世界(ところ)、異(かわ)れば片魔神

緋野 真人

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島の洗濯

密会

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 さて――二人の悪党が、決意を示していた時から、更に数日後へと時は進む。


「――野郎どもぉ!、今晩もご苦労さぁ~んっ!」


 船長エリナの音頭で、海賊たちが祝杯を上げているココは――彼女らがアジトとして利用している、ランジュルデ島東北部の沿岸に、列挙している奇岩群の中にある、船が丁度隠れるサイズの洞窟状に削られた奇岩であった。

 ココは、引き潮の時分ならば、島とも徒歩で行き来出来るが、満潮の時分は絶海の孤島という様相で、彼女らが船を隠すのはもっぱらその時分。

 潮が引いた後も、島の主要施設からでは角度的に船体は見つけられないし、彼らも巧みにカモフラージュを施しているので、滅多に見つかるシロモノではない。


 その時――祝杯を上げている海賊たちに向けてなのか、悪事の後であるアジトには不釣り合いな称賛の拍手が、パチパチと響いた。


「――っ⁉」


 海賊たちが一様に驚いた様子で、一斉にその声の主の方へと振り向く――っと、そこに居たのは……

「――っいやぁ、本当にご苦労さん。

 良い仕事をしてくれたみたいだねぇ」

 ――っと、含みのある口調で労いの声を挙げていたのは……なんと、コータであった!


 海賊たちの和やかな祝杯の場に、一気に緊張感が迸り――何時ぞやの客船上よろしく、魔神と海賊がすわ、対決……

「――なっ、なんだい来てたのかい?

 だったら早く、声をかけてくれたら良いのにさぁ……」

 ――かと思いきや、誰一人として、抜刀の類に及ぶどころか、身構える者さえ現れず……今のセリフの主である、肝心のエリナに至っては、頬を紅く染め、乱れた着衣や体勢を直しながら、しおらしい声音でそう呟いた。


(……船長がこの有様じゃ、そんなウワサも立つわなぁ)


 ――とは、エリナの様子を後ろから眺めていた海賊たちの中には、そんな事を心中で思いながら、浮かんだ苦笑と共に、アルネルを喉元に呷った。


 さて、この状況を説明するには、時を一月ほど遡る必要がある……


 その日――海賊たちは、2か月間に及ぶ遠洋への遠征を終えて、久方ぶりにこの奇岩アジトへと戻っていた。

 まあ『遠征』と偉そうに言っても、行った事はもちろん、海賊稼業らしい略奪行為ではあるが。

 そして、船長のエリナは、奪った品物を換金するべく、ランジュルデ島の商店街へと繰り出しており、それは、よく買い手となってくれている、穀物商へとマコラを売り込みに来た時……

「――いやぁ、お嬢……良いタイミングで売り込みに来てくれて、実にありがたいですよぉ」

 ――と、店主はホッとした笑顔を見せ、目の前に座るエリナにそんな世辞を送った。


 古くからエリナと親交のある者は、彼女の事を『お嬢』と呼ぶ。

 その理由は――この島が辿った歴史にまで触れる、複雑な事情も絡むので……まあ、今はとりあえず、読み流して頂こう。


「?、良いタイミングって……何か、あったってのかい?」

 エリナは”シバトゥ”――クートフィリアにおける煙草や葉巻の類を咥え、その煙を鼻腔へと燻らせながら、意味深な話を振って来た店主に、聞き返す体でそう尋ねた。

「ああ、遠洋に行ってた海賊みなさんは、ご存知無いかもしれませんが……御山の坑道に、デュルゴが潜んでたって事件がありましてね……」

「――そいつぁ既に聞いたよ。

 あの……魔神憑きサラギナーニアが、デュルゴをサッサと退治した挙げ句、随分な羽振りの良さを示して、鱗や毛皮を大盤振る舞いしたってハナシはさぁ」

 店主は、エリナの事情を慮った応じ方をしたが、店主の対応より先立つ恰好で彼女は、店への道中で知った経緯を端的に挙げてみせる。


 その時――何故かエリナは、何か……いや、誰かの顔を想起して、頬を赤らませていた事は、具体的には触れないでおくのが後生であろう。


「――そのおかげで、ちょっとした景気の浮揚がありましてねぇ……アタシら商人ビルも、商機が来たと沸いたモンでしたが、いざ、ソレに乗っかって売り込もうかと思ったら、内外の仕入れ先を牛耳ってる、ファリバ商会が一気に相場を釣り上げ始めて……」

「――並みの仕入れ値で売り込んで来てくれる、アタシらの品物エモノは待望だった……って、トコロかい?」

 店主から、事情の全貌を聞かされたエリナは表情を曇らせ、こめかみを掻きながらシバトゥの煙を、呆れた様に溜め息と一緒に吐き捨てた。

「ファリバのジジイは、相変らず阿漕な商売をしてんだねぇ……ガムバスマと結託し腐って」

 エリナが続けて、ファリバとトラメスの悪口を口にした、その時……


「――へぇ?、『相変わらず』が付くってコトは……今に始まった事じゃあないってコトだよな?」


「――!!!!⁉」

 ――店内の小窓から聞こえた、男の呟き声で、店主とエリナの背に戦慄が奔ったっ!


「……悪趣味立ち聞きしやがってんのは、どこのどいつだいっ!


 エリナは、鋭敏に剣を抜き放つと、その勢いのまま一気に窓を開け放ったっ!


 窓越しに振り下ろされた刃は、アッサリの別の刃に弾かれ、エリナが声の主を確かめ様と、窓から身を乗り出す。

「――よっ!、船長!、ようやくのお戻りだな♪」

 窓の下に居たのは――屈託無い笑顔を見せ、片手でオーギリを頬張っている、魔神モードのコータであった

 ……

 …………

「――りょっ!、領主様、こっ、これはぁ……」

 とりあえず、店内へとコータを招き入れた店主は、額に冷や汗を滲ませながら、顔色を真っ青へと変えて激しく動揺している。

「ああ――まあ、”海賊相手の違法取引”には変わりないんだろうけどぉ……俺が尋ねて来た理由は違うし、別に品物のやり取り自体は見ていないし、俺個人としては警察権持ってないしで……」

 ――と言いながら、コータが店主に小さなウインクを送ると、店主は何度も頭を下げながら、マコラがたんまりと詰められた布袋を、隠す様に店内の倉庫部分へと片付け始める。

「へっ、へへ……りょっ、領主様が、海賊からの横流しに目に瞑るだなんて、そんな甘い対応をしてて良いのかい?」

 エリナは、引き攣った笑顔を浮かべてそう言うと、彼の目線からは顔を背け、ふうっともう一服、煙を燻らせる。

「はは、海賊に説教されてちゃ、立つ瀬無いダメ領主なのかもしれないが、見るからに違法でも、その方が真っ当な経済が展開してくれるなら、領主はそれで構わないと思ってるからね」

「……⁉」

 コータが何気無く返したその言葉に、驚いて見せているのはエリナだけではなく、マコラ袋を仕舞い終えた店主も同様であった。

「――では領主様、もしや?」

「うん、ファリバ商会の相場操作で、イロイロな物の値が高騰してる事は知ってる。

実売げんばの商人さんたちには、苦労かけさせて本当にすまない……」

 店主がまさかの思いで、含みのある問い掛けをすると、コータは聡く察して見せ、店主に向けて深々と頭を下げた。

「へっ!、悪く思って頭を下げるぐらいならサッサと、トラメスやファリバをアンタの魔神の力で、ぶち殺しちまえば済む話じゃねぇのかい⁉」

 コータの謝罪に対し、エリナは急に激昂して見せ、苛立ったまま彼に詰寄る。

「――立場上、流石に諸手を振って賛成は出来ない言い分だけど、船長の言いたい事自体は実に尤もだ。

 領主の俺が、今取り組むべきだと思う事も、殆どソレと同じだ」

 コータは不敵な笑みを浮かべながら、詰め寄ったエリナの手をそっと、そして優しく握りながら……

「――俺は、ファリバとトラメス……いや、この島の根っこにまだまだ蔓延っでる、ヒュマド本国からの影響力呪縛を外すために動くつもりでいる。

 その、一歩目のために……」

 ――ガバッと、彼女の耳元に口を寄せるため、その身自体を半ば抱き寄せる恰好になった。

「……ふっ⁉、ふへぇっ!、サッ!、サラギナーニアぁ⁈」

「――キミと、キミの一味の力を借りたいんだ。

 そのために、俺はキミが出入りしてるっていう、この店で待ってた」

 表情が、激昂から一気に狼狽へと転じたエリナの反応を他所に、コータは耳打ちする体で、彼女に胸の内を伝えるのだった。
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