流れ者のソウタ

緋野 真人

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一冬の閑話

本音

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 枯草が一面に広がり、端々には薄っすらと雪も積もった、冬枯れ坂道を、荷を満載した馬が手綱を引かれて登っている。

 その背には、人も一人跨っていた――華奢な女性と思しき鞍上は、表情を引き攣らせ、緊張した面持ちで、目的地である丘上の小屋を見据えていた。


「レン――疲れてないか?」

 鞍上の女性――レンは、手綱を引いている者からの声掛けにビクッと反応して、恐る恐ると言った態で、その声掛けの主へと顔を向ける。

「だっ!、大丈夫です……気にしないでください」

 レンは、苦笑いを見せながらそう言って、恥ずかしそうに俯いてみせる。

「アヤコ様が、ヘンな事を頼んで悪かったな……俺は別に、一人で構わないと言ったんだが……」

 声掛けの主――ソウタも、レンの身からは目を背け、淡々と歩を進めながらも、気恥ずかしそうにポリポリとこめかみを掻く。


 二人が、連れ立って登っているのは、クバシ城から少し離れた場所にある丘――そう、ココは以前、ソウタが回想として触れていた、先世刀聖――リョウゴと共に暮らした、修行の日々を送った小屋へと至る坂道である。


 士団2隊らを抱え込んだコトで、ある意味では急進的な人口増となったツツキの地は、同時に住居不足が発生――ソウタも、聖狭間を経て再びツツキへ戻ってからは、クバシ城内の片隅で雑魚寝、宛ら詰め込み宿の恰好で寝泊まりをしている程である。

 兵舎完成の目処が立った事で、幾分かはソレも和らぎそうな雰囲気ではあるが……先日、半ば脅迫気味に決まった、ソウタの長期滞在――それに際し、彼は件の小屋での独居を希望。

 愛着ある場所でもあるし、長く逗留するのならば、その方が暮らしやすい――というコトでもあったので、アヤコもそれを容認した。

 そこで新たに沸き上がったのが、ソウタの身辺の世話……その役目に、アヤコが白羽の矢を発てたのが、レンであった。



「――ソッ!、ソウタさんと……」

「――同棲ぃ~~っ!?」

 ――時と場は転じて、先日の大浴場……アヤコの爆弾発言の後へと戻る。


 半ば、とんでもない要請を請けてしまったレンは、アヤコが言った事を鸚鵡返しに返そうとしていたものの、驚きのあまり、絶句してソレは成せず、替わってその場の皆が、声を合わせてその最も衝撃的な一言を反復した。

「ええ♪、ソウタの身の周りの世話をお願いしたいのです――だけれど、城から通うのは少々困難な場所で、それはこれから冬と思えば尚更。

 住み込む形となってしまうので……"同棲"と評しただけであって、他意は無いのですよ?、"他意は"♪」

 ――と、アヤコが楽し気な口調で、要請の意図を明かすと、真っ先に異議の主張と察する事が出来る勢いで、アオイが手を挙げる。


「それは――ヒカリが、拝命されるべき命に思いますが?」

「うん――それなら私に、お話が来るモノだと思っていました……」

 アオイの主張へ被せる様に、ヒカリは困惑した様子で、アヤコの腹の内を探る様な目配せを交え、そう尋ね直す。

「――そうね、ヒカリには……件の小屋の管理を任せても居ましたからね。

 この際、更に奥の考えも明かせば……何れ、ソウタが戻ったならば、件の小屋は貴女と所帯を持つべき場とさえ考えていました」

 アヤコは幾度も頷いて、まずは二人の主張の正当性を認めた上で――

「――だけれど、彼が旅立ってからのこの三年で、貴女はクバシ城内の事に限らず、領地運営の事にも深く関わり、私にとって欠かす事が難しい人材へと成長してくれた……ソウタに、独り占めなどされては困る程に」

 ――と、彼女は最大限の賛辞を込めた文脈で、ヒカリの有能さを語ってみせる。

「それに……"ソウタとは、結婚したくない"と、当人が何度も語っているのですし」

「――っ!?、ええっ?!」

 アヤコが、ぼそりと言った意外過ぎる指摘に受けて、皆が目線を集中させたのは、ヒカリの方だった。

「そう――アオイちゃんが、勝手に"祝言"とか、"夫婦同然"って言い触らすから、解かって貰い難いけど……私は常々、そう言い続けてるつもりだよ?

 ソウちゃんの事は、"そーいうコト"になってもイイって思える程に好きだけど……刀聖様になって、こうして側に居て貰えない日々が多いのなら、"妻"になった場合の私は、きっと寂しくて辛くて、耐えられない気がする。

 何より、あの優しいソウちゃんなら、私がそんな風に思ってると解っちゃったなら……きっと、刀聖様としてすべきコトなんて、かなぐり捨ててまで私の側に居ようとしてしまう――それは、この世界のためには、良くない事だと思うから……」

 ヒカリの、苦笑を湛えた胸中の吐露に、場の皆は唖然となり、一部からは溜息まで漏らす。


(かなわない――愛情の深さというモノが、根底から一段違う……)

(内に秘めた淡い寂しげな光を、包み込む様な暖かな輝きで覆っている……そんな、言い様を得ない不思議な界気の色を持った女性ひと……)

 シオリは口元を抑えながら、ヒカリの言葉から滲んだ荘厳さを、心中でそう評し、ユキは"界気眼"から感じた、ヒカリの愛情の奇特さを、そんな言葉で表現していた。


「ヒカリ!、それでは彼奴にとって、都合が良いだけの……」

「――"それが"、良いんだよ……私は」

 戒めさせようと、声を幾分荒げたアオイに、ヒカリは大きな微笑みを向けて、その表情の意味で黙らせてみせる。


「――あっ、あのぉ……それで、どうして私に、そのお役目を?」

 ――と、幾分我に返ったレンが口を開き、アヤコへ当初の事の意図を尋ねる。

「それは、貴女が"最下位"――最も"浅い仲"であるコトが、確認出来たからです。

 正直に言えば、最も知りたかったのは、貴女とソウタの仲の深さ――ただ単に尋ねたのでは、ホンネは訊き出せないと思い、この無粋な問いをあえて皆の前でして、本当のトコロを明かす様に仕向けたのですよ」

 アヤコは、人差し指を立てて得々とそう説明し、その立てた指をレンの顔へと突き付け――

「――あまり"深い仲"であったならば、この役目には適さないと思っていますしね……それこそ、雪解けが始まるまでの小見三カ月の間、一緒に過ごすコトとなるのです。

 より離れ難くなり、ソウタは"腑抜け"と化して、刀聖としての役目に支障が出られては困ります――まだ二十歳、血気盛んな刀聖ゆえに」

 ――と、そんな持論も展開して、その思慮に自信を覗かせた。

「御家方様……それこそ、浅い仲であったモノが、その三ヶ月の間に……」

「――そう、考えてしまうのは当然ですが、ソウタ相手は、有数の娼街に及んでも、求めらぬ内は殆ど手を出さず、三年ぶりに再会した"本妻に等しき者"にすら、一切"ナニもしない"程の身の堅さを誇る男ですよ?

 結局、ナニも無く冬を終えてしまう方が、可能性は高いと思いますけどね……些か、情けなくも思いますが」

 アヤコが、そう言ってアオイからの指摘を受け流すと、皆が一様に苦笑を称え、うんうんと強く頷いた。


 (――まあ、"尚更、手を出し難くなる事実"も、これからソウタへ伝えるつもりですしね♪)

 この時――アヤコが、心中でそんな"含みある思い"も抱いていた事は……無論、場の皆は知る由も無い。


「……わっ、わかりました。

 ソウタさんに、何時かお礼がしたい――そう思って、再会を願っていたワケですし、このお役目の中で、その一端を果たせたなら、それは行幸とも思いますので……」

 ――と、レンはそう決心して、この要請を受諾したのだった。
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