尾道海岸通り café leaf へようこそ

川本明青

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1 謎の美青年、海に落ちる

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「来てるわよ」

 次の日バイトに行くと、奥さんが待ってましたとばかりに小声で言った。

「ほら、あそこ」

 見ると、窓際の席に座り、海を眺めながら清風さんがコーヒーを飲んでいた。はっきり言って感動した。心のどこかで、来ないんじゃないかと思っていたのだ。

「なんで座ってコーヒー飲んでるだけなのにあんなに様になるのかしら。さすが雅楽川の御曹司ねえ。咲和ちゃんが一生懸命になるのもわかるわ~」

「そんなんじゃないですよ」

 わたしは清風さんの席に近づいて行った。清風さんは気付いて、軽くうなずくように会釈をした。相変わらず愛想はない。

「いらっしゃいませ。来てくれたんですね」

「約束したからね」

「コーヒー、美味しいでしょう?」

「僕は普段コーヒーを飲まないから味の良し悪しはわからない」

「いつもは何を飲んでるんですか?」

 どうせお高いお紅茶とか言うんだろう。

「緑茶」

 何かしら期待を裏切ってくれる人だ。

「病院行きました?」

「今その帰り」

「怒られたでしょ」

「まあ」

「でもよかったです。警察に捕まる前で。で、晩ごはんはどうするんですか? ちゃんと食べないとダメですよ」

「まだ早いよ」

「じゃあ、テイクアウトでうちのサンドイッチでもどうですか? マヨネーズが自家製ですごく美味しいんです」

 清風さんは上目遣いで視線をよこした。わたしは何か言いたげな清風さんよりも先にまた口を開いた。

「売り上げに貢献してくれる約束でしょ?」

「…………。じゃあ、それを」

「ありがとうございます!」
 

 清風さんを見送ったあとマスターは言った。

「やっぱり育ちがいいっていうか、落ち着いてるのに華があるよな。僕なんかにも丁寧に頭下げてさ」

「当り前じゃないですか。マスターは命の恩人なんだから」

「咲和ちゃんが言ってくれたんだって? お礼がしたいんなら、店にコーヒー飲みに来てくれって」

「言ってくれてよかったわ~。また来るかしら。ね? あのクールさ加減がいいわよね」

 奥さんはまだ興奮気味だ。

「一緒に助けてくれた人たちのことわかりませんかって聞かれたんだけど、僕も知らない人たちだったからさ」

「隣の席の女の子たちもね、彼のことチラチラ見てたわよ。目立つわよね~あの顔とスタイルじゃどうしてもね~」

 清風さんはまた来てくれるだろうか。わたしはまだ清風さんに感じた得体の知れない危うさを拭いきれないでいた。

 その夜、葵さんから電話がかかってきた。明日の夕方尾道に来られそうだということで、バイトの日ではないけれどお店で会うことになった。

 葵さんってどんな人なんだろう。あの清風さんの弟だから、やっぱりかなりの美形なんだろうか。でも兄弟でも似てない人たちだってたくさんいるし、電話では爽やかで真面目な印象だけれど、あれだけの家の御曹司ともなるとどこか高飛車でぶっ飛んだところもあったりするのかも。そんなことを考えながら眠りについた。


 突堤の先に立った清風さんが、ゆっくりと海へと倒れる。慌てて駆け寄ろうとするけれど、足が思うように動かない。叫ぼうとしても声も出ない。近づくことが出来ないのに、次の瞬間には目の前で沈んでいく清風さんが見える。静かに、ゆっくりと、目を閉じた清風さんが海の底へと沈んでいく。誰も助けに来てはくれない。わたしは清風さんの名前を叫ぶ。声にならない声で、何度も何度も……。
 

 ハッと目を覚ますと、外はまだ薄暗かった。変な夢を見てしまったものだ。



 café leafは満席になることもしばしばある。というとすごく繁盛しているように聞こえるが、実際はお店自体がそう広くないのと、時間帯によるところが大きい。とはいえ人気のカフェであることには違いはない。葵さんとの待ち合わせは午後七時だったので、確実に座れるように予約をしておいた。奥さんは、今度はどんなイケメンが来るかとウキウキしていた。

 七時を少し回った頃、入り口のドアが開いて入って来た男の人を見て、一瞬清風さんかと思った。背格好や雰囲気がそっくりだったのだ。

 店内には一人で座っている客はわたししかいない。目が合うと、その人はまっすぐにわたしのところにやって来た。周りの女性客が彼の動きを目で追っているのがわかる。

「夏井咲和さんですか?」

 わたしは慌てて立ち上がった。

「はい。そうです」

「お待たせして申し訳ありません。雅楽川葵です」

 ビシッとスーツを来た葵さんが、丁寧に頭を下げた。

「わたしも今来たところですから」

 緊張する。葵さんはわたしの正面に座った。

「時間が無かったもので何も用意できなくて、手ぶらで来てしまいました。あとできちんとお礼させていただきますので。申し訳ありません」

 葵さんはまた頭を下げた。

「そんなこと、全然」

 わたしは両手でバイバイするみたいに手を振った。

「いろいろとお話しする前に、こちらのマスターにも一言ご挨拶しておきたいんですが」

「あっ、そうですね。マスター呼んできます」

 立ち上がろうとしたわたしを葵さんは止めた。

「とんでもない。僕が行きます。取り次いでいただけますか」

「あっ、はい。じゃあ、一緒に」

 わたしたちが席を立つのを見て、水を持ってこようとしていた奥さんは動きを止めた。

 マスターと奥さんを紹介すると、葵さんはとても丁寧に、お兄さんを助けてもらったお礼を言っていた。

 水の入ったグラスを受け取り、コーヒーを二つ注文して席に戻る。

「本当に、この度は無理なお願いをして申し訳ありませんでした。引き受けていただいて本当に助かりました。ありがとうございました」

 再び席についてから、葵さんはまた深々と頭を下げた。この人はいったいどれだけ頭を下げれば気が済むのだろう。引き受けはしたものの、ほとんど何の役にも立ってないのに。
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