流れ者のソウタ

緋野 真人

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血染めの秋分

母娘

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夜闇に包まれた、オウクの公共墓所には、ソコに眠る死者たちに手向けられた、多くの供花や供物が並んでいた。

「遅くなって、すまぬ」

その中にある、二人の女性名が彫られた墓碑の前で、カツトシは神妙な面持ちで座していた。


「ふふ……やはり、空墓所だと思うと、少々空しさがあるが、お前たちの名を見れるだけでも、供養もままならかった頃を思えば、ワシは仕官に誘って頂き、こうして墓所を設けさせてくれた、皇様の慈悲に報いなければならんな」

カツトシは、そんな決意の様な事を、墓碑に向けて呟くと――

「――じゃから、まだまだ、"そちら"へは行けぬコトを許してくれ」

――そう言いながら、墓碑の肌を優しく撫でる。


「――ふん、やっと来たかい。

皇軍大将……カツトシだね?」」

その最中――背後にいつの間にか現われた、人の気配を感じたカツトシの背筋に、氷の様に冷たい戦慄が奔った!


刺客らしき者の声色から、それがどうやら女性であるコトと、これまで気配を感じさせなかった、凄腕の刺客ソレである事が容易に解る。

「……そういうお主は、何者ぞ?」

カツトシは、振り向く事をせず――冷静に、刺客らしき女に素性を訊く。


いや――振り向く事をしなかったのではなく、カツトシは振り向けなかった。

この女刺客は、歴戦の将へ、それほどの圧迫感プレッシャーを感じさせていたのである。


「何者かって訊かれたら――こう言うしかないねぇ?

墓参りに来たアンタを……妻子のトコに送り来た、"死神"さね」

女刺客は飄々と、自分の目的を、揶揄を交えて吐露する。

「ふむ――それは意外じゃな。

無能守将を殺したとて、何の益も無かろうて?」

カツトシも飄々と、腕組みなんかもして、嘲笑う態で応える。

「アンタの"ヤバさを知ってる連中"からすりゃ、生かしたままじゃ、安心して"コトを運べない"んだとさ」

女刺客はそう言って、武器えものをゆっくり掲げ始める。

カツトシが、その武器を横目に探ると――"短槍"の刃が月に照らされて見えた。

「ワシを知る者と言う事は、お主を雇ったのは――スヨウ、ではなく南コクエじゃな?

"短槍の美少――"いや、今は"美女"の方が的確か?」

「へぇ、さっすがは大した洞察だ。

あっ、異名云々はどーでもイイよ」

カツトシに正体を見抜かれた女刺客――スズは、深く被っていたフードを外し、猫耳も晒して、不敵な微笑を見せる。


「コトを運ぶ――という事は、共佑党が何かを企んでいるか?」

雇用主それも言い当てちゃうかい……ホント、恐ろしいおっさんだよ。

だけど悪いねぇ?、アタシは暗殺殺し雇わたのまれただけで、連中がナニを企んでるかは知らないよ」

問答の最中――スズは、ゆっくりと短槍を振り被り――

「――そろそろ、仕事に取り掛からせて貰うよ?

昼間っから、アンタが来るのを、墓場なんかで待ってると……いい加減、着物が線香臭くてね」

――と、ニヤっと笑って、殺意を示す強烈な圧迫感を強める。

「ワシとて、武人の端くれじゃ。

それに、まだまだ皇様に忠節を尽くさねばならぬと、たった今、心に決めたばかり故――易くは、行かぬぞっ!」

カツトシは猛然と振り向き、そのまま遠心力を込めて、腰に提げた鞘から一気に抜刀した!





「~~♪」

「おいおい、墓所に赴くというのに、鼻歌は無いだろう」

公共墓所へと続く道を、鼻歌混じりに進むタマを、一緒に来たギンは呆れ気味にそう諌める。


「えへへ、確かにそうだね」

タマは自分の非を認めて、口を抑えた。


カツトシと別れた後、二人は秋分祭の宵を楽しんでいたのだが、ふと、タマが――

「あんな話、聞いちゃうとさ。

何か――お参り、したくなったんだよね」

――と、カツトシの妻子の墓に参る事を提案し、二人はここまで来ていたのだ。


「カツトシ、まだ居るかなぁ?」

口を抑えながらも、ご機嫌な気分が治まらないタマは、楽しそうにスキップなんかをしながら、道の先を見渡し、楽しげに駆け出す。

「夜目が自慢だからって、そんなに急がなくても、墓所は逃げないぞ?」

ギンは、コレにも呆れ気味に注意するが――

「へへ、別に良いでしょぉ、先行くよっ!、ギンっ!」

――と、タマは構う事無く、墓所への道を駆け出す。


すると、何かの生地を叩く音が、道沿いの茂みの中から聴こえた…


「ん?、なに――」

タマが、その音源に、耳と目線を向けると――

「――あれ?、何かの……刃?」

タマは、見聞きした生地を叩く音と、月明かりが照らす、刃物らしき物の反射光を、訝しげに辿って足を速めた。

(まさか――祭りを狙って、スヨウが何か……)

――と、流石にお気楽キャラのタマでも、ここ数ヶ月継続している、コウオウの義兵としての暮らしで、そのアヤしい音と光から、咄嗟にコウオウに害する気配を感じ、彼女は夜目を更に凝らし、慎重に近付いて行く。


ガサッ――


そんな音を発て、その刃を提げた者が、墓所への道に姿を現した時――

「――へっ!?、嘘ぉっ!」

――と、タマはその者の姿を見て、口を抑えて愕然とする。

「ん――!?」

一方――着物に付いた、落ち葉を払いながら、面を上げた刃の持ち主――スズは、前方から近付いて来る、小柄な猫族の少女の姿を見やり、驚いて目を見張る。


「かっ――母さんっ!?」

「タマ――あっ、アンタ、何でこんなトコに!?」

――と、二人は指を指し合い、良く似た顔同士で驚愕の表情を浮べる。


そう――タマとスズは、実の母娘おやこなのだ。

スズが以前、吐露した"産んだ娘も巣立った~"とは、タマの事を指している。


「うわぁ~!、なんでなんで?!、どーしてこんなトコに母さんが居るのぉ~っ!?」

タマは、意外な場所での母娘再会に、思いっきり興奮する。

「それは、アタシの方が先に訊いたよ。

まったく、巣立ちをさせても、その慌しい性格は、半年程度じゃ変わらないか」

こめかみを掻き、娘の変わらない態度を見やり、スズは残念そうに――そして、嬉しさも覗かせる、難しい表情を見せる。

「特に、背丈の方は、あんまり伸びてねぇし……」

スズは自分の、自分の胸付近にある、タマの頭頂部を指差しながら、そう言い――

「――それに、"コッチの方"も、寂しいまんまっ!」

――その指先を、タマの寂しい胸板へと流し、ニヤッと笑う。

「ぐぬぬっ!、今、自分で半年ぐらいじゃって言ったクセに、そーいうコト言うぅ~?

ふんっ!、まだまだダイジョ~ブっ!、だって、おっぱい大っきい、母さんの娘だもんっ!、これからこれから!」

タマは、母親の豊満な胸を見上げ、自分も胸板を張って自信を覗かせる。


そう――あえて触れずには居たが、スズはかなりの肢体の持ち主である。

胸元の双球の大きさだけを思えば、いわゆる幼児体型のタマが実の娘だとは、とても思えない――正に、DNAの神秘である。


「ふう、やっと追い付い――ん?」

駆け出したタマを、ゆっくりと追って来たギンは、タマと相対している、猫族の女を見て、何事かと駆けて、タマたちの所へ急ぐ。

「あっ、ギン~!」

タマは、大きく手を振って、駆けて来るギンに合図をする。

「――どうした?、それに、この者は……」

ギンは、スズが醸し出す戦士の空気を本能的に感じ取り、警戒心を隠し切れずに近付いて行く。

「もぅ~!、スヨウの暗衆とかじゃないよぉ~!、これは、偶然会ったアタシの母さんだよぉ!」

――と、ギンの態度に警戒した姿勢を感じたタマは、両手を振るってそれを否定した。

「"母さん"――だと?」

「――タマ、コチラは?」

ギンは、訝しげにスズを見やり、彼女も自分にそういう視線を送る、ギンに同様の視線を返す。


「ギンだよぉ~!、旅の途中で知り合ったんだ」

「――そうかい」

タマの説明に、スズは軽く応じて――

「娘が――世話になってるみたいだね、この子の母親のスズだよ」

――ニヤッと笑い、ギンに握手を求める。

「――ギンだ、娘さんとは、何かしらと縁があってな……」

ギンも応じて、スッと握手に応じた。

(この女――相当に濃い、それも"新鮮な"血のニオイを纏っている。

これが世に言う、コケツ衆たる由縁か……)

スズと握手を交わしたギンは、そのニオイに潜在的な恐怖を感じ、身震いし、狼の部分の毛を逆立たせる。

「おっと、悪いねぇ。

狼族からすりゃ、アタシは、相当血生臭いだろう?」

スズは、またニヤッと笑って、ギンの態度を見透かした事を言う。

「いや――すまない、失礼をした」

ギンは、顔を硬直させたまま、そう言って、スズとの握手から手を離す。

「――さて、タマ。

まだ、アタシの質問に答えてないよ?、アンタ――なんだって、ココに?」

スズはタマに、怪訝とした表情を向け、もう一度、オウクに居る理由を問うた。

「えへへ♪

コウオウで、傭兵仕事、してるんだぁ~♪」

タマはニヤッと笑い、また小さな胸板を突き出して、偉そうに答える。

「へぇ、アンタみたいな駆け出しを雇おうと思うだなんて、物好きもいたもんだねぇ」

「ふふんっ!、背や胸は成長してなくても、アタシは、ちゃ~んと成長してるんだよ♪」

腕を組み、感心した体で娘の話を聞くスズに対し、タマは得意気に鼻を鳴らす。

「その"物好き"は――どこのどちらさんだい?」

スズは、眼光を鋭くして、タマに雇い主を尋ねて来る。

「それは言えないよぉ~!

『個々に請けた仕事の事は、たとえ村の仲間に問われても答えない』

そんなコケツの掟を、アタシに教えたのは母さんだよ?」

タマは指を振り、母を諭す様に、その指先をスズの鼻先に向ける。

「ふん、引っ掛からなかったかい……上出来だよ」

スズは、誘導尋問だった事を匂わせ、それに気付いた娘を誉める。

「そーいう母さんは、何でこのオウクに居るのさ?、何かの……仕事?」

タマもスズに、怪訝とした表情を向けて問い返す。

「まあ、そんなトコさね」

スズは短槍の柄を見やり、またニヤッと笑った。

「ふ~ん……そうなんだ」

タマは、スズの言葉に、何やら違和感を感じたが――母との再会の喜びが先に立ち、その違和感はサッと消えてしまう。


「仕事に、在り付けてるんなら、路銀や小遣いには困ってない様だね?、安心したよ」

ふと、スズは母親らしい、娘への心配を吐露する。

「あっ、お小遣い、くれるなら喜んで貰うけど?」

「バーカ、稼いでんならやらないよ。

じゃっ、修行の旅――頑張りなよ!」

スズは、タマの額を小突いて、二人の下を後にした。


「――タマ、じゃあ俺たちも……」

ギンが、そう言ってタマを墓所へと急かすが、彼女は去って行く母の後ろ姿をジッと見詰る。

「どうした?、里心でも着いてしまったか?」

「ギン――ちょっと黙って!」

――と、強い口調でそう言った、タマの表情は……いつの間にか、険しい表情ソレへと変わっていた。


「……どうした?」

ギンはタマの変貌に気付くと、口調を変えてもう一度、同じ問い掛けをタマにするが――

(『コケツ最強』の母さんが、自ら動くぐらいの仕事ってコトは――きっと、どこかの国が絡んでる大仕事。

でも、コウオウがコケツを雇った話なんて聞いてない……その母さんが、の方から!?)

――彼女の顔色は、みるみる青ざめ、ワナワナと手先を震わせる。

「――ギン!、アタシ、先に行くわ!」

「?!、おいっ!、どうした!?」

タマはそう叫んで、慌てて踵を返し、ギンを置き去りして、この先にある墓所へと走り出した。




「――はあ、はあ……」

タマの後を急いで追い、墓所へと着いたギンは、息を整えながら、カツトシの妻子の墓と、タマの行方を探す。

墓所を見渡すと、タマの小さな背中がアッサリと見つかり――ギンはホッとして、彼女の下へと駆け寄る。

「ふぅ、見つけた――タマ、一体、何を慌て……?!」

ギンは、タマの前に立つ墓碑の様子を観て、思わず愕然とする。

何故なら――その墓碑に寄りかかっているのは、左胸を貫かれ、そこから夥しい鮮血を垂らすカツトシの姿と、その躯を抱き、血まみれなタマの姿があったからだ。

「大将!、タマ!」

ギンは、ギリっと牙を軋らせ、慌ててカツトシが寄りかかる墓碑へと駆け寄るが、それをタマは、片手を掲げて制し――

「――もう、カツトシは死んでる……"母さん"は、ハンパな暗殺仕事、しないから……」

――と、ボロボロと涙を垂らしながら呟き、既に息絶えている、枯れかけた老躯を抱き締める力を強めた。
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