世界(ところ)、異(かわ)れば片魔神

緋野 真人

文字の大きさ
52 / 61
黄金竜の再誕

生命の現場は姦しきかな

しおりを挟む
「――というワケで、竜退治の次は、竜の卵探しってコトで」

 ――と、精神世界から戻ったコータは、近衛3名にレオナからの願いを告げ、彼女が暮らして居たという、更なる坑道の深部へと進み…

「――ありましたっ!、間違いなくデュルゴの卵です!」

 竜に詳しいアイリスの機転もあり、レオナが餌としたと思しき、虫を狩った後らしき残骸や、湧き水が溜まる場所を見つけ、それを辿って行くと――アッサリと、それは見つかった。


 卵は、白地に灰色の斑点が拡がっている構図の殻に包まれ、その大きさは、球技のボールに例えると、バスケットボールを一回り大きくした様なモノであった。


「意外と小さいな……母親の体躯は、あんなに大きかったのに」

「生まれたての竜の大きさは、人の赤ん坊とさほど変わりませんから、私が知る限りでは、実に標準的な大きさだと思います。

 ああ、なるほど……確かに、殻に皹が出て来ていますから、孵化はまもなくでしょうね」

 腕を組み、まじまじと卵の様子を眺めるコータに、アイリスは強く触れない様に心掛けしながら、卵の状態を把握しようと近付く。


その時――パキッという甲高い音が、洞窟の壁面から反響し、より大きい皹が卵の頂点部に拡がり始め、殻の一部が岩肌な地面へと転がった。


「むぅ……もはや、卵のまま持ち帰るのは得策ではありませんね。

 ココで、孵化させてしまいましょう」

 そう言うとアイリスは、そそくさと防具の類を外すと、腕捲りをし始め……

「――オルバ殿。

 孵化を促すために卵を更に温めたいので、この先に通じているという火口窟周辺から、ベシャメの木の葉を摘んで来て頂きたい。

 あの厚い葉ならば、立派に毛布の類の代わりとなります故、それで卵を包んでやらなければなりません。

 ああ、それからついでに――カミュ殿には、湧き水を酌んで湯を沸かして貰うので、火を熾すための薪になりそうな物も」

 ――と、彼女はテキパキと二人に指示を告げる。

「こっ、心得た……」

「おっ、お湯⁈、わっ、解かりましたっ!」


(男が、生命の誕生が絡む状況シーンに狼狽えるのは、それが異世界であってもテンプレかぁ……)

――などと、オルバとカミュの慌てぶりを見て、コータは苦笑を漏らしていた……

「――コータ様。

 出来れば、医療魔法の支援が欲しいので……陣営へと戻られ、詰めて居られるクレア様を、こちらへお連れ頂きたい」

 ――が、事ここに至っては、主従の間柄などは既にどこへやら……コータにも、アイリスからの指示が矢の様に飛んで来た。

「おっ、おぅ!」

 コータは魔神モードを解放し、出口へ向けて飛んで行く――それは、オルバたちの事を笑っては居られない程、取るモノもとりあえずと言った体で、慌てふためく様であった。


 ……

 …………


「――うん、元気に動いて、自力で殻を破ろうとしてる……アイリス、流石の対応でしたね」

 ――ともあって、洞窟へと同伴して、卵の中の状況を医療魔法で監視モニタリングし始めたクレアは、側で共に見守っているアイリスに称賛の声をかけた。


 辺りへと目を向けると、卵はアイリスの指示どおり――オルバが摘んで来たベシャメの木……この島では、実にポピュラーな樹々を覆っている、厚手で丈夫な葉で包まれ、その側には煌々と炊かれた焚火があり、その上では鍋状に置かれた、カミュの鎧の腹に溜められた湯が、コンコンと音を発てて沸いている。


「――いえ、コータ様も仰っていましたが、これから生れ落ちる子竜に罪はありませんし、子の行く末に気をかけて逝く事になった、その母デュルゴの思いも、何となくではあれど理解出来ます。

 その"母性"という、女性の根幹に根付く感情に触発され、気が気ではない思いが故の行動に過ぎませぬ」

 アイリスは、卵の様子を見詰めながら、クレアからの称賛に謙遜を込めてそう応じた。

「コータ様が、陣営に駆け込んで来られた際には本当に驚いたわ……

 まるで、譫言の様に『――うっ、生まれるぅ……』と、仰られた時には、もう何が何やら……」

 クレアは、笑いを堪えながら実に楽し気に、たおやかな笑みを浮かべる。

「その時に『――えっ⁉、わっ、私たちはまだ、一度も『そんなコト』には……』って、顔を真っ赤にして狼狽えた返事をしてる、クレア様の発言の方が、よ~っぽど大問題だったと思いますけどぉ~?」

「――そうそう!

 特に『まだ』が付いてるって辺りは、ソレに近いコトや、進展の気配があり得るってぇ風に聞こえますしねぇっ!」

 ――と、不満気に二人の会話に割って入って来たのは…騒動の事を聞いて陣営へと駈けつけていた、ヤネスとニーナの二人。

 彼女らは、そのクレアの発言が気になるのと、母竜レオナの死骸を処理する上での手筈を整えるため、危険が薄まった洞窟内へと付いて来ていた。


 クートフィリアにおいて、竜の死骸は、希少な資源の宝庫であると言える。


 頑強な堅い鱗は、武具を加工する上では最良の素材だし、先程も触れたが、その下にある柔らかく上質な毛皮は、王侯貴族の中でも所有する事は間々ならない最高級品――更に、その下にある竜の肉などは、死後数時間で食べる事が出来なくなってしまう腐敗の速さから、流通が叶わない珍味中の珍味として知られている。

 コータの気持ちとしては、曲りなりにも、精神世界で彼女と触れ合った経緯から、何も奪わずに弔いたい思いであったが――サラキオスから、自然界においては、むしろ、何も利する事無く葬られる方が恥辱に当たり、その様な思いは、その身が利する価値に欠けると同義であり、それはヒトのエゴでもあると、言い捨てられた。

 彼は、そのサラキオスの言葉に妙な得心を覚え、偶然にも居合わせた鍛冶職人であるニーナには鱗を、服飾職人であるヤネスには毛皮を採取させ、そして、自分の専属料理人であるミアも、城から呼び寄せ、今は彼女の指示に従って、コータはカミュやオルバと共に、その肉を捌いている最中である。

――という事で今、奇しくも卵の側に居るのは、4種族を代表する形でコータの下へとやって来た、4人のヒロインたちのみなのである。


「――二人とも、あなたたちの様なうら若き乙女が、そっ、その様な耳汚い発言は慎みべきでよ?」

 ――と、クレアはヤネスが触れた自分の爆弾発言を払拭し様と、年長である事を全面に打ち出す態で、二人を諫めようと図る。

「むぅ~!、ただでさえクレア様は、コータ様と一つ屋根の下で暮らして居る上に、医療魔法士として、コータ様の御身お身体に、"イロイロとし放題"っていう、紛れも無い事実があるのですから、先程の発言は疑惑を色濃くするモノですよぉ~っ!」

 そう言ってヤネスは口を尖らせ、追及する様にクレアの顔を覗き込む――すると、クレアがかけている眼鏡に、薄っすらと何かが動く様子を彼女は見つけた。

「……えっ?、もしかしてコレ、卵の中の赤ちゃんデュルゴですか⁈」

 ヤネスは、驚きと共に口元を抑え、彼女は嬉々として笑みを浮かべる。

「そうです――懸命に、世の中へと生まれ出て来ようと頑張っているのです」

 そう言いながら、クレアは眼鏡を外して、それをヤネスの耳にかけてやる。

「うわぁ~っ!、可愛いぃ~~っ!!!」

「えっ⁉、アッ、アタシも観てぇぞっ!」

 ――と、ニーナも含めた乙女二人の興味は、アッサリと子竜の方へと向いた。

(ふぅ……幸いにも、二人の気を逸らす事が出来たわね)

 クレアは、微笑ましさの中に安堵の思いも混じった笑顔を滲ませながら、卵の側から少し離れる。

「――ふふ♪、姦しきモノですなぁ……

 私は、生まれてこの方、兄弟の類の縁は持たぬ身の上でありましたが……この娘らも含め、コータ様の下へと参じてからは、こうした似た様な縁を得る機会が増えた事は、人として行幸であったと感じておりますよ」

 ――と言いながら、沸かした湯を用いて淹れた、コルベが並々に入ったマグを、クレアへ差し出したのはアイリスだった。

「ありがとう――それは本当にそうかもしれないわね。

 昨日の朝食時にコータ様が触れたとおり、この島に来た事で、私たちは多くの家族を得られたと言える……」

 クレアも、アイリスの笑みに応じる様に軽く微笑み、受け取ったコルベを熱そうに一口啜った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。 ※2026年半ば過ぎ完結予定。

処理中です...