世界(ところ)、異(かわ)れば片魔神

緋野 真人

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黄金竜の再誕

余談と伝説

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「……さて、二人の気は見事に逸らした様ですが、私はそうは参りませぬぞ~?

『まだ』と前置いたという事は……コータ様は”不能には非ず”というコトなのですかな?」

 ジト目混じりのニヤリとした表情でアイリスは、クレアにとっては、回避出来たと思われた失言を蒸し返し、半ば楽し気なトーンでコルベを啜る。

「――ゴフッ!?、貴女、実はなかなか意地悪なのね……」

「――無論、シモネタやイロの付いた話題としてではなく、医療魔法士としての観点から、という意味です。

 尋ねる理由も、色恋や性欲求に絡むモノではなく、この島――延いては、この世界の行く末にも関わる事柄であろうと思いましてね。

 ヒュマド国における領主、及び貴族の継承は世襲が基本ですから、コータ様の御身が子を成す事叶う様ならば、当領地の権力安定化への道が開けますし、次代の依り代確保に関しても、クワンヌ族の記録からして、親から子へと依り代の責を繋いで行くのが、最も適合上の効率が良いとありますからね」

 蒸せたコルベ由来なのか、アイリスが放った一連の発言由来なのかは定かではないが、クレアは口内にキツの苦味を覚えながら、唇の端に残ったコルベの雫を、胸元から出した布で拭う。

「――まあ、そんな意地悪が出来て、至極打算な考えも出来る程に大人な貴女になら、教えておいてもダメではないでしょう……

 貴女の察しどおり、コータ様は決して”不能”ではありません――"難しい"だけで。

 扇情性の発作にさえ気を付ければ、まぐわう事も不可能ではないと観ているわ」

「やはり、そうでしたか――『片抜け』発症後の者が、子を成したという例を一切聞かないワケではありませんでしたから、個人差が広い病とはいえ、コータ様の頑なさは、些か疑問でしたからなぁ」

 あくまでも、医療者としての見解という体で、クレアからコータが抱える秘密を明かして貰ったアイリスは、得心気味に数度頷いてから、自分のマグの中のコルベを飲み干す。

「この際だから、コレも明かすけれど……あくまでも、医療魔法士の立場からとして一度だけ、コータ様に、こう具申したわ……

『――ふっ!、不可能ではないのですから、夜伽を所望されたとしても、お止めはしません……

 ただし、万が一に備え、遠くはないトコロに私は詰めさせて貰わなければなりませんが』――と」

 クレアは、更なる独白として、恥ずかしそうに俯きながら、在りし日のコータとのやり取りをも明かそうとする。

「――待って!、それって遠回しに『所望されるのでしたら、是非私を……』と言ってません?」

「そうだそうだ!、そっ!、”その度”に、側でクレア様の目が光ってるだなんて、ヤッ、ヤリ難いに決まってるモンなぁ?」

 ――と、その独白へと口を挟んで来たのは、興味を逸らされたはずのヤネスとニーナだった。

「……話は、最後までお聞きなさい――それを、告げられたコータ様はね……

『――はは♪、なら、尚更ムリ線だなぁ……いい歳はしてても、まあまあロマンチスト『ろまんちすと』なんでねぇ。

 ヤレれば良いんじゃなく、正常に、キチンと愛し合えないんじゃあ……”その気”にはなれないからねぇ』

 ――と、笑いながら仰っておられたわ……だっ、だから、私が”イロイロとし放題”だなんて心外な噂だし、そんなコータ様への侮辱とも言えるのですよ?」

 クレアが渋い表情を造り、諭す体でヤネスたちにそう告げると、言われた二人は気まずそうに押し黙り、側でその様を傍観していたアイリスは、口角を緩ませると共に、小さな溜息を吐く。


 そして、4人は、ほぼ同時に……

(――くぅ~!、やっぱり、コータ様は良い人ぉ~~っ!)

(……やべぇ、それは惚れ直しちゃうヤツだわぁ……)

(ふっ……どこぞの鬼畜王子とは、比喩表現としても、真の意味でも――育まれた世界が違うというコトか……)

(そんな言葉を、真っ直ぐに眼前で告げられては、もう……)

 ――などと、心中ではそんな心境を吐露し、呆けた様で一斉に中空を見上げるのだった。


 その刹那――また、パキッという甲高い響きと共に、卵の表面から大きな殻が地面へと落ちた。


「――ところでアイリス?、私は人の場合も含めて、助産の経験は乏しいのだけれど……」

 ――と、浮いた話題に緩ませていた表情を、険しさも混じる不安を纏った表情へと変えて、クレアはアイリスに、後の流れへの懸念を示唆する。

「ああ、その御心配には及びませぬ――私は、何せ齢12まで、竜騎士デュルゴラトバ見習いとして、デュルゴの卵の孵化に、幾度も立ち会っております故」

 アイリスはクレアの尋ねに、目は合わせずに卵の様子を凝視しながら、自分の経緯も含めてそう答えた。


 ヒュマドの国北部にある、鄙びた村――”デュラーガロ”。

 それが、アイリスが生まれてから12歳の頃まで過ごした故郷である。

 このデュラーガロ村には、ヒュマド国営の|竜操者《デュルゴラト)の養成機関を始めとした、竜に関する国家機関が集中しており、この小さな村に住む民の殆どは、そのための竜の保護や捕獲、それらで得た竜の育成や世話を生業としており、この村を巷では『竜騎士の里』と呼ぶ者が多い。

 この村は、以前アイリス自身も触れてはいたが、飛行魔法が苦手な物が多いヒュマド族にとって、竜は軍事面、民生面問わず、重要な部分を担っている大事な要。

 それを育成、監理する役目が、この北の果ての小さな村に集中している理由は――もはや、伝説染みた謂れが根拠とされている。

 ヒュマドデュルゴの間に、浅からぬ結び付きが始まったのは――これまでも度々登場している過去のサラギナーニアの一人、サンペリエがヒュマド帝国の皇帝として、丁度、権勢を奮い始めた頃である。

 現在のデュラーガロ村がある辺りは、当時まだ、人の手がこれと言って及んでいない未開の地で、居るのは夏場の避暑のために飛来、そして、産卵をする竜たちばかりという、今の呼び名から『騎士』の部分が抜けた『竜の里』とでも言うべき地だった。

 サンペリエはある日、突如、この未開の地を調査すると言い出す――彼は、自らを団長とした大調査団を結成して、北部未開区への遠征を敢行した。

その理由とは、なんと……

『――ゴグドヴァーノが、昨夜私に会いに来た。

 デュルゴたちが困っているとな』

 ――というモノであった。

 伝説上の竜の神が訪ねて来たという、気でも触れたかと思える荒唐無稽な発言ではあったが……人々は、それを信じた。

 何せ、それまではおとぎ話としてだけ伝わっていた、黄金の鱗を纏ったデュルゴが、夜闇に暮れたベルスタン城に飛来する様を、現実にも皆が目にしていたからであった。

 サンペリエは、浮足立つ城の兵たちの先頭に立って、黄金竜の巨躯と対峙した際――先程のコータと同じく、精神世界を介してゴグドヴァーノと感応。

 その竜の神が言うには……

『――北部に暮らすデュルゴたちは今、子供たちに満足な餌に在りつけさせる事が出来ぬほど困窮しており、子デュルゴの死が後を絶たない……何か、良い手は無いか?、サラキオスとヒュマドの身たるその依り代よ』

 ――という、支援を乞うモノであった。

 その要請を請ける形で、北部へと入ったサンペリエは――今のデュラーガロ村がある地にて、ゴグドヴァーノと2度目の会談を行い、この地において、食料生産や衛生面の管理、卵狩りに因るいわゆる『間引き』を人が担い、竜は自分たちを介して、人が空を利用する事が出来る様にするという約束を交わした。

 これが、レオナも触れていた事柄の由来であり、その約束の下、人々はデュラーガロ――『竜との約束』と呼ばれるこの地へ、国家プロジェクトとして入植し、現在に至るのである。


「――かの地に生まれた者にとって、デュルゴの子は、自分の兄弟や子と同じでございます。

 リンダとて、私とは卵の時点からの付き合いですから♪」

 ――と、アイリスは愛おしそうに卵を眺め、クレアたちに向けても微笑みを返す。


 ――その時、ピキッ!、ガラァ……と、また卵の殻が割れて地面へと転がった。

 そして今度は、小さな鉤爪までが、ピクピクと小刻みに震える体で、外へと露出し始めている。

「時間の問題だな……ニーナ、コータ様をお呼びしてくれるか?」

 ――と、いよいよと察したアイリスは、ニーナに命じてコータを呼び寄せるのだった。
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