テミスの審判は🐾朝食の香りに混じって

月影 流詩亜

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第2話 甘い香りの投資話(歩 視点)

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​「実は……、お父様とお母様には、歩さんを幸せにするための『私の覚悟』を知っておいていただきたいんです」

 ​麦田さんが、コーヒーカップをそっと置いて改まった。
 その真剣な眼差しに、父も背筋を伸ばす。母は「あら、覚悟だなんて」と頬を赤らめていた。

 ​麦田さんは鞄から、重厚な革製のファイルを取り出した。中には、グラフや数字が並んだ書類が数枚。素人の私にはよく分からないけれど、どこかの公的な機関の印章のようなものが見える。

​「現在、私の勤める商社で極秘に進めている、環境エネルギー事業の特別債券です。本来は一般に出回るものではないのですが……歩さんのご家族には、将来の安心を手にしていただきたくて」

​「特別、ですか?」

父が身を乗り出す。父は定年退職したばかりで、退職金の運用先をずっと探していたのだ。

​「ええ。年利で15%は手堅い。
 歩さんとの結婚式や、将来のマイホーム資金として、私も給料のほとんどをこれに充てています」

​ 麦田さんの言葉は、まるで魔法のようにリビングの空気を甘く、温かく包み込んでいく。
 父は感心したように書類をめくり、母は「まあ、そんなに私たちのことを……」と涙ぐんでいる。

​ 私は胸が熱くなった。

 竜一さんは、私たちの家族のことをこんなに真剣に考えてくれている。
 彼のようなエリートが、わざわざリスクを冒してまで内緒の話をしてくれるなんて。

​「……にゃ、あああああんッ!!」

​ 不意に、テミスがテーブルの中央に飛び乗った。
鋭い爪が、麦田さんの差し出した書類をグシャリと掻きむしる。

​「テミス! 何するの!」

 私は慌ててテミスを抱き寄せた。けれど、テミスは私の腕の中で暴れながら、麦田さんの顔を目がけて、まるで「汚物」を払いのけるような仕草で前脚を振った。

​「おっと……危ないですね」

 麦田さんが顔を引きつらせて身を引く。
 その瞬間、彼の完璧な微笑みの端が、ピクリと不自然に吊り上がった。

​「ごめんなさい、竜一さん! 本当に、どうしちゃったのかしら、この子……」

「いえ、構いませんよ。動物には、高潔な人間の志は理解できないものですから」

​ 麦田さんは一瞬だけ、私に背を向けてテミスを睨みつけた。
 その背中から、言いようのない冷たい威圧感を感じて、私は思わず息を呑んだ。
 ​でも、彼はすぐに振り返り、また元の優しい聖人のような顔に戻っていた。

「お父様、この話、他言無用でお願いしますね。歩さんのためですから」

​ 波風を立ててはいけない。

 テミスがこんなに嫌がるのは、きっと私の緊張が伝わって、縄張りを守ろうとしているだけ。

 竜一さんは、こんなに素敵な人なんだから。

 ​私は自分にそう言い聞かせ、テミスを強く抱きしめた。

 テミスからは絶望したような、悲しい声を漏らしていた。
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