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第一章:For the beautiful world
シャッターと雨音
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西向きにある灰色の部屋には、僅かばかりさえ朝日は立ち入らない。光と共に目覚め始める街の雑踏から取り残されたその部屋は、未だ暗い夜の中にあった。
ヴーッ……ヴーッ……と、机を振動させる携帯電話のバイブレーションで部屋の主は目を覚ます。起動したままスリープ状態になっていたパソコンの前で、机に突っ伏したまま夜を越した家主の名はアール。
強い睡魔の淵から浮上し、机に肘をついて後頭部を乱雑に荒らす。携帯電話を開けば、五月上旬、午前六時過ぎを示していた。
あくびと伸びを求める体とそれに伴った欲を噛み殺して、台所の電子ケトルに水を張る。眠い頭を無理矢理に覚醒させる濃いコーヒーの準備を整え、湯が沸くまでにシャワーを浴びてこよう。
五月の朝はまだ寒く、薄い肌を空気は容赦なく刺激した。寒さを嫌うならば昨夜にでも湯煎に浸かっておけば良いものを、この杜撰な家主は安息よりも仕事を選んだらしい。雑に髪と体を洗い台所に戻ってくれば、ケトルからの泡の音が室内を満たしていた。
コーヒーを濃いめに出し、砂糖とミルクをたっぷり注ぐ。朝食も無しに、茶渋の滲むコーヒーカップを片手に、先刻離れたばかりのパソコン前へ再び腰を下ろした。
数年前に話題になった“人をダメにするソファー”なんて名前の嗜好品はとっくに使い古され、中のビーズの大半が潰れてしまっている。到底、購入当初の柔らかさなど無いが、いつも座っているせいで自分の腰の形の跡ができており、座り心地は案外悪くない。
厚手のカーテンを開ける気にもなれず、欠伸の代わりに食堂へコーヒーを送り込む。今日もまた、何も変わらない一日が始まった。
回り始めた朝靄の中の脳を闇雲に走らせ、昨夜入力途中だった資料に目を通す。今日は水曜日。毎週月曜日にやってくる変わり者からの依頼は一段落し、別の依頼を処理していたところだ。
携帯電話開けば表示される今日のタスク。『撮影・正午過ぎ・六番地、煙草、洗濯、買い出し、情報収集……』長々と表示されたそれらに、疲れた目で溜息を吐いた。
長い一日を覚悟して、ストレスを忘れるためにポケットに手を入れるものの、いつも定位置にあるはずの物がない。手のひらに丁度よく収まる立方体。おおよそ25g程度の有害物質の塊の箱がない。
不機嫌を隠さずにまだ濡れている頭を乱し、ごみ箱に目をやれば、一番上にたった今求めたそれが捨てられてる。オシャレな外装を装いながら、人体への有害性を訴えるパッケージのそれは、タバコの空き箱だ。
今日に限ってなぜ買い置きを準備していないのかと過去の自分を恨むが、買い置きなど準備していないのはいつもの事ではないか。学ばない猿から進化した生き物であることは明白だな、なんて自嘲した。
煽るように甘く濃いコーヒーを食道に流し込み、その熱さに顔を歪める。猫舌というものはただ単に舌の使い方が下手くそな阿呆を言うものだが、それとこれとは別だ。
そんな思考を脳裏に過ぎらせ流ら、再び液晶画面と対峙しニュースを調べ、昨夜から更新された情報を目で追いかけていく。いつもと変わらない政治の話題、いつもと変わらない広告、いつもと変わらない事故、いつもと変わらない事件……。
スクロールする画面に表示される文言はどれも面白みに欠け、現在地がこの街である意味を疑った。あぁ全くいつも通り。なんてつまらないことか……。今日の天気が晴れのち曇りであることを確認し、ニュースのページを畳んだ。
現在地、とある国のとある地域。と言ってもこの街にも何か正式名称があったような気はするが、思い出すのも面倒なので忘れたことにしよう。
それに、この街に与えられた別称は『殺人鬼の住まう街』。ただ、今日に限っては残念なことこの上ないが、目ぼしい事件は起こらなかったらしい。鬼が鬼として動いていないのならば、ここは名もないただの街に等しかった。
今受け持っている依頼は何件だったか……と、鈍く頭を回しながら、表示された白い画面に情報を打ち込んでいく。入力されているのはこの街に住む者たちの個人情報。正直、こんなどうでも良い情報を何に使うのか、想像もできないし興味もない。
アールはただ、知っている情報をありのままに出力していくだけ。その作業は半分 機械じみており、自分の存在意義を考え始めた眠い頭をコーヒーで流した。
それから数時間、徐々に灰色の部屋が明かりを取り込み始める。時計に目をやれば午前十時半だ。どうやら西部屋にもようやく朝がやってきたらしい。
面倒くさいと作業を続けようとする手を一度止め、伸びと共にカーテンを乱雑に開ける。差し込んで来たのは昼を前にさんざめく太陽。その眩しさに目が眩んだ。
光が飛び込んできたその一瞬、あぁ世界はこんなにも美しかったのか、などと思考は勝手に言葉を並べたが、すぐにそのセリフの臭さに笑ってしまった。純粋な心を表現するというのはこの上なく恥ずかしい。
そういえば今日はまだ朝食をとっていない。少し早いが仕事に出るか……。固まった体を持ち上げると、背中がバキバキと年相応とは言い難い悲鳴を上げた。一日の……否、一年の大半をその場所で座って過ごすアールの体は、年齢以上に老化している。過労死という言葉があるならば、自分の最期はそれかもしれない。
床に投げられた洗濯物の山の大部分は、この一週間で取り崩されていた。まだ残っていた暗い灰色のパーカーと、濃い紺のジーパンをに着替え、戸棚の上に置かれた茶色い帽子で髪を押さえる。ゴツい黒塗りのカメラを首から下げると、体によく馴染んだ重みが、停止していた頭をたたき起こした。
正午には向かわなくてはならない場所があるため、先にコインランドリーとコンビニによって、朝昼兼用の食事をとろう。効率を思考しながら靴紐を結んで、アールは閑散とした一番地の住宅街へ繰り出した。
***
洗濯物を預け、コンビニで昼食と適当な雑誌と煙草と朝刊を買って、人気のない公園の日陰のベンチに腰を下ろす。正直、外で食べることは好きではないが、騒がしい店に入るよりは幾分かマシだ。
そんな騒がしさに身を置き、常に人の噂話に耳を立て続ける古馴染みは随分と変わり者に違わない。残念ながら、自分ではとてもできそうにないが……。
腐れ縁というには縁が薄く、かと言って知人というにはあまりに関わりすぎている。そんな、形容しがたいとある依頼人のことを脳裏に過ぎらせながら、弁当を口に放り込んだ。
アールと件の古馴染みは、幼少期からの付き合いがあった。ただそれは、仕事柄・家族同士の交流で幼かった二人もまた知り合った、というだけだ。
アールの両親は小さな写真屋で、古馴染みことエルの家は名のある画家の家系。名もない街の小さな写真屋と、分家ではあるが本家に劣らない名家の画家……。二人の関係性はそんなところだ。
アール自身も両親を手伝ったり、仕事に同伴することがあり、エル自身もまた未熟ながらに作品を作ったり、それをアールに見せたりすることがあった。どちらも見習いだが、その関係は将来にわたって続くと思われていた。……何も無ければ。
古馴染みは二人の姉と共に住んでいた。本家に負けず劣らずな実力者である彼女の両親は海外を飛び回っており、滅多に帰って来られないからだ。
一番上の姉は、彼女の七つ上。そこそこ売れている風景画家だ。眩しいほどの色彩が特徴的で、暖かくも激しい色使いが持ち味だった。彼女はその姉を尊敬しており、よく教えを乞うていたことを覚えている。
真ん中の姉は、二つ上。まだ無名な造形芸術家だったが、彫刻は勉強中だとは本人の弁で、その実いくつもの小さなコンテストで賞をかっさらっていた。他にも多種多様なことに手を付け、大工紛いなこともやっていたらしい。彼女は造形には全くと興味を示さなかったが、二番目の姉の強くも優しい性格をとても好いていた。
末っ子だった彼女は、どちらかと言うと造形より絵画を好んでいたと思う。その証拠に、一番上の姉とは違うスタイルの絵を好んで描いていた。アールはそんな、幼くも芯の通った絵を描く見習いの絵描きの作品を気に入ってた。
だからこそ、アールは彼女も将来画家になると疑わなかったのだ。……その時は。
思い出しかけた過去を、冷えかけのカフェオレで押し流す。淡く儚い過去の夢なんて……思い出したいものではない。
「……なあ、どうして、お前らはそうなったんだよ……。何を間違えたって言うんだ」
ため息と共に零れ落ちた言葉は、不覚にも先日、当の本人に投げたものと同じだった。
あまりにも多様な意味を持ちすぎた“どうして”は、結局答えを得られなかった。歪んでしまった古馴染みの恋心のことも、変わってしまった彼女自身のことも、そして彼女を変えていった姉たちのことも……彼女は何も教えてくれなかった。
『ハンプティ・ダンプティは誰にも元に戻せないのですよ』
脳内で彼女の声を反芻する。皮肉めいていて、意味深な声を。
「お前の中には、一筋の希望すら残ってないって言いたいのかよ……」
中身を失ったカフェオレのパックが軽い音を立ててへこんだ。
別に助ける義理もない知人。あくまで仕事上の付き合いで、関係性は依頼主と使用人と言うだけ。それだけだが……それでも、いつまでも辛気臭い顔でうろつかれると、こっちが迷惑だ。なんて、言い訳めいた言葉を並べ立てる。
咀嚼したサンドウィッチは崩れ落ち、その砂のような味で口内を満たした。
正午過ぎ、煙草を噛み大きな帽子を深くかぶった黒髪の女が、六番地を歩いていた。首から下げられたゴツいカメラは不規則に揺れ、帽子の合間から覗く表情は不機嫌さを隠そうともしない。空は鉛色に染まっており、いつ雨が降り始めてもおかしくないと思われた。
楽し気な街の雑踏が行き過ぎる。その女を取り残して。空気のように、あるいは影のように。女の姿は街の風景にすら同化してしまいそうだ。
女ことアールは、短くなった吸い殻を地面に落とし、乱雑に踏みつける。予定時刻はもう間もなく。厚みのあるスニーカーの靴音は、店の立ち並ぶ通りを曲がり、細い裏路地へと入っていく。
六番地、堕落と娯楽の町。夜になれば酒飲みが闊歩し、路上で喧嘩が勃発するのが日常茶飯事。一時期はスラムすらできていたという噂もあり、それが本当なのか嘘なのか……。曲がりくねった裏道が幾本も存在するこの地区は、治安状況的に、この街で一番不安定なところだとも言えるだろう。
アールはその裏路地や裏道の全てを把握していた。生まれも育ちもこの街で、ほとんど全ては庭のようなものだった。その庭の道を、迷うことなく奥へ奥へと進んでいく。まるで導かれるかのように。
そして、そこに、目的のものはあった。
赤。
鈍い鉛色の世界を彩るように、まだ生暖かく奇抜な赤が、そこにはあった。
アールは、街に伸びる影を映したかのような、どこまでも黒い両の目にそれを捉えるが、一切の動揺も見せることはない。そして、さも当然のように徐々に体温の失われていくそれの足元にしゃがみこんだ。
まるで通りすがった猫でも撮るかのようにカメラを構え、レンズをのぞき込む。凹レンズに映し出された赤は、絵具の赤よりもずっと鮮やかだ。
「……まず、偶然に……いや、待ち伏せだろうな、犯人と出くわしてしまった。驚き、一歩後ずさる。犯人との間に何らかの関係があったことは確かだ。そして、苦笑いでもしながら踵を返したところに、背後から縄をかけられる。
悲鳴を上げようと口を開いたところにタオルを噛ませ、縄を絞める。絞殺は五分以上気道を塞がなければいけない。地獄のような苦しみで、服がここまで乱れるほどにもがいた……。
明らかに計画的犯行なのに、いざ実践してしまったことを前に錯乱した犯人は、相手の抵抗に備えて持ってきた別の凶器……ここでは刃物か。それで、首を、腹を、四肢を切り刻み、赤色を塗った……と」
まるで推理小説の探偵かのような淡々と、あるいは実際にその現場を目撃した証言人のような語り口調で呟くように述べ、シャッターを切った。
それと同時に、ぽつり……と、肩に雫が落ちる。どうやら曇天は静かに泣くように、雨を降らせ始めたようだ。
「……この街には似合わない。……残念だけど、名も知らない犯人は、明日の朝刊には事件解決の記事で名を晒すことになるだろうな」
カメラを下ろし、雨を涙のように伝わせながら、静かに手を合わせた。
たっぷり三秒。その後、ゆっくりと目を開き、黒い手袋をして死体のポケットをまさぐる。奥深くに大事にしまわれた四角く固い携帯を取り出し、110へ。
そして、なり始めた着信音を確認し、そっと携帯電話を遺体の胸の上に置き、彼女は音もなく霧雨の中へ消えていった。
雨音が遠くで響いている。さびれたコインランドリーの一角で、洗濯籠を抱えるようにして、アールはガラスの向こうを眺めていた。この雨ではしばらく帰れそうにない。少なくとも、洗ったばかりの洗濯物を雨に晒すのは躊躇われる。
時計の針は午後二時少し前。ここに雨宿りに駆け込んだはいいが、雨は一向に止む気配を見せない。
「……ったく、今日の予報は晴れのち曇りだったじゃねぇか……」
深いため息が一つ漏れるが、洗濯機が回る音しかしないその場所では、それを聞いた者は一人としていなかった。
退屈そうに携帯を開いてみれば、今朝は気にも留めなかったが、メールが一通届いている。このSNSが発達した時代にメールなどという旧世代的な物を送ってくる者など、開かなくとも大体見当がついた。
『ありがとうございました』という、あまりにも端的な題名で送られてきたそれは、予想通り古馴染みからのメールだ。
『題名:ありがとうございました
FROM:L
TO:R
メモ、助かりました。お礼申し上げます』
たったそれだけ。あまりにも淡白で、可愛げのない奴めと笑ってしまう。だが、アールもまた、それに対して返信を送るつもりすらないのだから、同類なのだろう。日付を見れば、二日前の深夜だった。何ということもなく、アールは仕事をしたまでだと自分へ評価を下す。
二日前、月曜日。アールは、毎週月曜日に書類を取りにくる依頼人のための準備に追われていた。もちろん、到底一日で終わるような仕事量ではなく、大抵は金曜日あたりから準備を始め、寝食を惜しんで依頼を完遂するのだ。
この日もいつもと同じように、いつも通りの依頼条件に合った人物の書類をまとめていた。もちろんここでいう書類は、個人情報の塊であり、個人が作成したり、保持したりしていて良いような物では到底ない。
……が、この日に限って、唯一のエネルギー源のチョコレートが切れてしまったのだ。人間、水分だけの補給でしばらくは生きられるらしい。
しかし、アールの仕事は、膨大な記憶の中から必要な情報を引き抜くという、想像を絶する体力を必要とする労働なのだ。脳にブドウ糖を与え続けなければ、まともに仕事にならない。普段料理などしないから、砂糖ですら台所には置かれていないというのに。
今は一刻すら惜しんで作業を終え、睡眠をとりたい……。が、その願望はどうやら叶わないのだと潔く諦めるしかなさそうだ。眠気覚ましの強いコーヒーを流し込み、仕方なく街へ出ることにした。
それがどうやら功を奏したようだ。
小さなコンビニや食料品店はあるのだが、できるだけ外出の頻度は抑えたい。他に買わなくてはならない物もあったため、五番地の商業区まで足を延ばすことになった。
そこで、本当に偶然、古馴染みの恋人が画店を開いているところを目にした。ただそれだけだった。
……が、この街に長く生きれば、街の空気を感ずることも自ずとできるようになるものなのだろうか。胸騒ぎにも似た予感を、感じてしまったのだ。
だから、午後六時きっかりに、いつも通りにやってきた古馴染みへの依頼品の中に、五番地の、彼女の恋人が画店を開いていた当たりの地図を雑に書いて渡してみた。もちろん、使わなければそれまで。何せ、アールにはそこまでして助けてやる義理がないのだから。
メモが役に立ったということは、やはりその後何かあったのだろう。自分に電話がかかってこなかったのだから、メモだけを頼りにその場をやり切ったことも予想できる。
アールはつくづく思う。いつも自分が凡人であると主張する彼女は、並み以上の推察力を持っていると。そうでもなければ、アールを思い悩ませるような意味深な発言ができようはずもないのだ。
古馴染みを認めかけた自分の思考に気づき、未だ止む気配のない空を見上げる。ずっとここで雨上がりを待っていても、暇なだけだ。それならばまだ、どこかの喫煙所にでも入って時間をつぶした方がマシだろう。洗濯物は雨が止んでから取りに来ても遅くないはずだ。
ため息をもう一つ漏らし、重い腰を上げる。ベンチの上に洗濯籠を無防備に置いたまま、強い雨の降りしきる街へと駆け出した。
深く息を漏らしながら、泥のように重い体を持ち上げて、適当な席へ投げる。両の肘を狭いカウンターに押し付ければ、多少運動不足に疲労した体はマシになった気がする。肩はすでに随分と冷たくなっており、大きな帽子は雨を吸って重く頭を押さえつけていた。
水を払うように……とは言ってもしかし、周囲へ水滴を飛ばさぬように、最低限のマナーは守って、帽子を振りながら脱ぎ、それでも帽子のおかげで一切濡れることのなかった短い黒髪を手櫛で撫でつける。走ったせいで髪は乱れてはいるが、まぁ対して短ければ気にもならないだろう。
懐に手を入れる。求めるのは、今朝見つけたられなかった手のひらサイズの趣向品だ。
喫煙所にでも行こうとコインランドリーを出たにもかかわらず、なぜ雨に打たれ、こんな見ず知らずの店の中にいるかと言うと、こういう日の人間の考えというのは大体が似たり寄ったりなのだろう。向かった喫煙所には既に知らぬ顔で埋められており、知らぬ者に揉まれ、落ち着けぬままに紫煙を交えるくらいならば、騒がしさに目を瞑って店に入った方がマシだと判断したのだ。
元より運など信じてはいないが、ここまで自分に厳しくしてくれずとも良いのだと、天を嘲笑ってやる。メモの一件については、自分の運が良かったのではなく、古馴染みの運が良かったのだろう。
内ポケットの定位置に鎮座していた手によく馴染み、しかし真新しい箱を取り出す。吸い始めてまだ幾年も経っていないが、一度も銘柄を変えることなく使い続けているパッケージ……。最初はただの偶然だったが、これは、とても懐かしい匂いが、よく馴染み知っている匂いがするのだ。
適当に蓋を開けて無造作に降ってやれば、白い煙草が一本。乱暴に口に加え、ライターを……と手を伸ばしかけて気づく。隣からの視線に。
何食わぬ顔で、一度だけ視線を送れば、やはり知らない顔だ。否、そもそもその顔を伺い知ることすら出来なかった。
白黒フィルムを思わせるツートンカラーのメイド服に、青漆の色の短い髪。その顔には、黒い布が額から顎先までかけられており、顔はおろか目の色すらも分からない。
随分変わった外見だな、と思う反面でどこか反応は薄く、思えばこの街には未知魍魎がまるで当然かの如く息づいているのだから何ら不思議ではないのかもしれない。聞くところによれば、角が生えている者、動物の身体の一部を持つ者、果てには首から上が無い者までいると聞く。ならば、顔を隠していることくらい、何ら違和感を覚えるには足らないだろう。
ただしかし不思議なことがあるとするれば、その顔は黒い布に覆われており、ぼんやりと前方を眺めているというにも関わらず、何故か視線を感じた点だ。痛く冷たい視線だった。それこそ、真冬の冷気のような。あるいは突き刺すような……。
明らかに目立った外見だと言うのに、なぜだか不思議なくらいこの店の……否、この街の空気に馴染んでいて、うっかりすれば見落としてしまいそうなおかしな雰囲気を纏っている隣の人物は、一体何を思ってこちらに視線をよこしたのだろうか。
第一、こういう変わった風貌をしている者は凡そ一概に“鬼”の名が着く者共だ。触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものだが、関わらないに越したことはない。
無論、元よりこんな席に座りたかった訳では無い。ましてや、彼女の存在自体を見落としていた訳でもない。だがしかし、雨降る街の雨宿り。今日は妙にどこも賑わっていて、悲惨なことにここ以外に空席を見つけられなかったのだ。全く、天にも運にも愛想をつかされたのかと、悪態の一つでもつきたくなる。
彼女から送られている視線の意味など、分かるはずもない。勘違いだったと言われればそれまでだ。「何か用か」と尋ねる代わりに、彼女の隠された顔が一心に見つめる先を視線で追ってみる。
すると、そこで目に入ったのは“禁煙”の二文字。あぁなるほど、と苦笑し、今度はしっかりと長いため息を吐いた後、口のそれをもとあった場所にしまう。煙草を吸える場所を求め、喫煙所へ向かった挙句、結局禁煙の店に入るなど阿呆か。そのために雨にまで濡れたなんて……。考えずとも、不機嫌な顔に自虐的な笑みが浮かぶ。
意味もなくメニューに目を通し、特に気に入る物もなかったためコーヒーを頼んだ。届けられたそれを口に運び、胸中で一言。……苦い。
首から下げた重みのあるカメラをしまおうと、カバンに手をかけたところでふと名案が浮かぶ。元来人に話しかけるのが好きな部類の人間では無いが……これも何かの縁だろう。
「……なぁ、暇か」
まるで独り言のように呟いて、カメラと入れ替わりに手に取ったのは、今日の夕刊。先ほど買ったばかりのそれは真新しく、カバンにねじ込むための折り目しかついていない。
これみよがしにと隣の席との間に置き、視線を逸らす。まるで、罠にかかる獲物を待つ猟師のように。一瞬の躊躇い、あるいは警戒の後、結局興味に負けたのか、隣で動く気配がして、直後に紙をめくる音が聞こえる。これは、獲物が罠にかかった音だ。
「……どう思う」
夕刊の一面の記事は、何の変哲もない殺人の話題。しかし、この街では珍しい。なぜなら、大抵の“鬼”というのは、死体が一般の目につかないように、痕跡の一切を消してしまうからだ。治安の良さを謳われるこの街では、全ての事件は水面下で起こってるのだ。
小さなため息の後、二秒ほどの間が空く。隣に座る凡そ“鬼”が何を考えたのか察するには余りある長い二秒だった。拙い殺人に対する嫌悪か、あるいはむしろ自分の手でと考える好的な敵意か、それとも純粋な哀れみか……。
否、押し図ろうとすること自体が愚かだ。こういう輩の思考回路とは、概ね欠落していて、常人には到底理解し難いのだから。
「……絞殺かしら。刺殺に見せかけるには拙いわ。素人目にも……いえ、この街の無能な犬には見抜けないかもしれないけれど」
彼女の声はどことなく歪んでいるように聞こえた。それは窓を雨音と混ざっていたからかもしれないが、まるで不出来なラジオから流れてくるノイズのようだ。
推理というにはあまりに物足りない回答だが、通り魔による刺殺を思わせる題のつけられた夕刊から、現場を実際に見てきたに足る解を導き出すあたり……間違いない、やはり隣に座しているソレは“鬼”の部類だろう。
自分の行き着いた結論に満足し、コーヒーを煽るように飲み干した。運には見放されたが、縁には恵まれたのかもしれない。こういう輩に関わるべきでは無いと理解している反面で、アールは仕事柄、否応無しに彼らと関わりを持たなくてはならない。
ふと視線を投げれば、既に夕刊から顔を上げた黒い布の女は、どこへともなく視線を投げている。その視線を追ってみても、今度ばかりは何も無い。まるで、今し方の会話全てが何事も無かったと示しているようだ。
なるほど、何も無かったと。あるいは全て何かの気まぐれであったと。そう処理するのも悪くない。無駄に結んだ縁は、解れ絡まり、いつ何時何を齎すかわかったものではないのだから。
その意見に乗るように、アールも彼女を一瞥して席を立つ。また縁があれば、否が応でも出会うことになるだろう。……まあ、本心を言えば、関わりたいとは微塵も思わないのだが……。
外に出れば、雨は既に止んでいた。ようやく煙草が吸える……と、ため息を吐き出して先ほど咥えたそれに口をつける。何度かライターを打ち鳴らし、火が灯ると、口内に満ちる煙の感覚。長い一日が終わりを告げようとしていると理解し、ため息とともに紫煙を吐き出した。くるくるとまだ重い雲に吸い込まれるように上っていく紫煙を見つめ、古びたコインランドリーへ向かう。
長い一日は終わった。が、それ以上に長い日々が始まろうとしていた。この街では、全ての事件は水面下で起こっている。“殺人鬼”が一般人を襲い、人々はその“鬼”を捕まえるべく奔走する。そんな日常の中で。
今日であった“鬼”は、間違いなく前者だろう。ならば自身は? と、自問し、本日何度目になるかわからない自虐的な笑みを浮かべた。
アールは、自身が使い捨ての駒だということを理解していた。“殺人鬼”を一般の目から隠し、彼女のような者が必要以上に表社会へ名を晒さぬように事件を揉み消していく。身勝手な“殺人鬼”を恨ましく思う反面、彼らに協力する……それが、アールがこの街で生きるために選んだ手段だ。
「……馬鹿馬鹿しい」
自虐のようにも、苛立ちのようにも見える歪んだ顔で、まだ長い煙草を地面へ落とす。脳裏によぎった考えごと踏みつぶすように、煙草を踏んで火を消した。
そう、これは幕開けでしかないのだ。長い長い、様々な対立の波に揉まれる戦いの……。黒い瞳の奥に、僅かな決意の色を滲ませて、とっくに日の暮れた夜の街へ、黒髪の女は消えていった。
【殺人鬼の住まう街:第二話『シャッターと雨音』】
ヴーッ……ヴーッ……と、机を振動させる携帯電話のバイブレーションで部屋の主は目を覚ます。起動したままスリープ状態になっていたパソコンの前で、机に突っ伏したまま夜を越した家主の名はアール。
強い睡魔の淵から浮上し、机に肘をついて後頭部を乱雑に荒らす。携帯電話を開けば、五月上旬、午前六時過ぎを示していた。
あくびと伸びを求める体とそれに伴った欲を噛み殺して、台所の電子ケトルに水を張る。眠い頭を無理矢理に覚醒させる濃いコーヒーの準備を整え、湯が沸くまでにシャワーを浴びてこよう。
五月の朝はまだ寒く、薄い肌を空気は容赦なく刺激した。寒さを嫌うならば昨夜にでも湯煎に浸かっておけば良いものを、この杜撰な家主は安息よりも仕事を選んだらしい。雑に髪と体を洗い台所に戻ってくれば、ケトルからの泡の音が室内を満たしていた。
コーヒーを濃いめに出し、砂糖とミルクをたっぷり注ぐ。朝食も無しに、茶渋の滲むコーヒーカップを片手に、先刻離れたばかりのパソコン前へ再び腰を下ろした。
数年前に話題になった“人をダメにするソファー”なんて名前の嗜好品はとっくに使い古され、中のビーズの大半が潰れてしまっている。到底、購入当初の柔らかさなど無いが、いつも座っているせいで自分の腰の形の跡ができており、座り心地は案外悪くない。
厚手のカーテンを開ける気にもなれず、欠伸の代わりに食堂へコーヒーを送り込む。今日もまた、何も変わらない一日が始まった。
回り始めた朝靄の中の脳を闇雲に走らせ、昨夜入力途中だった資料に目を通す。今日は水曜日。毎週月曜日にやってくる変わり者からの依頼は一段落し、別の依頼を処理していたところだ。
携帯電話開けば表示される今日のタスク。『撮影・正午過ぎ・六番地、煙草、洗濯、買い出し、情報収集……』長々と表示されたそれらに、疲れた目で溜息を吐いた。
長い一日を覚悟して、ストレスを忘れるためにポケットに手を入れるものの、いつも定位置にあるはずの物がない。手のひらに丁度よく収まる立方体。おおよそ25g程度の有害物質の塊の箱がない。
不機嫌を隠さずにまだ濡れている頭を乱し、ごみ箱に目をやれば、一番上にたった今求めたそれが捨てられてる。オシャレな外装を装いながら、人体への有害性を訴えるパッケージのそれは、タバコの空き箱だ。
今日に限ってなぜ買い置きを準備していないのかと過去の自分を恨むが、買い置きなど準備していないのはいつもの事ではないか。学ばない猿から進化した生き物であることは明白だな、なんて自嘲した。
煽るように甘く濃いコーヒーを食道に流し込み、その熱さに顔を歪める。猫舌というものはただ単に舌の使い方が下手くそな阿呆を言うものだが、それとこれとは別だ。
そんな思考を脳裏に過ぎらせ流ら、再び液晶画面と対峙しニュースを調べ、昨夜から更新された情報を目で追いかけていく。いつもと変わらない政治の話題、いつもと変わらない広告、いつもと変わらない事故、いつもと変わらない事件……。
スクロールする画面に表示される文言はどれも面白みに欠け、現在地がこの街である意味を疑った。あぁ全くいつも通り。なんてつまらないことか……。今日の天気が晴れのち曇りであることを確認し、ニュースのページを畳んだ。
現在地、とある国のとある地域。と言ってもこの街にも何か正式名称があったような気はするが、思い出すのも面倒なので忘れたことにしよう。
それに、この街に与えられた別称は『殺人鬼の住まう街』。ただ、今日に限っては残念なことこの上ないが、目ぼしい事件は起こらなかったらしい。鬼が鬼として動いていないのならば、ここは名もないただの街に等しかった。
今受け持っている依頼は何件だったか……と、鈍く頭を回しながら、表示された白い画面に情報を打ち込んでいく。入力されているのはこの街に住む者たちの個人情報。正直、こんなどうでも良い情報を何に使うのか、想像もできないし興味もない。
アールはただ、知っている情報をありのままに出力していくだけ。その作業は半分 機械じみており、自分の存在意義を考え始めた眠い頭をコーヒーで流した。
それから数時間、徐々に灰色の部屋が明かりを取り込み始める。時計に目をやれば午前十時半だ。どうやら西部屋にもようやく朝がやってきたらしい。
面倒くさいと作業を続けようとする手を一度止め、伸びと共にカーテンを乱雑に開ける。差し込んで来たのは昼を前にさんざめく太陽。その眩しさに目が眩んだ。
光が飛び込んできたその一瞬、あぁ世界はこんなにも美しかったのか、などと思考は勝手に言葉を並べたが、すぐにそのセリフの臭さに笑ってしまった。純粋な心を表現するというのはこの上なく恥ずかしい。
そういえば今日はまだ朝食をとっていない。少し早いが仕事に出るか……。固まった体を持ち上げると、背中がバキバキと年相応とは言い難い悲鳴を上げた。一日の……否、一年の大半をその場所で座って過ごすアールの体は、年齢以上に老化している。過労死という言葉があるならば、自分の最期はそれかもしれない。
床に投げられた洗濯物の山の大部分は、この一週間で取り崩されていた。まだ残っていた暗い灰色のパーカーと、濃い紺のジーパンをに着替え、戸棚の上に置かれた茶色い帽子で髪を押さえる。ゴツい黒塗りのカメラを首から下げると、体によく馴染んだ重みが、停止していた頭をたたき起こした。
正午には向かわなくてはならない場所があるため、先にコインランドリーとコンビニによって、朝昼兼用の食事をとろう。効率を思考しながら靴紐を結んで、アールは閑散とした一番地の住宅街へ繰り出した。
***
洗濯物を預け、コンビニで昼食と適当な雑誌と煙草と朝刊を買って、人気のない公園の日陰のベンチに腰を下ろす。正直、外で食べることは好きではないが、騒がしい店に入るよりは幾分かマシだ。
そんな騒がしさに身を置き、常に人の噂話に耳を立て続ける古馴染みは随分と変わり者に違わない。残念ながら、自分ではとてもできそうにないが……。
腐れ縁というには縁が薄く、かと言って知人というにはあまりに関わりすぎている。そんな、形容しがたいとある依頼人のことを脳裏に過ぎらせながら、弁当を口に放り込んだ。
アールと件の古馴染みは、幼少期からの付き合いがあった。ただそれは、仕事柄・家族同士の交流で幼かった二人もまた知り合った、というだけだ。
アールの両親は小さな写真屋で、古馴染みことエルの家は名のある画家の家系。名もない街の小さな写真屋と、分家ではあるが本家に劣らない名家の画家……。二人の関係性はそんなところだ。
アール自身も両親を手伝ったり、仕事に同伴することがあり、エル自身もまた未熟ながらに作品を作ったり、それをアールに見せたりすることがあった。どちらも見習いだが、その関係は将来にわたって続くと思われていた。……何も無ければ。
古馴染みは二人の姉と共に住んでいた。本家に負けず劣らずな実力者である彼女の両親は海外を飛び回っており、滅多に帰って来られないからだ。
一番上の姉は、彼女の七つ上。そこそこ売れている風景画家だ。眩しいほどの色彩が特徴的で、暖かくも激しい色使いが持ち味だった。彼女はその姉を尊敬しており、よく教えを乞うていたことを覚えている。
真ん中の姉は、二つ上。まだ無名な造形芸術家だったが、彫刻は勉強中だとは本人の弁で、その実いくつもの小さなコンテストで賞をかっさらっていた。他にも多種多様なことに手を付け、大工紛いなこともやっていたらしい。彼女は造形には全くと興味を示さなかったが、二番目の姉の強くも優しい性格をとても好いていた。
末っ子だった彼女は、どちらかと言うと造形より絵画を好んでいたと思う。その証拠に、一番上の姉とは違うスタイルの絵を好んで描いていた。アールはそんな、幼くも芯の通った絵を描く見習いの絵描きの作品を気に入ってた。
だからこそ、アールは彼女も将来画家になると疑わなかったのだ。……その時は。
思い出しかけた過去を、冷えかけのカフェオレで押し流す。淡く儚い過去の夢なんて……思い出したいものではない。
「……なあ、どうして、お前らはそうなったんだよ……。何を間違えたって言うんだ」
ため息と共に零れ落ちた言葉は、不覚にも先日、当の本人に投げたものと同じだった。
あまりにも多様な意味を持ちすぎた“どうして”は、結局答えを得られなかった。歪んでしまった古馴染みの恋心のことも、変わってしまった彼女自身のことも、そして彼女を変えていった姉たちのことも……彼女は何も教えてくれなかった。
『ハンプティ・ダンプティは誰にも元に戻せないのですよ』
脳内で彼女の声を反芻する。皮肉めいていて、意味深な声を。
「お前の中には、一筋の希望すら残ってないって言いたいのかよ……」
中身を失ったカフェオレのパックが軽い音を立ててへこんだ。
別に助ける義理もない知人。あくまで仕事上の付き合いで、関係性は依頼主と使用人と言うだけ。それだけだが……それでも、いつまでも辛気臭い顔でうろつかれると、こっちが迷惑だ。なんて、言い訳めいた言葉を並べ立てる。
咀嚼したサンドウィッチは崩れ落ち、その砂のような味で口内を満たした。
正午過ぎ、煙草を噛み大きな帽子を深くかぶった黒髪の女が、六番地を歩いていた。首から下げられたゴツいカメラは不規則に揺れ、帽子の合間から覗く表情は不機嫌さを隠そうともしない。空は鉛色に染まっており、いつ雨が降り始めてもおかしくないと思われた。
楽し気な街の雑踏が行き過ぎる。その女を取り残して。空気のように、あるいは影のように。女の姿は街の風景にすら同化してしまいそうだ。
女ことアールは、短くなった吸い殻を地面に落とし、乱雑に踏みつける。予定時刻はもう間もなく。厚みのあるスニーカーの靴音は、店の立ち並ぶ通りを曲がり、細い裏路地へと入っていく。
六番地、堕落と娯楽の町。夜になれば酒飲みが闊歩し、路上で喧嘩が勃発するのが日常茶飯事。一時期はスラムすらできていたという噂もあり、それが本当なのか嘘なのか……。曲がりくねった裏道が幾本も存在するこの地区は、治安状況的に、この街で一番不安定なところだとも言えるだろう。
アールはその裏路地や裏道の全てを把握していた。生まれも育ちもこの街で、ほとんど全ては庭のようなものだった。その庭の道を、迷うことなく奥へ奥へと進んでいく。まるで導かれるかのように。
そして、そこに、目的のものはあった。
赤。
鈍い鉛色の世界を彩るように、まだ生暖かく奇抜な赤が、そこにはあった。
アールは、街に伸びる影を映したかのような、どこまでも黒い両の目にそれを捉えるが、一切の動揺も見せることはない。そして、さも当然のように徐々に体温の失われていくそれの足元にしゃがみこんだ。
まるで通りすがった猫でも撮るかのようにカメラを構え、レンズをのぞき込む。凹レンズに映し出された赤は、絵具の赤よりもずっと鮮やかだ。
「……まず、偶然に……いや、待ち伏せだろうな、犯人と出くわしてしまった。驚き、一歩後ずさる。犯人との間に何らかの関係があったことは確かだ。そして、苦笑いでもしながら踵を返したところに、背後から縄をかけられる。
悲鳴を上げようと口を開いたところにタオルを噛ませ、縄を絞める。絞殺は五分以上気道を塞がなければいけない。地獄のような苦しみで、服がここまで乱れるほどにもがいた……。
明らかに計画的犯行なのに、いざ実践してしまったことを前に錯乱した犯人は、相手の抵抗に備えて持ってきた別の凶器……ここでは刃物か。それで、首を、腹を、四肢を切り刻み、赤色を塗った……と」
まるで推理小説の探偵かのような淡々と、あるいは実際にその現場を目撃した証言人のような語り口調で呟くように述べ、シャッターを切った。
それと同時に、ぽつり……と、肩に雫が落ちる。どうやら曇天は静かに泣くように、雨を降らせ始めたようだ。
「……この街には似合わない。……残念だけど、名も知らない犯人は、明日の朝刊には事件解決の記事で名を晒すことになるだろうな」
カメラを下ろし、雨を涙のように伝わせながら、静かに手を合わせた。
たっぷり三秒。その後、ゆっくりと目を開き、黒い手袋をして死体のポケットをまさぐる。奥深くに大事にしまわれた四角く固い携帯を取り出し、110へ。
そして、なり始めた着信音を確認し、そっと携帯電話を遺体の胸の上に置き、彼女は音もなく霧雨の中へ消えていった。
雨音が遠くで響いている。さびれたコインランドリーの一角で、洗濯籠を抱えるようにして、アールはガラスの向こうを眺めていた。この雨ではしばらく帰れそうにない。少なくとも、洗ったばかりの洗濯物を雨に晒すのは躊躇われる。
時計の針は午後二時少し前。ここに雨宿りに駆け込んだはいいが、雨は一向に止む気配を見せない。
「……ったく、今日の予報は晴れのち曇りだったじゃねぇか……」
深いため息が一つ漏れるが、洗濯機が回る音しかしないその場所では、それを聞いた者は一人としていなかった。
退屈そうに携帯を開いてみれば、今朝は気にも留めなかったが、メールが一通届いている。このSNSが発達した時代にメールなどという旧世代的な物を送ってくる者など、開かなくとも大体見当がついた。
『ありがとうございました』という、あまりにも端的な題名で送られてきたそれは、予想通り古馴染みからのメールだ。
『題名:ありがとうございました
FROM:L
TO:R
メモ、助かりました。お礼申し上げます』
たったそれだけ。あまりにも淡白で、可愛げのない奴めと笑ってしまう。だが、アールもまた、それに対して返信を送るつもりすらないのだから、同類なのだろう。日付を見れば、二日前の深夜だった。何ということもなく、アールは仕事をしたまでだと自分へ評価を下す。
二日前、月曜日。アールは、毎週月曜日に書類を取りにくる依頼人のための準備に追われていた。もちろん、到底一日で終わるような仕事量ではなく、大抵は金曜日あたりから準備を始め、寝食を惜しんで依頼を完遂するのだ。
この日もいつもと同じように、いつも通りの依頼条件に合った人物の書類をまとめていた。もちろんここでいう書類は、個人情報の塊であり、個人が作成したり、保持したりしていて良いような物では到底ない。
……が、この日に限って、唯一のエネルギー源のチョコレートが切れてしまったのだ。人間、水分だけの補給でしばらくは生きられるらしい。
しかし、アールの仕事は、膨大な記憶の中から必要な情報を引き抜くという、想像を絶する体力を必要とする労働なのだ。脳にブドウ糖を与え続けなければ、まともに仕事にならない。普段料理などしないから、砂糖ですら台所には置かれていないというのに。
今は一刻すら惜しんで作業を終え、睡眠をとりたい……。が、その願望はどうやら叶わないのだと潔く諦めるしかなさそうだ。眠気覚ましの強いコーヒーを流し込み、仕方なく街へ出ることにした。
それがどうやら功を奏したようだ。
小さなコンビニや食料品店はあるのだが、できるだけ外出の頻度は抑えたい。他に買わなくてはならない物もあったため、五番地の商業区まで足を延ばすことになった。
そこで、本当に偶然、古馴染みの恋人が画店を開いているところを目にした。ただそれだけだった。
……が、この街に長く生きれば、街の空気を感ずることも自ずとできるようになるものなのだろうか。胸騒ぎにも似た予感を、感じてしまったのだ。
だから、午後六時きっかりに、いつも通りにやってきた古馴染みへの依頼品の中に、五番地の、彼女の恋人が画店を開いていた当たりの地図を雑に書いて渡してみた。もちろん、使わなければそれまで。何せ、アールにはそこまでして助けてやる義理がないのだから。
メモが役に立ったということは、やはりその後何かあったのだろう。自分に電話がかかってこなかったのだから、メモだけを頼りにその場をやり切ったことも予想できる。
アールはつくづく思う。いつも自分が凡人であると主張する彼女は、並み以上の推察力を持っていると。そうでもなければ、アールを思い悩ませるような意味深な発言ができようはずもないのだ。
古馴染みを認めかけた自分の思考に気づき、未だ止む気配のない空を見上げる。ずっとここで雨上がりを待っていても、暇なだけだ。それならばまだ、どこかの喫煙所にでも入って時間をつぶした方がマシだろう。洗濯物は雨が止んでから取りに来ても遅くないはずだ。
ため息をもう一つ漏らし、重い腰を上げる。ベンチの上に洗濯籠を無防備に置いたまま、強い雨の降りしきる街へと駆け出した。
深く息を漏らしながら、泥のように重い体を持ち上げて、適当な席へ投げる。両の肘を狭いカウンターに押し付ければ、多少運動不足に疲労した体はマシになった気がする。肩はすでに随分と冷たくなっており、大きな帽子は雨を吸って重く頭を押さえつけていた。
水を払うように……とは言ってもしかし、周囲へ水滴を飛ばさぬように、最低限のマナーは守って、帽子を振りながら脱ぎ、それでも帽子のおかげで一切濡れることのなかった短い黒髪を手櫛で撫でつける。走ったせいで髪は乱れてはいるが、まぁ対して短ければ気にもならないだろう。
懐に手を入れる。求めるのは、今朝見つけたられなかった手のひらサイズの趣向品だ。
喫煙所にでも行こうとコインランドリーを出たにもかかわらず、なぜ雨に打たれ、こんな見ず知らずの店の中にいるかと言うと、こういう日の人間の考えというのは大体が似たり寄ったりなのだろう。向かった喫煙所には既に知らぬ顔で埋められており、知らぬ者に揉まれ、落ち着けぬままに紫煙を交えるくらいならば、騒がしさに目を瞑って店に入った方がマシだと判断したのだ。
元より運など信じてはいないが、ここまで自分に厳しくしてくれずとも良いのだと、天を嘲笑ってやる。メモの一件については、自分の運が良かったのではなく、古馴染みの運が良かったのだろう。
内ポケットの定位置に鎮座していた手によく馴染み、しかし真新しい箱を取り出す。吸い始めてまだ幾年も経っていないが、一度も銘柄を変えることなく使い続けているパッケージ……。最初はただの偶然だったが、これは、とても懐かしい匂いが、よく馴染み知っている匂いがするのだ。
適当に蓋を開けて無造作に降ってやれば、白い煙草が一本。乱暴に口に加え、ライターを……と手を伸ばしかけて気づく。隣からの視線に。
何食わぬ顔で、一度だけ視線を送れば、やはり知らない顔だ。否、そもそもその顔を伺い知ることすら出来なかった。
白黒フィルムを思わせるツートンカラーのメイド服に、青漆の色の短い髪。その顔には、黒い布が額から顎先までかけられており、顔はおろか目の色すらも分からない。
随分変わった外見だな、と思う反面でどこか反応は薄く、思えばこの街には未知魍魎がまるで当然かの如く息づいているのだから何ら不思議ではないのかもしれない。聞くところによれば、角が生えている者、動物の身体の一部を持つ者、果てには首から上が無い者までいると聞く。ならば、顔を隠していることくらい、何ら違和感を覚えるには足らないだろう。
ただしかし不思議なことがあるとするれば、その顔は黒い布に覆われており、ぼんやりと前方を眺めているというにも関わらず、何故か視線を感じた点だ。痛く冷たい視線だった。それこそ、真冬の冷気のような。あるいは突き刺すような……。
明らかに目立った外見だと言うのに、なぜだか不思議なくらいこの店の……否、この街の空気に馴染んでいて、うっかりすれば見落としてしまいそうなおかしな雰囲気を纏っている隣の人物は、一体何を思ってこちらに視線をよこしたのだろうか。
第一、こういう変わった風貌をしている者は凡そ一概に“鬼”の名が着く者共だ。触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものだが、関わらないに越したことはない。
無論、元よりこんな席に座りたかった訳では無い。ましてや、彼女の存在自体を見落としていた訳でもない。だがしかし、雨降る街の雨宿り。今日は妙にどこも賑わっていて、悲惨なことにここ以外に空席を見つけられなかったのだ。全く、天にも運にも愛想をつかされたのかと、悪態の一つでもつきたくなる。
彼女から送られている視線の意味など、分かるはずもない。勘違いだったと言われればそれまでだ。「何か用か」と尋ねる代わりに、彼女の隠された顔が一心に見つめる先を視線で追ってみる。
すると、そこで目に入ったのは“禁煙”の二文字。あぁなるほど、と苦笑し、今度はしっかりと長いため息を吐いた後、口のそれをもとあった場所にしまう。煙草を吸える場所を求め、喫煙所へ向かった挙句、結局禁煙の店に入るなど阿呆か。そのために雨にまで濡れたなんて……。考えずとも、不機嫌な顔に自虐的な笑みが浮かぶ。
意味もなくメニューに目を通し、特に気に入る物もなかったためコーヒーを頼んだ。届けられたそれを口に運び、胸中で一言。……苦い。
首から下げた重みのあるカメラをしまおうと、カバンに手をかけたところでふと名案が浮かぶ。元来人に話しかけるのが好きな部類の人間では無いが……これも何かの縁だろう。
「……なぁ、暇か」
まるで独り言のように呟いて、カメラと入れ替わりに手に取ったのは、今日の夕刊。先ほど買ったばかりのそれは真新しく、カバンにねじ込むための折り目しかついていない。
これみよがしにと隣の席との間に置き、視線を逸らす。まるで、罠にかかる獲物を待つ猟師のように。一瞬の躊躇い、あるいは警戒の後、結局興味に負けたのか、隣で動く気配がして、直後に紙をめくる音が聞こえる。これは、獲物が罠にかかった音だ。
「……どう思う」
夕刊の一面の記事は、何の変哲もない殺人の話題。しかし、この街では珍しい。なぜなら、大抵の“鬼”というのは、死体が一般の目につかないように、痕跡の一切を消してしまうからだ。治安の良さを謳われるこの街では、全ての事件は水面下で起こってるのだ。
小さなため息の後、二秒ほどの間が空く。隣に座る凡そ“鬼”が何を考えたのか察するには余りある長い二秒だった。拙い殺人に対する嫌悪か、あるいはむしろ自分の手でと考える好的な敵意か、それとも純粋な哀れみか……。
否、押し図ろうとすること自体が愚かだ。こういう輩の思考回路とは、概ね欠落していて、常人には到底理解し難いのだから。
「……絞殺かしら。刺殺に見せかけるには拙いわ。素人目にも……いえ、この街の無能な犬には見抜けないかもしれないけれど」
彼女の声はどことなく歪んでいるように聞こえた。それは窓を雨音と混ざっていたからかもしれないが、まるで不出来なラジオから流れてくるノイズのようだ。
推理というにはあまりに物足りない回答だが、通り魔による刺殺を思わせる題のつけられた夕刊から、現場を実際に見てきたに足る解を導き出すあたり……間違いない、やはり隣に座しているソレは“鬼”の部類だろう。
自分の行き着いた結論に満足し、コーヒーを煽るように飲み干した。運には見放されたが、縁には恵まれたのかもしれない。こういう輩に関わるべきでは無いと理解している反面で、アールは仕事柄、否応無しに彼らと関わりを持たなくてはならない。
ふと視線を投げれば、既に夕刊から顔を上げた黒い布の女は、どこへともなく視線を投げている。その視線を追ってみても、今度ばかりは何も無い。まるで、今し方の会話全てが何事も無かったと示しているようだ。
なるほど、何も無かったと。あるいは全て何かの気まぐれであったと。そう処理するのも悪くない。無駄に結んだ縁は、解れ絡まり、いつ何時何を齎すかわかったものではないのだから。
その意見に乗るように、アールも彼女を一瞥して席を立つ。また縁があれば、否が応でも出会うことになるだろう。……まあ、本心を言えば、関わりたいとは微塵も思わないのだが……。
外に出れば、雨は既に止んでいた。ようやく煙草が吸える……と、ため息を吐き出して先ほど咥えたそれに口をつける。何度かライターを打ち鳴らし、火が灯ると、口内に満ちる煙の感覚。長い一日が終わりを告げようとしていると理解し、ため息とともに紫煙を吐き出した。くるくるとまだ重い雲に吸い込まれるように上っていく紫煙を見つめ、古びたコインランドリーへ向かう。
長い一日は終わった。が、それ以上に長い日々が始まろうとしていた。この街では、全ての事件は水面下で起こっている。“殺人鬼”が一般人を襲い、人々はその“鬼”を捕まえるべく奔走する。そんな日常の中で。
今日であった“鬼”は、間違いなく前者だろう。ならば自身は? と、自問し、本日何度目になるかわからない自虐的な笑みを浮かべた。
アールは、自身が使い捨ての駒だということを理解していた。“殺人鬼”を一般の目から隠し、彼女のような者が必要以上に表社会へ名を晒さぬように事件を揉み消していく。身勝手な“殺人鬼”を恨ましく思う反面、彼らに協力する……それが、アールがこの街で生きるために選んだ手段だ。
「……馬鹿馬鹿しい」
自虐のようにも、苛立ちのようにも見える歪んだ顔で、まだ長い煙草を地面へ落とす。脳裏によぎった考えごと踏みつぶすように、煙草を踏んで火を消した。
そう、これは幕開けでしかないのだ。長い長い、様々な対立の波に揉まれる戦いの……。黒い瞳の奥に、僅かな決意の色を滲ませて、とっくに日の暮れた夜の街へ、黒髪の女は消えていった。
【殺人鬼の住まう街:第二話『シャッターと雨音』】
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