【完結】新・信長公記 ~ 軍師、呉学人(ごがくじん)は間違えない? ~

月影 流詩亜

文字の大きさ
20 / 38
第三部:信長包囲網と天運の行方

​閑話三:天運の正体 ​

しおりを挟む

​ 呉学人を観察すること。

 それが、いつしか俺、前田慶次の日課となっていた。
​ 叔父御の城に滞在する間、俺はほとんどの時間を、あの男の側で過ごした。

 戦国の世にあって、これほど面白い見世物は他にない。
 学人先生は、俺が近くにいるだけで寿命が縮むとばかりにいつもビクビクしていたが、そんなことは知ったことか。

​ 観察すればするほど、確信は深まった。

 この男の天運は、まやかしではない。

​ ある日、学人が利家叔父御に頼まれ、領地の地図に新しい街道筋を墨で書き入れていた。

 俺が背後から「ほう、見事な筆さばきだ」と声をかけると、学人は「ひゃっ!?」と奇声を発して飛び上がり、すずりをひっくり返して、墨を地図の上にぶちまけてしまった。

 真っ青になって「ああ、私はなんという……!」と泣き崩れる学人の隣で、俺はその墨の染みを眺めて、目を見張った。

 偶然できたその染みは、まるで新しい開墾地を示すかのように、これまで誰も気づかなかった山間の肥沃な土地を、くっきりと浮かび上がらせていたのだ。

​ またある日には、俺が「軍師たるもの、馬術も嗜まねばな!」と、無理やり彼を馬に乗せて野駆けに連れ出した。

 案の定、学人は手綱さばきを誤り馬は暴走……林の奥へと消えていった。
 俺が慌てて後を追うと、そこには、馬から振り落とされて泥まみれになった学人が、湯気の立つ泉に尻もちをついていた。
 前田領における、最初の温泉が発見された瞬間であった。

​(……やはりだ)

​ 俺は、もう疑いようのない結論に達していた。
​ ​
 ​
 その日の夕暮れ。

 俺は、縁側で一人、ぼんやりと空を眺めていた学人の隣に、どかりと腰を下ろした。

​「先生よ」

「ひいっ!け、慶次殿!いつからそこに!?」

​ いつものように驚く学人を無視して、俺は真剣な声で切り出した。

​「あんたの天運の正体、この慶次、見切ったぞ」

「て、天運の正体……でございますか?」

​ 学人は、怪訝な顔で首を傾げている。
 俺は、そんな彼をまっすぐに見据えて言った。

​「世の軍師どもは、皆、こう考えている。策を弄し、知恵を絞り、天の流れを読み、それに逆らってでも勝利を掴もうとな。
 半兵衛殿も、そういう男だったのだろう」

「……」

​「だが、先生。あんたは違う。全くの逆だ」

​ 俺は、にやりと笑った。

​「あんた、本当は、何も考えておらんのだろう?」

​ その言葉に、学人の肩がびくりと跳ねた。

「い、いえ、その、私なりに、織田家のためにと、必死に考えては……」

​ そのしどろもどろの答えを聞いて、俺は満足げに頷いた。

​「それでいい。それがいいのだ」

 俺は、空を指さした。

​「凡百の者どもはな、天という名の大きな流れに、必死で抗おうとする。
 だから、小さな成功しか掴めんのだ。
 だが先生、あんたは違う。
 流れに身を任せ、抗うことすら考えず、ただ、つまずき、転ぶ」

​「……」

​「だからこそ、天が面白いと感じて、あんたの手を引いてくれるのよ。『こいつは放っておくと死んでしまうわ』とな。
 あんたが転んだその先に、いつも奇跡という名の座布団を、そっと敷いておいてくれるのだ」

​ 俺は、学人の肩を強く叩いた。

​「つまり、先生の強さの秘訣は! 『諦め』と『うっかり』よな!」

​ それが、この俺、前田慶次が見出した、呉学人という男の天運の正体だった。

 俺の言葉に、学人は、もはや森羅万象の真理でも聞かされたかのような顔で、ぽかんとしている。

​「あきらめ……と、うっかり……。それはただの、私の欠点では……」

​ その、どこまでも分かっておらん様子を見て、俺は腹の底から笑った。

 これでいい。この男は、このままでいいのだ。

​ 俺は立ち上がると、空になった瓢箪ひょうたんを肩に担いだ。

「いやはや、面白い! 実に面白いものを見せてもらったわ!
 あんたのおかげで、退屈せずに済んだ」

​ 俺は、去り際に呆然と座している男に言い放った。

​「先生よ! またいつか、この世が退屈になったら、あんたの盛大なうっかりを見に来るぜ!
 それまで、せいぜい元気に転び続けるんだな!」

​ 俺は、高笑いを残してその場を去った。

 一人残された呉学人が、「私は、ただのダメな人間だと、太鼓判を押されただけではないか……」
と、夕陽の中で、さらに深い自己不信の沼へと沈んでいったことを、今の俺は知る由もなかった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

武田義信は謀略で天下取りを始めるようです ~信玄「今川攻めを命じたはずの義信が、勝手に徳川を攻めてるんだが???」~

田島はる
歴史・時代
桶狭間の戦いで今川義元が戦死すると、武田家は外交方針の転換を余儀なくされた。 今川との婚姻を破棄して駿河侵攻を主張する信玄に、義信は待ったをかけた。 義信「此度の侵攻、それがしにお任せください!」 領地を貰うとすぐさま侵攻を始める義信。しかし、信玄の思惑とは別に義信が攻めたのは徳川領、三河だった。 信玄「ちょっ、なにやってるの!?!?!?」 信玄の意に反して、突如始まった対徳川戦。義信は持ち前の奇策と野蛮さで織田・徳川の討伐に乗り出すのだった。 かくして、武田義信の敵討ちが幕を開けるのだった。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

皇国の栄光

ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。 日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。 激動の昭和時代。 皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか? それとも47の星が照らす夜だろうか? 趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。 こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

天正の黒船

KEYちゃん
歴史・時代
幕末、日本人は欧米諸国が日本に来た時の黒船に腰を抜かした。しかしその300年前に日本人は黒船を作っていた。

連合艦隊司令長官、井上成美

ypaaaaaaa
歴史・時代
2・26事件に端を発する国内の動乱や、日中両国の緊張状態の最中にある1937年1月16日、内々に海軍大臣就任が決定していた米内光政中将が高血圧で倒れた。命には別状がなかったものの、少しの間の病養が必要となった。これを受け、米内は信頼のおける部下として山本五十六を自分の代替として海軍大臣に推薦。そして空席になった連合艦隊司令長官には…。 毎度毎度こんなことがあったらいいな読んで、楽しんで頂いたら幸いです!

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

処理中です...