世界(ところ)、異(かわ)れば片魔神

緋野 真人

文字の大きさ
12 / 61
世界、異れば片魔神

戦い、終わって

しおりを挟む
 「……うっ、んっ?」

 火花が小さく爆ぜる音が公太の耳元に響き、彼は、それを嫌がる様な呻き声を挙げ、おもむろに薄目を開けた。

「――おっ?、目を覚まされましたかな?」

 そう彼の隣から声を掛けて来たのは、頭頂部の様相が寂しいチョビ髭男……

「ん……っ、ランデルさん――だっけ?」

 ――と、公太は見た目の印象から覚えていた、馬車を御していた男に思い当ってそう応じた。

「おおっ……覚えてくださっておりましたか?、恐れ入りまする」

 ランデルは微かに笑みを浮かべ、公太に向かって恭しく頭を下げる。

「――皆様っ!、クートフィリアの救世主が、御目覚めにございますよっ!」

 ランデルが嬉しさも混じる声で、そう叫びながら振り向いた先には――ミレーヌを始めとした一行パーティが、皆揃って焚火を囲んでいた。

「!、コータさんっ!」

 ランデルの声を聞き、慌て気味に立ち上がったのはミレーヌ――彼女は、横たわる公太の側へと駆け寄る。

「……ふぅ、これで本当に一安心です。

 大丈夫だと思ってはいましたが、やはり御目覚めにならない様だと、要らぬ不安が頭を過ってしまいますから」

 ミレーヌは服の胸元を強く握り、目を瞑って安堵の表情を見せた。

「……"そーいう顔"をしてるって事は、上手く行ったんだね?」

 公太は,、彼女の表情と言葉にそんな意味を感じ、確かめる体でそう尋ねた。

「はい、万事、抜かり無く……」

 ミレーヌがそう言いながら指差した、自分の胸から腹部に掛けた様子を見て公太は……

「はは……緋牡丹とか龍じゃないから地味だけど、銭湯とかプールには行けなくなったな――って、もう元の世界には帰れないから別に関係無いかぁ」

 ――と、苦笑いをしながら、そっとその黒い文様となった部分をそっと撫でた。


「よっ……」

 焚火の周りからもう一人――栗色の髪を5分に分けた若い男が、諸刃の剣を杖替わりにして立ち上がり、彼もゆっくりと公太の前へと歩み寄る。

「――コータ殿、面と向かっては初めてお目に掛かります。

 私はアルム・ヒュマド・プリスマ――ミレーヌと共に、ヒュマド族を代表して、魔神封じの旅をしていた者にございます」

 若い男――アルムは、小さく会釈をしながらそう名乗った。

 彼のその動きに呼応する様に、ランデルは一歩下がった位置に退き、身を正して……

「では、改めまして……私はランデル・ヒュマド・ビルスマと申します、コータ様」

 ――と、畏まって初めてフルネームを名乗る。

「挨拶して貰ってるのに、寝そべってちゃ失礼だよね……よいしょっと」

 公太は、慣れた様子で動かない半身を巧みにカバーする起き上がり方をして、前に鎮座した二人の男の前に座った。

「えっとぉ……確か、"ミドルネームが種族を表す"って、ミレーヌちゃんが言ってたから、お二人は俺と見た目が変わらない"人間"――”ヒュマド族”って事だよね?」

 公太は起き抜けの頭を巡らし、今名乗った二人の素性について触れた。


 そう――例の説明時、ミレーヌは詳しく述べていなかったが……"ヒュマド族"とは、現世の人間に限りなく近い容姿をしている種族を指す。

 エルフ――"エルフィ族"ほどには、魔法の扱いには劣るが、それを知恵でカバーしている種族というのが、公太がミレーヌから聞いた総評である。


「如何にもございます――私はヒュマド族の商人、アルム様は、我らヒュマド族の王子殿下にございます」

「――へっ⁉、おっ……王子さまぁっ⁈」

 ランデルが仔細を補足する形で付け足した予期せぬ事実に、公太は目を見張ってアルムの方を見やる。

「ミドルネームが種族を表すのなら、ラストネームは身分や職業を表すのが、このクートフィリアの流儀でございましてな。

 畏れ多くも『プリ』は種族王の正統子、『スマ』はその男性である事を表します――故に、アルム様のラストネームは『プリスマ』

 ちなみに私の『ビル』は、商人を表しますので『ビルスマ』と成るのでございます」

 ランデルはしたり顔で、そして妙に嬉しそうに、公太にこの世界における名前の意味を得々と説明して見せる。

「ラッ!、ランデルさんっ!、その辺りの説明は後で……まずは、皆がコータさんに自己紹介を済ませるのが先だと思うのですけど?」

 ミレーヌがこめかみに冷や汗を滲ませながら、慌て気味にそう言う素振りを見て、アルムは……

「はは♪、ランデルの説明好きに火を点けてしまいそうだものね……こほんっ!、失礼した」

 ――と、彼女の慌てた様子に、思わず笑みを見せた彼は、咳払いを区切りにして、公太の方に向き直る。

「そう言う事で、私は王子そういうものにございます……コータ殿」

 アルムは気恥ずかしそうに苦笑いを見せ、手を伸ばして公太に握手を求めた。

「はっ、はいぃ……よっ、よろしくぅ」

 公太は公太で、王族の類と相対するというまさかの展開に動揺し、彼は引き攣った表情と震えた健常な方の左手を伸ばし、アルムと握手を交わした。

「……ん?、そういえば――ミレーヌちゃんのラストネームにも、確か『プリ』が……っ⁈」

「ええ、そうですよ、ミレーヌはエルフィの……」

 ――と、握手をしながらそれに気付いた公太は、そう呟いて表情から血の気が退き始めると、アルムのダメ押しで公太の顔色は一気に蒼白へと変わる。


「……ええ、いくら救世の、そして如何に異界の御仁とは言えど――我らエルフイが姫君に対し、『ちゃん付け』されておられる様は、実に看過し難い事柄よぉ……」

 公太とアルムのやり取りに割り込む形で、不満気にそう告げたのは――先程の戦いで、魔法の鎖でサラキオスを拘束して見せていた……

「――ローラン・エルフィ・セトスマ。

 聖職の任に着くエルフィが民だ、異界の御仁よ」

 ――と、長い金髪を背に垂らしたエルフの男が、焚火を突きながら幾分憤慨した様で、ぶっきら棒にそう名乗った。

「もうっ!、ローラン!、何て失礼な物言いをするのですかっ⁈」

 ローランのぞんざいな態度に、ミレーヌは叱り付ける体で抗議する。

「ひっ、姫様……しっ、しかし、魔力無き異界の者に軽んじられては、エルフィの王族にとって恥辱に等し……」

「――その考えがっ!、クアンヌの民の軽視に繋がりっ!、此度の悲劇を生んだのですっ!

 それを改める事が、後の平穏への第一歩であると、一行みなで話し合ったではありませんかっ⁈」

 弁明の中で、差別的な物言いを口にしたローランに対し、ミレーヌは憤怒の表情を強めてそう言うと、青菜に塩の如く彼は押し黙った。

「――コータさん、失礼致しました」

「いっ、いやぁ……構わないよ、ミレーヌちゃ――じゃなくて、"様"」

 臣下に変わって詫びるミレーヌに、公太は顔を引き攣らせながら、言葉を選んで返答する。

「ううぅ……コータさんにああ呼ばれるのは、新鮮でとても気に入っていたのにぃ。

 皆で、余計な事を教えるからぁ……」

「はは、確かに……

『――真に、自らを王族たると思うなら、身分をひけらかすは愚の骨頂なり――』

 ――は、クートフィリアの王族が、文字よりも先に学ぶ心得だからね。

 それを異界の御仁に対しても貫き、あえて王族そうとは名乗らなかった君は、とても立派だよ」

 不満気にアルムとランデルに顔を向けたミレーヌに、アルムはたおやかな笑顔も見せて称賛する。

「気に入っているのなら、僕も『ちゃん』を付けて呼ぼうかな?」

「ええっ⁈、アッ、アルムったら、何て戯れ言を仰るのですかぁ……」

 ――と、からかう体で話題の方向を替えたアルムに、ミレーヌは恥ずかしそうに顔を赤らめ、モジモジして応じて見せる。


(ん?、もしかして……)

 その様子を見た、公太の脳裏に……


『――クートフィリアには、"心に決めた御方"だって置いて来て……』


 ――という、ミレーヌの言葉が過った。


(ははぁ~ん……そーいうコトか♪)

 公太は、そう思ってニヤけると……

「――ランデルさん、種族間結婚や恋愛って……」

 ――と、ランデルに、この世界におけるその辺の事情を問うた。

「おや?、お気づきになられましたか。

 まあ、否定的な方も居るには居ますが、タブーでも法的な束縛もございません。

 私見で言えば、此度の困難を共に乗り越えた両種族の絆を思うと……この縁談は、是非成就して貰えればと思うております」

 ランデルは、公太の問いの意を汲み、嬉しそうな声色の小声で返した。


「――と、さて、これでコータ殿に自己紹介していないのは君たちだけだよ?」

 ――と、アルムはまだ焚火の周りに残っている、兜を被ったままの大柄な男と、結んだ黒髪を背に垂らした細見の女に声を掛けた。

「――と、ジャンセン・ヒュマド・ロドバスマと申します。

 ヒュマド王家が近衛を代表し、王子とミレーヌ様の護衛を仰せつかっております」

 まず、立ち上がって名乗ったのは大柄な男の方――先の戦闘時、重鎧を纏って奮戦していた者だった。

 彼は兜を脱ぎ、公太の方を向いて跪いて名乗った――と焚火の火の粉がピカリと照らす、ツルリと禿げ上がった頭頂部を晒す恰好で。

「私は……"リー・チュンファ"よ」

 ――と、次に名乗ったのは、アルムと共に奇襲を掛ける体で、魔神少女に襲い掛かっていた、この一行の中からすると、異質な雰囲気を醸す黒髪の女だ。

「……え?」

 もちろん、異質なのは外見や雰囲気に限らず、名乗ったフルネームも他とは違う様相――公太は聡く、その事に気付いてチュンファに対して疑念の表情を浮かべた。

「ふふ♪、やっぱりそう思うよねぇ……明らかに、名前が中国名チャイニーズなワケだし。

 私は……あなたと同じく異界――いえ、"現世"から、この世界に来る羽目になった者よ」

「!!!!!、ええっ⁈」

 公太はチュンファの告白に、心底驚いて目を見張った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。 ※2026年半ば過ぎ完結予定。

処理中です...