流れ者のソウタ

緋野 真人

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秘密

お忍び

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――ここは、御所の中で唯一、騎馬の出入り口がある西門である。

観光スポットと化している南門とは違い、物資の搬入や使者や斥候の出入り口として用いられており、この門を守る二人の門番は、夜警からの継続任務中であっても、キリッとした表情で、門を通ろうとする人々に睨みを効かせている。


「刀聖さ――いえ、ソウタ殿……朝の内に発たれるとの旨、一軍より伝えられております」

その、西門騎馬口に、荷を積んだ馬を引いて現われたソウタに、門番二人は畏まって会釈をする。


8日も、御所に留まる事となったソウタは、御所に詰める公者たちにとって、勲金等の先の戦勝の立役者であり、刀聖という大事な国賓の一人でもある――なので、顔も名前も、末端である門番たちにまで知れ渡っているのだ。

そりゃあそうだろう――何せ、先日の祝宴の警備をしていたのは、言わずもがな門番かれらたちだったし、業務上、知っていなければならない立場なのだから。

もちろん、ソウタの風貌や名前は、家族にさえ言ってはならない最高機密――誰かに言ったら、即、重罪は免れない。


「――あれぇ~?、アタシも居るんだけどなぁ~?」

――と、テンの背の上に荷と共に跨り、ヒョコっと猫耳を立てているのは、タマである。

「タマ嬢が、御見送りの任を仰せつかった事も、無論存じておりますよ」

門番の二人は、ニヤニヤと微笑んで、タマの皮肉にそう応じた。


タマとて既に、御所内では勲金等の有名人――それに『謎の美女軍団』の異名で知られる、コケツ衆という出自ネームバリューと、その異名に違わぬ可愛らしい容姿を持つタマは、特に"一部"の公者の間でも、ちょっとした人気を博していた。


「――じゃ、このまま通って良いんスね?」

「ええ、どうぞ御通り下さい。

いつか、戦の気配など無い時にもう一度、お会い出来たなら、祝着にござります」

門番二人は、深々と頭を垂れ、西門を出て行くソウタたちを見送った――


「――おはようございます、警備の皆様、ご苦労様です」

――と、そのソウタの後に続く様に、二人の門番に声を掛けて来たのは、長い髪をしっかり結った、淡い桃色の着物を着た妙齢の女である。

「――うむ、おはよう」

その女は、門の内側から現われたため――門番たちは、御所と関わりがある身分の者だと合点して、さほど警戒せずに挨拶に応じた。

「おはよう……ございます」

門番たちに、声を掛けて来たのは一人ではなかった。

もう一人、門番に声を掛けて来たのは――灰色の袴を穿いた、武官らしき長身の男。

桃色の着物を着た女の後ろに、ピッタリと追従する恰好で現われたので、どうやらこの"武官風"は、この女の連れらしい。

この二人の男女は、別に門番たちに警戒されたりはせず、実に当たり前な様子で、門外へと出た――



「――ありゃりゃ!、ホント、簡単に通れてるね……」

――と、既に市街地へと向かう道へと繋がる角を、曲がり終えたはずのソウタが引くテンは、何故か立ち止まっていて、その鞍上に居るタマは呆れた風にそう言う。

ソウタも、顔をしかめて、タマの言葉に頷き、大きな溜め息を吐いて――

「――やっぱり、御所ココの警備は、問題があるよなぁ……」

――そう、懸念を吐露する。


「――ふぅ~~~~っ!、ね?、上手く行ったでしょう?、カオリ♪」

――と、門番たちの視界から外れる、そのソウタたちが立ち止まっている街角で、先程の妙齢の女――いや、"変装したサトコ"は、大きく一息を吐いて安堵する。

「――何時、何処で、この様な謀事を思いついたのですかぁ……皇様」

武官風の"男"――いや、"男装したカオリ"は呆れた顔をして、変装サトコに苦言を呈する。

「ふふ♪、この時間の西門は、御所内で夜勤をした者が、この門を通って出て行く事が多く――公者風の者が門から出ようとしても、ある意味では日常の風景ですから、怪しまれずに出入り出来ると思ったのです♪」

変装サトコは、誇らしげに胸を張り、喜々として男装カオリに向けてそう語る。


「――ったく、皇様が悪知恵を働かせて、御所から脱走するだなんて、俺に"前代未聞の刀聖"なんて説教をしても、もう説得力ねぇぞ?」

ソウタは、変装した両名に近付き、苦笑いを見せながら皮肉を言う。


――そう、先程、サトコがニヤッと笑って『まだ、お別れではない』という節の言葉を言っていた理由とは、変装して、御所からの脱走する計画だったからなのだ!


「あら?、皇の脱走おしのびは、まったく"前代未聞"などではありませんのよ?

ほぼ、全ての世で、皇は稀に忍んで、民の暮らしや世俗の様子を探り、政治へと反映するモノなのです♪」

サトコは楽しげに、そう言って笑顔を見せる。

「――ちぇっ!、はいはい、解りましたよぉ~!」

皮肉を見事に賺された体のソウタは、悔しげに両手を挙げる。

「はあ……私は、なんという事の片棒を、担いでしまったのでしょう……」

男装カオリは、絶望した表情で、大きな溜め息を吐いてうな垂れる。

「カオリ、大丈夫ですよ~♪

誰も、あなたを咎めなどしません――何せ、こうして私と共に忍ぶ近衛は、あなたが初めてではありませんから」

そのサトコの言葉に、カオリは目を見開く。

「えっ!?、でっ!、では、忍ぶのは初めて……ではない、と?」

カオリは驚愕し、声を震わせて尋ねる。

「ええ、即位してから――三度目かしら?」

「――って、おいおい!、即位して、まだ四ヵ月目だぞ?

月イチで忍んでいるのかよ!、どこが"稀に"なんだ?!」

ソウタは呆れて、鋭いツッコミを入れる。

「それは失敬ですぅ!、戦時下の先月は、ちゃんと自重しましたぁ!」

サトコは頬を膨らませて、ソウタのツッコミに抗議する。

「――もちろん、まだ"準戦時下"と言える今、軽率な行動である事は、重々解っています。

でも、今日は"愛しき者"が旅立ってしまう日――そんな日の、女子おなごの気持ちを汲み取って欲しいと、カツトシやエリカ、キヨネに見送りを頼み込んだのです」

続けて、サトコは目を潤ませソウタを見詰める。

「うっ、いっ、愛しいって……」

サトコのストレート過ぎる愛の言葉に、ソウタは頬を紅潮させ、照れ臭そうに俯く…

「――まあ、イイんじゃない?、アタシやカオリが、ちゃんと警護に付いているんだし」

すっかり、サトコと同盟関係なタマは、楽しげにサトコの手を握って微笑む。

「しゃーないかぁ……街道と市街の境までなら、そんなに危なくはねぇだろうしな」

ソウタも、観念した様で、サトコたちの同行を許し、馬首を引いて市街地へと歩き出した。




「~~~♪♪」

――市街地へと入り、様々な品物の市場が設けられた、界隈に差し掛かったトコロで、サトコは楽しげに、鼻歌を歌い始めた。


「――楽しいか?」

ソウタは、そんなサトコの姿を見て、微笑ましい表情で彼女に尋ねる。

「ええ!、凄く、興奮しています!」

サトコはそう言って、ソウタの手をギュッと握る。


二人の様子は――傍から見れば完全に、恋人同士に見える姿である。


「――はぁ、ちょっと、羨ましいなぁ……」

――と、二人の親密な様子を、カオリが手綱引く馬上から観て、そんな愚痴を漏らしているのは、タマである。

「タマさん、反対側が開いていますから、貴女も手を繋いでは?」

羨望の眼差しを感じたサトコは、タマにそう告げて、絡めている方の反対側のソウタの腕を指差す。

「えっ、イイのぉ~?」

「どうぞ♪、ソウタの腕は、繋いだぐらいでは、別に減りませんから♪」

サトコは笑みを浮べて、ソウタの手の甲をスリスリと撫でる。

「――じゃっ♪、遠慮無く♪」

タマは、そう言って馬上から降りると、すぐさまニヤニヤと笑って、ソウタと手を絡める。

「――ったく、俺は、お前たちの玩具かよ?」

ソウタは、恥ずかしそうに頬を赤らめ、左右の美少女に愚痴を溢す。

「玩具がイヤなら、早く別の恋人を作るなり、妻を娶るなりをしては?

そうなったら――私たちだって、退かざるを得なくなりますしね」

サトコは、そう得意気に、ソウタをからかう。

「そういえば――ソウタ殿は、本当に恋人そういうかたは、居られないので?

俗に、旅の流者には、立ち寄った町や村ごとに妾が居るモノだと……」

カオリは、訝しげにソウタの色恋沙汰を勘繰る。

「あ~……それは、大丈夫ですよ。

最初に訪ねて来た時に、それと無く、確認しましたからね」

その勘繰りに答えたのは、ソウタ本人ではなく、サトコの方だった。

「――ですから"本当に"と、付け加えたのですよ。

刀聖である事すら、隠していたソウタ殿なら――妾の類の存在を秘匿しておく事ぐらい、造作も無いのでは?」


その、カオリからの意外なツッコミに、前を行く3人の表情をガラリと変える。

サトコとタマは険しい表情に、ソウタは困惑した表情へと……


「ほっ!、本当だあっ!、俺は、旅を始めてから、女っ気なんて……」

「……"旅を始めてから"?、という事は――ツツキに居た頃は、女っ気があったと?」

サトコは、目尻を鋭く寄せて、ソウタの言葉尻を責め――

「……だよね。

アタシと出会う前には、"あの"オウビに居たんだし――あそこって、"そーいうトコ"が沢山あるって聞くから、"一切無い"って言うのは、逆に怪しいかも!」

――と、タマは顎に手を置き、名探偵ばりに、ソウタの発言の矛盾を突く。

「そっ!、そーいう揚げ足拾いはするなよぉ……」

ソウタは、情けない声を上げて、溜め息を吐いてうな垂れる。


「――じゃあさ?、そこんトコの話は、あそこで朝御飯を食べながら――にしない?

ソウタだって、出発前に腹ごしらえをした方がイイし、アタシも朝を抜いて付いて来ちゃったから、ペコペコだよぉ~!」

――そう、タマは腹を押さえながら、道すがらに見つけた飯屋を指差し――

「――それに、丁度、すぐ街道との境だから……ココで別れようよ」

――その先に見える、関所も見据えて提案した。




「――どっ、どれを、食べたら良いかしら?」

サトコは、飯屋の壁の上段に居並ぶ品書を見上げ、楽しそうに目を輝かせて、何を注文するか悩んでいる。

「あれ?、前に出て来た時って、何も食べなかったの?」

タマも、注文を吟味しながら、サトコに、"以前のお忍び"について尋ねる。

「ええ――露店の菓子などは、食べてみたのですが、本格的に食事をするのは、初めてですね……」

「ねえねえ♪、やっぱり、注文して食べちゃった後に『えっ?!、お金が必要なの!?』的な、お約束展開ってあったの?」

続いて、サトコの買い食いの逸話を欲して、タマが喰いつく。

「ふふ♪、タマさん、それは創作物の読み過ぎです。

それぐらいは、たとえ世間知らずの君主でも、心得てはいるモノですし、私はツツキに降っていた際に、経験もしておりましたから」

タマの尋ねに、サトコは笑みを見せながら答え、顎に手を添えて品書を見るが――

「――ですが、ツツキで、ソウタが連れて来てくれた店と、品書の内容が全然違いますね……どうしてかしら?」

――以前の飯屋とは違う様相に、少し戸惑っている様だ。

「ツツキは海沿いで、漁港もあるから、魚介を使った料理が主だが――コウオウは内陸で、魚とかは獲れないだろ?

だから、野菜や家畜、野生の獣の肉を使った料理が主なんだよ――じゃっ、俺は、野鳥のモモ肉を焼いたヤツと粉餅で」

ソウタは、注文を決めながら、ツツキとの違いを解説する。

「――なるほど。

主産業の違いとは、そういう事の違いへと行き着くのですね……良い、勉強になりました」

サトコは、ソウタの解説に感心して、うんうんと大きく頷く。


「へへ、随分と小難しいコトを言うお嬢ちゃんだねぇ……で、嬢ちゃんはナニにするんだい?」

そう言って、会話に絡んで来たのは、先に注文をしていた茶を持って来た、飯屋の主人だ。


「――なっ?!」

店主の――サトコに対するフランクな声掛けに、カオリは一瞬、顔色を変えるが、サトコは目配せでカオリを制し――

「あっ、彼と同じ物を――」

――と、微笑みも見せて応じる。

「あいよ!、じゃあ、そっちの子と、アンちゃんは……」

店主が、テキパキとタマとカオリの注文も取り、厨房へと消えた所で――

「――っ!、皇様に対して、なんと無礼な物言い……

目線で留められなければ、斬って捨てるに足りる所業です!」

カオリは、険しい表情で厨房を睨む。

「――カオリ、今の私たちは、市井の民者として振る舞っているのですよ?

私への対応に、目くじらを立ててはいけません……生真面目な貴女なら、きっとこうなるでしょうから――これまでの"お忍び"へ、貴女を連れて来なかったんですよぉ……」

サトコは、得々と論じて、怒るカオリを嗜める。


「ホント、お偉いさんには見えないよねぇ……その着物も、似合っているし」

タマは、頬杖を突き、サトコの姿を見据えてそう言った。

「――そういや、その着物って、もしかして……」

タマに釣られて、まじまじとサトコの恰好を見たソウタは、ある事に気付く――

「――やっと、気付いてくれましたか。

貴方が、ツツキの市場で見立ててくれた、あの時の着物です♪」

サトコは、嬉しそうに振り袖を掲げて、桃色の生地に染め抜かれた白い花の柄を見せる。

「えっ!?、ナニナニぃ~?、何だか、お熱い逸話の予感~!」

タマは、ニヤニヤと笑って、二人を指差す。

「――ツツキに着いた日に、私は転んでドブ沼に落ちてしまって――着て行った着物を、台無しにしてしまったんです」

「――で、迎えに出ていた俺が、そのままじゃ城まで行くのは可哀想だからって、ツツキの小せぇ市場に連れて行って……この着物を、仕立てて貰ったんだったな」

二人は、懐かしそうに思い出を振り返る。

「田舎の安物なのに、持ち帰っていたのか」

「私の――ツツキでの、最初の思い出の品ですからね、当たり前です」


――そんな、雑談をしながら、4人は食事に興じ、あっという間に時は過ぎた。


皆が、注文した料理を食べ終え、箸を置くと――

「――はぁ、皆でこのまま、ソウタと一緒に、関所を抜けて旅に出れたなら、きっと、楽しい旅となるでしょうねぇ……」

――と、サトコは、時が経った事を名残惜しそうに、小さな溜め息を吐いた。

「あっ!、それすっごくイイっ!!!、荷物はこの辺でババッと買って、四人で繰り出しちゃえ――っ……」

タマが、楽しげに四人旅のプランを語るが、それに聴き入るサトコの顔が、実に寂しげで……タマは思わず、言葉に詰まる。

その様子を見渡すソウタは、ふっと微笑んで――

「――さて、そろそろ……」

――と言って、残っていた茶を、喉元に呷りながら立ち上がる。

その様を――黙ったまま、サトコたち三人は凝視した。

「じゃあな、タマ、元気でやれよ?」

ソウタは手を伸ばし、タマの猫耳をクシャクシャと撫で――

「――カオリさん、世話になりました」

――そのまま、カオリの方を向き、深く頭を下げる。

頭を上げたソウタは、サトコの顔を見詰め――

「――じゃあ、『またな』、サトコ」

――そう、ヒョイと手を挙げて言った。

「ええ、『また』ですから、『さようなら』は、言いませんよ?」

サトコは、涙で顔を濡らしながら、精一杯気丈に振る舞って言う。

「ああ、きっと『また』会う事になる――"やらなきゃならないコト"が、ほとんど同じだからな……刀聖おれと、おまえは」

ソウタは優しい笑顔を浮かべ、そのサトコの顔を濡らす涙を、そっと拭ってやる。

「じゃあ――行くわ」

振り向いたソウタは、そのまま飯屋の暖簾を潜り、軒先に繋いでいた長手綱を握って、関所へと歩いて行った。
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