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血染めの秋分
秋分祭
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"刀聖離翼”から、三日後――先日は、皇軍の凱旋で沸いたオウク。
御所のバルコニーが見える広場には、その先日に勝るとも劣らない数の人々が、夜半の月の下に集まり、皆はまた、何かを、いや、"誰か"の登場を待ち望んでいた。
「皇様、御出座ぁ~っ!」
コウオウ第一軍の女性衛士が、夜空を突き抜ける様な通る声で、そう高らかに言うと、ゆったりと、バルコニーの上に皇――サトコが姿を現した。
広場に集まった多くの人々は、一斉に身を正し、跪いて平伏する。
サトコは、普段の執務時とは違い、幾重にも重ね着た荘厳な雰囲気を漂わす着物を重そうに引き摺り、一歩前に出て、眼下の民たちに向けて会釈をする。
「――皆さん、今宵は、産物の収穫を祝い、ツクモが大地に住まう神々に、感謝を表する日――秋分祭の宵。
まずは、今年も無事、この日を迎える事が出来ました事を、この世界の神々へ、皆で拝礼を致しましょう」
そう言うと、サトコは、皆に背を向けて跪き、その場に平伏する。
すると、サトコを見習い、眼下の者たちも一斉に再度平伏した…
一連の儀式の描写を優先するため、解説は遅れたが――この秋分祭とは、文字どおり、ツクモにおける秋分の日に行われる、収穫祭の事である。
その中でも、この皇の拝礼は、一連の儀式のハイライトで、この模様は占報として、世界中の界気鏡に映される、世界規模のイベントでもある。
仮に、コウオウ戦役が長引き、今も戦の最中であったとしても――この日前後の数日間は、強制的な停戦が行われるのは必至な程、コレは重大な儀式なのだ。
「では、皆さん――この収穫の喜びと、それを味わえる平穏への感謝を胸に抱き、今宵は宴を楽しんでください」
サトコは、眼下の民――そして、占報を観ているであろう、世界中の人々へ向けてそう言い、会釈をしてバルコニーを後にしようとする。
三度、バルコニー下の民たちは、跪いて拝礼し、サトコの背中が御所の中に消えるまでそれを続けた。
「――いやぁ~っ!」
――モグッ。
「祭り、っていうのはぁ――」
――モグモグッ。
「どこの、モンでもぉ~――」
――モグモグモグッ。
「――良い、モンだよねぇ~!」
――と、タマは嬉しそうに、街頭の出店で焼き鳥を頬張っていた。
「ふふ♪、タマ、頬にタレが付いているぞ?」
その様子を見て、同じテーブルに座るギンは、呆れ気味に苦笑いを見せる。
オウクに残り、皇軍の手助けをしていたタマとギンも、今夜は秋分祭の宵の宴という事で、オウクの市街へと繰り出していた。
秋分祭の宵は、街に繰り出してドンチャン騒ぎをしたり、自宅などで過ごす者たちもご馳走を並べ、パーティーの様な催しをするのが、ツクモの暮らしの上では定番であった。
それは、準戦時下のコウオウとて例外ではなく、今の市街は、どこもかしこも、大騒ぎだと思うのが妥当であろう。
「はは♪、タマ嬢は、オウクの料理を、気に入ってくれておる様じゃの」
タマたちと同席し、同じく嬉しそうに酒を一口呑んだのは皇軍総大将、カツトシである。
二人を、この宴の喧騒に誘ったのは、実はこのカツトシ当人。
自分の誘いを請け、皇軍に尽力してくれている、二人への労いも兼ね、三人で街へと出たのだった。
「えへへ、ありがとね、カツトシ。
お祭りのお出掛けに、誘ってくれて♪」
「ああ、そうだな。
だが、良かったのか、大将?、亜人種の流者である、俺たちと過ごすよりも――家族などと共に過ごすのが、ヒトの秋分祭の過ごし方だろう?」
タマは、頬に付いたタレを、舌を巧みに使って拭いながら礼を述べ、ギンは気遣いを感じる面持ちで、そうカツトシに尋ねた。
「ふむ……なぁに、共に戦場に立ったお主らとて、一軍の将からすれば家族も同然――と、格好を着けては見たが、要は共に過ごす者が居らぬ、独り身の老人故よ……かっかっかっ!」
カツトシは、ケラケラと笑い、もう一度酒をあおる。
「へっ?、カツトシって――家族とか、居ないの?」
そのカツトシの口調に、哀愁を感じたタマは、バツ悪そうに焼き鳥の串をそっと皿に置く。
「まあ……な」
カツトシは、返答に躊躇いを見せながら、目線を下に下げ、もう一口酒を含む。
「あっ――ゴメン……話したくない、コトだった?」
カツトシの態度に、何かを感じたタマは、表情を曇らせ、頭を下げてカツトシに詫びる。
「――なぁに、良い良い。
気にしてくれるな、タマ嬢よ、妙な態度を取った、ワシが悪いのだからな」
カツトシは、下がったタマの頭を撫でながら、口元を緩め――
「――察しのとおり、ワシに家族は居らん。
いや……"亡くした"と、申す方が適当じゃろう」
――と、憂いを帯びた表情で言った。
「ワシが、コクエの二軍将だった、十七年前――ワシには、妻と十五になる娘が居った。
その妻と娘は、共佑党過激派が起こしたテロに巻き込まれ、命を落としたんじゃよ」
「!?」
「!?」
カツトシの口からもたらされた、衝撃的な事実に――タマとギンは絶句する。
「大将……」
「なっ、なんで?」
やっと、二人が搾り出せた言葉は、意味合いに欠ける呟きと問い掛けだった。
「何故かと訊かれれば――二軍将の妻子であったからであろうな。
それに因り、革命を優位に進めるために、殺めたのよ」
そう前置きをして、一口の酒で喉を潤したカツトシは――
「――あくまでも、"今思えば"ではあるが、妻子を殺された事で、ワシは完全に冷静さを失っていた……軍を率いるに、値しないと思う程にな。
『無能守将』とは、本当に言い得て妙よ」
――と、自らに対して、皮肉染みた自戒をする。
そして、カツトシは、沈んだ表情で話を聞いている、タマの頭をもう一度撫で――
「一介の士である、タマ嬢には失礼なのじゃが、死んだ娘と、年格好が同じ故にな?
こんな扱いをする事を、許してくれるとありがたい」
――破顔はしていても、辛さが滲む表情を見せ、そう呟いた。
「うん――うんっ!」
タマは、完全にもらい泣きをして、涙を流す。
「……では、俺たちと呑んでいたりしていて、良いのか?
秋分祭は――墓に参って、死者を弔う日でもあるのだぞ?」
ギンは、怪訝としてそう言い、杯を卓に置く。
ギンの言葉どおり、秋分祭には、収穫祭であると同時に、死者を文字どおり、季節の節目に『祭る』日でもある。
ツクモでは、土葬が主流だが、それは死者の躯は大地に還す事で、死者は大地に住まう神々の眷属として、第二の生を受ける――そんな、宗教的思想が根底にあるためで、その眷属である死者たちの働きのおかげで、無事収穫に至っているのだという考えが、人々の間に根付いているからである。
なので――その、眷属となった死者にも感謝を示すため、先祖の墓参りに行く事も、秋分祭の過ごし方の一つなのだ。
もう、気付いているかもしれないが――秋分祭とは対になる"春分祭"という風習もあり、ソチラは厳しい冬の生活を乗り切れた事も、この秋の実りと同じく、神々の眷属たる死者たちの護りのおかげであるという思想から、同じ様に祭り、弔いを行うのである。
「むぅ――ギン殿は、イタいトコロを突いてくるの……弓の腕と同じじゃな」
カツトシも、杯を卓に置き、口を結んでこめかみをバツ悪そうに掻く。
「もしかして……お墓が、コクエにあるから?」
タマは、ふと思いついた、カツトシが墓参りに行かない理由を述べた。
「ふむ――タマ嬢もまた、良い気付きじゃな。
優れた士とは、それぐらいの洞察がある者でなければ……」
「――茶化すな、大将」
はぐらかそうとするカツトシに、ギンの短く端的な指摘が飛ぶ。
「……墓は、確かにココにある。
じゃが、石碑に名が彫られただけの、躯無き"空墓所"ではあるがな」
カツトシが、そう二人の問いに答えた、その時――
「――何がっ!、何がめでたいってんだっ!、こん畜生っ!」
――と、2件ほど隣りの出店から、怒号が響いた。
どうやら、酔った客がグダを巻いて荒れている様なのだが――
「――俺の、俺の息子は!、戦死したんだぞっ?!、皇様の、義兵募集に応じてぇっ!
戦う………必要なんて、無かった筈なんだぁ!、刀聖様が皇夫候補だったんなら、頼んで光の刀を抜いて貰えば、それで済んだだろうよぉ!?」
――と、その客は公然と、そして堂々と、サトコへの批判を展開していた。
その怒号を聴いた、タマは――
「――へっ?、刀聖がサトコの彼氏って……もしかして、もうバレちゃってるの?、ソウタの事」
――そう、声を潜めて、驚いた表情でカツトシに尋ねた。
「あっ、ああ……ソウタ殿の事は、厳重に秘匿させたはずだったんじゃが、凱旋時に手を掲げていた、金糸龍の指輪の男が、刀聖様なのではないかと、巷で噂になり始めておるらしい」
カツトシは、冷や汗を掻き、困った表情でそう応えた。
「確かに、あれだけ目立つ事をした、ソウタ自身も悪かった面があるな」
ギンは牙を晒し、皮肉染みた笑みを溢す。
その頃、先程荒れていた男は連れに窘められ、涙を流しながら卓に突っ伏し、シュンと大人しくなった。
その様子を横目に観て、カツトシは――
「あの男――少し、看過し難い言い分ではあったな。
今では、咎めるほどではない、グチに過ぎぬが……ああいう考えが拡がるのは、国を守って行く上では芳しくない」
――と、心配そうに、辺りを見渡して言う。
「コクエの内戦も、先の大戦に義兵として参じた者の、遺族のグチから始まったのじゃ。
その喚きをキッカケに、コクエは果たして、あの戦でナニを得たのか?、果たしてその参戦は正しかったのか――そんな議論が、民の間から湧き上がり、人々はそれを、国守の失政であると断じたのじゃ。
ソウタ殿の噂と、今宵の喚きの事は――明後日の御前会議に進上して、ああいう考えが拡がらない様に、丁寧に民に説明する必要があると、言わなければな……」
カツトシは杯を揺らし、杯上の酒の水面を見詰る。
「そんなに心配するコトなの?
だって、サトコは、スヨウに攻め込まれたこの国を、みんなを守るために義兵を集めたんだよ?
それをおかしいって言い出して、反乱が起きるだなんて――考え過ぎだよぉ」
タマは、ムッとした顔でカツトシを見る。
「民とは――理屈や志だけでは、測れぬ一面を秘めておるのじゃよ。
丁度、妻子の墓の話が出たから言うのじゃが……革命軍は、国守様を殺害し、キョウカの都を占領した際、軍務や高位文官の家族が眠る墓所を無造作に掘り返し、眠っていた躯を全て、沖へと投げ入れた。
それは――最後まで、革命に抵抗しようとした勢力への、怨みを込めた"見せしめ"であった……」
土に躯を還す事を至上とする、ツクモの死生観において――それを掘り返し、海に投げ捨てるというのは……究極の侮蔑を表す。
「!?、では――大将の、家族の躯も?」
杯上の水面を見ながら言う、カツトシの言葉の意味を察したギンは、狼ゆえの鋭い眼を見開いて驚く。
カツトシは、無言のままに頷き――
「――"過ぎたモノを得た民"とは、そういう下劣な事すら、平気で成せるモノなのじゃよ。
革命、改革、理想の実現、人心の解放――確かに、言葉面の聞こえは良いが、あの時の民の顔は……先の権力者への怨み、妬み、不満、そして……ついに得た"権力"という銘が付いた美酒に陶酔し、それらを持て余した、羅刹宛らの顔であった」
――と、持った杯を震わせ、残った酒を飲み干す。
カツトシの沈痛な顔を見て、また二人は言葉を失う。
「ふう――そんな話をしては、若者の前で、墓参りをサボるワケには行かなくなったの」
空になった杯を置いたカツトシは、懐から大金貨を一枚取り出し――
「空墓所に参るのが情けなくなって、お主らを呑みに誘ったのじゃが――これから、妻子の元へ行くとしようかの」
――そう言って、スッと卓から立つ。
「うん、その方がイイよ」
「ああ、そうだな」
タマとギンも、そう言ってカツトシの決意を後押しした。
「――うむ!
店主!、ここに銭を置くぞっ!、釣の分で、残る二人に振る舞ってやってくれっ!」
「へいっ!、大将、承知しやしたっ!」
カツトシは、そう出店の店主に言付けて、秋分祭の人出で溢れる市街へと消えて行った。
御所のバルコニーが見える広場には、その先日に勝るとも劣らない数の人々が、夜半の月の下に集まり、皆はまた、何かを、いや、"誰か"の登場を待ち望んでいた。
「皇様、御出座ぁ~っ!」
コウオウ第一軍の女性衛士が、夜空を突き抜ける様な通る声で、そう高らかに言うと、ゆったりと、バルコニーの上に皇――サトコが姿を現した。
広場に集まった多くの人々は、一斉に身を正し、跪いて平伏する。
サトコは、普段の執務時とは違い、幾重にも重ね着た荘厳な雰囲気を漂わす着物を重そうに引き摺り、一歩前に出て、眼下の民たちに向けて会釈をする。
「――皆さん、今宵は、産物の収穫を祝い、ツクモが大地に住まう神々に、感謝を表する日――秋分祭の宵。
まずは、今年も無事、この日を迎える事が出来ました事を、この世界の神々へ、皆で拝礼を致しましょう」
そう言うと、サトコは、皆に背を向けて跪き、その場に平伏する。
すると、サトコを見習い、眼下の者たちも一斉に再度平伏した…
一連の儀式の描写を優先するため、解説は遅れたが――この秋分祭とは、文字どおり、ツクモにおける秋分の日に行われる、収穫祭の事である。
その中でも、この皇の拝礼は、一連の儀式のハイライトで、この模様は占報として、世界中の界気鏡に映される、世界規模のイベントでもある。
仮に、コウオウ戦役が長引き、今も戦の最中であったとしても――この日前後の数日間は、強制的な停戦が行われるのは必至な程、コレは重大な儀式なのだ。
「では、皆さん――この収穫の喜びと、それを味わえる平穏への感謝を胸に抱き、今宵は宴を楽しんでください」
サトコは、眼下の民――そして、占報を観ているであろう、世界中の人々へ向けてそう言い、会釈をしてバルコニーを後にしようとする。
三度、バルコニー下の民たちは、跪いて拝礼し、サトコの背中が御所の中に消えるまでそれを続けた。
「――いやぁ~っ!」
――モグッ。
「祭り、っていうのはぁ――」
――モグモグッ。
「どこの、モンでもぉ~――」
――モグモグモグッ。
「――良い、モンだよねぇ~!」
――と、タマは嬉しそうに、街頭の出店で焼き鳥を頬張っていた。
「ふふ♪、タマ、頬にタレが付いているぞ?」
その様子を見て、同じテーブルに座るギンは、呆れ気味に苦笑いを見せる。
オウクに残り、皇軍の手助けをしていたタマとギンも、今夜は秋分祭の宵の宴という事で、オウクの市街へと繰り出していた。
秋分祭の宵は、街に繰り出してドンチャン騒ぎをしたり、自宅などで過ごす者たちもご馳走を並べ、パーティーの様な催しをするのが、ツクモの暮らしの上では定番であった。
それは、準戦時下のコウオウとて例外ではなく、今の市街は、どこもかしこも、大騒ぎだと思うのが妥当であろう。
「はは♪、タマ嬢は、オウクの料理を、気に入ってくれておる様じゃの」
タマたちと同席し、同じく嬉しそうに酒を一口呑んだのは皇軍総大将、カツトシである。
二人を、この宴の喧騒に誘ったのは、実はこのカツトシ当人。
自分の誘いを請け、皇軍に尽力してくれている、二人への労いも兼ね、三人で街へと出たのだった。
「えへへ、ありがとね、カツトシ。
お祭りのお出掛けに、誘ってくれて♪」
「ああ、そうだな。
だが、良かったのか、大将?、亜人種の流者である、俺たちと過ごすよりも――家族などと共に過ごすのが、ヒトの秋分祭の過ごし方だろう?」
タマは、頬に付いたタレを、舌を巧みに使って拭いながら礼を述べ、ギンは気遣いを感じる面持ちで、そうカツトシに尋ねた。
「ふむ……なぁに、共に戦場に立ったお主らとて、一軍の将からすれば家族も同然――と、格好を着けては見たが、要は共に過ごす者が居らぬ、独り身の老人故よ……かっかっかっ!」
カツトシは、ケラケラと笑い、もう一度酒をあおる。
「へっ?、カツトシって――家族とか、居ないの?」
そのカツトシの口調に、哀愁を感じたタマは、バツ悪そうに焼き鳥の串をそっと皿に置く。
「まあ……な」
カツトシは、返答に躊躇いを見せながら、目線を下に下げ、もう一口酒を含む。
「あっ――ゴメン……話したくない、コトだった?」
カツトシの態度に、何かを感じたタマは、表情を曇らせ、頭を下げてカツトシに詫びる。
「――なぁに、良い良い。
気にしてくれるな、タマ嬢よ、妙な態度を取った、ワシが悪いのだからな」
カツトシは、下がったタマの頭を撫でながら、口元を緩め――
「――察しのとおり、ワシに家族は居らん。
いや……"亡くした"と、申す方が適当じゃろう」
――と、憂いを帯びた表情で言った。
「ワシが、コクエの二軍将だった、十七年前――ワシには、妻と十五になる娘が居った。
その妻と娘は、共佑党過激派が起こしたテロに巻き込まれ、命を落としたんじゃよ」
「!?」
「!?」
カツトシの口からもたらされた、衝撃的な事実に――タマとギンは絶句する。
「大将……」
「なっ、なんで?」
やっと、二人が搾り出せた言葉は、意味合いに欠ける呟きと問い掛けだった。
「何故かと訊かれれば――二軍将の妻子であったからであろうな。
それに因り、革命を優位に進めるために、殺めたのよ」
そう前置きをして、一口の酒で喉を潤したカツトシは――
「――あくまでも、"今思えば"ではあるが、妻子を殺された事で、ワシは完全に冷静さを失っていた……軍を率いるに、値しないと思う程にな。
『無能守将』とは、本当に言い得て妙よ」
――と、自らに対して、皮肉染みた自戒をする。
そして、カツトシは、沈んだ表情で話を聞いている、タマの頭をもう一度撫で――
「一介の士である、タマ嬢には失礼なのじゃが、死んだ娘と、年格好が同じ故にな?
こんな扱いをする事を、許してくれるとありがたい」
――破顔はしていても、辛さが滲む表情を見せ、そう呟いた。
「うん――うんっ!」
タマは、完全にもらい泣きをして、涙を流す。
「……では、俺たちと呑んでいたりしていて、良いのか?
秋分祭は――墓に参って、死者を弔う日でもあるのだぞ?」
ギンは、怪訝としてそう言い、杯を卓に置く。
ギンの言葉どおり、秋分祭には、収穫祭であると同時に、死者を文字どおり、季節の節目に『祭る』日でもある。
ツクモでは、土葬が主流だが、それは死者の躯は大地に還す事で、死者は大地に住まう神々の眷属として、第二の生を受ける――そんな、宗教的思想が根底にあるためで、その眷属である死者たちの働きのおかげで、無事収穫に至っているのだという考えが、人々の間に根付いているからである。
なので――その、眷属となった死者にも感謝を示すため、先祖の墓参りに行く事も、秋分祭の過ごし方の一つなのだ。
もう、気付いているかもしれないが――秋分祭とは対になる"春分祭"という風習もあり、ソチラは厳しい冬の生活を乗り切れた事も、この秋の実りと同じく、神々の眷属たる死者たちの護りのおかげであるという思想から、同じ様に祭り、弔いを行うのである。
「むぅ――ギン殿は、イタいトコロを突いてくるの……弓の腕と同じじゃな」
カツトシも、杯を卓に置き、口を結んでこめかみをバツ悪そうに掻く。
「もしかして……お墓が、コクエにあるから?」
タマは、ふと思いついた、カツトシが墓参りに行かない理由を述べた。
「ふむ――タマ嬢もまた、良い気付きじゃな。
優れた士とは、それぐらいの洞察がある者でなければ……」
「――茶化すな、大将」
はぐらかそうとするカツトシに、ギンの短く端的な指摘が飛ぶ。
「……墓は、確かにココにある。
じゃが、石碑に名が彫られただけの、躯無き"空墓所"ではあるがな」
カツトシが、そう二人の問いに答えた、その時――
「――何がっ!、何がめでたいってんだっ!、こん畜生っ!」
――と、2件ほど隣りの出店から、怒号が響いた。
どうやら、酔った客がグダを巻いて荒れている様なのだが――
「――俺の、俺の息子は!、戦死したんだぞっ?!、皇様の、義兵募集に応じてぇっ!
戦う………必要なんて、無かった筈なんだぁ!、刀聖様が皇夫候補だったんなら、頼んで光の刀を抜いて貰えば、それで済んだだろうよぉ!?」
――と、その客は公然と、そして堂々と、サトコへの批判を展開していた。
その怒号を聴いた、タマは――
「――へっ?、刀聖がサトコの彼氏って……もしかして、もうバレちゃってるの?、ソウタの事」
――そう、声を潜めて、驚いた表情でカツトシに尋ねた。
「あっ、ああ……ソウタ殿の事は、厳重に秘匿させたはずだったんじゃが、凱旋時に手を掲げていた、金糸龍の指輪の男が、刀聖様なのではないかと、巷で噂になり始めておるらしい」
カツトシは、冷や汗を掻き、困った表情でそう応えた。
「確かに、あれだけ目立つ事をした、ソウタ自身も悪かった面があるな」
ギンは牙を晒し、皮肉染みた笑みを溢す。
その頃、先程荒れていた男は連れに窘められ、涙を流しながら卓に突っ伏し、シュンと大人しくなった。
その様子を横目に観て、カツトシは――
「あの男――少し、看過し難い言い分ではあったな。
今では、咎めるほどではない、グチに過ぎぬが……ああいう考えが拡がるのは、国を守って行く上では芳しくない」
――と、心配そうに、辺りを見渡して言う。
「コクエの内戦も、先の大戦に義兵として参じた者の、遺族のグチから始まったのじゃ。
その喚きをキッカケに、コクエは果たして、あの戦でナニを得たのか?、果たしてその参戦は正しかったのか――そんな議論が、民の間から湧き上がり、人々はそれを、国守の失政であると断じたのじゃ。
ソウタ殿の噂と、今宵の喚きの事は――明後日の御前会議に進上して、ああいう考えが拡がらない様に、丁寧に民に説明する必要があると、言わなければな……」
カツトシは杯を揺らし、杯上の酒の水面を見詰る。
「そんなに心配するコトなの?
だって、サトコは、スヨウに攻め込まれたこの国を、みんなを守るために義兵を集めたんだよ?
それをおかしいって言い出して、反乱が起きるだなんて――考え過ぎだよぉ」
タマは、ムッとした顔でカツトシを見る。
「民とは――理屈や志だけでは、測れぬ一面を秘めておるのじゃよ。
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それは――最後まで、革命に抵抗しようとした勢力への、怨みを込めた"見せしめ"であった……」
土に躯を還す事を至上とする、ツクモの死生観において――それを掘り返し、海に投げ捨てるというのは……究極の侮蔑を表す。
「!?、では――大将の、家族の躯も?」
杯上の水面を見ながら言う、カツトシの言葉の意味を察したギンは、狼ゆえの鋭い眼を見開いて驚く。
カツトシは、無言のままに頷き――
「――"過ぎたモノを得た民"とは、そういう下劣な事すら、平気で成せるモノなのじゃよ。
革命、改革、理想の実現、人心の解放――確かに、言葉面の聞こえは良いが、あの時の民の顔は……先の権力者への怨み、妬み、不満、そして……ついに得た"権力"という銘が付いた美酒に陶酔し、それらを持て余した、羅刹宛らの顔であった」
――と、持った杯を震わせ、残った酒を飲み干す。
カツトシの沈痛な顔を見て、また二人は言葉を失う。
「ふう――そんな話をしては、若者の前で、墓参りをサボるワケには行かなくなったの」
空になった杯を置いたカツトシは、懐から大金貨を一枚取り出し――
「空墓所に参るのが情けなくなって、お主らを呑みに誘ったのじゃが――これから、妻子の元へ行くとしようかの」
――そう言って、スッと卓から立つ。
「うん、その方がイイよ」
「ああ、そうだな」
タマとギンも、そう言ってカツトシの決意を後押しした。
「――うむ!
店主!、ここに銭を置くぞっ!、釣の分で、残る二人に振る舞ってやってくれっ!」
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しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
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