流れ者のソウタ

緋野 真人

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発端

翼域

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ソウタは、レンが集めた薪を手に取り、それに触れた指先に界気を集中させる。

すると、先程の光の飛礫と似た、ボォッとした赤い光が薪を包み、それが薪中に行き渡たると、先端に火が点いた。


火や熱を操るのは、界気を使う上では"初歩中の初歩"である。


界気の解釈として、まず、界気とは――

『万物に宿る、神々との交信手段』

――というのが、ツクモにおける学問の根幹を成す、萬神道が掲げた定義である。


つまり、人々の体内に宿った、界気という力は――


『○○の神様!、こういう事がしたいのです!、ですから、その御業をお貸しください』


――という願いを込め、体内に宿る、その界気という"ちから"を、供物として差し出す替わりに、万物に宿る神々の力を借りて、願いを具現化するというモノなのである。


我々の感覚で、コトを簡単に表するなら――界気とは、神々に払う"賃金"だと思えば、解かり易いだろう。


その願い――つまり、頼みたい仕事を明確に伝えるには、個々の人々の想像力が重要だとされている。

『火を起こしたいんですけどぉ……』

――という願いは、生活に密着しているから、イメージがし易く……何やら、神々としても極々簡単な仕事でもあるらしく、賃金かいきも、少なくて済むのである。


これが、例えば――

『街を一つ、吹き飛ばしたいっ!』

――とかなら、フツーならそうは経験出来るものではないので、まずイメージがし難く、天変地異クラスの力も必要となるため、膨大な界気ちんぎんも要求される。

だから、そういう願いは事実上、人の身や意思ではムリなのである。

神々に払う賃金である、体内に宿る界気の量というのも、千差万別に個人差があり――これを、鍛錬や修行で補えるのは極々少量で、界気の量は先天性な資質がモノを言う。

痩せぎすの男が、ソウタに向けて言った"長けた界気使い"というのは、想像力に長け、先天的な界気の量も豊富な人間を指すのだ。


――さて、種火を用意出来たソウタは、残った薪を集め、そこに燃料に出来る星石を砕いた粉末を掛け、種火をその中に放り込んだ。

すると、薪は赤々と燃え始め、二人で暖をとるには充分な焚き火が出来上がった。


『種火を作らなくても、薪を直接、界気で燃やせば良いんじゃね?』

――というツッコミを抱くかもしれないが、それが先に述べた界気量の個人差に因るモノで、ソウタも界気の節約が必要なのだ、そう解釈していただければありがたい。


「――よし、点いた。

えっと、レン……髪、乾かすと良いよ」

ソウタは、優しくそう語りかけ、自分はテンから卸した荷物を弄る。


荷物から取り出したのは、小さな干し肉の塊――次に取り出したのは、ナイフぐらいの長さの小刀だ。

ソウタは、起用に小刀を使って干し肉を、1mmぐらいの薄さで2枚削ぎ、それを小刀に刺して、焚き火の側の地面に射した。

更に荷物の中から、ツクモではポピュラーな保存食で、パンとよく似た食べ物である粉餅こなもちを2つ取り出し、これも火で炙る。


そして、レンが、長い髪を乾かし終えた頃――

「――ほら、食いな。

まあ、こんな食い物しか無いけど」

――と、ソウタはそう前置きして、粉餅に干し肉の焼いた物を載せた食べ物を手渡した。


「ありがとうございます」

レンは、粉餅から伝わるぬくもりを噛み締める様に感じ、ありがたそうに粉餅を食べ始めた。

ソウタも、そのレンの表情を見て、ホッと安心して一息吐き、自分の分を食べ出した。


「――あの?、ここが神川様の辺だというコトは……ここって、"翼域よくいき"の中――ですよね?」

食べながらの雑談として、レンは、現在位置の地理的な事を問うた。


「ああ、そうだ。

この神川の流れの強さなら、恐らく中流付近――"コウオウ"の領内だろうな」


レンが言った"翼域"という単語や、ソウタが言った"コウオウの領内"など、新しいワードへの地理的な説明が必要だろう。


まず、翼域というのは、ミモト川の説明で述べた、大陸中央に帯状に開けた、高原地帯を表す俗称的な地域名である。


その由来は、萬神道の聖地であるクリン高原を大きな鳥の頭に見立て、この帯状の高原をその鳥の"翼"として、この広大な大草原を、羽ばたく鳥の姿に準えた呼び名である。

これは、天船がクリン高原へと天上から降りたとされる降臨伝承に端を発し、天船が天を翔る姿から連想されたモノで、この事はツクモの人々からすれば一般常識なのだ。


翼域は、クリン高原に連なる聖地の一部とされていて、この一帯は一部の例外を除いて、いかなる国家でも、領土とする事は許されず、同時に不可侵の決め事が国際的に定められている。


この翼域の決め事が、かつての千年規模の平和と繁栄の礎であった。


その根拠とは、翼域の終着点であるクリン高原の北より向こうからは、東西に険しい山脈や深い大森林が、横断状に連なっているため、三大国間のモノとヒトの行き来を陸路で行うには、翼域の通過を避けて行なう場合――山脈の峻峰を何度も越えなくては成らなくなるので、かなり困難な道程を強いられるからだ。

つまり、翼域が、大陸の中央部に鎮座している事で――大規模な国家間の戦をするには、不可侵の決まりを犯して翼域に侵攻し、陸路を確保しなければ、苦戦を強いられるのは必定。

更に、侵攻に踏み切ろうものならば、世界ツクモ中の反感を買い、世界の人口の9割を占める、萬神道信者をも敵に回す事となる。

そうなっては、世界中が敵となるのと同義なので、それが、大国間の争いが起き難い、いわゆる"抑止力"のカラクリである。


そのカラクリが、突き崩された理由については、後の語りで――と、しておこう。


そう、語りを替える事を急いたのは、ソウタが"コウオウ"と呼んだ、二人の現在位置について、語る必要があるからだ。


彼らが今居る、翼域の中央部にあるのが、先程"一部の例外"と表した、翼域内に領土を持つ事を許された、唯一の国である"コウオウ"の国の領内である。


コウオウの国は、国力の規模や人口では、各三大国には遠く及ばないが、三大国以上に絶大な影響力を持っている国なのである。


その理由は――コウオウの元首は、アマノツバサノオオカミの末裔であるからだ。


この世での人々との交わりが、終わりに近付いていると悟ったアマノツバサノオオカミは、自分の娘である"チハエノオウメ"の身を人間へと変え、このツクモが地の繁栄を見守る役目を託し、天船の最深部に姿を隠したというのが、降臨伝承の顛末である。

チハエノオウメは、その役目を果すため、この翼域中心部に居を構え――それに殉じた人々が構築した国が、コウオウの国なのである。

チハエノオウメはその国の元首となり、彼女は人間として子を産み育て、ツクモを見守るというその役目を、代々の子孫に伝え続けさせているのである。


ちなみに、コウオウの国の元首は国守とは呼ばず、国守を凌ぐ唯一の尊称として"すめらぎ"と呼ばれ、末裔の中でも、その位に据えられて役目を継承出来るのは、女系女子のみとされている。

これは、アマノツバサノオオカミが女神である事と、その後を託されたチハエノオウメもまた、女性である事に由来するのだ。


「――ヤマカキ村が、コウオウの国との国境に接しているのは、村の長老様から教えて貰っていましたが、こんな形で、初めて訪れる事になるなんて……」

レンは、やりきれない表情でそう呟き、もう一口粉餅を頬張った。


「この先――どこか、頼れそうな人や場所は……あるか?」

ソウタは、あえて励ます様な事は言わず、先を見据えた行動方針について話を移し――

「アテがあるなら、そこまで送って行くつもりだ――この野っ原に、一人でほっぽり出してくワケには行かないしね」

――彼は、目線もレンには向けずに、粉餅をワサワサと食べて見せた。


「私、村から出たのも初めてですし、親類というのも、殺された両親しか知らないんです――ですから、頼れる人や場所なんて……」

レンは、困った表情で、残った粉餅を持つ左手をダラリと下げ、溜め息を漏らした。

「――そうか……」

ソウタは、そう言いながら徐に、先程から焚き火にかけていた、小さな薬缶で沸かしたお湯を、湯呑みに入れてレンに手渡す。

「あっ、ありがとうございます」

レンは一言、ソウタに礼を言って湯呑みを受け取った。


ソウタは、レンの様子をまざまざと見て――

「――行き場、無いなら、俺に任せてみるか?

今の状況じゃ、流者になる覚悟は……あるだろ?、なら、キミが生きていく場所も、仕事も、確実じゃあないが、ちょっと心当たりがある――」

――もう一つある湯呑みで、自分も白湯を啜りながら言った。
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