25 / 38
第三部:信長包囲網と天運の行方
第21話 回避された悲劇
しおりを挟む 明智光秀の陣営は、混乱の極みにあった。
呉学人という、たった一人の男の出現。
その報告は、完璧に計算され尽くしたはずの謀反計画に、致命的な亀裂を生じさせた。
「御屋形様!いかがなさいますか!」
「計画が織田方に漏れているとすれば、今からでも中止すべきでは!」
腹心の家臣たちが、決断を迫る。
光秀は、唇が切れるほど強く噛みしめ、思考を巡らせていた。
(中止だと? 馬鹿を言え。
ここまで来て、引けるものか。
信長は、すでに我が心を見抜いておられるのだ。
ここで兵を引けば、いずれ謀反の罪で、一族郎党、根絶やしにされるは必定)
彼の脳裏には、これまで信長によって粛清されてきた者たちの顔が、次々と浮かんで消えた。
佐久間信盛、林秀貞……
あの冷徹な主君が、一度でも疑いを抱いた者を、生かしておくはずがない。
(ならば、道は一つ)
光秀の目に、狂気にも似た光が宿った。
(罠だと分かっていても、進むしかない。
信長の包囲網が完成する前に、一刻も早く、その首を掻き切るのだ!)
疑心暗鬼は、彼の冷静な判断力を完全に奪い去っていた。
本来ならば、最も避けるべき焦り。
それこそが、今の光秀を突き動かす唯一の原動力となっていた。
「……全軍に伝えよ」
光秀は、絞り出すような声で命じた。
「これより、予定を繰り上げ、ただちに京へ向かう!敵は、本能寺にあり!」
その号令は、もはや緻密な計算に基づいたものではなかった。
追い詰められた獣が放つ、やぶれかぶれの咆哮だった。
明智軍の進軍は、混乱を極めた。
本来の計画よりも数刻早い出陣に、兵たちの準備は整わず、隊列は乱れ、統制を欠いていた。
「信長様が、我らの閲兵をされるのだ」という偽りの命令も、そのあまりの拙速さに、兵たちの間で不審の種を撒くだけだった。
その混乱が、運命を分ける。
京の入り口で警備にあたっていた織田の小部隊が、統制なく進軍してくる明智軍の異様な雰囲気に気づいた。
「様子がおかしい!あれは、ただの援軍の動きではない!」
一人の若い武者が、その勘の良さで馬を飛ばし、主君が滞在する本能寺へと、凶報を知らせるために駆け出したのだ。
その頃、本能寺の信長は、すでに床に就いていた。
天下統一を目前にし、その心には、一瞬の緩みがあったかもしれない。
「殿!申し上げます! 明智勢、謀反!
この本能寺に押し寄せてまいります!」
森蘭丸の絶叫にも似た報告が、信長を夢から引き戻した。
「……何、光秀が? 是非もなし」
信長は、一瞬の驚きの後、全てを悟ったかのように……静かに呟いた。
だが、彼は歴史が知る信長とは、わずかに違っていた。
彼は、呉学人という「天運」の存在を心のどこかで信じていたのだ。
明智軍が寺を完全に包囲するよりも、わずかに早く。
信長は、数名の近習と共に、炎上する本能寺の裏手から、闇の中へと脱出することに成功する。
準備不足で連携の取れない明智軍の包囲網は、完全ではなかったのだ。
光秀が本能寺を制圧した時、そこに信長の姿はなかった。
彼の謀反は、その最も重要な目的を、開始わずか一刻で失ったのである。
信長生存の報は、瞬く間に織田家の諸将の元へと伝わった。
彼らはもはや、亡き主君の仇討ちではなく、生きている主君を救うため、そして裏切り者を討つために、怒りの軍勢となって京へと殺到する。
明智光秀の天下は、三日と持たずに潰える運命が、この瞬間に確定した……
その頃、俺、呉学人は……
一夜の宿を借りた古寺で、遠く京の都の方角から聞こえてくる鬨の声や、喧騒の音に、不安な夜を過ごしていた。
「……なんだか、外が騒がしいな」
「おお、旅の方。 なんでも、都で謀反が起きたとか……本能寺というお寺が燃えているそうで」
寺の和尚から聞いた言葉に俺は血の気が引いた。
(むっ、謀反!?本能寺!?
信長様が、いらっしゃる場所ではないか!)
だが、俺にできることなど何もない。
下手に動けば、この戦乱に巻き込まれて命を落とすだけだ。
(こ、怖い……!騒ぎが収まるまで、絶対にこの寺から一歩も出るものか!)
俺は、ガタガタと震えながら、固く閉ざされた本堂の隅で、ただひたすら嵐が過ぎ去るのを待っていた。
自分が、その嵐の中心にいる竜の目を、ただ道に迷っただけで突いてしまったことなど、全く、これっぽっちも、気づかずに。
── 歴史上、最大の奇跡 ──
それは、歴史上、最大の道迷いによって、あまりにもあっけなく、そして誰にも知られぬままに、成し遂げられたのだった……
※ 閲兵とは、軍事活動の一環として使用される言葉で、一般的に兵士や部隊の状況を視察し、査閲する行為を指します。
指揮官や高官が部隊の整列した状態を視察したり、その準備状態を確認する場面で使われます。
軍事パレードや国の重要な記念日に行われることが多いです。 (chatGPTより参照)
1
あなたにおすすめの小説
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
武田義信は謀略で天下取りを始めるようです ~信玄「今川攻めを命じたはずの義信が、勝手に徳川を攻めてるんだが???」~
田島はる
歴史・時代
桶狭間の戦いで今川義元が戦死すると、武田家は外交方針の転換を余儀なくされた。
今川との婚姻を破棄して駿河侵攻を主張する信玄に、義信は待ったをかけた。
義信「此度の侵攻、それがしにお任せください!」
領地を貰うとすぐさま侵攻を始める義信。しかし、信玄の思惑とは別に義信が攻めたのは徳川領、三河だった。
信玄「ちょっ、なにやってるの!?!?!?」
信玄の意に反して、突如始まった対徳川戦。義信は持ち前の奇策と野蛮さで織田・徳川の討伐に乗り出すのだった。
かくして、武田義信の敵討ちが幕を開けるのだった。
皇国の栄光
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。
日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。
激動の昭和時代。
皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか?
それとも47の星が照らす夜だろうか?
趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。
こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる