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終章:天下統一と「誤先生」の伝説
第22話 家康の野望と関東への道迷い
しおりを挟む 本能寺での謀反劇が、信長様の奇跡的な脱出と、明智光秀のあっけない滅亡という形で幕を閉じてより数年。
日の本は、ついに大きな転換期を迎えた。
信長様に敵対する勢力はことごとく平定され、長きにわたった戦国の世は、ついに終わりを告げたのだ。
織田信長の名の下に、天下は統一されたのである。
安土城では、天下統一を祝う盛大な論功行賞が行われていた。
羽柴秀吉は畿内から西国一帯を治める大名に。
前田利家も、北陸・加賀百万石の主となった。
そして、長年の盟友として信長様を支え続けた徳川家康殿には、北条家が治めていた旧領を含めた関東一円が、新たな領地として与えられた。
「家康、これまでのそなたの働き、見事であった。 これよりは、関東の鎮めとして、我が天下を支えよ」
「ははっ!この家康、信長様への忠誠、未来永劫変わることはございませぬ!」
信長様の前に深々と平伏する家康殿の姿は、忠実な家臣そのものだった。
だが、その謙虚な仮面の下で、天下への野望の火が、未だ静かに燻り続けていることを信長様以外、誰も知らなかった。
(……しばしの辛抱よ。 今は、この関東で力を蓄える。
いずれ来るべき時のために、江戸の地に天下に二つとない巨大な城を築き、我が徳川の牙を研いでおくのだ)
家康殿は、新たな本拠地・江戸で、壮大な計画を秘密裏に進めようとしていた。
その頃、俺、呉学人は……
ようやく訪れた平和な世で、軍師ではなく、利家の領地・加賀の宰相として、穏やかな日々を送っていた。
「学人、ちと安土まで行ってきてくれんか」
ある日、利家は俺にそう命じた。
「加賀と都を結ぶ北陸街道の整備について、信長様に直接ご報告とご裁可をいただきたいのだ」
それは、戦とは無縁の、平和な世ならではの使い走りだった。
俺は、ようやく自分のうっかりが大事を引き起こさずに済む仕事が来たと、胸を撫で下ろした。
(ただ、道を真っ直ぐ行くだけだ。
今度こそ、今度こそは、道に迷うものか)
固く誓って加賀を出立した俺だったが、その誓いが、天に届くことはなかった。
越前を過ぎ、近江へ入る分岐点で、俺は、またしても己の悪魔的な方向音痴を発揮した。
安土へ向かうはずが、なぜか中山道へと入り込み、気づけば東へ、東へと進んでいたのだ。
「……どうも、景色が違うような……。
琵琶湖はどこへ行ったのだ?」
見渡す限り広がる、雄大な山々と、どこまでも続く平野。
俺は、街道沿いの茶屋で団子を頬張りながら、店主に尋ねた。
「おや、旅の方。 ここは武蔵の国でございますよ」
「むさし……」
俺は、口に含んだ団子を喉に詰まらせそうになった。
武蔵国
それは、徳川家康殿が治める関東の、そのまた中心地ではないか !
「ああ、私はまた道を間違えてしまった~~~~~っ!」
俺の悲鳴に、茶屋の客たちがぎょっとした顔で振り返った。
完全に道に迷い、途方に暮れていた俺を、さらに不運が襲う。
空がにわかにかき曇り、滝のような豪雨が降り始めたのだ。
俺は、ずぶ濡れになりながら近くの山寺へと駆け込み、雨宿りを請うた。
「これは、ひどい雨ですな。 和尚、しばし軒先をお借りできますかな」
「おお、旅の方。 ささ、中へ。どうぞ、風邪など召されぬよう」
親切な和尚に案内され、本堂へと上がった俺は、そこで信じられない人物と顔を合わせることになる。
本堂の奥の間で、数人の武士たちと何やら密談を交わしていたその人物は、他ならぬ、徳川家康殿その人だった。
彼の前には、巨大な城の設計図らしきものが広げられている。
俺は、相手が誰であるかも一瞬忘れ、呑気な声を上げた。
「これはこれは徳川様。
このような場所で奇遇ですな」
ギギギッ……と、まるで錆びついた人形のように、家康殿と、彼の密談相手……おそらくは、旧北条家の重臣たちだろう……の首が、一斉にこちらを向いた。
彼らの顔は、幽霊でも見たかのように、真っ青だった。
(な……なぜ、呉学人が、ここに!?)
家康殿の心の声が、聞こえるようだった。
(信長様の腹心……いや、天運を操るという、あの『誤先生』が、なぜ我らの密談の場に、一人で、現れるのだ!?)
彼らの思考は、瞬時に最悪の結論へと達した。
(……読まれている!我らの動きは、すべて信長様に筒抜けだったのだ!)
俺は、そんな彼らの内心のパニックなど露知らず、広げられた図面に興味津々で歩み寄った。
「ほう、これは見事な……新しい城下町の地図でございますか?
江戸とは、これほど壮麗な都になるのですね!」
俺は、巨大な天守や、幾重にも張り巡らされた堀や石垣を、ただの都市計画だと勘違いしていた。
「これは素晴らしい! 信長様も、さぞお喜びになるでしょう!」
その善意に満ちた一言は、家康殿たちには、悪魔の最終通告のように聞こえたに違いない。
家康殿は、引きつった笑みを浮かべると、即座に密約の破談を決め、そして、自らの潔白を証明するかのように、俺に言った。
「お、おお、学人殿!
よ、よくぞ参られた!
ちょうど、この新しい町の設計について、信長様にご意見を賜りたく、その写しを用意しておったところ! ぜひ、お持ちくだされ!」
こうして俺は、道に迷ったお詫びの印として、家康殿の野望が詰まった江戸城の設計図を、有り難く「お土産」として頂戴することになった。
数週間後、安土城に戻った俺は、信長様の前に平伏し、道に迷ったことを泣きながら謝罪した。
そして、「これは、徳川様からの置き土産にございます」と、例の設計図を献上した。
信長様は、その図面を広げ、描かれた巨大な天守や、複雑怪奇な縄張り(城の防御設計)を一瞥すると、全ての意図を一目で見抜いた。
そして、怒るでもなく、ただ静かに、そして心の底から面白そうに、ふっと笑った。
「ほう……家康め、わしに隠れて随分と面白いことを考えておるわ」
その笑みは、天下人の余裕か、それとも……
俺には、知る由もなかった。
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