流れ者のソウタ

緋野 真人

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樹海のヌシ

樹海のヌシ(前編)

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「――ミユ!、止まってっ!」

 タマは危機迫る口調で、前を行くミユを呼び止めた。

「!?、どっ、どうしたんですか?、タマさ――」

「この先――"何か"居る!、だから……ちょっと待った方が良い!」

 タマは、ミユに返答の間すら与えずにそう言って、険しい表情のこめかみ部分には冷や汗を滲ませている。

「辺りに――いくつもの獣の血のニオイが混じった様な、イヤなニオイを纏ったヤツが居る……

 これは、相当な数の獣を喰らい、その返り血を全身に浴びた……かなり、物騒な生き物である証拠だ」

 ギンも、非常事態に備えて、弓に矢を番えながら周囲を警戒する。


「!?」

 タマとギンの言葉と、態度を見聞きしたミユは、蒼白になって辺りを見回した。


「ミユ――とりあえず、アタシの後ろに来て!」

「はっ!、はいっ!」

 ミユが、タマの側へと駆けた間にも、周りの茂みは、ザワザワとアヤしい音を立てていた。


「一匹――じゃないよね?、ナニかの群れ……なのかな?」

「――だろうな。

 ニオイの揺らぎの多さから言えば、複数居ると思って間違いない」

 二人は、ミユを背に挟み、襲撃する機を窺っていると思われる、謎の獣の動きを注視した。


 ――その時!、ザワザワとした音と共に、茂みの中から巨大な蛇が2頭現われ、タマとギンへ同時に襲いかかったっ!


「――大蛇かぁっ!」

 ギンは、番えていた一矢を牽制に使い、大蛇の襲撃を避けるために、上空へと飛び抜くっ!

「ミユ!、抱っこするよ!」

 タマも、ギンと同じく、上空へと飛び抜く際、ミユを両手に抱えて、背の高い木々の枝へと飛び移った。

「よっ――ミユは、とりあえココで待っててね」

 太い、丈夫そうな枝にミユを下ろした、タマは――

「――はぁああああっ!」

 ――と、裂帛の気合いを込めて枝から降下し、目の前で消えた人間エサを探して、キョロキョロとしている大蛇の片割れに飛びかかった!


 タマは、回し蹴りの体勢に入り、大蛇の首筋に痛烈な蹴りを見舞う――だが!

「――っ?!、へっ!?」

 ――回し蹴りが決まったはずなのに、何故か手応えは無く……何か、弾力性があるモノに跳ね返される体で、タマは地面へと降りた。

「なっ……何なのよ!、コレ!?」

「俺の矢も同じだ……一体、何だ?、この可笑しな大蛇は」

 困惑する、タマの側へと降りたギンも、得体の知れない感触で攻撃を弾く、この蛇の気味悪さに動揺する。


「ギン!?、小手が……」

 タマはふと、目に入ったギンの手元に、接近戦用に着けていたはずの金属製の小手が、無くなっている事に気付いた。

「ああ、ヤツの牙を受けたら――溶けた。

 恐らく……強酸性の唾液に因るモノだろうな」

 ギンは、丸腰となった片手を掲げ、悔しげに口を結ぶ。


「!?、それって――アタシ、本で読んだ事がある!」

 タマは、顔を引き攣らせ、驚愕の表情で蛇を見て――

「『矢も、刃も跳ね返し、具足すら溶かす唾を吐く凶獣――それ即ち、"樹海のヌシ"なり』

 これって――『人食い大蛇』の一節のまんまじゃんっ!、じゃあ、これがあの"オロチ"っ!?」

 ――と、大きく目を見張った。



 ――シャァァァァァッ!


 人食い大蛇――オロチは、そんな甲高い奇妙な呻きを、けたたましく辺りに響かせ、目の前のタマたちを威嚇した。



「……なるほどな。

 尋常ではない、この気配とニオイにも納得だ。

 しかし――どうする?、ああして攻撃を受け流されては……討つにしても、追い払うにしても、これでは活路が見出せないな」

 ギンは、再び矢を番えながら、背を合わすタマに意見を問う。

「どうするって――あっ!」

 ――と、応えようとしたタマは、何か、重要な事を思い出した体でハッとなる。

「何だ?、何か策が……」

 ギンは期待を込めた表情で、タマの顔を覗く。

「ううん、その逆かな……確か、人食い大蛇は"首が八本"あるって書いてた。

 ――というコトは、側に"残りの六本"も?」

「!」

 だが、タマが思い出した重要な事とは、更に状況を悪化させるモノで――二人は、その"残りの六本"を警戒し、神経を尖らせる。


「タッ、タマさんたちが……苦戦してる?」

 大木の枝に乗り、ミユは心配そうに、二人とニ頭の大蛇の対峙を見守っている。

 その時――微かに枝を揺らす音と共に、ミユの背後で何かが鈍い光を発てた。


「!?」

 その光を目線の端に捉え、暗闇も苦にしないタマの夜目に写った、その鈍い光は――徐々に、ミユへと近づいて行く。

「!、ミユゥゥッ!、後ろぉぉぉっ!」

「――えっ?」

 鬼気迫るタマの怒号を聞いたミユが、おもむろに振り向くと――


 ――シャァァァァァッ!


 ――枝よりも上へと首を伸ばした、オロチのよだれを滴らせた顔が側にあった!

 そのオロチの表情は、獲物を前にした喜びからか、まるで笑顔を称えている様に見える。


「!!!!!!!!!!」

 ミユは、恐怖からか顔を蒼白にさせ、完全にすくんで動けない。


「ミユっ!」

「――くぅ!」

 オロチの襲撃を阻止しようと、タマは慌てて駆け出し、ギンは急いで矢を番えるが、二人と対峙している2本の首は、ブロックでもする様に連携して、二人の行き手と視界を遮る!


「くそぉっ!、ミユ!!、ミユ!!!」

「ちぃっ!、これでは……」

 タマは、悲痛にミユの名を叫び、ギンが悔しげに苛立つ中、オロチの一首は悠々と首を下げ、ミユの顔によだれを垂らしながら、彼女を飲み込もうとしている。


 ――!?、ピギャァァァァッ!!


 その時――今にもミユを飲み込もうとしている一首の左右に、短刀が一振りずつ突き刺さり、オロチは笑顔を苦悶へと変え、悲鳴の様な叫びを挙げた!


「えっ!?」

「!」

 驚くタマとギンは、思わず目を見張って互いに顔を合わせる。


 短刀が刺さったオロチの首は、続いて――目に見えない何かに引っ張られる体で、ミユが居る枝から強引に離された!


「――そうかっ!、界気を纏わせればっ!」

 その様を凝視したギンは、刺さった短刀には界気が纏わされている事に気付き、その界気は紐――いや、"鎖状の界気"が、短刀の柄から伸びており、それがオロチの首を引っ張っている事に気付く。

 オロチの攻略法を悟ったギンは、素早く界気を込めた矢を番え、自分の前にいるオロチの一首に放つ!


 ――!?、ピッ!、ピギャァァァァッ!!


 ギンの矢は、見事にオロチの一首を射抜き、その一首は悲鳴を挙げながら後退する。

「タマぁっ!、界気だ!、界気を込めれば、大蛇ヤツに通じるっ!」

 ギンの注進を聞いたタマは――

「うんっ!、アタシは――ちょっと、ニガテなんだけどぉっ!」

 ――と、そう愚痴りながらも、丹田から搾り出す様な恰好で気合いを入れ、両手で作った手刀に界気を纏わせる。

「――はぁぁぁぁぁっ!」


 ――グギャァァァァッ!


 タマの手刀は、彼女の前に居るオロチの一首に命中!

 その強烈な打撃に、これまた別のオロチの一首も、堪らず後方へと退いた。


「ふう――ミユ、大丈夫!?」

 何とか、一息を吐いたタマは、兎にも角にもまず、ミユに気遣う声を掛けた。

「はっ、はいぃぃ~!

 寿命が、一気に縮んだ気持ちでしたけど……」

 タマの問いに、ミユはへたり込み、情けない声で答えた。

「気を抜くな。

 あれで素直に退いたとは、とても――」

 ギンが険しい表情で、警戒を促していると――

「――おい、貴様ら」

 ――高圧的な女の声が辺りに響き、黒装束を着た女が、茂みを掻き分けて現われた。
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