世界(ところ)、異(かわ)れば片魔神

緋野 真人

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「――まあ、とりあえずよろしくね……っと、今日は確か……」

 会話を一旦締め、改めてアイリスに挨拶をし直したコータは、この後の予定を思い出そうと頭を巡らせる。

「はい、ミレーヌ……姫と共に、郷地”ユルランディア”への帰還の先遣隊として、エルフィ族の難民キャンプから、出立される者たちを労われる予定となっております」

 それを聞いていたアイリスはまるで秘書が如く、間髪入れずに今日の予定を告げて来た。


 ”ユルランディア”とは、エルフィの国の首都の名前――もっとも、今はサラキオスの蹂躙に因り、街中が廃墟と化しているらしく、その体を成してはいないが……魔神封じ成るの報せが世界中に響き渡ったおかげで、難民となって散り散りとなっていたエルフィ族は、祖国の復興を目指すために再びこの地に集まっているそうだ。

 臨時亡命政府を置いたこのワールアークからも、復興のために政府主導の先遣隊が送られる事となっていて、計らずも今日がその出立日であった。

 ミレーヌは、もちろんエルフィ族の姫として、コータはそのミレーヌに同行を頼まれた形で、二人はその出立式に出席する事となっていた。


(――ん?)

 コータは、アイリスの返答に違和感を覚え、少し表情を曇らせた。


(ははぁ~ん……この娘、さては、あの小童に、相当"アッチの事"で喰われておるな)

 コータが感じた違和感について返答したのは、精神世界でその様子を見やっていたサラキオスだった。

(エロ魔神……さては、朝っぱらから、ヘビィな下ネタを妄想してんな)

 精神世界のコータは、ニヤニヤしているのが丸解りなサラキオスの発言に苦言を呈する。


 精神世界の二人が気付いた、違和感の正体――それは、アイリスがミレーヌの名を口にする事を躊躇した事だ。

 そして、先程までの話題――彼女を遣わしたのがアルムで、彼女らには色気のある任務が課されているらしい事を踏まえると、その躊躇の意味はもはや見え見えな、”アルムのミレーヌのカンケイ”への嫉妬の類へと至るという事だ。


(――初めは、任務の一つとして凌辱される様な形でも、幾度もそれを繰り返す内に……うほっ!、ぐぅふふふふ……♪)

 ――エロ魔神は、陳腐な官能描写の様な設定を並べ、ヤラシイ笑い声を漏らした。


「……そうだったね。

 それにも同行――する?」

 コータは精神世界でのサラキオスとの下世話なやり取りは、とりあえず無視を決め込み、アイリスの返答に対して、今後の行動指針を確かめる尋ねをした。

「勿論にございます――それが私の、今の任務でございますから」

「……そっか、ほいじゃまぁ、よろしく」

 迷い無く即答したアイリスの言葉を信じ、コータはそう了承したが……

(――"女同士の修羅場"だけは、勘弁してよぉ~……)

 ――と、心中では懸念を示していたのだった。



「――コータさん、おはようございます」

 しばらくして、コータの部屋へとミレーヌがやって来た。

「コータ殿、お久しゅう……」

 彼女の随伴として、共にやって来たのはローラン――彼は、相変わらずの仏頂面をコータに向けながら、軽い会釈をする。

「おはよ……へぇ~っ!、二人とも、旅装を脱ぐと、何か雰囲気が違うねぇ」

 入室した二人の姿を見るにつけ、コータは関心した体で腕を組み、二人の井出達をしみじみと見やる。


 コータが知る、これまでの二人の恰好はといえば、エルフィ族の旅装としては一般的らしい、丈夫な草を糸状にして編んだ、緑色の装束だったものだが――今は、フツーと言ってはアレだが、如何にも正装といった体の、ミレーヌは白地のドレス、ローランは紫紺のローブと言った姿である。


「ふふ……コータさんこそ、そのヒュマド風の装束、とってもお似合いですよ♪」

 対するコータの方も、そのミレーヌからのお返しのとおり、追っ付けで誂えられたヒュマド式の正装に身を包んでいた。

「ミレーヌちゃんの気の利き様には参ったね……

 まさか着いて早々、滞在中の服飾の類をオーダーしておいたとは」

 コータは苦笑いを見せながら、苦しく感じる喉元を覆う詰襟を緩めた。

「まあ、魔法を使って大まかに採寸した急ごしらえの物なので……ちゃんとしたモノは、"向こう"に着いたら、ヤネスにでもご用命を」

「そう、だよな……このワールアークに着いたってぇ事は、その内、俺はランジュルデ島に行く事になって、ミレーヌちゃんたちとはそれでお別れだって事だよな」

 ミレーヌの語意から、この先の展開に考えが及んだコータは、寂しげな表情でそう呟いた。

「ええ……ですが、その替わりに、今も挙げたヤネス、それにニーナ……その他にも、数多くの者たちが、これからのコータさんを支えて行く事となるのです」

 ミレーヌは同様の寂しげな物腰と同時に、これまでに会った後の臣下たちの名を挙げると、彼の側に控えているアイリスの方へと足を向けた。

(――っ⁉)

 アイリスは、その姫君の予想だにしない行動に、ピクリと少し、動揺した様子で身構え……

(――いっ!、いきなり修羅場かぁっ⁈)

 ――その様子を見かけたコータは、思わず目を逸らした。

「確か……アイリス様、でしたね?、王子殿下から功名は伺っております。

 コータさんは、我らにとっての救世主であると同時に、私の最も大切な友人です――その友人のこれからの事、どうかよしなにお願い致します」

 ミレーヌは何と膝を突き、畏まっているアイリスよりも更に下へと頭を垂らし、コータの事を頼む旨を表す。

「もっ!!!、勿体無き御言葉にございますっ!!!!!、殿下ぁ……」

 アイリスは、畏まったまま全身を震わせ、絞り出す様な声音で更に下へと頭を下げる。


 ミレーヌも、彼女の経歴から――"アルムとの何某"については、察していたはずだった。

 避難民という立場とはいえ、一応はこのワールアーク、このベルスタン城に居を置いていたのだ――ヒュマドの王族が、"そーいう目的"で異性の近衛騎士を側に置く慣わしがある事は、当に耳に入っていると思って良い。


(……勝てぬな。

 尊き者として――何よりも、"一人の女子"として、この度量の大きさを見せられては……)

 スレスレまで近くに来た床を見下ろしながら、アイリスの顔には苦笑いが浮かんでいた。

 アイリスのその態度に対し、ミレーヌは微笑でそれに応じると……

「――この様な話題の後で、言い難いのですが……もう、チュンファが今日、発つそうなんです……」

 ――先程よりも更に寂しげに、彼女はコータに寂しい報せを告げた。

「えっ?、マジで⁈」

 ミレーヌが告げた驚きの報せに、コータは思わず目を見張った。


 修羅場への警戒のせいで、コータが一瞬、事の意味を咀嚼出来なった事については、スルーしてやるのが後生であろう。


「――何か、傭兵として急ぎの護衛案件が入ったとかで……先遣隊の飛行魔法に便乗させて欲しいと言われてな。

 此度の魔神封じへの助力で、相応の褒美があったというのに……随分と、仕事熱心な女子むすめごな事だ」

 ――と、経緯を語ったのはローランで、彼はむっすりと不満気にそう語った。

「……そっか、それじゃあ丁度見送れるって事ね。

 だから、俺をその出立式に連れ出したワケ……」

「いいえ、違います――チュンファの件は、あくまでも後に付いて出て来た事なので」

 納得した様に数度頷きながら、ミレーヌの意図を邪推するコータに、彼女はそれをキッパリと否定する。

「――コータさん、現世いかいから持参されていたお薬……もう、心許ないのではありませんか?」

 ミレーヌは、一気に話の舵を切り、心配そうな眼差しをコータに向けた。


 ミレーヌが言った様に、コータは血圧に関した薬を主に、数種類の錠剤を現世から持参して、この異世界生活の中でも、まだ服薬は欠かしていなかった。

 コータの身体――特に、右半身の麻痺については、サラキオスの力で機能面は完治したに等しいが、それはあくまでも、魔力を用いて無理やり動かしているに過ぎなく、彼の身体の内面は現世に居た頃と何ら変わりない。

 つまり、血圧などのバイタルの管理や調整を行い続けなければ、脳出血の再発リスクは高まり、ヘタをすれば……なのである。


「えっ……?、まあ、実はそれが、これからの事の中で一番の懸念ではあったんだけど……」

 コータも、渋い表情でその懸念を吐露し、困った様子でポリポリとこめかみを掻いた。

「――その事が、此度の同行要請の要。

 コータさんのお身体の事を任せる、”医療魔法”のスペシャリストが、我らエルフィの難民キャンプに居るのです」

 ミレーヌはそこまでを言うと、何か、意を決した様な素振りで息を整え……

「私の"姉様"――"クレア・エルフィ・『ホルラナラ』"が……」

 ――と、何やら言い難そうに、その者の名を口にしたのだった。
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