【完結】ツンデレお嬢様弁護士は奮闘中! ~法と人情で悪を裁く! ~

月影 流詩亜

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第六章:偽りの証明

第35話 再鑑定の光と影

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 真壁元警部補との接触は、確かな手応えを感じさせたが、それだけでは再審の扉をこじ開けるには不十分だった。
 やはり、事件の根幹であるDNA鑑定そのものを覆す必要がある。

 英里香は、巧がまとめた当時の鑑定技術(MCT118法)の問題点に関する詳細なレポートと、真壁から得られた証言の一部(陳述書への署名はまだ得られていない)を武器に、検察庁に対し、証拠品の再鑑定を正式に要求した。

 当初、検察の反応は鈍かった。

「既に確定した判決であり、鑑定結果に疑義はない」

「証拠品は長期間経過しており、鑑定に適さない可能性が高い」と、けんもほろろな対応だった。

 証拠品のずさんな保管状態を逆手に取り、再鑑定を回避しようという意図が見え隠れしていた。

 しかし、英里香は諦めなかった。日本弁護士連合会や人権団体と連携し、鑑定技術の専門家の意見書を添えて、再鑑定の必要性を粘り強く訴え続けた。

 メディアもこの問題を大きく取り上げ始め、

「科学的証拠は絶対か?」

「眠る証拠、再審への道」といった見出しが紙面を飾るようになった。

 世論の高まりは、無視できない圧力となっていった。
 追い詰められた検察は、ついに重い腰を上げざるを得なくなった。

「……限定的ではあるが、再鑑定の実施を許可する。
 ただし、鑑定可能な試料が存在した場合に限る」

 渋々ながらも、再鑑定への道が、ようやく開かれたのだ。

「やったわ…!」

 知らせを受けた英里香は、思わずガッツポーズを作った。
 しかし、本当の戦いはこれからだった。

 再鑑定の舞台は、東京の大江戸グループ中央研究所に移った。
 巧が指揮を執り、国内外から集められた分子生物学、法医学のトップレベルの研究者たちがチームを組んだ。

 警察や検察から引き渡された証拠品は、十数年の時を経て色褪せ、埃をかぶったさなえちゃんの小さな衣服を前に、研究者たちは息をのんだ。

「……状態は、予想以上に悪いな」

 巧は眉をひそめた。衣服の一部には、犯人のものとされる体液の染みが微かに残っていたが、DNAが分解・断片化している可能性が高い。

「最新のSTR法(短鎖縦列反復配列法)と、微量DNA解析技術を組み合わせるしかない。
 細心の注意を払って、汚染(コンタミネーション)を徹底的に排除する必要がある」

 研究室は、極度の緊張感に包まれた。
わずかなミスも許されない。
 研究者たちは、防護服に身を包み、クリーンルームで、祈るような気持ちで作業を進めた。
 DNAの抽出、増幅、そして塩基配列の解析……。
 気の遠くなるような、緻密で根気のいる作業が、昼夜を分か問わず続けられた。

 英里香は、事務所で固唾を飲んで結果を待った。 節子さんも、支援者たちと共に、毎日祈るような気持ちで連絡を待っていた。
 時間が、ひどく長く感じられた。

 そして、数週間後。 運命の日が訪れた。
 巧から英里香のスマートフォンに、震えるような声で連絡が入った。

『…英里香、出たぞ。結果が出た』

「どうだったの!? 巧兄さん!」

 英里香は思わず叫んでいた。

『……一致しなかった。
 被害者の衣服から検出されたDNA型は、須田和夫さんのものとは、に、に、一致しなかった!』

「……!」

 言葉が出なかった。
全身の力が抜け、椅子に崩れ落ちそうになるのを、必死でこらえた。
 涙が、熱いものが、頬を伝っていく。

 巧は続けた。
『それだけじゃない。須田さんとは異なる、未知の男性のDNA型が検出されたんだ。
 データベースにも該当者はいない。これは……』

「真犯人のDNA……」英里香は呟いた。

 須田和夫は、無実だった。そして、真犯人は他にいる……

 科学が、十数年の時を経て、ついに真実の扉を開いた瞬間だった。
 知らせは、すぐに節子さんと支援者たちにも伝えられた。
 事務所に駆けつけた節子さんは、英里香の手を握りしめ、嗚咽を漏らしながら泣き崩れた。

「ありがとうございます…先生……! 
 和夫は…和夫は、やっぱりやってなかったんですね……!」

 その涙は長年の苦しみと、ようやく訪れた希望が入り混じった、万感の涙だった。
 支援者たちも、抱き合って喜びを分かち合った。
 事務所は、歓喜と感動に包まれた。
 長年の努力が報われた瞬間。

 しかし、その喜びも束の間だった。

 検察庁に再鑑定結果を報告すると、担当検事は眉ひとつ動かさずにこう言った。

「鑑定結果については、真摯に受け止めます。
 しかし、DNAが付着した経緯は不明です。
 第三者のDNAが付着した可能性も否定できません。
 また、当時の須田氏の自白の信用性が、この鑑定結果によって直ちに覆るものではありません。
 再審請求については、裁判所の判断を待つことになります」

 愕然がくぜんとする英里香。

「なっ……! 不一致という結果が出たのですよ!? 
 それでもまだ、自白が信用できると!? 
 第三者のDNA? 
そんな可能性がどれだけあると……!」

「我々は、法と証拠に基づいて判断するまでです」検事は冷たく言い放った。

 鑑定結果が出てもなお、検察は抵抗する姿勢を崩さなかった。
 彼らにとって、組織の威信、過去の判断の正当性を守ることの方が個人の救済よりも優先されるのか。

 英里香は、新たな、そしてより根深い壁を感じざるを得なかった。
 再審請求を申し立て、法廷で検察と再び対峙しなければならない。

 戦いは、まだ終わっていなかった。

 そんな重苦しい空気が漂い始めた事務所に突如、けたたましい音楽と共に奇妙なステップを踏みながら入ってきた人物がいた。 潮来由利凛だ。

「見たか ! 英里香ちゃん ! 鑑定成功じゃ ! 
 やはり、妾が毎朝、絹川市の方角に向かって捧げていた『幸運を呼ぶサンバ・デ・真実』の踊りが効いたのじゃ ! 
 科学では解明できぬ、超常パワーのおかげじゃな !」

 由利凛は、腰をくねらせ、意味不明なポーズを決めている。
 事務所にいた全員が、あっけにとられて由利凛を見ていた。

「…由利凛、それはちょっと…」英里香が呆れて言う。

「ふん、凡人には妾の偉大さが分からぬのじゃ !」

 その時、応接スペースのソファで静かにお茶を飲んでいた御門所長が、ゆっくりと顔を上げた。
 そして、黙って眼鏡の位置を直し、再びお茶を一口すすった。

 まるで、日常茶飯事であるかのように、由利凛の奇妙な踊りには一切動じていない。

 その泰然自若たいぜんじじゃくとした姿に、英里香は少しだけ心が和むのを感じた。

 そうだ、どんなに困難な状況でも、どんなに奇妙な邪魔(?)が入ろうとも、自分たちは進むしかないのだ。

 英里香は気持ちを切り替え、デスクに向かった。 再審請求申立書の作成に取り掛かるためだ。

 光が見えた。

 しかし、その先にはまだ影が落ちている。

 その影を完全に払い、須田和夫に本当の自由を取り戻すまで戦いは続く。
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