流れ者のソウタ

緋野 真人

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果ての地に集う

喜び

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「えっ?」

「うふふ♪、もう直ぐ解るわ」

囁きの意味を咀嚼出来ない、アヤコの不思議そうな顔を横目に、チヨは楽しげに桟橋を離れ、荷役たちで賑わう波止場の喧騒の中に消えた。


「アヤコ様――お二人をお連れしました」

その時――ヨシゾウが、船室に控えていた二人を連れ、振り返ってチヨの軌跡を追うアヤコの背後へとやって来ていた。

「ああ、ヨシゾウ殿。

よそ見をしていて、ごめんなさい」

背後に立った、ヨシゾウたちへと振り向いたアヤコは、そんな詫びを入れながら、三人を見渡して、嫋やかな笑みを向ける。


(――えっ?)


その瞬間――何故か、アヤコはその中の一人……まだ、彼女は名前すら知らないはずだが、レンの姿と顔立ちを見て、心に引っ掛かるモノを感じた。


(……この娘、どこかで?)

アヤコはレンに、そんな錯視感を覚えながら、笑みを浮べ――

「――ようこそ、ツツキの地へ。

オウビの街より、遠路遥々ご苦労様でしたね」

――と、初見の二人を労う。

労いの言葉と共に、差し出されたアヤコの手へと、レンは盲目のユキを気遣い、手を繋ぎながら二人は、一歩前に出て――

「――アヤコ様、私は"レン"と申します。

疎開の旨を承諾頂き、ありがとうございます」

「同じく――ユキと申します。

盲目ゆえ、作法を正しくは行えなき事、平にご容赦を……」

――と、二人はアヤコに初見の挨拶をした。


「!!!!!」

二人の挨拶を聞き――アヤコは、愕然とした様で唇を震わせる。

「いっ、今、貴女――"レン"、そう名乗りましたか?」

――と、確かめる様にレンに聞いた。

「はっ、はい――」

アヤコの震える声での問いに、レンは戸惑いながら答え始めると、その刹那、レンが答え終わる前に、アヤコはレンの両肩を掴み、熱い眼差しを彼女に向ける。

「もっ!、もしや――母の名は"メグミ"っ!、父の名は"スミノブ"ではありませんかっ?!」

そして、血相を変えて、アヤコはレンへ立て続けに素性を尋ねた。

「はっ!、はいっ!、そのとおりでございます.。

かつて、息女様より禄を食ませて頂いていた、メグミとスミノブが一子。

赤子の折、この"レン"の名を、息女様に賜った娘にございますっ!」

レンは、肩を掴まれたまま平伏し、両親に聞かされていたアヤコとの由縁を語った。

「あっ、貴女が、あの時の――レンっ!」

アヤコは、一筋の涙を頬から垂らすと、そのままレンの背中に手を回し、力強く抱き締め――

「お帰りなさい――この地で生まれし、"我らが子"よ……」

――と、嬉しそうに、レンの耳元へ囁いた。



「うふふ♪、ね?、帰ってきたでしょう♪

貴女から、"守護者の任を継ぐべき者"が♪」

桟橋から離れていたチヨは、そんな意味深な言葉を呟き、これにも楽しげにニヤッと笑った。


「なっ、何が――起きたのだ?」

目の前で抱き合う、アヤコとレンの姿を見て、ヨシゾウは完全に面を喰らって立ち竦む。

「理由は解りませんけど……とても、嬉しそうで、優しくて暖かい界気の色が見えますね」

ユキは、彼女にだけ見える故の不思議な表現で、眼前の光景をそう表現した。




「ふう……」

切り揃えられた大根を、樽の縁に敷き詰める作業をしていた、雑着を纏い首の周りには手拭いを巻いた、素朴な雰囲気を醸す、短めの髪形をした若い娘――ヒカリは、側に沢山置かれた似た様な樽の群れを見渡し、満足げに一息を着いた。

「ヒカリちゃん、一休みにすっかぁ?」

――と、ヒカリの隣で同じ作業をしていた、農民らしき中年女性は、快活な笑顔を作りながら、ヒカリに休憩を提案した。


ソウタがアオイの『奇襲』を喰らい、呆気に取られていた頃――ココ、ツツキが地の外れでは、日も下降線へと傾く頃を迎え、ヒカリたちは、そこに設けられた加工場で、収穫しておいた野菜を漬物にする作業に勤しんでいた。

この辺りは、樹海の一部を切り開き、水路も引いて田畑として開墾した、ツツキの農産を支える地域で――今は、寒い土地柄の冬を乗り切るための知恵として、保存に長けた漬物の生産をしているのである。


「う~ん、そうだねぇ……そろそろ、お日様も沈み出す頃だから、このぐらいで今日の分は止めようか?

一休みしてから、片付けにしよう!」

ヒカリは、そう言って提案に応じると、スッと立ち上がり、側に置かれている小振りの木箱を指差した。

すると彼女は、その指先に、煙の様に纏わり着いた、白い界気を込め始め――

「――よいしょっと」

――何やら、指先を指揮棒の様に振るった。

その指先の動きに応じる様に、小振りの箱が開くと――なんと、そこから結構なサイズの氷の塊が宙に浮かんだっ!

よく見ると、その氷の塊には、数本の水筒が氷漬けにされているのが解る。


冷凍庫があるはずも無い、ツクモにこの様な物が存在し、ましてやそれが宙に浮いているというコトは――これは、界気によってなせる業である。


「えへへ♪、今日はとっても良い天気で、喉が渇くだろうから――お茶、冷やして置いたよ♪」

そう言って笑顔を浮かべ、指先一つを動かし、作業場まで氷の塊を誘導している――ヒカリこそが、この仕業の張本人である。

ヒカリは、更に指先を動かし、今度は氷の塊を解凍する体で水へと戻し、その水と一緒に作業場の床に落ちた水筒を、作業場の皆がそれを銘々に拾い始める。

「ホント、ヒカリちゃんが界気を使うの上手だから、アタシらは助かるよぉ」

水筒を拾い、それを開けて呑み始めた一人の女性は、ありがたそうにヒカリの指先を見やり、しみじみとそんな事を言った。

「えへへ♪、ありがと♪」

ヒカリが、感謝の言葉を素直に喜び、自分も水筒を拾って、中の茶を飲もうとする――

「――ヒカリ」

――その時、寄りかかっていた作業場の窓の方から、自分を呼び掛ける声が聞こえた。

「!?、ゴホッ!

ショ……ショウゾウさんっ?」

思わず、茶を口から吹き出し、思いっきり咽たヒカリは、恥ずかしそうに顔を覆って、窓へと視線を移した。

「おやまぁ、ショウゾウさん。

一体、何の用だい?」

一人の女性は、ショウゾウの姿を見るや否や、ニヤッと笑ってそうからかった。


「御頭からの"渡り"だ――城から助っ人として派遣されている、お前に渡すのが適当だろう」

ショウゾウは、女性の軽口を無視して、ヒカリに手紙を手渡す。

「アオイちゃんから?、……なんだろ?」

ヒカリは、困惑の表情で手紙を受け取り、それをおもむろに開く。

「えっ!?、大変っ!

テンラク様から来た、査察団の方々が――ココに泊まるんだってっ!」

手紙の内容に驚いたヒカリは口を抑え、周りの皆に目配せをしながらそう言った。

「なんだってぇ~っ!、そりゃあ、ウカウカしてられないねぇっ!」

くつろいでいた皆も、驚いて立ち上がり、休憩していた漬物加工場に、喧騒が一気に広まる。

「格好悪い用意をしてたら、みんなっ!、ツツキの女の名折れだよぉっ!」

一人の女性が、腕を振り上げてそう言うと、女たちは鬨の声でも上げる様にザワザワと騒ぎ出して――

「――ヒカリちゃんっ!、アタシらは振舞えそうな食材を見繕って、料理の用意に入るから……この加工場を片付ける仕事、頼めるかい?」

――と、リーダー格らしい女性が、腕まくりをしてヒカリに指示をした。

「はっ、はいっ!、解りましたっ!」

「よしっ!、良い返事だ。

さあっ!、動くよっ!」

ヒカリの返事に笑顔で頷いた、リーダー格の拍手を鳴らす音を合図に、女たちはテキパキと作業を始めた。

「あっ!、ショウゾウおじさんっ!、樹海に配されてる――」

御傍衆ウチの者にも、村の衆を手伝う様に言付けてある――心配するな」

ヒカリの頼みを見越していたショウゾウは、吐き捨てる様にそう言って踵を返す。

「ところでヒカリ――お前、御頭からの手紙を、"最後まで"読んだか?」

――と、去り際のショウゾウは背を向けたまま、確める様にヒカリに尋ねた。


「えっ?」

その尋ねを受け、ヒカリは慌てて、まだ手に持っている手紙を開き直し――

「!!!!!!!!?、ふえっ?!」

――と、奇声を交えて心底驚いた様を見せ、同時に、どこか嬉しさを醸す雰囲気で顔を覆った。


「ふっ……」

背後に感じたヒカリの反応を察してか、常に険しく見えたショウゾウの顔は、何故か薄っすらと笑みを浮べていて、そのコトにはあえて触れず、彼は静かに加工場を後にした。


彼が去るのを、計った様にヒカリは――

「ソウちゃんが――ソウちゃんが!、樹海まで来てるっ!」

――幼馴染、いや……一度は、"契りをも結んだ"愛しい者の帰郷の報せを、満面の笑みで喜んだ。
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