【完結】ツンデレお嬢様弁護士は奮闘中! ~法と人情で悪を裁く! ~

月影 流詩亜

文字の大きさ
33 / 63
第五章:償いの天秤

第30話 灰色の決着

しおりを挟む

 最高裁判決から数日が過ぎた。

 東京の御門法律事務所には、まだ重い空気が漂っていた。
 応接スペースのソファには、最高裁での敗訴という厳しい現実を受け止めきれずにいる中村誠が、力なく座っていた。

 あの日以来、彼はほとんど言葉を発さず、ただ虚空を見つめている時間が多かった。

 英里香もまた、深い無力感に苛まれていた。
 積み上げてきた証拠、揺るぎないはずだった法理、そして依頼者の人生。
 その全てが、最高裁の壁の前に砕け散った。
 自分の弁護は、何が足りなかったのか。
どうすれば、違う結果を導けたのか。
答えの出ない問いが、頭の中を巡る。

「……もう、終わりなんですね……先生」

中村が、かすれた声でぽつりと呟いた。

「30年間の教員生活も、退職金も、そして…私の人生も……全て、あの日の、たった一杯の酒で……」

 その目には、涙さえ浮かんでいない。
 あまりの絶望に、感情さえも枯渇してしまったかのようだ。

 英里香は、かける言葉が見つからなかった。
 どんな慰めも、今の彼には空虚に響くだけだろう。
 法廷では毅然きぜんと戦えた。
 だが、法が救えなかった依頼者を前に、弁護士として何ができるというのか。

「……大江戸先生」

 静かな声に振り返ると、御門所長がコーヒーカップを二つ持って立っていた。
 一つを英里香に、もう一つを中村に差し出す。

「中村さん、今は辛いでしょう。
 しかし、法的な決着がついたからといって、あなたの人生が終わったわけではありません」

 御門は静かに、しかし確かな重みのある声で語りかけた。
 そして、英里香に向き直る。

「大江戸先生、今回の判決は厳しいものだった。だが、これもまた『法』の一つの姿だ。
 法は万能ではない。
 時には社会の空気や時代の要請に左右され、必ずしも個人の心情に寄り添えるとは限らない。
 我々弁護士は、その限界を知りながらも、法の下で最善を尽くすしかない」

 御門の目は、英里香の心の揺らぎを見透かすように、厳しくも温かい光を宿していた。

「今回の敗北から、何を学び、次にどう繋げるか。
 それが、君の弁護士としての真価が問われるところだぞ」

 その言葉は、英里香の胸に深く突き刺さった。
 そうだ、ここで立ち止まっているわけにはいかない。

 その日から、兄姉たちが代わる代わる英里香の様子を見に来たり、連絡をくれたりした。

『おい英里香、落ち込んでる暇があったらメシ行くぞ!おごってやる!』

という嵐からの不器用な励まし。

『今回の判決に関する学術的な考察レポートを送っておいたよ。今後の参考に』

という巧らしい冷静なサポート。

『何か必要なものがあれば、いつでもグループのリソースを使う準備はできているわ。
遠慮なく言いなさい』

という明日菜の頼もしい言葉。

 彼らの存在が、沈んだ英里香の心を少しずつ温めてくれた。

 そんな中、玉井刑事も心配して事務所を訪れた。

「だ、大江戸先生! あの…その、大変でしたね! 先生は最後まで立派に戦われました! 
 元気を出してください! 
 よろしければ、気分転換に美味しいと評判のケーキ屋さんでも…」

「…玉井刑事、お気持ちは嬉しいですが、今はそっとしておいていただけますか」

 英里香は、さすがに疲れた表情で彼を追い返した。
 そして、数日後の午後。事務所のドアが、いつものようにけたたましい音を立てて開かれた。

「英里香ちゃーん! 暗い顔は似合わんぞ!
  こんな時は、無理やりにでも笑顔になるのが一番じゃ!」

 現れたのは、やはりこの人、潮来由利凛だった。手には、奇妙なヘッドギアのようなものが握られている。

「これは妾の新発明、『スマイル強制ギプス・ハッピーメーカー』じゃ! 
 これを装着すれば、どんなしかめっ面も、たちまち満面の笑顔に! 
さあ、まずは英里香ちゃんから…」

「いらないわよ! そんなもので笑顔になっても虚しいだけでしょ!」

 英里香が拒否すると、由利凛はターゲットをソファに座る中村に向けた。

「ならば、そこのおっちゃ…いや、おじ様! 
あなたからハッピーにしてしんぜよう!」

「ひっ!?」

 中村が怯えたように後ずさる。

「由利凛、やめなさい!」

 英里香が止めに入る。

「何を言うか! 笑う門には福来るのじゃ!」

「そういう問題じゃないでしょ!」

 いつものように、事務所はドタバタ騒ぎになった。
 御門所長はやれやれと額を押さえ、事務の田所さんは慣れた様子でお茶の準備をしている。

 もみ合いになる中で、英里香は思わず吹き出してしまった。
 目の前の光景があまりにも馬鹿馬鹿しくて、そして、なぜか少しだけ救われた気がしたのだ。

「…ふふっ…あはは!」

 突然笑い出した英里香に、由利凛も中村も、そして御門までもが目を丸くしている。

「な、なんじゃ英里香ちゃん、ついに壊れたか!?」

「…違うわよ。…ありがとう、由利凛。
少し、元気が出た」

 英里香は、涙を拭いながら言った。
 その様子を見て、中村の表情もわずかに和らいだように見えた。
 騒動が収まった後、英里香は改めて中村に向き直った。

「中村さん。法的な決着はついてしまいましたが、先生の人生は、ここで終わりじゃありません。
 先生が30年間、生徒たちに愛情を注いできた事実は、決して消えません。
 これからの生活のこと、何か私にできることがあれば、弁護士としてではなく、一人の人間として、いつでも力になります。
 ですから…どうか、前を向いてください」

 英里香の真摯な言葉に、中村はゆっくりと、しかし確かに頷いた。

 中村が帰った後、英里香は一人、事務所の窓から夕暮れの東京の街並みを見下ろした。
 敗北の痛みはまだ残っている。
 法の限界も痛感した。
 
 しかし、御門の言葉、仲間たちの支え、そして由利凛の起こした騒動が、彼女の中に新たな決意を灯していた。

(法は万能じゃない。でも、無力でもない。救える人もいれば、救えない人もいる。それでも、私は弁護士として、目の前の依頼者のために、諦めずに戦い続けるしかない。この敗北を、必ず次に繋げる…!)

 理不尽に立ち向かい、傷ついた人々に寄り添い、真実の光を探し続ける。
 その道は険しく、時に報われないこともあるだろう。
 それでも、彼女は進む。確かな信念と、ささやかな希望を胸に。

 その時、デスクの電話が鳴った。

 新しい依頼を告げる音だ。
 英里香は深呼吸を一つすると、受話器を取った。 その声には、もう迷いはなかった。

「はい、御門法律事務所、大江戸が承ります」

 窓の外では、都会の灯りがきらめき始めていた。

 弁護士・大江戸英里香の新たな戦いは、もう始まっている。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

処理中です...