているが)。
「痛いのじゃー! お母ちゃんの愛の鞭は強すぎるのじゃ!」
由利凛の「お手柄」は、結局のところ、法廷で直接使える証拠にはなり得ないかもしれない。
しかし、彼女が掘り当てたメールの断片は、ジャンヌが提示した「会社の不正」という仮説を補強し、今後の調査の方向性を定める上で、重要なヒントとなる可能性を秘めていた。
科学的分析、地道な聞き込み、情報戦、そして予測不能なトリックスターの暗躍(?)。
様々なアプローチが交差し、絡み合いながら、30年間封印されてきた事件の真相へと、少しずつ、しかし確実に迫っていく。
証言の海は深く、暗いが、その底には必ず真実の光が眠っているはずだと、英里香は信じていた。
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