流れ者のソウタ

緋野 真人

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決意

決意(後編)

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「花押の一印すら、頂けないとは――まったく、強情な御方だ」

ユリの私室へと向かって廊下を歩む、ショウは苦虫を噛んだ様な表情でそう呟いた。

「へへ、余程あのおばさんの態度が頭に来たんだなぁ?

お堅ぇお前が、まさか、言う事聞かねぇなら、あの"双子の片割れ"をバラすぞって、あのおばさんを脅す事を認めるとはよ」

ショウに同行して、ユリの下へ向かうイゾウは、ニヤっと不敵な笑みを浮べ、驚きの企みを挙げたショウを皮肉る。

「不本意ではありますが、事を進めるにはしょうがないですからね……ああでも言わなければ、あの御方は承伏しないでしょう。

それに、いざとなれば、既に一度"汚れた"以上は、汚れきってやろうという、私の覚悟でもありますよ」

ショウは、冷徹な表情でそう言い、腰の刀の柄を握って前方を睨んだ。


『ふっ――んじゃねぇっ!』


「!?」

「!」

ユリの私室がある方から聞こえた、何者かが恫喝する様な声に、ショウたちは足を止めて色めき立つ。


「おい……」

「――ええっ!」

二人は一斉に駆け出し、ユリの部屋へと急いだっ



「――大巫女様、失礼致しますっ!」

一応は畏まった口調で前口上を打ち、ショウは駆けたままの姿勢で、一気に戸を引き開けた!

「!?」

「――はぁっ?!」


その瞬間、二人が目にした様子とは――想像だにし難い光景であった。


ショウはあんぐりと口を開け、隣のイゾウは呆れ気味に険しい表情――そんな二人が眼前とした光景とは、ユリとハヤトの、濃厚なキスシーンである!

「――なあっ?!」

「ははっ!」

ショウは、開けていた口を少し閉じ、頬を真っ赤に紅潮させて狼狽し、イゾウは、ニヤッとした苦笑の表情へと変えた。


父の無念を晴らす事だけを刷りこまれ、それを遂げるために、武芸一辺倒な青年時代を送ったショウにとって――既に、二十歳を越えた齢ではあっても、こんな様子を目にするのは、ほぼ初めて。

彼は混乱気味に、手にした刀をフルフルと震わせている……

一方のイゾウは、ツクモ有数の歓楽街があるオウビの賑わいも知る元ヤクザ者――何かの余興でも眺める様に、手にした刀を肩へと担いで、まじまじとその様子を観ていた。


「――くっ、曲者ぉっ!」

数秒にも満たない、キスシーンの観覧から我に返ったショウは、高らかに侵入者を告げる声を挙げた。

「ん――はあっ……ったく、オトナの接吻の邪魔しやがって、どっちが曲者だってんだ、ガキども」

ユリとの接吻を止め、抱き合っていた身体を離したハヤトは、鋭い眼光で二人を睨む!

「!!!!!?」

「――っ!?」

その、ハヤトの眼光を目の当たりにした、ショウとイゾウの背筋には、尋常ならざる悪寒がザワッと奔り、二人は一斉に、ハヤトが放つ殺気に気圧されるっ!

(こっ、こいつぁ……とんでもねぇっ!

この間の刀聖並みだぞぉっ!?)

声にするのも間々ならず、イゾウは、ゴクリと生唾を呑んで一歩退いた。

(――っ!?、背中に"八の字渡しの二刀"だとぉっ!?

この圧倒的な剣気に、この武器えもの――まっ、まさかぁっ?!)

ショウも、堪らず一歩退きながら――

「にっ!、"二刀烈警にとうれっけい"――ハヤト殿、なのか?」

――と、脳裏に浮かんだ、この曲者の素性を、脅え気味に口にした。


『二刀烈警』とは――ハヤトが大武会に出た時に付いた異名である。

『二刀』はもちろん、二刀流の使い手であるコトを表し、『烈警』とは、その猛烈な強さと、当時は天警士団員であった事に由来する。


「ほぉ?、そんな昔の異名を知ってるのか」

ハヤトは、ニヤリと笑ってそう呟き、二刀の内の一本を抜きながら、二人に退かれた分だけ、間合いを一歩詰めた。


そんな、僅かな動きだけでも、二人の背筋には更なる悪寒が奔り――抜かれて向けられた、ハヤトの刀から目を離せなくなる。


「けっ!、ヨシノブとジョウケイを殺ったって聞いたから、最近の士団はよっぽど強ぇのかと思ったら――こうして、おっさん一人にビビってんじゃ世話ぁねぇな?

それとも――アイツらを殺った奴ってのは、もうちいとはマシなのかね?」

その『殺った奴』が、目の前の二人だとは知らず――ハヤトはそんな軽口を叩く。

「まあ良い。

一暴れして、そいつらを燻り出して、アイツらの仇を獲ってやるのも、一興ってつもりだったが――"別の仕事"が出来ちまったから、ココは大人しくお暇させて貰うぜ♪」

――と、ハヤトは抜いた刀を下げ、そんな撤退宣言をして、後ろ歩きで出窓へと下がる。

「!、まっ!、待てっ!」

ハヤトが退いた事で、放たれる剣気が少し和らいだのか、ショウはまた、我に返った様にハヤトを追うが――

「――じゃあな、ガキども。

せいぜい、てめぇらがした事を悔いながら、何時、俺が殺しに来るかと、ずっと震えて待ってりゃ良いさ♪」

ハヤトは、そんな捨て台詞を残し、出窓から飛び降りた。


「――畜生っ!、俺が……俺がっ!、一歩も前に動けなかっただとぉ!?

それどころか、気圧されて下がっちまうなんて……」

イゾウは口惜しそうに、刀を足下に放り投げて激昂する。

「――大巫女様、一体、何があったのか話して……」

刀を収めながら振り返り、ユリに経緯を問おうとしたショウは、先程までのキスシーンから始まった、一連の時よりも、驚愕した表情を浮かべて身を強張らせた。

「――っ!!!!、大巫女様?!」

慌てふためく素振りで、ユリの肩を揺らしながら叫ぶ、ショウに対し――

「――るせぇなぁっ!、大巫女のおばさんは、元カレとの接吻の余韻に浸ってるだけだろう……がぁっ!?」

苛立ち全開で振り向いたイゾウが目にしたのは――笑顔のまま、口内から血を吐き垂らしている、ユリの顔だった!


「おい……どーいう、コトだぁ?

大巫女ってのは、神具の力があるから、決して殺れねぇって……」

「――くっ、うぁっ……!」

イゾウの問いにも答えず、ショウは顔面を引き攣らせ、口を半開きにして嗚咽を漏らす。

「はは……良かったじゃねぇか?

これで、面倒なおばさんのご機嫌取りをしなくても……」

「――違うっ!、大巫女様の首を見てみろっ!」

楽観的な推測を述べるイゾウに、今度はショウが、苛立ち全開で激昂し、ユリの首筋を指差す。

「!?、あの首輪――"神具"が無ぇっ!、だから、力が働かなかった?」

事の次第を、大まかには理解出来たイゾウだったが、肝心の正答とは離れた答えに行き着く。


そんなイゾウを無視する体で、ショウは辺りを見渡し――

(片手に印籠?、

では――伝承に聞く、自死のための毒薬を飲んだとでも言うのか?

史実を追って見ても、寿命や病での死――以外での継承が記されたモノが無いため、ただの伝説の類かと思っていたが……)

そうして正答を呟き、ギリッと悔しげに奥歯を鳴らして、安らかな笑顔の死に様を見せつけている、ユリの顔を睨む。

「そこまで――自死に及んでまで!、我らの革命を拒むというのですかっ!?

上等です……草葉の陰で、我らが開く新時代の繁栄の姿を、口惜しげに見届けるが良いっ!」

ショウはそう言い捨てて、笑みを浮べながら立ち上がり――

「二刀烈警が、神具を携えて逃げたと見て間違いありません!

今居る士団員を、総動員してでも追わねばっ!」

――身を翻し、急ぎ早にユリの部屋から出ようとする。

「おっ、おいっ!、気持ちは解るが……隊長級おれたちでもビビっちまう、刀聖並みの相手だぞ?

追ったトコロで、死人の山を積むだけ――」

「――それでもだぁっ!

神具アレが、大巫女が望む継承者へと渡る事は、せっかく迅速に押さえた"大巫女という他勢力への人質"を奪われるのと同じ!

そうなれば、スヨウなどの旧勢力には我らを討つ大義を与え、気質的に信仰心が根強いハクキ連邦もまた、動き出しかねない――何より、大巫女を死に追いやった事が、刀聖へと伝われば……っ!」

イゾウの忠心に対し、ショウはそう反論し、ソウタの凄まじい闘気を思い返して、身震いを催する。

「せめて――完全に我らの体勢が整うまでは、かつてのハクキの様に……我らが『邪』として、糾弾されるワケには行かないんだぁっ!」

ショウは、半狂乱に等しい様でそう叫ぶと、館の廊下を駆け出した。
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