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第一章:For the beautiful world
歯車は止まらない
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重暗い灰の雲が立ち込める木曜日、いつもと変わらない灰色の朝を迎えたアールは、起動したままのパソコンのディスプレイの光を気だるげに見やった。毎週水曜の二十一時に、毎週木曜の朝刊の一面を飾る事件の撮影を行うという日課も終わり、毎週月曜の一風変わった古馴染みの依頼を始めるには少し早い、一週間の中だるみの日だ。
いつも通り、あくびと伸びをしたい欲を嚙み殺して、台所に向かい電子ケトルに水を張る。何がなく見上げた時計は、午前七時。木曜日はアラームを駆ける必要もなく、惰眠を貪っているため、普段より一時間ほど遅い起床となった。
コーヒーの準備を整え、シャワーを浴びる。六月の上旬、過ごしやすい陽気の割に、梅雨入りを間近に控え、湿度はそれなりに高い。今年の梅雨は長引くだろう。
雑に髪と体を洗い、台所に戻ってくれば、既に沸いてたケトルから泡の音がした。コーヒーを濃い目に煎れ、たっぷりの砂糖とミルク。そんな液体で満ちた白いマグカップを片手に、今しがた離れたばかりの定位置に座り直し、固まったままのディスプレイと対峙する。
請け負っていた依頼のほとんどは完遂し、後は依頼者への報告と報酬の振り込みの確認。そしてやってくる月曜日に備えてまた新たな仕事を始めるくらいしか、今日の予定はない。
そう考えつつ、メールボックスへカーソルを合わせれば、大半のメールは中身が開かれているにも関わらず、一番上に乗っかった最新のものは、赤く自己主張する未読のマークを湛えていた。
……この仕事をしていると、穴の開いた船から水を掬い出しているような気持ちになる。やっとの思いで一件を終わらせてみれば、待っているのは別の十件で、いつまでもこの船から水がなくなることは無い。無意味に同じ日々を何度も繰り返しているような、そんな不快な気分に支配されることがあった。
しかしまぁ、アールにそれを拒否する権利など無く、またアールもその道へ身を投げているのだから仕方ないと納得している。ため息をつきながら、『緊急』と表示されている、最新のメールを開いた。
『題名:緊急
FROM:N
TO:R
報酬はいつも通りでいいわよね? 早急にお願いするわ』
メールに添付されているファイルを開けば、二人の男性に関する資料だ。資料とは言っても、アールが古馴染みに毎週渡しているような詳細資料ではなく、名前と住所と年齢と性別だけが簡素に書かれた物で、素人が作成したのは明らかだが……。
資料から目を離し、アール好みの甘く苦いコーヒーを口に含んで、吐き出しかけたため息を押し込む。
この依頼者・Nと言うのは、今から凡そ四年ほど前からの古株の客で、この商売を始めた最初期から交流があった。直接に会ったことは無いし、依頼の頻度もそれほど高くない。ただ、依頼の対象は老若男女の多岐にわたり、その全てにおいて“情報提供”ではなく“処分”を願う内容というよく分からない人物だ。
アールは主に、この街に潜む“鬼”を一般人の目から隠す仕事をしている。そのため、顧客の半分は“殺人鬼”などと揶揄される危険人物だが、彼らもアールの有用性を理解しているため、直接に殺しに来るような事案は今の所起きていない。彼ら“鬼”が気ままに葬った命の後処理から、警察から足がつかないようにする裏工作まで担ってくれる、よく言えば便利屋なのだろう。
そしてもう半分は、対象の情報提供を望むエルのような者と、対象の処分を望むNのような者の二択だ。情報提供を望む者には、対象の詳細資料を。処分を望む者には、“鬼”との仲介を行う。
口内で弄んでいたコーヒーを喉へ流し込み、深くため息をついて伸びを一つ。全くやる気は起きないが、仕事だ。内容を選ぶ権利を、彼女は持ち合わせてはいない。
身支度を適当に整え、煙草を噛んで靴を履く。情報を願おうが、処分を願おうが、結局はこのところ目で調べてみなくては始まらない。曜日のズレた休日であるのはずの木曜は、残念ながらこうした至急の依頼につぶされることが多かったりする。
***
忙しない朝を迎えようとしている二番地に佇む抹茶専門店、“ル・ティアーズ”の女店主・エルの朝は早い。ほとんど日が昇るのと同時に目を覚まし、同居人・ユウと朝食を共にする。今日の朝食は、体に悪そうな甘みを帯びたフレンチトーストだ。
「おはよう」
「おはようございます」
傍から見れば、とても恋人同士だとは思えないような冷めた挨拶を交わした後、二人は並んで座って朝食を口に運ぶ。
「今日のご予定は?」
エルが時計を見上げながら訪ねれば、秒針の響く店内は、間もなく午前七時。
「いつも通りだよ。描きかけの絵を仕上げなくちゃ」
ユウもコーヒーを啜って、時計を見上げた。
本当ならば紅茶が良いのだけれど、残念なことに冷たい牛乳で朝食をとっている恋人は、紅茶を入れられないどころか飲めないらしい。まずいお茶を入れられるくらいならば、コーヒーにしてしまった方がいっそマシに思われた。
「そうですか」
同居人へあまりに素っ気ない対応を返す。並んで座った二人の視線が交わることは無い。
「そういえばさ、」
穏やかなジャズのBGMが流れる店内で、時計を見やったままにエルの同居人・ユウが話題を持ちかけた。
「はい、どうしました?」
「一か月くらい前に、『どこか遊びに行こう』って誘ってくれたじゃん?」
「ええ、そうでしたね」
「……もう、一か月経つんだけど……」
「まだどこにも行ってませんね」
「だよね??」
ユウの視線が、怪訝に歪みながらエルを捉える。それに気づいたエルも、首をかしげながら顔を向けた。
「仕方ないじゃあないですか。遊びに行くためには、一日店を空けなくてはいけないのですから」
「………」
うん、確かにそうなんだけど……と思うも、その言葉は喉の奥に押し込められていく。
「六番地に遊園地ができたことは?」
「ええ、知っていますよ。常連さんたちの話のネタになっていますからね」
「……じゃあ、さ」
「店を空けられたら、遊びに行きましょうか」
「店と僕、どっちが大事?」
「どっちも」
同居人はいつかのように、わざとらしいため息を漏らす。あの日のような無茶をしようとは思えなかったけれど……。
その代わりに、
「ねえ、日曜日、遊びに行かない?」
と、臆病な恋心を奮い立たせて尋ねてみる。口元にはニヤリとした笑みが浮かんでいるが、反対にその目は緊張でわずかに震えていた。
凪いだ表情で牛乳に口をつけていた恋人の視線。一呼吸分の静寂は、酷く胸騒ぎがして、真っ直ぐにその目を見つめ返すこともなんだかはばかられる。彼女の表情は驚きと歓喜と怪訝さをごちゃまぜにしたように複雑で、正しく汲み取るには些か難しい。
秒針の音が、心臓の音と重なって耳に響く。言った本人も、言われた恋人も、時間が止まってしまったようだ。錯覚し、見つめ合ったその目が、驚きと緊張を映している。
「っ……い、いいですよ。行きましょうか」
先に視線を逸らしたのは、新緑の色に燃える店主の方だった。
そしてそそくさと席を立ち、朝食の片づけを始めてしまう。その仕草は普段と何ら変化がないにもかかわらず、自分の手足が自分のものではなくなってしまった気がする。
「じゃ、じゃあ、楽しみにしてるからっ……!」
一方でユウの方も、いつも通りのらりくらりと躱されることを想定していたがために、いつかの恋人らしい日々に戻ったような反応に戸惑い、勢いよく席を立つ。自分の火照った頬を見られないように、階段を掛け合がり、乱暴に三階のアトリエへ。バタン、一つやけに大きく音が響いて、消えた。
さて、取り残されたエル。その同居人がアトリエに引きこもってしまった後は、店内の掃除とその日の営業の仕込みを行うだけだ。
まさか、もう一歩積極的に踏み込んでこられるとは思っておらず、いつかの日々のような態度を示してしまったことを反省しながらも、日常に埋もれれば感情は成りを潜める。つい先ほどまで激しく胸を叩いていた心臓の音も、数分のうちに静まり返っていた。
(にしても、驚きましたねぇ……。ユウさんの方から、デートに誘われるとは……)
手早く店の準備を整え、アンティークな様相のロッキングチェアを引き寄せる。
(……ふふ、いつぶりでしょうか。楽しみ、ですね……)
ふわりと吊り上がった口元を、開いた本で隠しながら時計を見れば午前九時。あっという間の一言に収めるには、酷く色濃い二時間だった。
開店はあと一時間以上先。今だけは、この締まりのない表情を晒したって良いだろうかと、店主は一人顔を赤らめた。
***
午前八時、あらかたの確認作業を終えたアールは、七番地から二番地に向かって歩いていた。徒歩で行くにはそれなりに距離があるものの、路面電車を拾うのは面倒に思えたからだ。まあ、運動不足極まるこの怠惰な身体には丁度良いだろう。
七番地に潜むアールと同じ立場の協力者は、街中に隠された監視カメラの映像を持っている重要人物だ。アール自身ももちろんそういった情報屋の一面を持っているのだが、一人でこの街の全ての住人を把握するのは不可能に等しい。故にこうして、自身の持っていない情報は、他の情報屋を頼る。情報屋間ではよくある取引だ。
今回の対象は、どこにでもいるような二人の男性。勤め先は五番地の最近上場したばかりの企業で、営業担当らしい。パッとしない、本当にどこにでもいるような人物だった。どうしてNが彼らを指定したのかなど、アールにわかるはずはなかった。
淡々と同じ歩幅で歩きながら、アールは脳内の人事ファイルを展開する。こうして依頼人と“鬼”の仲介を行うことは少なくないが、“鬼”にも何種類かがいるものだ。殺し屋紛いな仕事を請け負う者もいれば、自身が見初めた対象しか手にかけない者もいる。そのうえで、こういった臨時の依頼に対応してくれるものはほんの一握りだ。
殺し屋と言うのは大抵事前に厳重な計画を練り、それに基づいて行動を行う。そのため、至急の依頼は受けてくれなかったりする。もちろん“鬼”だって、計画を準備して手を出す者が大半だ。だからこそ、計画性のない“殺人鬼”を選ばなくてはならない。
臨時の依頼に対応でき、計画性無く犯行を起こし、それでも確実に対象を仕留められる“殺人鬼”……。条件はかなり厳しい。それは、アールの脳内にある“鬼”の人事ファイルをもってしても、ほとんど見つけられない程だ。
……だから、今、こうして二番地に向かっている。アールが思い当たった人物は、人ごみに紛れることを得意とし、しかし他とは一線を画す明らかな殺意の持ち主……。古馴染み、その人しかいなかった。
***
カランカラン……と、店内入口にとりつけられたベルが来訪を知らせた。時刻は午前九時半。開店時間にはまだ些か早い。
店内でゆっくりと愛読書をめくっていた店主は、時計を見上げてから、不機嫌そうに入り口に視線を投げた。
「……開店時間前だと、わかりませんでしたか?」
暖色の光が照らす暖かな雰囲気の店内に、入り口から浮かび上がった一切の色相を弾くような黒い影はあまりに不釣り合いだ。
「……いや、確かにcloseの文字は見た」
低く唸るような、女性にしては低いが、男性とは質の違う声。それは、まぎれもなく自身が利用している情報屋のものだ。
手にしていた愛読書にしおりを挟み、カウンターへ置く。出不精な情報屋が、わざわざこうして店に出向くのはそうそうない……。まあ、どうせまた面倒な依頼でも引き受けたのだろうと想像しながら、カウンターの一席を引いて座るように示した。
「はぁ……。コーヒーでいいですか?」
「ああ、頼む」
「……禁煙ですからね」
「………わかってる」
招かれざる情報屋は示された席に腰を下ろして苦笑いを浮かべる。
店主が注文の品を出すまで、二人の間に会話は存在しなかった。ゆったりとしたBGMが場違いのように流れ続け、張り詰めた空気を秒針が振動させている。
「……お待たせしました」
ようやっと出来上がった湯気の立つコーヒーを前に、
「……茶屋のくせに、コーヒーが出るなんてな」
情報屋は皮肉気に笑った。
「あら、お望みでしたら抹茶を入れましょうか? あなた好みの、飛び切り苦い奴を」
店主はカウンター越しに肘をついて、口元に三日月形の笑みを浮かべる。その表情は余裕を湛えているが、その瞳の奥に確かな抗議の色が見え透いていた。
「勘弁」
情報屋は苦笑いでコーヒーをすすり、自分好みの砂糖とミルクたっぷりな甘いコーヒーに
「……うまいな」
と、思わずその硬い表情を一瞬緩める。あぁ、なんだ、この堅物にも表情筋なるものはあったのか。
「……それはどうも」
店主は表情を崩さず答えるが、その胸中では
(あなたが私に入れ方を教えたのですから、あなた好みになるのは当然ではありませんか……)
などとつぶやいていた。しかしそれは、既に遠い日の記憶でしかない。
「……今夜、動けるか?」
それからコチリコチリと幾度か秒針が音を刻んでから、コトリ……カップを置いて、情報屋・アールは本題を切り出した。
そうすれば、店主・エルの顔面からはすっと表情が消え果てる。どうせそんなことだろうと予想はしていたが、それでも、エルとて望みたい話ではないからだ。
「……時間によりますよ。私には店がありますから」
「……二十一時、六番地。会合で時々使われる、飲み屋の二階だ。そこの店主に話はつけてある」
「あぁ、なるほど。人に言えない仕事だから、開店前にいらしたんですね」
まるでたった今その事実に気がついたように、わざとらしく語尾を持ち上げる。白々しいにも程がある。
もちろんそんなこと、初めからわかっていただろう。そのことはアールとてわかっている。それにも関わらずまるで演技じみた淡白な様子に情報屋は眉根を寄せ、内ポケットの煙草に手をかけた。
「おっと、禁煙だと言ったはずですよ。それを吸うなら、仕事は受けません」
「……ッチ」
全く……これほどまでにわかりやすい癖に、何故彼女は駆け引きを得意とするのか……。
エルが思考するように目を閉じれば、アールはイラつきを隠すことなくカウンターを指で叩いた。秒針とはリズムの違う、せっかちなその音が気に食わないと訴えているようだ。せめて、秒針にぐらい合わせろとエルも顔を歪めて、目を開ける。
「……はぁ……………………。わかりましたよ、受けます。先月のメモの一件もありますし、これで借はチャラにしていただけますね?」
「あぁ、頼む」
先月のメモ。あぁ、そんなこともあった。記憶の隅へ追いやっていたどうでもいい記憶を掘り起こし、短く息を吐く。
アールからすれば、先月のメモの件についてはただの気まぐれで、貸を作ろうとした思惑などないし、貸にしたつもりもなかったのだが、そもそも言うことすら面倒だ。どの道、仕事を受けてくれるのならば、アールにとってはそれでよかったのだし。
「で、他に資料は?」
諦めたようにエルは首を傾げ、まっすぐにアールの周囲の色彩を塗りつぶしてしまいそうなほどに黒い目を見つめた。
一方で今度はアールがその頬を不敵に釣り上げ、
「これから殺す相手の情報なんて要るのか?」
なんて尋ねて返す。ある種の挑発とも思える態度で。
「ええ、要りますとも。あなたからしてみれば私は、その日その場で仕事を受けてくれる都合の良い殺し屋なのかもしれませんが、その道を本業とする彼らほど腕が立つはずもありませんす、彼らほどの綿密な計画を練ることも叶いません。しかしそれでも、こちらとてそれなりに準備が必要なのですよ」
その挑発を、淡々とセリフでも読むかのように受け流す。構うだけ時間の無駄だ。
この厄介で招かれざる客のコップはいつの間にやら空で、そういうところでだけは律儀だなと胸中で呟いて、食器を下げる。アールはそれを見て、代金と毎週彼女に渡しているのと同じA4の封筒をカウンターに置いて席と立った。
「二十三時に、死体の処分の奴を送る。問題ないな?」
「あら、今回はあなたが処分なさるのではないのですね」
「……処分は専門外。私は主に情報担当とでも思え」
「ああ、なるほど」
入れ替わりで、エルが先ほどまでアールの座っていた席に座る。手元の封筒を器用に破り、中身の確認に入った。
人間、何かを読んでいる時に会話を行うというマルチタスクは相当の訓練か才能が無ければ難しいもので、再び、店内のBGMと秒針だけが響く。もちろんアールもそれを邪魔するつもりはなかったし、エルも今夜の予定を組み立てるのに必死で、会話に気を裂く余裕もなかった。
「…………なるほど…」
しばらく後に、エルは大きくため息をついた。その理由をアールは知らないし、彼女に教えるつもりもない。
「……引き受けられるな?」
「……ええ、まあ。……しかし……」
「?」
「………………………」
考え込むように黙ったエルの顔を、アールが訝し気に覗き込む。そこにあるのは普段と同じ、どこにでもいるような平凡な顔だ。それ以上でもそれ以下でもない。
「……そうですね……もし、定刻の三十分前になっても、私から完遂の報告が入らなければ、私の最愛の同居人に、このメールを送信してください。その後、これは分解して捨てるか、いっそ川か海にでも投げてください」
話しながらエルは手早く何らかかを予備の携帯電話に入力し、アールに預ける。
何事かとメールに目をやれば、今晩の仕事現場の位置情報が簡素に書かれているだけだ。これが一体何になるというのか……。
「……まぁ、いいが……」
なぜ? と続きかけた当然の疑問符は、何となく吝かな気がして飲み込んだ。本能だろうか、あるいは気遣いだろうか、踏み込んでは行けない気がする。
「ではそのように。あと五分で開店なので、早く出て行ってくれませんかね」
時計をちらりと目にして、エルは無愛想に口にする。彼女にとって最も大事なのは、今のこの生活だ。何も変わりない、平穏な日々だ。お客にこんな裏の顔を見せる訳にもいかないし、ましてや同居人に悟られる訳にもいかない。
「わかった、じゃあ、よろしく」
それについてはアールも抗議するつもりは一切なく、促されるままに店を後にする。この古馴染みの思考が嫌な程にわかってしまったから。
***
人もまばらになってきた店内は十九時半を示している。
「そっか、じゃあ、そろそろお暇するね……」
「はい、無理言ってすみません」
落ち着いた雰囲気に身をゆだね、社会の荒波に揉まれた疲れを癒していた常連客達は、名残惜しそうに帰り支度を始めた。
普段ならば二十一時まで営業しているが、今夜は、同居人の友人と別の店に飲みに行く予定があるのだと言えば、たまには店主も休めと笑う常連達は、快く承諾してくれた。もちろん、そんな予定など無いけれど……嘘をつくことへの罪悪感は、残念なことに随分前に忘れてしまった。
「本日はありがとうございました」
最後の一人が店を出る姿を、深々としたお辞儀で見送る。なにかの名店である訳でも、広告を出している訳でもないのに、ただ通りすがりにこの店を見つけ、自らの意思でこの店を選んでくれた客たちのために。
彼らは、エルがこれからやろうとしていることを知らないし、今までにたどってきた道も知らない。それを教えるつもりもないし、第一、真っ当に日向を生きる者たちを、わざわざ日陰に連れ込みたいとも思わない。
日向は日向、日陰は日陰に過ぎず、光も影も、表も裏も、全ては二面生を持ち合わせている。混ざり合う必要も、理解し合う必要もない。それこそ、殺人鬼が被害者について思考しないのと同じように……。
人のいなくなった店内で、手早く片づけを済ませ、エルは二階へと足を運ぶ。不思議と足音を消してしまうのは、もしかすれば後ろめたさがあるからかもしれない……。
そこは同居人との共同の生活スペースで、寝室と各々の部屋があるだけだ。二人とも普段は別々の趣味に興じているせいで、一階の店か三階のアトリエにしかいない。おかげで、寝るためにやってくる寝室はまだしも、自室を使う機会はほとんどなかったりする。
そんな自室の扉へ、何か月ぶりかに手をかけた。少しばかり重い木製の扉は、少しばかり硬い留め金を押し開けて、がらんとした室内を明らかにする。
使っていないから当然なのだが、その部屋に生活感はない。壁際にみっりと本棚が並べられ、その端から端まで多種多様な本が並べられている。片隅に低い机と座椅子が置かれているだけだ。
そしてその奥には……壁に掛けられた一本の刀。白い鞘に収められた丁度良い長さと、確かな重みを持つそれへ手にかける。
「……さすがに今回は、これじゃ無理そうなので……」
その代わりに、エプロンスカートに隠していたピザカッターを机の上に置いた。
武器選びのセンスがつくづく無いと、恋仲にある同居人は事ある毎にボヤいているピザカッター。確かに殺傷性能は悲しいほどにない。が、物は使いようだ。人肉が切れるほどに鋭く研がれた特注のそれは、痛みを与えながら柔い皮膚を裂くには最適解のように思われた。
「……」
アールは気づいていないだろうし、知らないのだろうが、今回の相手はお遊びで何とかなるような人物ではない。そのことを、エル自身が何より身を以て知っていた。だから、普段ならば絶対に使わない、もう一つの武器……否、本来の彼女が最も愛用すべき武器を持ち出すのだ。
一度刀を鞘から抜き払い、刃こぼれがないかを確認して、軽く振った後で鞘に戻す。その動作は、素人から見ても刀の扱いに慣れた者の所作にしか見えない。
「……ユウさんにバレたら、没収されそうで怖いですけど……。まあ、背に腹は代えられませんし」
和風メイドのエプロンに刀、と言うなんとも不釣り合いな恰好で、しかしどことなくそれが本来であると感じさせるような自然さを保って、二十時、エルはそっと店を脱出する。
***
日が落ちれば暗闇が世界を支配した。ひとつ昇った月明かりもまだ薄い二十時半、エルは六番地の指定された飲み屋前にいた。その目には、いつもの快楽殺人に溺れる“鬼”ではなく、僅かな覚悟を決めた殺し屋が息づいている。
今回の依頼を、いったいどこの誰が、何の用件でアールに持ち込んだのか、エルには推察することすら叶わないが、それでも、今回の対象を、少なからずエルは知っていて、そして、遅かれ早かれ、もしもこの街に件の対象がいることを知れば、エルはこうする他無いのもまた事実だ。
口内に満ちた唾液を喉の奥へ押し流せば、やけに大きく喉を鳴らす音が体内に反響する。血に飢えているわけでも、これからの仕事を焦がれている訳でもない。ただひたすらに緊張を押し殺すし、ゆっくりと息を吐き、飲み屋のドアを開けた。
店の雰囲気自体は、エルの店と心なしか似ているような気がした。暖色の光が、木目の床に茶色い影を落としている。店内に人影はなく、奥のカウンターで店主らしき男が酒瓶を傾けているだけだ。
「……こんばんは」
内心の緊張をおくびにもかけず、平静を装って店主へと歩を進める。不意にぎし、となった店の床に、僅かに身体が強ばったのは内緒だ。
「……よう。嬢ちゃん、まだ酒飲める歳じゃねぇだろ。こんなところに何の用だ?」
店主はその体たらくに見合わず、酔っているようには見受けられない。相当強いのか、あるいは手にしているそれはアルコールを装ったただの液体なのか……知る由もない。
「話は通っていると聞いていましたが? 黒髪で、黒い目をした者から」
他人の情報を鵜呑みにするのは好かないが、あの情報屋は憎たらしいことに本心から信用出来る。こんなところで、話を通したという嘘をつく必要性もないだろう。
「……おう、聞いてるぜ。なんだ、上に用があるやつだったのか」
「えぇ。生憎お酒は嗜めないのでね」
店主はエルを見定めるように、冷えた目で観察する。どこから見ても可憐な少女にしか見えない。……けれど、こういう輩は総じて見かけによらないものだ。
「死体を残していくな。それから、俺は上で起こるイザコザに一切関与しない。わかったな?」
エルが携える刀を目に留めて、認めたように内容を唇が言葉を描く。年齢を察するに余りあるが……まあ、誰が生き残ろうとこの店主の知ったことでもない。
「承知いたしました。それから、私が上から戻る前に、薄桃色の髪色の者が来たら、私……いえ、エルが呼んでいると言って通して差し上げてください」
「ん、わかった」
店主は早く行けと顎で奥の階段を示し、再び酒瓶を煽り始める。あと幾ら中身が残っているのか……色の濃いガラスに閉じ込められた中身は遠目に判断できなかった。
おそらく歓迎はされていないだろうが、この店の代金ならアールが払っているだろう。ならば、何も気負う必要もない……。白いタイツに包まれた細い足が階段に足をかかる。一歩一歩重く、そして、一切の足音と気配を消して……。
階段を登り切った先には、あまり長くない廊下と四部屋の扉が向かい合っていた。そのうちの一室から、暖色の明かりが漏れていることを、彼女が見逃すはずもない。
そこで、
「……あぁ、いらしたようね。ドアを開けて差し上げて?」
一室から明るい声が漏れ、非情にも廊下へこだました。女の声だ。……知っている、声だ。嫌と言うほど、耳に馴染んだ声……。
その声のすぐ後に、目的の部屋のドアが開かれる。エルはとっさに、脇の壁へ張り付いて射線を切った。開くと同時にハチの巣だなんてごめんだ。この対象ならやりかねない。
「あら、そんなに警戒なさらないで? ふふ、大丈夫、話もせずに撃ったりなんてしないわ」
穏やかな声が響く。今回の対象の声ではない。だって今回の対象は男性なのだから……。
張り詰めた気を微塵も解かず、小さく息を吐きだして……エルは開かれたドアの前に立った。
開けた視界、暖色の明かりが照らす部屋、三人の人影。そのうちの二つは男のもので、もう一つは一人掛けのソファーに腰を下ろした女のものだ。男たちはそのガタイの良さに見合わない、白い修道着を身にまとっており、女は僅かに赤茶けた黒いメイド服を身につけ、顔に黒い覆いをしている。
「本当に来やがった」
「ふふ、私に感謝することね」
女は得意気で、男たちは歓喜と驚きを混ぜていた。
エルはその様子を静かに眺め、相手の次の行動を見定める。女の目的は不明だが、正体は分かっている。なぜアールが彼女がここにいる情報を掴めなかったのかは分からないが、それでも、今回の対象でないことは確かだし、敵対するだけ無意味だ。
視界の端で、男が銃を抜くのを捉え、刀を抜きはらって横に飛ぶ。刹那、耳を劈く轟音が響いた。見れば、先ほどまで立っていた場所の少し先の床に黒く焦げて穴が開いている。下の階まで銃弾が届かないのは幸いだ。
相手の得物はオートマチック。銃に詳しくないエルにはそこまでしかわからないが、弾速や距離から考えるに、見てから回避はほぼ不可能だろう。ならば、この場を制するのは読み合いか。
相手が銃を向けるより先に、その着弾点を回避する。どこまで行っても凡庸なエルにできることは、せいぜいその程度だ。何発かの発砲音が鼓膜を震えさせ、一応は会合の場の様相を呈していた部屋は、数分も経たずに見るも無残に荒らされていく。それでも、じりじりと対象との距離を詰め、猛禽類が獲物を狩る瞬間を待つのと等しく息を殺す。
ギンと嫌な金属音が響き、エルの腕に確かな手ごたえを与える。詰め寄り切り払ったエルの刃と、それを庇った男の銃がぶつかり合い、エルが相手の得物を叩き落とした音だ。
が、反撃にと、素早い身動きで男が抜いたナイフは、切り伏せたエルの後隙に、深く左の横腹に突き刺さる。
「っ……‼」
声にならない悲鳴を噛み殺し、怯みかけた体を無理矢理に突き動かして、白刀で相手の喉元を横に凪ぐ。
しかし、休む間もなく次の発砲音が耳を劈き、続いて得物を持った右腕が熱を帯びる。先ほどまで体の一部にさえ感じられた自らの相棒である刀が、唐突に重みを増し、傷ついた体に牙をむいた。
それでも、歯を食いしばって、構えた刀を相手の胸めがけて投擲する。ヒュと一つ風切り音が耳に届いた直後、エルの視界には、目標地点に狂いなく突き刺さった愛刀が見えた。
最後の抵抗だというように、二発の発砲音を残し、今宵の対象は二人ともこと切れた。
猛禽類は、獲物を仕留めた瞬間こそ、最も無防備になるという。それはあながち間違いではないのだな…などと、頭の片隅で思考がよぎった。
「…っは………ぁ……………」
ほんの数十分の、しかし、数時間分の体力と集中力を消耗したようだと、エルはその場にへやりこむ。もはや、立っていることすらその体には毒でしかなかった。
「お疲れさま。ふふ、腕が鈍っていないようで安心したわ」
二つの屍と、二人の女。女のうち一切の負傷を追っていない方が口を開く。
「……っ、なんで、あなたが、ここに……」
ナイフが突き刺さったままの横腹に、腕の余りある布を破いて止血を行い、苦し気に息を震わせてエルは尋ねる。肺腑は燃えるように熱く、石火のような空気が口から漏れた。それでも、意識だけは残酷にもはっきりしていて、音は疲労した脳を揺らす。
女は、黒い布に隠れたままの顔で笑った。そして、悪役が主人公にとどめでも射しに来るかのように、余裕のある足取りでエルの目の前に立って、
「なんでって言われても、だって、私が彼らをここに呼んだんだもの」
可笑しくてたまらないと言いたげに、声が上ずった。
首を傾けながら、ゆっくりと顔にかけられた黒い覆いを剝がせば、その下には三日月形に歪んだ口角で、紅紫色の目が笑っている。その顔は、何よりも見慣れている。
だって、エル自身の顔と、瓜二つなのだから。
声も、顔も、背丈も……。違うのは、その目の色が紫色であることと、髪の色が黒に近いことだけだ。双子だと言われれば、誰も意義を唱えないだろう。
「随分苦しそうね? 薬をあげましょうか?」
目の前で、自分と同じ顔が笑っている。否、現在自分の顔は苦しみに歪んでいるのだから、同じ顔ではない。
「……だ……から、なんで、エヌ……あなたが、関わっているのか、と……」
話すたびに傷が熱を発し、声も息も揺らぐ。いっそ、気を失ってしまえれば、どれほど楽だろうか。
息も絶え絶え発した質問に、女・エヌは突然に表情を消した。
「それを応えて、ワタシに何か徳があるのかしら?」
「っ……」
「いいじゃない、あなたは実家からの使者を消せて、ワタシは目障りな者を排除できて。win winでしょう?」
「…………」
言い返す言葉が浮かばないのは、痛みで声を出せないからに違いない。
エルは、今回の対象を知っていた。彼らは、エルの実家の使用人だ。その身にまとっている修道着が何よりもそれを物語っている。
彼女は知っていたのだ。彼らが本家の人間だからこそ、多少なり武器の扱いは仕込まれていることを。なぜならエルもまた、本家でこの刀の扱いを教え込まれたのだから。きっと、アールは知らなかったのだろうが……。
分家は、本家よりその筋での色は薄いが、本家は何かの狂信的な集団にすら思えた。世間一般には、『有名な画家の家系』としてしか知られていないが、その実、狂信カルトか何かのようだ。
才のある者を褒め称えては、才のない者を嘲笑う。名が売れるのなんて当然で、そこに本人の努力など介在しない。問題が浮上すれば家系図からも消してしまう。それが、本家だ。
家を捨てたエルもまた、裏切り者の一派。この街に逃げ込んだのは、古馴染みのアールが居るからという理由だけではなく、外部からほぼ完全に遮断されたこの街は、本家の追手から逃れるには最適だったから。街と外部を接続するのは四方の橋だけで、人の往来は簡単に監視できる。街の内部で、今回のように本家の使者を葬ったとしても、この街の夜闇にもみ消すのは容易なことだ。
毎週、情報屋の週末を削って依頼しているのは、街と外部の往来の監視。その一週間に出入りした全ての人物の記録を書き起こさせ、エルは監視している。それが、追手ではないか、使者ではないか……と。
なぜ、今回、彼らが街の内部に潜伏できていたかは些か謎だ。可能性としては、エルがこの街に移り住むより前に、既にここに目をつけていたか、あるいは目の前のエヌがアールの目を欺いて、彼らを内部に入れたか……。前者ならともかく、後者ではエヌの目的がより不鮮明になる。しかし、この、エヌと言う自分と瓜二つな人物なら、やりかねない。
「あなたの、目的は……」
白み始める視界と意識の中でつぶやいた言葉は、
「さぁ?そろそろお暇するわね。じきに、あなたの最愛の彼が、帰らないあなたを心配してやってくるでしょうから」
と言い放つ、エヌの声に撥ねつけられる。
なぜそのことを……そう口ずさもうとした意識は、エヌが閉めた部屋のドアの音と共に閉じた両の瞼の内側で消えた。
***
「エル!」
声を張り上げ、荒らされた部屋に目もくれず、人影が一つ部屋に飛び込む。細く艶やかな薄桃色の髪と、同色の尾と耳が体に引かれて揺れる。
酷く荒らされた部屋には、いくつもの弾痕。奥に二つの男性の死体が転がっている。部屋の中腹あたりで、壁にもたれてぐったりととしている血に濡れた少女こそ、この人影が求めていた名の主だ。
「エル!エル!しっかりして!」
目に薄い涙の膜を浮かべて、少女の肩をゆする。右腕に一つ、両足の太ももに一つずつの弾痕、左の脇腹にはナイフが深く突き刺さっている。放っておけば、ただで済むとは到底思えない。
「……ぁ…ゆー…さん、ですか…」
苦悶に顔をしかめてから、それでも目の前の少女は口元に笑みを湛えて、声を口にした。
「エルのバカ……!」
「あはは……すみません、すこし、しくじりました……」
かけたい言葉はもっと他に合ったのに、最愛の彼女が生きていたことが嬉しくて、しかし、今にも消えてしまいそうな姿が辛くて、用意した言葉はハラハラと胸中に落ちていく。
夜の部の営業もそろそろ終わっただろうかと、夕食を待ちかねて店に降りてみれば、店主の姿はどこにもない。家中探してみても、どこにも。買出しにでも行ったのだと、逸る心臓を抑えて平静を装ってみれば、スマホに届くのはここの住所。何のお遊びだと、文句の一つや二つ抱えて向かえば、居酒屋ではないか。
それなのに店主は
「あぁ、お前か。えーと…なんて言ってたっけなぁ……ああ、そうだ、『エルが上で待ってる』ってよ。早く行ってやんな」
などと酒臭い息を吐く。そして、足音を荒げて階段を上がってみれば、このざまだ。
「…す…みません、ゆーさん……あの、きずを……」
息も意識も絶え絶えに、エルは命乞いのような言葉を口にする。
「あ、うん、わかった。すぐやるよ」
ユウはその言葉の意図を的確にとらえ、カバンの中から取り出した麻酔をエルに打つ。
一瞬、痛みに息が揺らぐが、それを気にしてやれる心の余裕も残っていなければ、エルの体に残された時間もそう長くはない。
ユウは続いて取り出したカトラリーで、躊躇うことなくエルの傷口を開いていく。その光景は、手当のようにも見えるが、その実、医療的な意味はほとんど皆無だ。
エルとユウの関係は、恋人と言うにはあまりに複雑だった。その複雑たる所以は、一重に二人の有する能力なんて体質にある。
エルとユウは、互いが傷つけた傷だけは、眠ることで完治することができる。二人が出会ってしまわなければ、その一風変わった力に気づくこともなかったのだが……故に二人は恋人を傷つけることへの躊躇いを、随分前に失ってしまっている。エルはヤンデレなんて称されるし、ユウはカニバルだなんて呼ばれる。
一か月前、倉庫から助けられた直後にエルの包丁によって付けられた頬の傷は、翌朝目が覚めるころには、初めから無かったかのように消えてしまっていた。もちろん、傷の程度が小さかったこともあるが……。
初めて二人がそれに気づいたのは、同居を始めて日の浅いころ。エルが少しイタズラでもしてやろうと、昼寝中のユウに近づいたことがきっかけだった。その気配に驚いて、ユウは寝ぼけた頭のままでエルの腕をひっかいてしまったのだ。
普段は人の手をしているが、獣人の爪は人間のそれよりもずっと固く、容易に皮膚を切り裂く。ハッと気づいて涙を溜めて誤れば、エルは痛みをこらえて笑って見せた。
異変が起こったのはその数時間後。やけに眠気を訴えるエルが、店の仕事もそこそこに昼寝に落ちた頃。罪悪感から、その日のエルの仕事を手伝っていたユウは見てしまう。エルが眠りに落ちた直後から、今朝傷つけたばかりで赤らんでいた傷が、目に見える速さで治癒していくところを。
それから二人は、お互いの体を使っていくつかの検証を重ね、そして、『互いがつけた傷は、眠ることで完治できる。ただし、傷の程度によって、比例的に眠る時間が長くなることから、おそらく死に至るほどの傷を負えば、二度と目覚めることは無いのだろう』という結論に至った。
その先はもう、恋人関係は崩れたと言っても過言ではなかった。初めこそ抵抗はあったが、日常の中で歪んでいった歯車は、気が付けば互いを傷つけることに大した抵抗もなくなってしまった。
それでもユウは、エルとの恋人らしい日々を望んでいたし、できることならばこの不思議な体質なんてなかったことにして、普通の恋人のように、何気ない日々に戻りたかった。確かに、恋人の肉が美味しいことは否定しないが……。
脳を駄弁に走らせ、今、自分が最愛の人の肉を抉っているという現実から目を背ける。肉を切り、体内で停止している弾丸を無造作に取り除き、ナイフを抜き、肉を削ぐ。他から見れば尋問か何かにしか見えないかもしれない。瀕死の体の傷を広げているのと、ほとんど同じなのだから……。麻酔をしていても、麻酔が切れてしまえばエルは再度、より強烈な痛みに顔を歪めるかもしれない。
「ありがとう、ございます。それと、歩けないので……家まで、連れて行って、もらえませんか……?」
「……うん」
「あぁ、それと……もしかしたら、明日、は……お店を、開けられないかもしれません。適当に理由をつけて、休みにしておいていただけませんか?」
「……うん」
「では、帰りましょうか。……と言っても、私、何もできないですけど……。あ、あと、私の刀、回収してください。あそこの男性に刺さってるやつです」
没収されるかもしれないと一瞬言い惑うが、自分で動けない以上、愛刀の回収を頼むしかない。こんなところで無くしてしまうよりは、没収された方がまだマシだ。
その発言に顔を上げて部屋を見渡す。確かに、部屋の端で頭蓋を白銀の刀身に刺し通された男の死体がある。
「……エル、刀なんて持ってたんだね」
死体を直視したこと以上に、彼はそちらに言及した。……それもそうか。死体なんぞ見慣れているのだし。
「あはは……まぁ、万が一のために?今日も役に立ちましたし……」
どうにか没収だけはやめてくれと、祈りを込めながら顔を歪める。置いていくより没収された方がマシだが、かと言って没収されたい訳では無い。
「……はぁ…わかったよ、帰ろ」
呆れたように、あるいは疲れたようにため息を吐いた。これ以上、面倒事に首を突っ込むより、早く帰って休みたかったし、何より目の前の恋人を早く休ませてあげたい。
その反応は少々予想を外れていた。てっきり、彼のことだから怒ると思ったのだが……。
「…あれ? 没収は無しですか?」
そのせいで、ついつい、そんな言葉が口を突いてしまった。
「………今日はエルの身を守るのに役立ったんでしょ? なんで、こんな危険なことに首つっこんだのかは知らないし、聞かないであげるけど……。もう、こういうことしないなら、没収はしない」
「ん~……それは、ノーコメントで」
エルの苦笑いを視界の端に収めつつ、ユウは腰を上げる。そして、指示されたとおり、既に体温を失いつつある亡骸の胸に突き刺さった刀を引き抜く。いつの間にこんな物を手に入れていたのやら……。いや、もしかしたら、自分と会うよりも前から持っていたのかもしれないけれど……。
「…はぁ~……………ほんと、もう、やめてよね、こういうの。心配するでしょ」
「すみません」
性懲りもなく笑って答える恋人を横抱きにし、ちらりと時計に目をやって部屋を出る。
もうじき、二十三時だ。今日は早くこの困った恋人を寝かせてやらなくては。
愛用の武器は、包丁とピザカッター。その内の包丁は、愛の証だのなんだのと言って自分にしか向けず、大抵殺す相手は同姓をピザカッターで……などというふざけた殺人鬼が、いったいどういう理由で刀など持ち出して、この男性を殺しに行ったいうのだろう。一か月前の事件のように、ユウの身に害をなそうとするならばまだしも、基本的にエルはユウ以外の男に興味がないというのに……。
階段を静かに下り、店主の男に会釈をすれば、変わり果てたエルの姿に若干の驚きを見せる。しかし、その様子にかまうことなく、ユウは店の入り口を足で開け、六番地のネオンが届かない裏道へ。
(ねぇ、エル。エルが抱えてるモノとか、昔の話とか……聞こうとは思わないし、僕も自分のことを話すつもりもないけど……恋人なんだからさ、心配くらいはさせてよね)
そんなユウの胸中のつぶやきは、眠りこける腕の中の恋人に、届くことは無かった。
***
ネオンの溢れる六番地。堕落と娯楽の象徴であるその街を、あまりに街に似合わない様相の女が歩いていた。皺ひとつなく着つけられた、若干赤茶けた黒いメイド服の背の低い女だ。フリルのカチューシャを乗せた黒に近い緑の髪は細く、毒々しいピンクの目は鋭く光っている。
夜の活気に満ちた六番地を抜け、人もまばらになりつつある三番地へ。街のどこからでも見えるほど立派な時計塔の下に行きついて、裏の扉を開ける。
店内には、大小いくつもの時計が飾られており、そして秒針の音は全て重なって一つに聞こえる。ここは、知る人ぞ知る、秘密の時計屋。
しかしこの女・エヌにとっては、それなりに前から知っている場所だ。
「……こんばんは?」
店主の存在を確認するように、店内を見まわしながら声をかける。それなりに前から知っていても、ここに来るときはいつも僅かに緊張してしまう。
「……おや、君かい。えーっと名前は…」
「エヌ」
「あぁ、そうだったそうだった。ノイズ、久しぶりだね? いや、最近会ったんだっけ?」
成立していない会話を返す店主に、エヌは小さくため息を吐き出した。
「…あなた、本当に変人よ…」
「うん、知ってる。おほめにあずかり、光栄だよ」
緊張感のない、どこかズレている会話を時計たちだけが聞いている。
短い白髪を桃色のヘアバンドで無意味に止めて、短い髪で無理な編み込みを作っている変わった髪型の青年。ヘアバンドの上からは大きなうさぎの耳が立ち上がっており、半分あたりで前へ折れている。モノクルの下の薄紫の目は、ガラス整の義眼だ。
コチコチと拍を揃えた秒針が乱す静寂の中、
「……言われた通りにしたわ。問題ないかしら?」
不規則にズレた足音を打ち鳴らして、カウンターに歩み寄る。店主はにこやかに笑みを浮かべ、
「うん、そうだね。問題ないよ」
と返すが、その視界に一切エヌを捕らえようとしない。
「あーでもさ、なんで、あの子……えーっと、エル? だっけ? を、殺さなかったの? あの場で、君なら殺せたんじゃない?」
「……………」
秒針が刻む音が響く。なぜ彼が、今日起こったことを知っているのか……。聞くまでもない。
「どうしてかしらねぇ……きっと、気まぐれだわ」
エヌも壁の時計を見上げつつ、心ここにあらずと言うように答えた。交わらない視線と、居心地の悪い夜の空気が満たす。
目の前の彼女にだけ聞こえるほどのか細く、しかし深く長いため息を吐いた店主はようやくエヌの横顔を捉えて、
「その気まぐれが、いつか君を殺すことになっても?」
一抹の不安を口にした。未来を見渡す力も知能も無いが、隣人を心配するくらいの良心はある。
「……それも、一興ね」
「やっぱり君、狂ってるよ」
「この街で、正気の人間なんているのかしら?」
「あー、ははは、確かにそうかも」
狂ったような会話が二つ。一体どこまでが噛み合っているのか……言葉に歯車は見つからない。
ふいに、なにかに呼ばれたような気がして顔を上げる。それを見計らったかのように、壁の時計たちは一斉に二十三時を知らせた。その光景は壮観で、様々な時を告げる音色が重なって響いていった。
しかし、この時計塔だけは、未だ、時刻を告げる鐘を鳴らさない。
【殺人鬼の住まう街:第四話『歯車は止まらない』】
いつも通り、あくびと伸びをしたい欲を嚙み殺して、台所に向かい電子ケトルに水を張る。何がなく見上げた時計は、午前七時。木曜日はアラームを駆ける必要もなく、惰眠を貪っているため、普段より一時間ほど遅い起床となった。
コーヒーの準備を整え、シャワーを浴びる。六月の上旬、過ごしやすい陽気の割に、梅雨入りを間近に控え、湿度はそれなりに高い。今年の梅雨は長引くだろう。
雑に髪と体を洗い、台所に戻ってくれば、既に沸いてたケトルから泡の音がした。コーヒーを濃い目に煎れ、たっぷりの砂糖とミルク。そんな液体で満ちた白いマグカップを片手に、今しがた離れたばかりの定位置に座り直し、固まったままのディスプレイと対峙する。
請け負っていた依頼のほとんどは完遂し、後は依頼者への報告と報酬の振り込みの確認。そしてやってくる月曜日に備えてまた新たな仕事を始めるくらいしか、今日の予定はない。
そう考えつつ、メールボックスへカーソルを合わせれば、大半のメールは中身が開かれているにも関わらず、一番上に乗っかった最新のものは、赤く自己主張する未読のマークを湛えていた。
……この仕事をしていると、穴の開いた船から水を掬い出しているような気持ちになる。やっとの思いで一件を終わらせてみれば、待っているのは別の十件で、いつまでもこの船から水がなくなることは無い。無意味に同じ日々を何度も繰り返しているような、そんな不快な気分に支配されることがあった。
しかしまぁ、アールにそれを拒否する権利など無く、またアールもその道へ身を投げているのだから仕方ないと納得している。ため息をつきながら、『緊急』と表示されている、最新のメールを開いた。
『題名:緊急
FROM:N
TO:R
報酬はいつも通りでいいわよね? 早急にお願いするわ』
メールに添付されているファイルを開けば、二人の男性に関する資料だ。資料とは言っても、アールが古馴染みに毎週渡しているような詳細資料ではなく、名前と住所と年齢と性別だけが簡素に書かれた物で、素人が作成したのは明らかだが……。
資料から目を離し、アール好みの甘く苦いコーヒーを口に含んで、吐き出しかけたため息を押し込む。
この依頼者・Nと言うのは、今から凡そ四年ほど前からの古株の客で、この商売を始めた最初期から交流があった。直接に会ったことは無いし、依頼の頻度もそれほど高くない。ただ、依頼の対象は老若男女の多岐にわたり、その全てにおいて“情報提供”ではなく“処分”を願う内容というよく分からない人物だ。
アールは主に、この街に潜む“鬼”を一般人の目から隠す仕事をしている。そのため、顧客の半分は“殺人鬼”などと揶揄される危険人物だが、彼らもアールの有用性を理解しているため、直接に殺しに来るような事案は今の所起きていない。彼ら“鬼”が気ままに葬った命の後処理から、警察から足がつかないようにする裏工作まで担ってくれる、よく言えば便利屋なのだろう。
そしてもう半分は、対象の情報提供を望むエルのような者と、対象の処分を望むNのような者の二択だ。情報提供を望む者には、対象の詳細資料を。処分を望む者には、“鬼”との仲介を行う。
口内で弄んでいたコーヒーを喉へ流し込み、深くため息をついて伸びを一つ。全くやる気は起きないが、仕事だ。内容を選ぶ権利を、彼女は持ち合わせてはいない。
身支度を適当に整え、煙草を噛んで靴を履く。情報を願おうが、処分を願おうが、結局はこのところ目で調べてみなくては始まらない。曜日のズレた休日であるのはずの木曜は、残念ながらこうした至急の依頼につぶされることが多かったりする。
***
忙しない朝を迎えようとしている二番地に佇む抹茶専門店、“ル・ティアーズ”の女店主・エルの朝は早い。ほとんど日が昇るのと同時に目を覚まし、同居人・ユウと朝食を共にする。今日の朝食は、体に悪そうな甘みを帯びたフレンチトーストだ。
「おはよう」
「おはようございます」
傍から見れば、とても恋人同士だとは思えないような冷めた挨拶を交わした後、二人は並んで座って朝食を口に運ぶ。
「今日のご予定は?」
エルが時計を見上げながら訪ねれば、秒針の響く店内は、間もなく午前七時。
「いつも通りだよ。描きかけの絵を仕上げなくちゃ」
ユウもコーヒーを啜って、時計を見上げた。
本当ならば紅茶が良いのだけれど、残念なことに冷たい牛乳で朝食をとっている恋人は、紅茶を入れられないどころか飲めないらしい。まずいお茶を入れられるくらいならば、コーヒーにしてしまった方がいっそマシに思われた。
「そうですか」
同居人へあまりに素っ気ない対応を返す。並んで座った二人の視線が交わることは無い。
「そういえばさ、」
穏やかなジャズのBGMが流れる店内で、時計を見やったままにエルの同居人・ユウが話題を持ちかけた。
「はい、どうしました?」
「一か月くらい前に、『どこか遊びに行こう』って誘ってくれたじゃん?」
「ええ、そうでしたね」
「……もう、一か月経つんだけど……」
「まだどこにも行ってませんね」
「だよね??」
ユウの視線が、怪訝に歪みながらエルを捉える。それに気づいたエルも、首をかしげながら顔を向けた。
「仕方ないじゃあないですか。遊びに行くためには、一日店を空けなくてはいけないのですから」
「………」
うん、確かにそうなんだけど……と思うも、その言葉は喉の奥に押し込められていく。
「六番地に遊園地ができたことは?」
「ええ、知っていますよ。常連さんたちの話のネタになっていますからね」
「……じゃあ、さ」
「店を空けられたら、遊びに行きましょうか」
「店と僕、どっちが大事?」
「どっちも」
同居人はいつかのように、わざとらしいため息を漏らす。あの日のような無茶をしようとは思えなかったけれど……。
その代わりに、
「ねえ、日曜日、遊びに行かない?」
と、臆病な恋心を奮い立たせて尋ねてみる。口元にはニヤリとした笑みが浮かんでいるが、反対にその目は緊張でわずかに震えていた。
凪いだ表情で牛乳に口をつけていた恋人の視線。一呼吸分の静寂は、酷く胸騒ぎがして、真っ直ぐにその目を見つめ返すこともなんだかはばかられる。彼女の表情は驚きと歓喜と怪訝さをごちゃまぜにしたように複雑で、正しく汲み取るには些か難しい。
秒針の音が、心臓の音と重なって耳に響く。言った本人も、言われた恋人も、時間が止まってしまったようだ。錯覚し、見つめ合ったその目が、驚きと緊張を映している。
「っ……い、いいですよ。行きましょうか」
先に視線を逸らしたのは、新緑の色に燃える店主の方だった。
そしてそそくさと席を立ち、朝食の片づけを始めてしまう。その仕草は普段と何ら変化がないにもかかわらず、自分の手足が自分のものではなくなってしまった気がする。
「じゃ、じゃあ、楽しみにしてるからっ……!」
一方でユウの方も、いつも通りのらりくらりと躱されることを想定していたがために、いつかの恋人らしい日々に戻ったような反応に戸惑い、勢いよく席を立つ。自分の火照った頬を見られないように、階段を掛け合がり、乱暴に三階のアトリエへ。バタン、一つやけに大きく音が響いて、消えた。
さて、取り残されたエル。その同居人がアトリエに引きこもってしまった後は、店内の掃除とその日の営業の仕込みを行うだけだ。
まさか、もう一歩積極的に踏み込んでこられるとは思っておらず、いつかの日々のような態度を示してしまったことを反省しながらも、日常に埋もれれば感情は成りを潜める。つい先ほどまで激しく胸を叩いていた心臓の音も、数分のうちに静まり返っていた。
(にしても、驚きましたねぇ……。ユウさんの方から、デートに誘われるとは……)
手早く店の準備を整え、アンティークな様相のロッキングチェアを引き寄せる。
(……ふふ、いつぶりでしょうか。楽しみ、ですね……)
ふわりと吊り上がった口元を、開いた本で隠しながら時計を見れば午前九時。あっという間の一言に収めるには、酷く色濃い二時間だった。
開店はあと一時間以上先。今だけは、この締まりのない表情を晒したって良いだろうかと、店主は一人顔を赤らめた。
***
午前八時、あらかたの確認作業を終えたアールは、七番地から二番地に向かって歩いていた。徒歩で行くにはそれなりに距離があるものの、路面電車を拾うのは面倒に思えたからだ。まあ、運動不足極まるこの怠惰な身体には丁度良いだろう。
七番地に潜むアールと同じ立場の協力者は、街中に隠された監視カメラの映像を持っている重要人物だ。アール自身ももちろんそういった情報屋の一面を持っているのだが、一人でこの街の全ての住人を把握するのは不可能に等しい。故にこうして、自身の持っていない情報は、他の情報屋を頼る。情報屋間ではよくある取引だ。
今回の対象は、どこにでもいるような二人の男性。勤め先は五番地の最近上場したばかりの企業で、営業担当らしい。パッとしない、本当にどこにでもいるような人物だった。どうしてNが彼らを指定したのかなど、アールにわかるはずはなかった。
淡々と同じ歩幅で歩きながら、アールは脳内の人事ファイルを展開する。こうして依頼人と“鬼”の仲介を行うことは少なくないが、“鬼”にも何種類かがいるものだ。殺し屋紛いな仕事を請け負う者もいれば、自身が見初めた対象しか手にかけない者もいる。そのうえで、こういった臨時の依頼に対応してくれるものはほんの一握りだ。
殺し屋と言うのは大抵事前に厳重な計画を練り、それに基づいて行動を行う。そのため、至急の依頼は受けてくれなかったりする。もちろん“鬼”だって、計画を準備して手を出す者が大半だ。だからこそ、計画性のない“殺人鬼”を選ばなくてはならない。
臨時の依頼に対応でき、計画性無く犯行を起こし、それでも確実に対象を仕留められる“殺人鬼”……。条件はかなり厳しい。それは、アールの脳内にある“鬼”の人事ファイルをもってしても、ほとんど見つけられない程だ。
……だから、今、こうして二番地に向かっている。アールが思い当たった人物は、人ごみに紛れることを得意とし、しかし他とは一線を画す明らかな殺意の持ち主……。古馴染み、その人しかいなかった。
***
カランカラン……と、店内入口にとりつけられたベルが来訪を知らせた。時刻は午前九時半。開店時間にはまだ些か早い。
店内でゆっくりと愛読書をめくっていた店主は、時計を見上げてから、不機嫌そうに入り口に視線を投げた。
「……開店時間前だと、わかりませんでしたか?」
暖色の光が照らす暖かな雰囲気の店内に、入り口から浮かび上がった一切の色相を弾くような黒い影はあまりに不釣り合いだ。
「……いや、確かにcloseの文字は見た」
低く唸るような、女性にしては低いが、男性とは質の違う声。それは、まぎれもなく自身が利用している情報屋のものだ。
手にしていた愛読書にしおりを挟み、カウンターへ置く。出不精な情報屋が、わざわざこうして店に出向くのはそうそうない……。まあ、どうせまた面倒な依頼でも引き受けたのだろうと想像しながら、カウンターの一席を引いて座るように示した。
「はぁ……。コーヒーでいいですか?」
「ああ、頼む」
「……禁煙ですからね」
「………わかってる」
招かれざる情報屋は示された席に腰を下ろして苦笑いを浮かべる。
店主が注文の品を出すまで、二人の間に会話は存在しなかった。ゆったりとしたBGMが場違いのように流れ続け、張り詰めた空気を秒針が振動させている。
「……お待たせしました」
ようやっと出来上がった湯気の立つコーヒーを前に、
「……茶屋のくせに、コーヒーが出るなんてな」
情報屋は皮肉気に笑った。
「あら、お望みでしたら抹茶を入れましょうか? あなた好みの、飛び切り苦い奴を」
店主はカウンター越しに肘をついて、口元に三日月形の笑みを浮かべる。その表情は余裕を湛えているが、その瞳の奥に確かな抗議の色が見え透いていた。
「勘弁」
情報屋は苦笑いでコーヒーをすすり、自分好みの砂糖とミルクたっぷりな甘いコーヒーに
「……うまいな」
と、思わずその硬い表情を一瞬緩める。あぁ、なんだ、この堅物にも表情筋なるものはあったのか。
「……それはどうも」
店主は表情を崩さず答えるが、その胸中では
(あなたが私に入れ方を教えたのですから、あなた好みになるのは当然ではありませんか……)
などとつぶやいていた。しかしそれは、既に遠い日の記憶でしかない。
「……今夜、動けるか?」
それからコチリコチリと幾度か秒針が音を刻んでから、コトリ……カップを置いて、情報屋・アールは本題を切り出した。
そうすれば、店主・エルの顔面からはすっと表情が消え果てる。どうせそんなことだろうと予想はしていたが、それでも、エルとて望みたい話ではないからだ。
「……時間によりますよ。私には店がありますから」
「……二十一時、六番地。会合で時々使われる、飲み屋の二階だ。そこの店主に話はつけてある」
「あぁ、なるほど。人に言えない仕事だから、開店前にいらしたんですね」
まるでたった今その事実に気がついたように、わざとらしく語尾を持ち上げる。白々しいにも程がある。
もちろんそんなこと、初めからわかっていただろう。そのことはアールとてわかっている。それにも関わらずまるで演技じみた淡白な様子に情報屋は眉根を寄せ、内ポケットの煙草に手をかけた。
「おっと、禁煙だと言ったはずですよ。それを吸うなら、仕事は受けません」
「……ッチ」
全く……これほどまでにわかりやすい癖に、何故彼女は駆け引きを得意とするのか……。
エルが思考するように目を閉じれば、アールはイラつきを隠すことなくカウンターを指で叩いた。秒針とはリズムの違う、せっかちなその音が気に食わないと訴えているようだ。せめて、秒針にぐらい合わせろとエルも顔を歪めて、目を開ける。
「……はぁ……………………。わかりましたよ、受けます。先月のメモの一件もありますし、これで借はチャラにしていただけますね?」
「あぁ、頼む」
先月のメモ。あぁ、そんなこともあった。記憶の隅へ追いやっていたどうでもいい記憶を掘り起こし、短く息を吐く。
アールからすれば、先月のメモの件についてはただの気まぐれで、貸を作ろうとした思惑などないし、貸にしたつもりもなかったのだが、そもそも言うことすら面倒だ。どの道、仕事を受けてくれるのならば、アールにとってはそれでよかったのだし。
「で、他に資料は?」
諦めたようにエルは首を傾げ、まっすぐにアールの周囲の色彩を塗りつぶしてしまいそうなほどに黒い目を見つめた。
一方で今度はアールがその頬を不敵に釣り上げ、
「これから殺す相手の情報なんて要るのか?」
なんて尋ねて返す。ある種の挑発とも思える態度で。
「ええ、要りますとも。あなたからしてみれば私は、その日その場で仕事を受けてくれる都合の良い殺し屋なのかもしれませんが、その道を本業とする彼らほど腕が立つはずもありませんす、彼らほどの綿密な計画を練ることも叶いません。しかしそれでも、こちらとてそれなりに準備が必要なのですよ」
その挑発を、淡々とセリフでも読むかのように受け流す。構うだけ時間の無駄だ。
この厄介で招かれざる客のコップはいつの間にやら空で、そういうところでだけは律儀だなと胸中で呟いて、食器を下げる。アールはそれを見て、代金と毎週彼女に渡しているのと同じA4の封筒をカウンターに置いて席と立った。
「二十三時に、死体の処分の奴を送る。問題ないな?」
「あら、今回はあなたが処分なさるのではないのですね」
「……処分は専門外。私は主に情報担当とでも思え」
「ああ、なるほど」
入れ替わりで、エルが先ほどまでアールの座っていた席に座る。手元の封筒を器用に破り、中身の確認に入った。
人間、何かを読んでいる時に会話を行うというマルチタスクは相当の訓練か才能が無ければ難しいもので、再び、店内のBGMと秒針だけが響く。もちろんアールもそれを邪魔するつもりはなかったし、エルも今夜の予定を組み立てるのに必死で、会話に気を裂く余裕もなかった。
「…………なるほど…」
しばらく後に、エルは大きくため息をついた。その理由をアールは知らないし、彼女に教えるつもりもない。
「……引き受けられるな?」
「……ええ、まあ。……しかし……」
「?」
「………………………」
考え込むように黙ったエルの顔を、アールが訝し気に覗き込む。そこにあるのは普段と同じ、どこにでもいるような平凡な顔だ。それ以上でもそれ以下でもない。
「……そうですね……もし、定刻の三十分前になっても、私から完遂の報告が入らなければ、私の最愛の同居人に、このメールを送信してください。その後、これは分解して捨てるか、いっそ川か海にでも投げてください」
話しながらエルは手早く何らかかを予備の携帯電話に入力し、アールに預ける。
何事かとメールに目をやれば、今晩の仕事現場の位置情報が簡素に書かれているだけだ。これが一体何になるというのか……。
「……まぁ、いいが……」
なぜ? と続きかけた当然の疑問符は、何となく吝かな気がして飲み込んだ。本能だろうか、あるいは気遣いだろうか、踏み込んでは行けない気がする。
「ではそのように。あと五分で開店なので、早く出て行ってくれませんかね」
時計をちらりと目にして、エルは無愛想に口にする。彼女にとって最も大事なのは、今のこの生活だ。何も変わりない、平穏な日々だ。お客にこんな裏の顔を見せる訳にもいかないし、ましてや同居人に悟られる訳にもいかない。
「わかった、じゃあ、よろしく」
それについてはアールも抗議するつもりは一切なく、促されるままに店を後にする。この古馴染みの思考が嫌な程にわかってしまったから。
***
人もまばらになってきた店内は十九時半を示している。
「そっか、じゃあ、そろそろお暇するね……」
「はい、無理言ってすみません」
落ち着いた雰囲気に身をゆだね、社会の荒波に揉まれた疲れを癒していた常連客達は、名残惜しそうに帰り支度を始めた。
普段ならば二十一時まで営業しているが、今夜は、同居人の友人と別の店に飲みに行く予定があるのだと言えば、たまには店主も休めと笑う常連達は、快く承諾してくれた。もちろん、そんな予定など無いけれど……嘘をつくことへの罪悪感は、残念なことに随分前に忘れてしまった。
「本日はありがとうございました」
最後の一人が店を出る姿を、深々としたお辞儀で見送る。なにかの名店である訳でも、広告を出している訳でもないのに、ただ通りすがりにこの店を見つけ、自らの意思でこの店を選んでくれた客たちのために。
彼らは、エルがこれからやろうとしていることを知らないし、今までにたどってきた道も知らない。それを教えるつもりもないし、第一、真っ当に日向を生きる者たちを、わざわざ日陰に連れ込みたいとも思わない。
日向は日向、日陰は日陰に過ぎず、光も影も、表も裏も、全ては二面生を持ち合わせている。混ざり合う必要も、理解し合う必要もない。それこそ、殺人鬼が被害者について思考しないのと同じように……。
人のいなくなった店内で、手早く片づけを済ませ、エルは二階へと足を運ぶ。不思議と足音を消してしまうのは、もしかすれば後ろめたさがあるからかもしれない……。
そこは同居人との共同の生活スペースで、寝室と各々の部屋があるだけだ。二人とも普段は別々の趣味に興じているせいで、一階の店か三階のアトリエにしかいない。おかげで、寝るためにやってくる寝室はまだしも、自室を使う機会はほとんどなかったりする。
そんな自室の扉へ、何か月ぶりかに手をかけた。少しばかり重い木製の扉は、少しばかり硬い留め金を押し開けて、がらんとした室内を明らかにする。
使っていないから当然なのだが、その部屋に生活感はない。壁際にみっりと本棚が並べられ、その端から端まで多種多様な本が並べられている。片隅に低い机と座椅子が置かれているだけだ。
そしてその奥には……壁に掛けられた一本の刀。白い鞘に収められた丁度良い長さと、確かな重みを持つそれへ手にかける。
「……さすがに今回は、これじゃ無理そうなので……」
その代わりに、エプロンスカートに隠していたピザカッターを机の上に置いた。
武器選びのセンスがつくづく無いと、恋仲にある同居人は事ある毎にボヤいているピザカッター。確かに殺傷性能は悲しいほどにない。が、物は使いようだ。人肉が切れるほどに鋭く研がれた特注のそれは、痛みを与えながら柔い皮膚を裂くには最適解のように思われた。
「……」
アールは気づいていないだろうし、知らないのだろうが、今回の相手はお遊びで何とかなるような人物ではない。そのことを、エル自身が何より身を以て知っていた。だから、普段ならば絶対に使わない、もう一つの武器……否、本来の彼女が最も愛用すべき武器を持ち出すのだ。
一度刀を鞘から抜き払い、刃こぼれがないかを確認して、軽く振った後で鞘に戻す。その動作は、素人から見ても刀の扱いに慣れた者の所作にしか見えない。
「……ユウさんにバレたら、没収されそうで怖いですけど……。まあ、背に腹は代えられませんし」
和風メイドのエプロンに刀、と言うなんとも不釣り合いな恰好で、しかしどことなくそれが本来であると感じさせるような自然さを保って、二十時、エルはそっと店を脱出する。
***
日が落ちれば暗闇が世界を支配した。ひとつ昇った月明かりもまだ薄い二十時半、エルは六番地の指定された飲み屋前にいた。その目には、いつもの快楽殺人に溺れる“鬼”ではなく、僅かな覚悟を決めた殺し屋が息づいている。
今回の依頼を、いったいどこの誰が、何の用件でアールに持ち込んだのか、エルには推察することすら叶わないが、それでも、今回の対象を、少なからずエルは知っていて、そして、遅かれ早かれ、もしもこの街に件の対象がいることを知れば、エルはこうする他無いのもまた事実だ。
口内に満ちた唾液を喉の奥へ押し流せば、やけに大きく喉を鳴らす音が体内に反響する。血に飢えているわけでも、これからの仕事を焦がれている訳でもない。ただひたすらに緊張を押し殺すし、ゆっくりと息を吐き、飲み屋のドアを開けた。
店の雰囲気自体は、エルの店と心なしか似ているような気がした。暖色の光が、木目の床に茶色い影を落としている。店内に人影はなく、奥のカウンターで店主らしき男が酒瓶を傾けているだけだ。
「……こんばんは」
内心の緊張をおくびにもかけず、平静を装って店主へと歩を進める。不意にぎし、となった店の床に、僅かに身体が強ばったのは内緒だ。
「……よう。嬢ちゃん、まだ酒飲める歳じゃねぇだろ。こんなところに何の用だ?」
店主はその体たらくに見合わず、酔っているようには見受けられない。相当強いのか、あるいは手にしているそれはアルコールを装ったただの液体なのか……知る由もない。
「話は通っていると聞いていましたが? 黒髪で、黒い目をした者から」
他人の情報を鵜呑みにするのは好かないが、あの情報屋は憎たらしいことに本心から信用出来る。こんなところで、話を通したという嘘をつく必要性もないだろう。
「……おう、聞いてるぜ。なんだ、上に用があるやつだったのか」
「えぇ。生憎お酒は嗜めないのでね」
店主はエルを見定めるように、冷えた目で観察する。どこから見ても可憐な少女にしか見えない。……けれど、こういう輩は総じて見かけによらないものだ。
「死体を残していくな。それから、俺は上で起こるイザコザに一切関与しない。わかったな?」
エルが携える刀を目に留めて、認めたように内容を唇が言葉を描く。年齢を察するに余りあるが……まあ、誰が生き残ろうとこの店主の知ったことでもない。
「承知いたしました。それから、私が上から戻る前に、薄桃色の髪色の者が来たら、私……いえ、エルが呼んでいると言って通して差し上げてください」
「ん、わかった」
店主は早く行けと顎で奥の階段を示し、再び酒瓶を煽り始める。あと幾ら中身が残っているのか……色の濃いガラスに閉じ込められた中身は遠目に判断できなかった。
おそらく歓迎はされていないだろうが、この店の代金ならアールが払っているだろう。ならば、何も気負う必要もない……。白いタイツに包まれた細い足が階段に足をかかる。一歩一歩重く、そして、一切の足音と気配を消して……。
階段を登り切った先には、あまり長くない廊下と四部屋の扉が向かい合っていた。そのうちの一室から、暖色の明かりが漏れていることを、彼女が見逃すはずもない。
そこで、
「……あぁ、いらしたようね。ドアを開けて差し上げて?」
一室から明るい声が漏れ、非情にも廊下へこだました。女の声だ。……知っている、声だ。嫌と言うほど、耳に馴染んだ声……。
その声のすぐ後に、目的の部屋のドアが開かれる。エルはとっさに、脇の壁へ張り付いて射線を切った。開くと同時にハチの巣だなんてごめんだ。この対象ならやりかねない。
「あら、そんなに警戒なさらないで? ふふ、大丈夫、話もせずに撃ったりなんてしないわ」
穏やかな声が響く。今回の対象の声ではない。だって今回の対象は男性なのだから……。
張り詰めた気を微塵も解かず、小さく息を吐きだして……エルは開かれたドアの前に立った。
開けた視界、暖色の明かりが照らす部屋、三人の人影。そのうちの二つは男のもので、もう一つは一人掛けのソファーに腰を下ろした女のものだ。男たちはそのガタイの良さに見合わない、白い修道着を身にまとっており、女は僅かに赤茶けた黒いメイド服を身につけ、顔に黒い覆いをしている。
「本当に来やがった」
「ふふ、私に感謝することね」
女は得意気で、男たちは歓喜と驚きを混ぜていた。
エルはその様子を静かに眺め、相手の次の行動を見定める。女の目的は不明だが、正体は分かっている。なぜアールが彼女がここにいる情報を掴めなかったのかは分からないが、それでも、今回の対象でないことは確かだし、敵対するだけ無意味だ。
視界の端で、男が銃を抜くのを捉え、刀を抜きはらって横に飛ぶ。刹那、耳を劈く轟音が響いた。見れば、先ほどまで立っていた場所の少し先の床に黒く焦げて穴が開いている。下の階まで銃弾が届かないのは幸いだ。
相手の得物はオートマチック。銃に詳しくないエルにはそこまでしかわからないが、弾速や距離から考えるに、見てから回避はほぼ不可能だろう。ならば、この場を制するのは読み合いか。
相手が銃を向けるより先に、その着弾点を回避する。どこまで行っても凡庸なエルにできることは、せいぜいその程度だ。何発かの発砲音が鼓膜を震えさせ、一応は会合の場の様相を呈していた部屋は、数分も経たずに見るも無残に荒らされていく。それでも、じりじりと対象との距離を詰め、猛禽類が獲物を狩る瞬間を待つのと等しく息を殺す。
ギンと嫌な金属音が響き、エルの腕に確かな手ごたえを与える。詰め寄り切り払ったエルの刃と、それを庇った男の銃がぶつかり合い、エルが相手の得物を叩き落とした音だ。
が、反撃にと、素早い身動きで男が抜いたナイフは、切り伏せたエルの後隙に、深く左の横腹に突き刺さる。
「っ……‼」
声にならない悲鳴を噛み殺し、怯みかけた体を無理矢理に突き動かして、白刀で相手の喉元を横に凪ぐ。
しかし、休む間もなく次の発砲音が耳を劈き、続いて得物を持った右腕が熱を帯びる。先ほどまで体の一部にさえ感じられた自らの相棒である刀が、唐突に重みを増し、傷ついた体に牙をむいた。
それでも、歯を食いしばって、構えた刀を相手の胸めがけて投擲する。ヒュと一つ風切り音が耳に届いた直後、エルの視界には、目標地点に狂いなく突き刺さった愛刀が見えた。
最後の抵抗だというように、二発の発砲音を残し、今宵の対象は二人ともこと切れた。
猛禽類は、獲物を仕留めた瞬間こそ、最も無防備になるという。それはあながち間違いではないのだな…などと、頭の片隅で思考がよぎった。
「…っは………ぁ……………」
ほんの数十分の、しかし、数時間分の体力と集中力を消耗したようだと、エルはその場にへやりこむ。もはや、立っていることすらその体には毒でしかなかった。
「お疲れさま。ふふ、腕が鈍っていないようで安心したわ」
二つの屍と、二人の女。女のうち一切の負傷を追っていない方が口を開く。
「……っ、なんで、あなたが、ここに……」
ナイフが突き刺さったままの横腹に、腕の余りある布を破いて止血を行い、苦し気に息を震わせてエルは尋ねる。肺腑は燃えるように熱く、石火のような空気が口から漏れた。それでも、意識だけは残酷にもはっきりしていて、音は疲労した脳を揺らす。
女は、黒い布に隠れたままの顔で笑った。そして、悪役が主人公にとどめでも射しに来るかのように、余裕のある足取りでエルの目の前に立って、
「なんでって言われても、だって、私が彼らをここに呼んだんだもの」
可笑しくてたまらないと言いたげに、声が上ずった。
首を傾けながら、ゆっくりと顔にかけられた黒い覆いを剝がせば、その下には三日月形に歪んだ口角で、紅紫色の目が笑っている。その顔は、何よりも見慣れている。
だって、エル自身の顔と、瓜二つなのだから。
声も、顔も、背丈も……。違うのは、その目の色が紫色であることと、髪の色が黒に近いことだけだ。双子だと言われれば、誰も意義を唱えないだろう。
「随分苦しそうね? 薬をあげましょうか?」
目の前で、自分と同じ顔が笑っている。否、現在自分の顔は苦しみに歪んでいるのだから、同じ顔ではない。
「……だ……から、なんで、エヌ……あなたが、関わっているのか、と……」
話すたびに傷が熱を発し、声も息も揺らぐ。いっそ、気を失ってしまえれば、どれほど楽だろうか。
息も絶え絶え発した質問に、女・エヌは突然に表情を消した。
「それを応えて、ワタシに何か徳があるのかしら?」
「っ……」
「いいじゃない、あなたは実家からの使者を消せて、ワタシは目障りな者を排除できて。win winでしょう?」
「…………」
言い返す言葉が浮かばないのは、痛みで声を出せないからに違いない。
エルは、今回の対象を知っていた。彼らは、エルの実家の使用人だ。その身にまとっている修道着が何よりもそれを物語っている。
彼女は知っていたのだ。彼らが本家の人間だからこそ、多少なり武器の扱いは仕込まれていることを。なぜならエルもまた、本家でこの刀の扱いを教え込まれたのだから。きっと、アールは知らなかったのだろうが……。
分家は、本家よりその筋での色は薄いが、本家は何かの狂信的な集団にすら思えた。世間一般には、『有名な画家の家系』としてしか知られていないが、その実、狂信カルトか何かのようだ。
才のある者を褒め称えては、才のない者を嘲笑う。名が売れるのなんて当然で、そこに本人の努力など介在しない。問題が浮上すれば家系図からも消してしまう。それが、本家だ。
家を捨てたエルもまた、裏切り者の一派。この街に逃げ込んだのは、古馴染みのアールが居るからという理由だけではなく、外部からほぼ完全に遮断されたこの街は、本家の追手から逃れるには最適だったから。街と外部を接続するのは四方の橋だけで、人の往来は簡単に監視できる。街の内部で、今回のように本家の使者を葬ったとしても、この街の夜闇にもみ消すのは容易なことだ。
毎週、情報屋の週末を削って依頼しているのは、街と外部の往来の監視。その一週間に出入りした全ての人物の記録を書き起こさせ、エルは監視している。それが、追手ではないか、使者ではないか……と。
なぜ、今回、彼らが街の内部に潜伏できていたかは些か謎だ。可能性としては、エルがこの街に移り住むより前に、既にここに目をつけていたか、あるいは目の前のエヌがアールの目を欺いて、彼らを内部に入れたか……。前者ならともかく、後者ではエヌの目的がより不鮮明になる。しかし、この、エヌと言う自分と瓜二つな人物なら、やりかねない。
「あなたの、目的は……」
白み始める視界と意識の中でつぶやいた言葉は、
「さぁ?そろそろお暇するわね。じきに、あなたの最愛の彼が、帰らないあなたを心配してやってくるでしょうから」
と言い放つ、エヌの声に撥ねつけられる。
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***
「エル!」
声を張り上げ、荒らされた部屋に目もくれず、人影が一つ部屋に飛び込む。細く艶やかな薄桃色の髪と、同色の尾と耳が体に引かれて揺れる。
酷く荒らされた部屋には、いくつもの弾痕。奥に二つの男性の死体が転がっている。部屋の中腹あたりで、壁にもたれてぐったりととしている血に濡れた少女こそ、この人影が求めていた名の主だ。
「エル!エル!しっかりして!」
目に薄い涙の膜を浮かべて、少女の肩をゆする。右腕に一つ、両足の太ももに一つずつの弾痕、左の脇腹にはナイフが深く突き刺さっている。放っておけば、ただで済むとは到底思えない。
「……ぁ…ゆー…さん、ですか…」
苦悶に顔をしかめてから、それでも目の前の少女は口元に笑みを湛えて、声を口にした。
「エルのバカ……!」
「あはは……すみません、すこし、しくじりました……」
かけたい言葉はもっと他に合ったのに、最愛の彼女が生きていたことが嬉しくて、しかし、今にも消えてしまいそうな姿が辛くて、用意した言葉はハラハラと胸中に落ちていく。
夜の部の営業もそろそろ終わっただろうかと、夕食を待ちかねて店に降りてみれば、店主の姿はどこにもない。家中探してみても、どこにも。買出しにでも行ったのだと、逸る心臓を抑えて平静を装ってみれば、スマホに届くのはここの住所。何のお遊びだと、文句の一つや二つ抱えて向かえば、居酒屋ではないか。
それなのに店主は
「あぁ、お前か。えーと…なんて言ってたっけなぁ……ああ、そうだ、『エルが上で待ってる』ってよ。早く行ってやんな」
などと酒臭い息を吐く。そして、足音を荒げて階段を上がってみれば、このざまだ。
「…す…みません、ゆーさん……あの、きずを……」
息も意識も絶え絶えに、エルは命乞いのような言葉を口にする。
「あ、うん、わかった。すぐやるよ」
ユウはその言葉の意図を的確にとらえ、カバンの中から取り出した麻酔をエルに打つ。
一瞬、痛みに息が揺らぐが、それを気にしてやれる心の余裕も残っていなければ、エルの体に残された時間もそう長くはない。
ユウは続いて取り出したカトラリーで、躊躇うことなくエルの傷口を開いていく。その光景は、手当のようにも見えるが、その実、医療的な意味はほとんど皆無だ。
エルとユウの関係は、恋人と言うにはあまりに複雑だった。その複雑たる所以は、一重に二人の有する能力なんて体質にある。
エルとユウは、互いが傷つけた傷だけは、眠ることで完治することができる。二人が出会ってしまわなければ、その一風変わった力に気づくこともなかったのだが……故に二人は恋人を傷つけることへの躊躇いを、随分前に失ってしまっている。エルはヤンデレなんて称されるし、ユウはカニバルだなんて呼ばれる。
一か月前、倉庫から助けられた直後にエルの包丁によって付けられた頬の傷は、翌朝目が覚めるころには、初めから無かったかのように消えてしまっていた。もちろん、傷の程度が小さかったこともあるが……。
初めて二人がそれに気づいたのは、同居を始めて日の浅いころ。エルが少しイタズラでもしてやろうと、昼寝中のユウに近づいたことがきっかけだった。その気配に驚いて、ユウは寝ぼけた頭のままでエルの腕をひっかいてしまったのだ。
普段は人の手をしているが、獣人の爪は人間のそれよりもずっと固く、容易に皮膚を切り裂く。ハッと気づいて涙を溜めて誤れば、エルは痛みをこらえて笑って見せた。
異変が起こったのはその数時間後。やけに眠気を訴えるエルが、店の仕事もそこそこに昼寝に落ちた頃。罪悪感から、その日のエルの仕事を手伝っていたユウは見てしまう。エルが眠りに落ちた直後から、今朝傷つけたばかりで赤らんでいた傷が、目に見える速さで治癒していくところを。
それから二人は、お互いの体を使っていくつかの検証を重ね、そして、『互いがつけた傷は、眠ることで完治できる。ただし、傷の程度によって、比例的に眠る時間が長くなることから、おそらく死に至るほどの傷を負えば、二度と目覚めることは無いのだろう』という結論に至った。
その先はもう、恋人関係は崩れたと言っても過言ではなかった。初めこそ抵抗はあったが、日常の中で歪んでいった歯車は、気が付けば互いを傷つけることに大した抵抗もなくなってしまった。
それでもユウは、エルとの恋人らしい日々を望んでいたし、できることならばこの不思議な体質なんてなかったことにして、普通の恋人のように、何気ない日々に戻りたかった。確かに、恋人の肉が美味しいことは否定しないが……。
脳を駄弁に走らせ、今、自分が最愛の人の肉を抉っているという現実から目を背ける。肉を切り、体内で停止している弾丸を無造作に取り除き、ナイフを抜き、肉を削ぐ。他から見れば尋問か何かにしか見えないかもしれない。瀕死の体の傷を広げているのと、ほとんど同じなのだから……。麻酔をしていても、麻酔が切れてしまえばエルは再度、より強烈な痛みに顔を歪めるかもしれない。
「ありがとう、ございます。それと、歩けないので……家まで、連れて行って、もらえませんか……?」
「……うん」
「あぁ、それと……もしかしたら、明日、は……お店を、開けられないかもしれません。適当に理由をつけて、休みにしておいていただけませんか?」
「……うん」
「では、帰りましょうか。……と言っても、私、何もできないですけど……。あ、あと、私の刀、回収してください。あそこの男性に刺さってるやつです」
没収されるかもしれないと一瞬言い惑うが、自分で動けない以上、愛刀の回収を頼むしかない。こんなところで無くしてしまうよりは、没収された方がまだマシだ。
その発言に顔を上げて部屋を見渡す。確かに、部屋の端で頭蓋を白銀の刀身に刺し通された男の死体がある。
「……エル、刀なんて持ってたんだね」
死体を直視したこと以上に、彼はそちらに言及した。……それもそうか。死体なんぞ見慣れているのだし。
「あはは……まぁ、万が一のために?今日も役に立ちましたし……」
どうにか没収だけはやめてくれと、祈りを込めながら顔を歪める。置いていくより没収された方がマシだが、かと言って没収されたい訳では無い。
「……はぁ…わかったよ、帰ろ」
呆れたように、あるいは疲れたようにため息を吐いた。これ以上、面倒事に首を突っ込むより、早く帰って休みたかったし、何より目の前の恋人を早く休ませてあげたい。
その反応は少々予想を外れていた。てっきり、彼のことだから怒ると思ったのだが……。
「…あれ? 没収は無しですか?」
そのせいで、ついつい、そんな言葉が口を突いてしまった。
「………今日はエルの身を守るのに役立ったんでしょ? なんで、こんな危険なことに首つっこんだのかは知らないし、聞かないであげるけど……。もう、こういうことしないなら、没収はしない」
「ん~……それは、ノーコメントで」
エルの苦笑いを視界の端に収めつつ、ユウは腰を上げる。そして、指示されたとおり、既に体温を失いつつある亡骸の胸に突き刺さった刀を引き抜く。いつの間にこんな物を手に入れていたのやら……。いや、もしかしたら、自分と会うよりも前から持っていたのかもしれないけれど……。
「…はぁ~……………ほんと、もう、やめてよね、こういうの。心配するでしょ」
「すみません」
性懲りもなく笑って答える恋人を横抱きにし、ちらりと時計に目をやって部屋を出る。
もうじき、二十三時だ。今日は早くこの困った恋人を寝かせてやらなくては。
愛用の武器は、包丁とピザカッター。その内の包丁は、愛の証だのなんだのと言って自分にしか向けず、大抵殺す相手は同姓をピザカッターで……などというふざけた殺人鬼が、いったいどういう理由で刀など持ち出して、この男性を殺しに行ったいうのだろう。一か月前の事件のように、ユウの身に害をなそうとするならばまだしも、基本的にエルはユウ以外の男に興味がないというのに……。
階段を静かに下り、店主の男に会釈をすれば、変わり果てたエルの姿に若干の驚きを見せる。しかし、その様子にかまうことなく、ユウは店の入り口を足で開け、六番地のネオンが届かない裏道へ。
(ねぇ、エル。エルが抱えてるモノとか、昔の話とか……聞こうとは思わないし、僕も自分のことを話すつもりもないけど……恋人なんだからさ、心配くらいはさせてよね)
そんなユウの胸中のつぶやきは、眠りこける腕の中の恋人に、届くことは無かった。
***
ネオンの溢れる六番地。堕落と娯楽の象徴であるその街を、あまりに街に似合わない様相の女が歩いていた。皺ひとつなく着つけられた、若干赤茶けた黒いメイド服の背の低い女だ。フリルのカチューシャを乗せた黒に近い緑の髪は細く、毒々しいピンクの目は鋭く光っている。
夜の活気に満ちた六番地を抜け、人もまばらになりつつある三番地へ。街のどこからでも見えるほど立派な時計塔の下に行きついて、裏の扉を開ける。
店内には、大小いくつもの時計が飾られており、そして秒針の音は全て重なって一つに聞こえる。ここは、知る人ぞ知る、秘密の時計屋。
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【殺人鬼の住まう街:第四話『歯車は止まらない』】
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