世界(ところ)、異(かわ)れば片魔神

緋野 真人

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島の洗濯

苦悩する悪代官

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「――良いか⁉、領海を出たここからが肝だ……警戒を怠るなよ⁈」

「――へい」


 とっぷりと闇に覆われた、洋上を行く小規模貨物船の甲板に、そんな鋭い下知が飛んでいた。


 その船が浮かぶ海域とは、ヒュマドの国の東岸部――ヤッセルの町の沖合で、下知の中にあった『領海』とは、アデナ・サラギナーニア領たるランジュルデ島近海の事を指している。


「――あはっ!、抜けたぁ……ヌケたねぇっ!

 さあ野郎どもぉっ!、海賊稼業お仕事の時間だぁっ!」

 ――と、その船を付かず離れずの距離から見張っていた、船の上でもそんな下知が飛んだ。

 言葉から察するに、その貨物船を襲おうという海賊の一団――例の、エリナが率いる海賊の様だ。


「!!!!、やっぱり来やがった!、サラギナーニア怖さに、領海から出るのを待って……」

 貨物船の船長は、苦々しい思いでそう叫ぶと、操舵手かもぎ取る様に舵を奪うと……

「――こちとら、騒ぐ事も公的機関お上への訴えも出来ねぇ上に、警備に頭数を揃えられない密輸船なんだ!

 風の魔法で速度を上げろぉ~!、使えるエルフィは後ろに着けぇ~っ!、ヤッセルの港まで撒ければ何とかなる!」

 ――船長は、ブツブツとそんな指示を下し、祈る思いで舵を動かす。

「――ひゃはぁっ!、風魔法云々は、アンタらの専売特許じゃあないってんだいっ!

 エルフィ移民の流入のおかげで、海賊界隈でも、風魔法での加速の導入は、もう当たり前なのさぁっ!」

 海賊の言う様に、彼らの船も負けじと加速――あっという間に密輸船に取り付くと、一斉に船へと乗り込んで、密輸品を軒並み奪って行く。


「――おっ!、おめえらぁっ!、密輸商も海賊も、お日様の下じゃ威張っては歩けねぇ、似た様な闇稼業じゃねぇかあっ⁉

 なのに、何だって、俺たちばかりを狙うんだぁ⁈」

 甲板を制圧され、海の上へと落とされた密輸船の船長は、投げ込まれた板後一枚を浮き替わりに頼りながら、そんな恨み節を海賊たちへ向けて叫んだ。

「――ふん!、あの執政官トラメスに取り行って、阿漕な商売してるファリバのジジイから仕事を貰ってるアンタたちに、言われる筋合いは無いねぇ?

 闇稼業には、闇稼業なりの矜持ってモンがあんのを知らないのかい?、アタシらは、あのトラメスやあのジジイが、憎たらしいから奪いに来てんのさ!」

 エリナは、甲板の縁に片足を乗せると、見得を切る体でそんな捨て台詞を船長に見舞う。

「――へっ!、綺麗事を言いやがるぅ……

 どうやら、あの『瞬斬しゅんざんのエリナ』が、サラギナーニアに一発ヤラれて、それでおよよとヤツに惚れちまい、人が変わったみてぇに、仕事のやり口が変わったってウワサは本当らしいなぁっ!」

 密輸船の船長は、毒づく体でエリナにまつわるウワサを、吐き捨てる様にぶちまけた。

「……ああんっ⁉」

 エリナは――呻く様な声音でそう嘯くと、こめかみや眉間に、幾つものシワを寄せて船長に向けて凄んだ。

「――野郎どもぉ!、帆を圧し折ってやんなっ!

 船は壊さねぇのが、闇稼業同士の仁義ってモンだが……無茶苦茶なウワサを、泡を吹きながら垂れてる様な糞野郎に、仁義を立ててやる必要はねぇっ!」

 エリナは、烈とした下知をくれると、荷の積み替えを手伝うために、密輸船の船底へと降りて行った。

「――へへ、いらねぇ事を言い過ぎたなぁ?

 ウチの船長は、易々と男にヤラれちまう様な、しおしおとした可愛い女じゃねぇっての!」


 海賊たちは、数人がかりで帆を破壊すると、その残骸を海上へと投げ捨てた。


「――まっ、サラギナーニアに惚れてるってウワサの方は、強ち間違ってないかも……」

 海賊たちは、小声でそんな戯れ言も溢していたが、それは海鳴りの音で掻き消されていた様である。




「また⁈、まただとぉ~っ⁉」

「――はっ、はい……

 荷は海賊に根こそぎ奪われ、ヤッセルに荷は届かずとの事です……」


 ココは、ランジュルデ城の左塔――トラメスの執務室、時は、先の密輸船と海賊のやり取りの翌朝である。


 ちなみに――もっと大きな括りで、時系列に触れさせて貰えば、今は、コータが領主に着任してから5ヶ月……例の竜騒動からは、2ヶ月が経過していた。

 この2ヶ月の間には、別に目立った事件などは無く――ランジュルデ島、そして、コータにとっては、平穏平和な日々が続いていた。


 しかし、その影で、トラメスとその一派にとっては、苦杯を舐める結果が続いていた。


 まず、突如として齎された、竜絡みの最上級資源の流入と、それに因って本土との取引が活発化し、例の高炉の完成や、移民たちへの住宅整備の完了と相まって、島には小規模の好景気が起こっていた。

 それらは全て、ホビルやドワネ由来の移民に関わるモノだった事もあり、トラメス――というか、歴代の執政官に組して、島の経済を牛耳っているヒュマド系の大店――”ファリバ商会”は、この好景気に乗り遅れてしまう形となってしまった。

 その補填を企む上で、ファリバ商会が積極的に行ったのは、トラメスが産物の帳簿をいじって浮かせた、存在してはならない分の産物を、本土へと横流しをして売りさばくといった、エリナも言い捨てていた様な”阿漕な芸当”を中心に、脱税やら相場の改ざんなど、今までの誤魔化しにも拍車を掛け始めたのだった。

 だが、新たに始めた密輸の類は、何故か活動が活発化して来た、エリナの一団に襲われるケースが続き――満足に成果が上がらない結果となっていた。


「――ガムバスマ様、これでは困りましたなぁ……

 荷を失った上に、船は壊され、雇った闇の者へ払った額を考えれば、手前どもは大損ですよ」

 執務室のソファーに座り、落ち着いた声音でそう嘆いて見せた老人が――ファリバ・ヒュマド・商会頭ビルグスマ、そう――ファリバ商会の長である。

「このままでは、プルグスマ様への上納も間々成らなく……」

「そっ!、それは困る――そうなっては、ファリバ殿との繋ぎを任されている私の立場は……」

 長くて白い顎髭を撫でながら、渋い表情で脅す風情に何やらを呟くファリバに対し、トラメスは慌てた様子で、情けない声を漏らす。


 ココで――トラメスの不正の裏にある、ヒュマドの政財界事情に触れておく必要があるだろう。


 まず、ランジュルデ島の執政官は、ヒュマド文官における、出世コースへと通じるポストであった。

 その理由は――小国相当の潜在経済力を有する、この島を運営する上で、その政治的手腕の優劣を見分けるには、絶好の試金石となるし、トラメスを含む歴代の執政官が、軒並み巧みな不正で財を貯め込んでいた様に、出世を目指す上での裏資金を得るにも、恰好の立場であったからである。

 現に、今、ヒュマド重臣たちの三分の一は、この島の執政官だった経緯を持っており――それらは今も、現役のトラメスに、後の中央政権においての出世を餌にして、彼を介してこの宝の島から零れ落ちる、金という蜜をむさぼり舐めているというのが現状だ。


 その、中央に昇った歴代執政官たちとも繋がりがあり、イロイロな不正の誤魔化しを通して、その見返りに原資を提供しているのが――島で唯一の商会組織である、ファリバ商会であった。

 ファリバ商会は、先程のファリバ老がまだ若い頃――島への入植を機に起こした、まだまだ世界規模では中堅に過ぎない商会なのだが、ランジュルデ島という、地の利の面で有利な分――実際の財力は、本土や世界規模の大店に劣らない規模を誇り、先程に挙げた様なヒュマド高官への太いパイプを持っている。

 そのファリバが挙げた、”プルグスマ”云々とは――ヒュマド文官のトップに当る、”チャームル・ヒュマド・宰相プルグスマの事を指し、彼の派閥に席を置くトラメスは、後の更なる出世のために、せっせとそのチャームルへと、裏金を貢いでいるのであった。


「――まったく!、あの忌々しい王子やエルフィの姫が余計な提案をして、島を異界人なぞに差し出す様な事を決めるから……あれから、私の思惑が狂い始めたのですよ!」

 トラメスは悔し気にそう言うと、苛立ち気味に執務室の卓に置かれたメモの切れ端を、恨めしく握り締めた。

「おやおや……領主様の手綱を握るのには、成功しているのですから、今回の失態とは関係ないでしょう?」

 ファリバは、不敵な笑みを見せながら、苛立つトラメスを諫めようと、誉める部分を含んだ主張をする。

「――言葉のアヤというヤツですよっ!

 とにかく、こうも海賊の襲撃が続くのでは、密輸の日取りや何やらが、どこからか海賊連中に漏れているのが原因なのでしょうね……」

「――そうですなぁ……まずは、それを突き止めるのが肝要。

 それは我ら商会、もしくはガムバスマ様に通じる者の誰かが有力……それは解かっているのですから、時を有する必要は無いので、焦る事はございませぬよ」

 少し、苛立ちが治まったトラメスの言葉に、相槌を打つ体でファリバはそう告げ、彼は窓に映る水平線に向け、いやらしくニヤリとした笑みを浮かべるのだった。
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