【完結】ツンデレお嬢様弁護士は奮闘中! ~法と人情で悪を裁く! ~

月影 流詩亜

文字の大きさ
38 / 63
第六章:偽りの証明

第34話 閉ざされた口

しおりを挟む

 元絹川県警警部補、真壁吾郎

 彼が事件の鍵を握るかもしれない。
 そう確信した英里香と嵐だったが、真壁の足取りを掴むのは容易ではなかった。
 県警を退職後、彼はまるで世間から姿を消したかのように、その消息は途絶えていたのだ。

「困ったわね…彼に会って話を聞かないことには、先に進めないかもしれない…」

 英里香は事務所で頭を抱えていた。
見かねた御門が、

「こういう時は、餅は餅屋、だろう」と呟き、英里香は姉の明日菜に連絡を取った。
 
 大江戸グループの情報網は、警察組織の内部情報にアクセスすることはできないが、退職者の追跡調査などはお手の物だ。

『分かったわ、英里香。 少し時間はかかるかもしれないけれど、グループの調査部門と、それから…天音姉さんにも協力させてみる』明日菜は電話口で冷静に答えた。

 天音とは、英里香たちの幼馴染である潮来由利凛の姉で、引きこもりながらも卓越した情報収集能力を持つ、大江戸グループ投資部門の隠れた実力者だ。
 
 そして数日後、明日菜から連絡が入った。

『真壁吾郎の居場所、特定できたわ。絹川市の北西、かなり山深い地域に住んでいるようね。
住所と地図を送るわ』

 添付された地図データを見て、英里香と嵐は顔を見合わせた。
 そこは、最寄りの集落からも車で一時間以上かかるような、まさに人里離れた山奥だった。

「こんなところに…一体なぜ…」

「何か、世間から隠れたい理由でもあるのか…ますます怪しいな」

翌日、英里香と嵐は再び嵐の愛車、OEDOフェアリーテイルWXダブルエックスに乗り込み、地図が示す山奥へと向かった。

 舗装された道はすぐに途切れ、車一台がやっと通れるような、轍の深い未舗装の悪路が続く。
 低く唸るエンジン音を響かせながら、嵐は巧みなハンドルさばきで紅い車体を進めていく。

「兄さん、運転代わろうか?」

 後部座席で地図を確認していた英里香が声をかけた。

「いらん。 お前じゃ、この道は無理だ。
大人しくナビしてろ」

 嵐は悪態をつきながらも、その運転は正確だった。
 しかし、しばらく進むと、道がいくつかに分かれており、カーナビも

「目的地周辺です」と表示するだけで役に立たない。完全に迷ってしまった。

「…どうするのよ、これ」

英里香が呆れたように言う。

「うるさい。ちょっと聞いてくる」

 嵐は車を停め、ちょうど畑仕事から戻ってきたらしい、腰の曲がった地元のお爺さんに道を尋ねた。

「すみません、ちょっとお尋ねしますが、真壁さんという方の家は…」

「んあ?  まかべ?  まかべんとこのわげぇしがか?」

 お爺さんは、強い地元訛りで答えたが、嵐にはその言葉の半分も理解できない。

「え?  あの、真壁吾郎さんという…」

「んだで、まかべだっぺ?
 あっこ曲がって、ぐーっと下って、また上がったとこだで。 すぐそこだわ」

「……」嵐は完全にフリーズしている。

英里香はインカム越しに吹き出しそうになるのを堪えながら言った。

『……兄さん、通訳お願い』

『俺に聞くな!』

 嵐はインカムに怒鳴り返すと、お爺さんに適当に礼を言い、半ば勘で車を再び走らせた。
 幸い、その勘は当たり、程なくして山の斜面にぽつんと建つ古びた小屋を発見した。
 煙突からは細く煙が立ち上っており、人が住んでいる気配がある。

 車を降り、二人は小屋の戸を叩いた。
 しばらくして、中から現れたのは、日に焼け、無精髭を生やした初老の男だった。
 年の頃は六十代半ばだろうか。鋭い目つきで二人を睨みつけ、警戒心を露わにしている。
 この男が、真壁吾郎に違いなかった。

「…何の用だ。見慣れねぇ顔だな」

 真壁はぶっきらぼうに言った。
 英里香は名乗り、弁護士であること、そして十数年前に起きた絹川市の女児殺害事件、須田和夫さんの件で話を聞きに来たことを告げた。

 その瞬間、真壁の表情が凍りついた。
 鋭かった目が僅かに揺らぎ、そしてすぐに、固く閉ざされた仮面のような無表情へと変わった。

「……帰ってくれ。ワシはもう、とっくに警察を辞めた人間だ。
 過去のことには関わりたくない」

 真壁は戸を閉めようとした。

「待ってください、真壁さん!」

 英里香は咄嗟に戸に手をかけた。

「お願いします。少しでいいんです。 
須田さんは、今も無実を訴えています。
 私たちは、再審請求の準備を進めているんです!」

「知ったことか! あれは終わった事件だ!」

 真壁は吐き捨てるように言った。
 その声には、苛立ちと、そして…どこか怯えのような響きが混じっていた。

 英里香は、持っていた須田節子の写真を取り出し、真壁の目の前に差し出した。

「このお母さんは、ずっと一人で、息子の無実を信じて戦ってきました。
 もうご高齢です。真実を知る前に、時間がなくなってしまうかもしれないんです!」

 真壁は写真から目を逸らし、顔を歪めた。
 長い沈黙が流れる。 鳥の声と、風が木々を揺らす音だけが聞こえる。
嵐が静かに口を開いた。

「真壁さん、あんたも刑事だったなら分かるはずだ。一度背負っちまった後悔は、そう簡単に消えねぇ。
 このまま、真実から目を背け続けて、あんた自身、本当に楽になれるのか?」

 元刑事としての共感が、真壁の心の奥底にあるであろう葛藤に語りかける。
 真壁は、きつく唇を結び、しばらく二人を睨みつけていたが、やがて、諦めたように深くため息をついた。

「……立ち話もなんだ。入れ」

 小屋の中は、質素だが整理されていた。
 囲炉裏には火が熾っており、壁には古い猟銃が立てかけてある。
 真壁は、黙って二人にお茶を出すと、囲炉裏の前に胡座あぐらをかいた。

「…何が聞きたい」低い声だった。

 英里香は、当時の捜査状況、特に和夫さんの自白の経緯やDNA鑑定への依存、そして「白いセダンの男」に関する情報について、慎重に質問を始めた。

 真壁は、すぐには答えなかった。
 時折、囲炉裏の火を見つめ、また沈黙する。
 しかし、英里香と嵐の真剣な眼差しに、彼の重い口が少しずつ開き始めた。

「……あんな自白、まともじゃなかった。
 最初からおかしかったんだ。だが、上は聞く耳を持たなかった……」

「DNA鑑定の結果が出た途端、空気は一変した。もう、和夫が犯人で決まりだと。
 他の捜査は、全て打ち切りだ」

「白いセダン…? 
 ああ、そんな情報もあったな。
だが、鑑定結果の前では、誰も本気で追おうとはしなかった……」

 言葉は断片的だった。
 まだ多くを語ろうとはしない。
 当時の捜査への批判を口にしながらも、その目には組織への忠誠心の名残や過去を暴かれることへの恐怖が見え隠れする。
 真実を語りたい気持ちと、それを阻む何かが彼の内で激しくせめぎ合っているようだった。

 それでも、真壁の口から漏れ出した断片的な言葉は当時の捜査がいかに歪んでいたか、そして冤罪が生まれるべくして生まれた可能性を強く示唆していた。

 英里香と嵐は真壁の心の扉が、ほんの少しだけ開いたことを感じていた。
 この閉ざされた口から、全ての真実を引き出すには、まだ時間が必要だろう。
 しかし、確かな一歩を踏み出した手応えがあった。

 帰り道、夕暮れの山道を走りながら英里香は静かに呟いた。

「時間はかかるかもしれない。
 でも、きっと話してくれるわ。 真壁さんも、苦しんでいるはずだから…」

 嵐は黙って頷き、アクセルを踏んだ。
 紅いスポーツカーは、深い山の闇へと続く道を、確かな光で照らしながら進んでいった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...