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黄金竜の再誕
黄金竜の再誕
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「どっ、どうなんだっ⁉、うっ、生まれそうなのか⁉」
報せに応じたコータは、血相を変え、慌てた様子でニーナと共に戻って来た。
「ええ、もうじきかと――して、ゆくゆくはコータ様の騎竜にしたく思うので『刷り込み』を済ませておきたく、お呼び致しました」
アイリスは一応畏まって、コータの尋ねにそう答えた。
「そうか……そういうトコは、鳥とかと同じってワケか――って!、俺の騎竜にするって……本気か?」
「はい、せっかくの魔竜の仔です。
操者の鞍を空けておくのも勿体ないですし、かと言って私には、既にリンダが居りますから、ココはサラギナーニアで在られる、コータ様が駆る事こそが相応しいかと思っております。
私が、御し方をご教授させて頂く所存ですし、例の『魔神もーど』もございましょうから、特段苦になさらぬでしょう?」
アイリスからの提案に戸惑うコータへ、彼女は懇願する体でそう続ける。
「そっ、そうか?、う~ん……」
コータが返答に困っている間にも、ピシッ!、ガラァッ!――と、殻は更に割れを拡げ……
『――ピッ!、ピギュゥ……」
――子竜の小さな鳴き声までもが、聞こえ始めた。
「さっ、コータ様は卵の前へ――そろそろ、顔を出し始めるでしょうから」
アイリスはそう告げると、クレアたちにも手ぶりで後退を促し、卵の前に居るのはコータのみという状況を造り出す。
(――俺は、母竜の仇じゃねぇか……
子供が知りようもないのを良い事に、騙して従えるみたいじゃねぇかよ)
卵を見詰めるコータは、心中にそんな思いを抱きながら、複雑な表情を浮かべた。
(――そう思う辺りが、ヒトのエゴだと言うておろう?
あの母デュルゴとて、きっと近衛娘と同じく、どうせならお前に駆って貰いたいと思うて居るわい――だからこそ我が子の身を、お前に託す事を望んだのであろうしな)
そう、サラキオスが見解を告げると、コータは覚悟を決めた様で卵の前に座る。
『――ピッ!!、ピッギャァァ~ッ!!!』
その時――ようやくと言った体で、子竜は卵の外へと全身を晒し、声高に甲高い雄叫びを上げたっ!
『ピピッ……!、ギュルゥ……?』
子竜は、身体に纏わりついた体液をブルっと全身を振るって払うと、丸々とした眼を見開き、首を傾げながら、目の前に座るコータの顔を見詰めた。
その様子を見守っている、アイリスは驚いて目を見張っていた……
「きっ、金色の毛皮ぁ?
――という事は、はっ、生えて来る鱗の色は、伝説の魔竜と同じ黄金色だという事……?」
誕生直後の竜に、鱗は生えていないモノだ。
そして、その色は総じて鱗と同じ黒地で、鱗が生えるに連れて色素がそちらへと移るのが、竜の生態を語る上での常識である。
アイリスが口走った驚愕の事実には、コータも含めた残りの者たちも、顔を一時見合わせて一様に驚いていた。
「おいおい……近親配合の成せる業ってか?
競走馬――ならぬ、魔竜育成シミュレーションかよ」
そう呟くコータは、苦笑いを見せながら、小さな竜のつぶらな瞳を覗き返し、竜の仔の頬をそっと撫でてやる。
「よぉ、誕生……おめでとう」
コータがそう言って、繰り返し頬を撫でてやると、子竜は何やら嬉しそうに、まだまだ飛ぶ事は叶わない、背に生えた小さな翼を、パタパタと可愛らしくはためかせるのだった。
――
――――
――――――
「⁉、りょっ、領主様っ!、こっ、こんな貴重な品物を……」
「――良いんだ。
黙って受け取って欲しい……こんなモンで、家族を失った悲しみや辛さを、贖う事が出来るとは思えないけどさ」
洞窟から戻ったコータは、次に事件の事後処理を開始。
死亡者の遺族、及び負傷者を陣営に集め、レオナの死骸から採取した鱗や毛皮を、見舞金代わりに分け与えた。
この世界では、俗に『竜の鱗3枚、もしくは竜の毛皮一反あれば、悠に豪邸が建つ』とも言われており、コータはその俗説に沿って、遺族や負傷者に当該量を配分した――この大盤振る舞いに、島民たちは心底驚いたモノであった。
――とはいえ、貰ったは良いが、一般の民からすれば使い道は所詮、換金しか無いという事となり、鱗はドワネの鍛冶衆が、毛皮はホビルの職工たちが請け負う事となった。
そして――それら事後処理をも終えた、島中が再び夜闇に包まれた時分……
「――みんな、ではこれより、今回の犠牲者たちの弔いを行う」
――ランジュルデ城中庭集まった、犠牲者の遺族や島民有志と共に、コータは領主として犠牲者たちに黙祷を捧げる。
そして、この世界においての儀礼である、全員での死者への献盃――まあ、下戸であるコータの盃こそは水であったが、それも恙なく終えると、再び、コータは皆に向けて……
「――今晩は、討伐した竜の肉を使った料理を用意した。
そんな心境じゃないかもしれないけど、俺の中の魔神様曰く、”喰うか喰われるかが、正しい生き物同士の殺し合い――この竜は、そこから逸脱した殺しをしたから俺に討たれた”んだって。
その理屈で言ったら、いくら憎い仇でも、喰らってやらなきゃ、人間も、そっから外れちまう事になるから、一緒に喰ってくれ――奇しくも、気安くには味わえない、珍味中の珍味ってハナシだしね」
――最後には、一礼をしながらそう言うと、出席者たちも一様に頭を垂らし、彼の言葉を噛みしめる様に拝礼を済ませるのだった。
「――⁉、うっ、美味いっ!、それに、この味付けや不思議な調理法は……?」
最初の一口から、そうやって驚愕の表情を浮かべたのはトラメス――彼は、受け取った椀状の食器を持つ手を震わせている。
トラメスが不思議と感じた調理法――いや、食し方そのものとは、卓の真ん中に置かれた大鍋から、少量ずつ取り分けられた物を各々で喰うという、少なくとも彼の様なヒュマドの高官ならば、経験し得ない食法であった。
「ガムバスマ様、これは異界料理の『スキヤキ』というモノらしいですよ♪」
――と、この卓で取り分けているミアは『してやったり』感を滲ませた微笑みと共に、トラメスに料理名を教える。
「――世界が異っても、訛りが出ないって事は、やっぱり発音し易いんだね、すき焼きって」
コータの隣に座るシンジは、苦笑いを催してそう呟くと、何故か彼は、唐突に空を見上げ始めた。
「止めなさいよ……その行為の意味、俺しか解からないんだから。
それに今は丁度、”夜空”でもあるから、ちょっとややこしい……」
――と、コータは漫才染みた返しをして、彼も渡された椀に口をつける。
「――うん、良い味。
……じゃあ、肝心のお肉の方――…うんっ、凄く柔らかい!、さしづめ松阪、神戸かねぇ…まあ、食べた事は無いけど」
コータは満足げに数度頷き、いそいそと配膳を務めているミアへと目線をやりながらそう呟いた。
「僕の事を言えたモンじゃないね、その言い方だって、僕にしか伝わらないよ?」
「はは♪、まあ、そうかもね。
あと別に補足として、見上げながらわざわざ”歩かなくても”、どっちの方だったか解ってるからね?、俺は」
日本人二人は、そうからかい合いながら、目の前の稀有な珍味に舌鼓を打ち始める。
「――しっかし、どーしてすき焼き?
竜の肉って聞いたら、爬虫類系のゲテモノ系を想像しちゃいそうなのに」
「捌いてみたら、もの凄い霜降りだったからね、喰った事があるアイリスに聞いた限り、お高い牛肉みたいな感じかなぁ……と。
それで、ミアが是非、現世料理で――って、言うモンだから、作り方教えたワケ」
日本人二人がそんな話をしながら、異界のスキヤキを堪能し……
「――あれ?、誰も食べていない……ね?」
何気なく、同じ卓に座る者たちの様子に目を配ると、まったくと言って良い程、食事が進んでいなかった。
コータやシンジと同じ卓なのは――クレア、ヤネス、ニーナ、そしてアイリスの4人。
その中でも、アイリスの膝の上には例の子竜も居て、竜は楽し気にキャッキャッと喜ぶ仕草を見せている。
「……そりゃあ喰い難いよね。
鍋の中で煮えてるのは、この子の母親の肉なワケだし……」
シンジは、引き攣った笑顔を浮かべてそう呟き、彼も食事の手を止める。
「――皆様、先程のコータ様の言葉ほぉお忘ふれかぁ?
喰ろうてやるほがぁ、礼節に当ふとぉ……」
食べないクレアたち――そして、食べるのを止めたシンジに対し、アイリスは咀嚼音も交えてそう告げた。
よく見ると、食べていないのはアイリス以外の3人の方――子竜を膝上で抱くアイリスは、逆に進んで食べている様であった。
その3人の中から、ダンっと卓を叩き、意を決した様で立ち上がったのはニーナ――彼女は、アイリスに向けて、嫌悪の表情を浴びせながら……
「――アイリスさん!、デュラーガロでは当たり前の事かも知れねぇが、初めてのアタシたちじゃ、易々とは出来ねぇ芸当ですよ……子の前で、その子の母親の肉を喰らうだなんてさぁ……」
――と、悲痛な面持ちで抗弁を挙げた。
「そうですよぉ~……この子が、さっきからチビチビ啄んでる物だって、元は母親のお肉だって思ったら、騙してるみたいで、観ていられませんよぉ……」
弁護する体で続いたのはヤネス――彼女は、手の平で瞳を覆いながら、球状の物を見様見真似で啄んでいる子竜を指差し、辛そうに俯いて見せる。
子竜が啄んでいるのは、いわゆる『たたき』の要領で、細かくミンチ状にした後に、小さな球状に成形した、母竜の生肉であった。
「――ん、子デュルゴの初めての食事は、母竜が自らの身肉を食い千切り、咀嚼で細かく刻んで与えるのが自然界においても一般的。
文字どおりに”身を削る”思いで、卵として一旦は離れた”親子の契り”を、こうして改めて結び直すのが、デュルゴの親子の正しい姿なのです。
だからこそミアに、この球肉の製造を頼んだのです――皆様の物言いは、コータ様を通した魔神の言葉にもあった様に、それらはヒトの傲慢でございましょう?」
咀嚼していたモノを呑み込みながら、饒舌にそう告げたアイリスの重い言葉に、ニーナとヤネスは、一様に押し黙った。
「――二人とも、黙って頂きましょう。
コータ様に詫びると共に、大事な我が子を私たちに託したという、この母デュルゴの思いを汲み、私たちがその思いを受け継いであげるつもりで……」
クレアは、そうニーナとヤネスを諭し、すきやきに口を付け始めた。
「――んっ!、本当に美味しい……
ですがコータ様?、味付けが少々しょっぱいかと思いますので、この後『シメ』と称してゴッファを加えるという『雑炊』なるモノの方は、お控え下さいね?」
「うっ……はいぃ~~っ!」
スキヤキを食べたクレアは、目を見張って味を称賛するが――前以て、ミアから報告があった、目の前の鍋が後に辿るという展開を懸念して、実はそれを楽しみにしていたコータに、彼女はしっかりと釘を刺すのであった。
報せに応じたコータは、血相を変え、慌てた様子でニーナと共に戻って来た。
「ええ、もうじきかと――して、ゆくゆくはコータ様の騎竜にしたく思うので『刷り込み』を済ませておきたく、お呼び致しました」
アイリスは一応畏まって、コータの尋ねにそう答えた。
「そうか……そういうトコは、鳥とかと同じってワケか――って!、俺の騎竜にするって……本気か?」
「はい、せっかくの魔竜の仔です。
操者の鞍を空けておくのも勿体ないですし、かと言って私には、既にリンダが居りますから、ココはサラギナーニアで在られる、コータ様が駆る事こそが相応しいかと思っております。
私が、御し方をご教授させて頂く所存ですし、例の『魔神もーど』もございましょうから、特段苦になさらぬでしょう?」
アイリスからの提案に戸惑うコータへ、彼女は懇願する体でそう続ける。
「そっ、そうか?、う~ん……」
コータが返答に困っている間にも、ピシッ!、ガラァッ!――と、殻は更に割れを拡げ……
『――ピッ!、ピギュゥ……」
――子竜の小さな鳴き声までもが、聞こえ始めた。
「さっ、コータ様は卵の前へ――そろそろ、顔を出し始めるでしょうから」
アイリスはそう告げると、クレアたちにも手ぶりで後退を促し、卵の前に居るのはコータのみという状況を造り出す。
(――俺は、母竜の仇じゃねぇか……
子供が知りようもないのを良い事に、騙して従えるみたいじゃねぇかよ)
卵を見詰めるコータは、心中にそんな思いを抱きながら、複雑な表情を浮かべた。
(――そう思う辺りが、ヒトのエゴだと言うておろう?
あの母デュルゴとて、きっと近衛娘と同じく、どうせならお前に駆って貰いたいと思うて居るわい――だからこそ我が子の身を、お前に託す事を望んだのであろうしな)
そう、サラキオスが見解を告げると、コータは覚悟を決めた様で卵の前に座る。
『――ピッ!!、ピッギャァァ~ッ!!!』
その時――ようやくと言った体で、子竜は卵の外へと全身を晒し、声高に甲高い雄叫びを上げたっ!
『ピピッ……!、ギュルゥ……?』
子竜は、身体に纏わりついた体液をブルっと全身を振るって払うと、丸々とした眼を見開き、首を傾げながら、目の前に座るコータの顔を見詰めた。
その様子を見守っている、アイリスは驚いて目を見張っていた……
「きっ、金色の毛皮ぁ?
――という事は、はっ、生えて来る鱗の色は、伝説の魔竜と同じ黄金色だという事……?」
誕生直後の竜に、鱗は生えていないモノだ。
そして、その色は総じて鱗と同じ黒地で、鱗が生えるに連れて色素がそちらへと移るのが、竜の生態を語る上での常識である。
アイリスが口走った驚愕の事実には、コータも含めた残りの者たちも、顔を一時見合わせて一様に驚いていた。
「おいおい……近親配合の成せる業ってか?
競走馬――ならぬ、魔竜育成シミュレーションかよ」
そう呟くコータは、苦笑いを見せながら、小さな竜のつぶらな瞳を覗き返し、竜の仔の頬をそっと撫でてやる。
「よぉ、誕生……おめでとう」
コータがそう言って、繰り返し頬を撫でてやると、子竜は何やら嬉しそうに、まだまだ飛ぶ事は叶わない、背に生えた小さな翼を、パタパタと可愛らしくはためかせるのだった。
――
――――
――――――
「⁉、りょっ、領主様っ!、こっ、こんな貴重な品物を……」
「――良いんだ。
黙って受け取って欲しい……こんなモンで、家族を失った悲しみや辛さを、贖う事が出来るとは思えないけどさ」
洞窟から戻ったコータは、次に事件の事後処理を開始。
死亡者の遺族、及び負傷者を陣営に集め、レオナの死骸から採取した鱗や毛皮を、見舞金代わりに分け与えた。
この世界では、俗に『竜の鱗3枚、もしくは竜の毛皮一反あれば、悠に豪邸が建つ』とも言われており、コータはその俗説に沿って、遺族や負傷者に当該量を配分した――この大盤振る舞いに、島民たちは心底驚いたモノであった。
――とはいえ、貰ったは良いが、一般の民からすれば使い道は所詮、換金しか無いという事となり、鱗はドワネの鍛冶衆が、毛皮はホビルの職工たちが請け負う事となった。
そして――それら事後処理をも終えた、島中が再び夜闇に包まれた時分……
「――みんな、ではこれより、今回の犠牲者たちの弔いを行う」
――ランジュルデ城中庭集まった、犠牲者の遺族や島民有志と共に、コータは領主として犠牲者たちに黙祷を捧げる。
そして、この世界においての儀礼である、全員での死者への献盃――まあ、下戸であるコータの盃こそは水であったが、それも恙なく終えると、再び、コータは皆に向けて……
「――今晩は、討伐した竜の肉を使った料理を用意した。
そんな心境じゃないかもしれないけど、俺の中の魔神様曰く、”喰うか喰われるかが、正しい生き物同士の殺し合い――この竜は、そこから逸脱した殺しをしたから俺に討たれた”んだって。
その理屈で言ったら、いくら憎い仇でも、喰らってやらなきゃ、人間も、そっから外れちまう事になるから、一緒に喰ってくれ――奇しくも、気安くには味わえない、珍味中の珍味ってハナシだしね」
――最後には、一礼をしながらそう言うと、出席者たちも一様に頭を垂らし、彼の言葉を噛みしめる様に拝礼を済ませるのだった。
「――⁉、うっ、美味いっ!、それに、この味付けや不思議な調理法は……?」
最初の一口から、そうやって驚愕の表情を浮かべたのはトラメス――彼は、受け取った椀状の食器を持つ手を震わせている。
トラメスが不思議と感じた調理法――いや、食し方そのものとは、卓の真ん中に置かれた大鍋から、少量ずつ取り分けられた物を各々で喰うという、少なくとも彼の様なヒュマドの高官ならば、経験し得ない食法であった。
「ガムバスマ様、これは異界料理の『スキヤキ』というモノらしいですよ♪」
――と、この卓で取り分けているミアは『してやったり』感を滲ませた微笑みと共に、トラメスに料理名を教える。
「――世界が異っても、訛りが出ないって事は、やっぱり発音し易いんだね、すき焼きって」
コータの隣に座るシンジは、苦笑いを催してそう呟くと、何故か彼は、唐突に空を見上げ始めた。
「止めなさいよ……その行為の意味、俺しか解からないんだから。
それに今は丁度、”夜空”でもあるから、ちょっとややこしい……」
――と、コータは漫才染みた返しをして、彼も渡された椀に口をつける。
「――うん、良い味。
……じゃあ、肝心のお肉の方――…うんっ、凄く柔らかい!、さしづめ松阪、神戸かねぇ…まあ、食べた事は無いけど」
コータは満足げに数度頷き、いそいそと配膳を務めているミアへと目線をやりながらそう呟いた。
「僕の事を言えたモンじゃないね、その言い方だって、僕にしか伝わらないよ?」
「はは♪、まあ、そうかもね。
あと別に補足として、見上げながらわざわざ”歩かなくても”、どっちの方だったか解ってるからね?、俺は」
日本人二人は、そうからかい合いながら、目の前の稀有な珍味に舌鼓を打ち始める。
「――しっかし、どーしてすき焼き?
竜の肉って聞いたら、爬虫類系のゲテモノ系を想像しちゃいそうなのに」
「捌いてみたら、もの凄い霜降りだったからね、喰った事があるアイリスに聞いた限り、お高い牛肉みたいな感じかなぁ……と。
それで、ミアが是非、現世料理で――って、言うモンだから、作り方教えたワケ」
日本人二人がそんな話をしながら、異界のスキヤキを堪能し……
「――あれ?、誰も食べていない……ね?」
何気なく、同じ卓に座る者たちの様子に目を配ると、まったくと言って良い程、食事が進んでいなかった。
コータやシンジと同じ卓なのは――クレア、ヤネス、ニーナ、そしてアイリスの4人。
その中でも、アイリスの膝の上には例の子竜も居て、竜は楽し気にキャッキャッと喜ぶ仕草を見せている。
「……そりゃあ喰い難いよね。
鍋の中で煮えてるのは、この子の母親の肉なワケだし……」
シンジは、引き攣った笑顔を浮かべてそう呟き、彼も食事の手を止める。
「――皆様、先程のコータ様の言葉ほぉお忘ふれかぁ?
喰ろうてやるほがぁ、礼節に当ふとぉ……」
食べないクレアたち――そして、食べるのを止めたシンジに対し、アイリスは咀嚼音も交えてそう告げた。
よく見ると、食べていないのはアイリス以外の3人の方――子竜を膝上で抱くアイリスは、逆に進んで食べている様であった。
その3人の中から、ダンっと卓を叩き、意を決した様で立ち上がったのはニーナ――彼女は、アイリスに向けて、嫌悪の表情を浴びせながら……
「――アイリスさん!、デュラーガロでは当たり前の事かも知れねぇが、初めてのアタシたちじゃ、易々とは出来ねぇ芸当ですよ……子の前で、その子の母親の肉を喰らうだなんてさぁ……」
――と、悲痛な面持ちで抗弁を挙げた。
「そうですよぉ~……この子が、さっきからチビチビ啄んでる物だって、元は母親のお肉だって思ったら、騙してるみたいで、観ていられませんよぉ……」
弁護する体で続いたのはヤネス――彼女は、手の平で瞳を覆いながら、球状の物を見様見真似で啄んでいる子竜を指差し、辛そうに俯いて見せる。
子竜が啄んでいるのは、いわゆる『たたき』の要領で、細かくミンチ状にした後に、小さな球状に成形した、母竜の生肉であった。
「――ん、子デュルゴの初めての食事は、母竜が自らの身肉を食い千切り、咀嚼で細かく刻んで与えるのが自然界においても一般的。
文字どおりに”身を削る”思いで、卵として一旦は離れた”親子の契り”を、こうして改めて結び直すのが、デュルゴの親子の正しい姿なのです。
だからこそミアに、この球肉の製造を頼んだのです――皆様の物言いは、コータ様を通した魔神の言葉にもあった様に、それらはヒトの傲慢でございましょう?」
咀嚼していたモノを呑み込みながら、饒舌にそう告げたアイリスの重い言葉に、ニーナとヤネスは、一様に押し黙った。
「――二人とも、黙って頂きましょう。
コータ様に詫びると共に、大事な我が子を私たちに託したという、この母デュルゴの思いを汲み、私たちがその思いを受け継いであげるつもりで……」
クレアは、そうニーナとヤネスを諭し、すきやきに口を付け始めた。
「――んっ!、本当に美味しい……
ですがコータ様?、味付けが少々しょっぱいかと思いますので、この後『シメ』と称してゴッファを加えるという『雑炊』なるモノの方は、お控え下さいね?」
「うっ……はいぃ~~っ!」
スキヤキを食べたクレアは、目を見張って味を称賛するが――前以て、ミアから報告があった、目の前の鍋が後に辿るという展開を懸念して、実はそれを楽しみにしていたコータに、彼女はしっかりと釘を刺すのであった。
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