【完結】新・信長公記 ~ 軍師、呉学人(ごがくじん)は間違えない? ~

月影 流詩亜

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第三部:信長包囲網と天運の行方

第21話 回避された悲劇

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​ 明智光秀の陣営は、混乱の極みにあった。

 呉学人という、たった一人の男の出現。

 その報告は、完璧に計算され尽くしたはずの謀反計画に、致命的な亀裂を生じさせた。

​「御屋形様!いかがなさいますか!」

「計画が織田方に漏れているとすれば、今からでも中止すべきでは!」

​ 腹心の家臣たちが、決断を迫る。

 光秀は、唇が切れるほど強く噛みしめ、思考を巡らせていた。

​(中止だと? 馬鹿を言え。
 ここまで来て、引けるものか。
 信長は、すでに我が心を見抜いておられるのだ。
 ここで兵を引けば、いずれ謀反の罪で、一族郎党、根絶やしにされるは必定ひつじょう

​ 彼の脳裏には、これまで信長によって粛清されてきた者たちの顔が、次々と浮かんで消えた。

 佐久間信盛、林秀貞……

 あの冷徹な主君が、一度でも疑いを抱いた者を、生かしておくはずがない。

​(ならば、道は一つ)

​ 光秀の目に、狂気にも似た光が宿った。

​(罠だと分かっていても、進むしかない。
 信長の包囲網が完成する前に、一刻も早く、その首を掻き切るのだ!)

​ 疑心暗鬼は、彼の冷静な判断力を完全に奪い去っていた。

 本来ならば、最も避けるべき
 それこそが、今の光秀を突き動かす唯一の原動力となっていた。

​「……全軍に伝えよ」

​ 光秀は、絞り出すような声で命じた。

​「これより、予定を繰り上げ、ただちに京へ向かう!敵は、本能寺にあり!」

​ その号令は、もはや緻密な計算に基づいたものではなかった。
 追い詰められた獣が放つ、やぶれかぶれの咆哮だった。
​ ​
 ​
 明智軍の進軍は、混乱を極めた。
 本来の計画よりも数刻早い出陣に、兵たちの準備は整わず、隊列は乱れ、統制を欠いていた。

「信長様が、我らの閲兵えっぺいをされるのだ」という偽りの命令も、そのあまりの拙速さに、兵たちの間で不審の種を撒くだけだった。

​ その混乱が、運命を分ける。

​ 京の入り口で警備にあたっていた織田の小部隊が、統制なく進軍してくる明智軍の異様な雰囲気に気づいた。

​「様子がおかしい!あれは、ただの援軍の動きではない!」

​ 一人の若い武者が、その勘の良さで馬を飛ばし、主君が滞在する本能寺へと、凶報を知らせるために駆け出したのだ。
​ ​
 ​
 その頃、本能寺の信長は、すでに床に就いていた。
 天下統一を目前にし、その心には、一瞬の緩みがあったかもしれない。

​「殿!申し上げます! 明智勢、謀反!
 この本能寺に押し寄せてまいります!」

​ 森蘭丸の絶叫にも似た報告が、信長を夢から引き戻した。

​「……何、光秀が? 是非もなし」

​ 信長は、一瞬の驚きの後、全てを悟ったかのように……静かに呟いた。
 だが、彼は歴史が知る信長とは、わずかに違っていた。

   彼は、呉学人という「天運」の存在を心のどこかで信じていたのだ。
​  明智軍が寺を完全に包囲するよりも、わずかに早く。

 信長は、数名の近習と共に、炎上する本能寺の裏手から、闇の中へと脱出することに成功する。
 準備不足で連携の取れない明智軍の包囲網は、完全ではなかったのだ。

​ 光秀が本能寺を制圧した時、そこに信長の姿はなかった。
 彼の謀反は、その最も重要な目的を、開始わずか一刻で失ったのである。

​ 信長生存の報は、瞬く間に織田家の諸将の元へと伝わった。

 彼らはもはや、亡き主君の仇討ちではなく、生きている主君を救うため、そして裏切り者を討つために、怒りの軍勢となって京へと殺到する。

 明智光秀の天下は、三日と持たずに潰える運命が、この瞬間に確定した……
​ ​
 ​
 その頃、俺、呉学人は……

​ 一夜の宿を借りた古寺で、遠く京の都の方角から聞こえてくる鬨の声や、喧騒の音に、不安な夜を過ごしていた。

​「……なんだか、外が騒がしいな」

「おお、旅の方。 なんでも、都で謀反が起きたとか……本能寺というお寺が燃えているそうで」

​ 寺の和尚から聞いた言葉に俺は血の気が引いた。

​(むっ、謀反!?本能寺!?
信長様が、いらっしゃる場所ではないか!)

​ だが、俺にできることなど何もない。
 下手に動けば、この戦乱に巻き込まれて命を落とすだけだ。

​(こ、怖い……!騒ぎが収まるまで、絶対にこの寺から一歩も出るものか!)

​ 俺は、ガタガタと震えながら、固く閉ざされた本堂の隅で、ただひたすら嵐が過ぎ去るのを待っていた。
​ 自分が、その嵐の中心にいる竜の目を、ただ道に迷っただけで突いてしまったことなど、全く、これっぽっちも、気づかずに。

​──  歴史上、最大の奇跡 ──

 それは、歴史上、最大の道迷いによって、あまりにもあっけなく、そして誰にも知られぬままに、成し遂げられたのだった……




※ 閲兵えっぺいとは、軍事活動の一環として使用される言葉で、一般的に兵士や部隊の状況を視察し、査閲する行為を指します。
 指揮官や高官が部隊の整列した状態を視察したり、その準備状態を確認する場面で使われます。
 軍事パレードや国の重要な記念日に行われることが多いです。 (chatGPTより参照)
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