【完結】ツンデレお嬢様弁護士は奮闘中! ~法と人情で悪を裁く! ~

月影 流詩亜

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第七章 : デジタルの迷宮

第42話 見えざる壁

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 高村亮の無実を証明するためには、ネオ・フロンティア社が隠している情報へのアクセスが不可欠だった。
 巧の分析でデジタル証拠の偽装工作の可能性が高まった今、英里香は確信を持って、同社の顧問弁護士との再度の交渉に臨んでいた。

 今回はビデオ会議での対面だ。
 モニターの向こうで、初老の男性弁護士が、いかにも老獪そうな笑みを浮かべている。

「大江戸先生、先日のご指摘、すなわちログデータの偽装工作の可能性についてですが、それはあくまで貴職の推測の域を出ませんな」
 弁護士は、ゆっくりと、しかし有無を言わせぬ口調で語り始めた。

「弊社としましては、捜査機関には全面的に協力しており、提出すべきデータは全て提出済みです。
 貴職が要求されているサーバーの完全なアクセスログや、内部監査の詳細記録となりますと…これは弊社の生命線とも言える最高機密情報が含まれております」

「ですが、高村さんの潔白を証明するためには、その情報が必要不可欠なのです。
 偽装工作があったのなら、その証拠もその中に隠されているはずです」英里香は食い下がった。

「ふむ…しかし、それを開示することで、さらなる情報漏洩のリスク、ひいては弊社の事業継続そのものに関わる損害が発生する可能性も否定できません。
 弁護士法第1条にもあります通り、我々には社会正義の実現と共に、基本的人権の擁護ようごという使命がございますが、同時に依頼人の正当な利益を守る義務もございますのでな」

 法的根拠を巧みに盾に取り、慇懃無礼いんぎんぶれいな態度で要求をかわす。
 英里香は、モニターの向こうの男の、冷静さを装った瞳の奥に、真実を隠蔽いんぺいしようとする強い意志を感じ、苛立ちを禁じ得なかった。  交渉は完全に平行線を辿り、徒労感だけが残った。

『……法が、時に真実を隠すための壁として利用されるなんて皮肉だわ』

 会議終了後、英里香は自嘲気味に呟き、事務所の自席で重いため息をついた。
 状況を報告すると、御門所長は静かに頷き、いつものように落ち着いた声で言った。

「焦るな、大江戸君。
 壁が高く厚く見える時ほど、どこかにもろい部分や、隠された扉があるものだ。視野を広く持ち、あらゆる可能性を探ることだ」
その言葉に少しだけ冷静さを取り戻した時、デスクのスマートフォンが着信を告げた。
 ディスプレイには「大江戸 明日菜」の文字。姉からの連絡だった。

「もしもし、明日菜姉さん?」

『英里香、少し時間いいかしら?例のネオ・フロンティアの件、いくつか分かったことがあるわ』
ビデオ通話に切り替えると、モニターには寸分の隙もなく整えられたオフィスを背景に、冷静沈着な姉の姿が映し出された。

『まず、あなたが追っている漏洩ろうえいしたとされるAI……コードネーム「イカロス」について。
 これは、単なる新製品や基幹システムのレベルではないわね』
 明日菜は、手元のタブレットを操作しながら説明を続ける。

『あれは、自己学習能力と予測精度において、既存のAIとは一線を画すものよ。
 完成すれば、金融、医療、交通、インフラ…あらゆる産業の根幹をくつがえし、ひいては国家間のパワーバランス、安全保障にまで影響を及ぼしかねない、まさに戦略的基幹技術。その価値は計り知れないわ』

 英里香は息をのんだ。事件のスケールが、想像を遥かに超えていた。

『次に、ネオ・フロンティア社の内情。
 表向きは急成長を遂げている優良企業だけれど、その実態はかなりきな臭い。
 強引な開発スケジュールと多額の投資で、財務状況は見た目ほど盤石ではない。
 社内では、技術開発を優先する高村亮のようなエンジニアたちと、短期的な利益を追求する経営陣との間で、深刻な対立があるようね。
 そして、亮はその対立構造の中で、ある派閥の象徴的な存在になりつつあった…』

 明日菜の分析は、事件が単なる産業スパイや社内の個人的な妬みによるものではない可能性を強く示唆していた。もっと大きな力、あるいは国家レベルの思惑が絡んでいる可能性すらある。

『……だから、英里香。この事件、慎重に進めなさい。相手は、あなたが考えている以上に巨大で、複雑かもしれないわ』

「ありがとう、姉さん。助かるわ。心しておく」

明日菜との通話を終え、英里香が重い事実に思考を巡らせていると、事務所のドアが威勢よくノックされた。

「先生!大江戸先生!お疲れ様です!」
息を切らして入ってきたのは、警視庁捜査一課の玉井二郎刑事だった。その手には、なぜかコンビニの大きな袋が握られている。

「これ!差し入れです!疲れた時には甘いものかと!」
そう言って差し出されたのは、大量のあんぱんだった。

「……ありがとう、玉井刑事。それで、何か進展でも?」英里香はあんぱんには手を付けず、冷静に尋ねた。

「は、はい!それがですね、地道に聞き込みを続けた結果、耳寄りな情報をゲットしました!」
玉井刑事は得意げに胸を張る。

「なんと、ネオ・フロンティア社の社長がですね、最近、銀座の高級クラブで相当派手に遊んでるらしいんですよ!
 しかも、お相手は社員の女性だとか…これは何か裏があるかもしれません!」

「……」英里香は絶句した。
 確かにスキャンダルかもしれないが、今の事件の本筋とはどう考えても関係がない。

「……そう。ありがとう、玉井刑事。
でも、今はゴシップよりも、高村さんの無実につながる確かな証拠が必要なの。
 例えば、社内の不審な金の動きとか、アリバイとか…」
内心の深いため息を隠し、できるだけ穏やかに言った。

「あっ……そ、そうですよね!失礼しました!」
玉井刑事は一瞬しょんぼりしたが、すぐに気を取り直した。

「分かりました!社長のクラブ通いについては一旦忘れ、確たる証拠を探して足で稼いできます!押忍!」
そう言って敬礼すると、少しだけ残念そうにあんぱんの袋を抱え直し、慌ただしく事務所を出ていった。

(彼は彼なりに、一生懸命なのだろうけれど…)

 英里香は、玉井刑事の去ったドアを見つめ、もう一度ため息をついた。ネオ・フロンティアという巨大企業が築いた分厚い壁。
 その背後にうごめくかもしれない、さらに大きな力。そして、いまだ掴みどころのない真犯人の影…。

 御門所長の言葉と、明日菜の警告を反芻はんすうする。

(壁があるなら、壊すか、迂回するか…あるいは、中から開けてもらうしかないわね……)

 英里香は、モニターに表示されたネオ・フロンティア社のロゴを睨みつけ、次の一手を探るべく、再び思考の海へと深く沈んでいった。

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