流れ者のソウタ

緋野 真人

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一冬の閑話

謀議

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「――っ!、うぬぁ……」

 ――ソウタは、驚きの余りに呼吸を止めてしまい、眼球が飛び出してしまいそうな程に、瞼を大きく見開いた。

 彼は、気を取り直そうと、幾度も首を振るい、水を飲もうと杯へ手を伸ばすが、その中身は既に空――それを察して、アヤコが無言のまま水を酌してやると、それをゴクゴクと一気に飲み干した。

「……詳しく、事情を話して貰いましょうか?」

 ソウタは、表情を険しいモノへと変え、目はまだ泳いだままではあったが、漏れた口元の水滴を拭いながら、そう問うてみせる。

「ふふ……♪、顔付き、変わりましたね。

 この事実の"意味"に、その動揺した中でも気付くのは流石です」

「当たり前でしょ……特級戦犯の"名字持ち"が、蟄居幽閉の最中、"子孫"を残していた――っていうんですよ?

 しかも、その因縁の相手は、コレから何かと揉めそうなハクキ――驚いている俺を、面白がってる場合なネタではないでしょうよ……」

『ドッキリ大成功!』なノリで、ほくそ笑んでみせるアヤコに、ソウタは呆れた素振りで、そんな苦言を呈する。

「――そうですね、このままハクキ宗家の血筋が途絶えてしまう事こそが、かの国の革新派の総意。

 だから、終戦当時の連邦政府は、この果ての地へと私を封じ、それが成る時を待っているのですからね」

 アヤコは、したり顔でそう言うと、彼女も卓上の杯へ手を伸ばし、これから説明のために働くコトとなるであろう、唇と喉を潤そうとする。

 ココからしばらく、アヤコのモノローグとして、その説明を聞こう――


 ――私とリョウゴ様は、貴方が殊更冷やかしていたとおり、あの別れの時まで、延々と"清いカンケイ"を保っていたワケではありません……それなりに、"そーいうコト"だってありました。

 そして、それは貴方とは出会う前――御傍頭領ムネヒラの孫であるアオイは、まだヨチヨチ歩きを始めたばかりの頃……孤児の一人として、乳飲み子の内に引き取っていたヒカリとて、離乳の最中という時分。

 私は――リョウゴ様の御子を宿した様だと知りました。


 その時の私は、自分の無思慮を呪いました――私は本来、愛に身を委ねてしまう事さえ、許されぬ身分であったというのに。

 当初は、堕胎する他に道は無いと思っていたのですが……悲しみの感情を隠せぬ私を観かね、当時の侍女頭であったメグミが――

「――"宗家の御子"でなければ、何も言われる筋合いは無いはずです!

 御産み下さい――そして、その御子を、私とスミノブの夫婦へと賜る事を願いたく……」

 ――そう言った事が、この盛大な謀議の始まりでした。


 この謀議に加担したのは、私を含めても十人にも満たない、極々私の身の周りに近しい者だけ――それも、ムネヒラの様な高齢の者を中心とする事で、近しく"墓場まで持って行ける"者にあえて限らせた……この重大な機密が、出来るだけ早期に地の底へと埋まってしまう様に。

 現在も存命して、この謀議の事を知っているのは……数少ない当時を知る若手、タマキとショウゾウだけ。

 この事は、御傍頭領を継いだアオイにさえ、"申し送り成らず"を敷いた特殊事項――まあ、こうして貴方にも伝えると決したので、アオイには今頃、ショウゾウが伝えているはずでしょうけれど。


 貴方が気付いたとおり、特級戦犯である私の懐妊は大問題。

 特に、ハクキ革新派に知られては、私が労務不履行を疑われる上、産まれた子の処遇も危うい……故に、メグミが産んだ子として処理し、その養育をも委ねる手筈で、謀議は進んで行きました。


 私は――重度の体調不良、メグミは――御傍の技術で懐妊を偽装し、悪阻の重さを理由にした産休として、共に一年以上も皆の目からは隠れ、私はあの子……レンを産みました。

 その後、謀議の防備を更に確実とするため、メグミ夫婦はあの子を連れ、この地からも離れた……ヘタをすれば、謀議の堅牢さが綻び、ハクキ側に知られ、革新派があの子の命を狙う可能性が出て来る――故に、私はあの子の成長を観る事も、居住地の領主としてその暮らしを支えてやる事も諦め、全てをメグミたちに委ねたのです。


「――それが、私がこれまで、これからも秘匿して行くつもりの重大機密の真相……ちなみに、父であるリョウゴ様に伝えたのは、あの子がこの地から離れた後……件の謀議についても、事後承諾となりました。

 何せ――懐妊が解かった時には、既に私の側には居られず、彼は旅暮らしの最中……再び訪ねて来たのも、その伝えた際でしたからねぇ」

 アヤコは、話し終えると、徐に水を手酌して、もう一杯飲み干した。


「……あの、もしかして、俺にも実は"ヒカリとの隠し子"が居るとか……?」

「――真っ先に、その点に気付いた事は褒めてあげます……私も流石に、あの時はリョウゴ様と大喧嘩になりましたから。

 安心なさい――もし、そうだったなら、最初に貴方がオリエさんの下を訪ねた時点で、急いで戻って責任を担いなさい!――と、烈火の如き怒気が満載の書状が届いていたはずですから♪」

 ソウタが、身震いを催しながら尋ねた事柄に対し、アヤコはニヤりと笑って、得意気にそう言い含める。


「先の、ヤマカキ事変を報する占報を観た時には、愕然としました……

 一応、年に一度は、近況を告げるという形で、夫妻との接点は維持していましたからね。

 諦めていたトコロに、例の疎開の依頼――それも、あの子を救ったのが、貴方だと知った時ほど、運命の奇特さを感じた事はありませんでしたよ」

 アヤコは、卓上に乗っていたソウタの手を握り、感謝の意が篭った眼差しを彼に向けた。


「――今、俺とアオイに明かそうとしたってコトは……"何かがあった"ってコトですよね?

 単に、"実は師匠とアヤコ様の娘ぇ~!?、尚更、手を出し難いじゃねぇか!"――って、俺に思わせるだけだったら、アオイにまで明かす必要は無いはずでしょ?」

 ソウタがそうして、アヤコのハナシに残る疑念の一つを尋ねると、彼女は小さく頷いて――

「ええ――どうにも、暗衆界隈に不穏な情報が流れている様なのです。

 "ツツキへと逃れたヤマカキの生き残りは、事変で死んだ両親の実子ではないらしい"――という類のネタが」

 ――と、彼女は眉間にシワを寄せ、その真意を伝えてみせる。

「ショウゾウが、貴方に付いてイロイロと探っていた中で、聞き及んだモノだそうです。

 恐らく、レンの身柄を追うスヨウの暗衆たちが辿り着いたモノで、"あまり両親とは似ていなかった"といった類の矮小なネタと計るのが妥当だと、ショウゾウは言っていましたが……同時に、万が一を思えば、アオイへの"申し送り成らず"を解除して欲しい旨と、貴方にならば、伝えておいても良いのではないか――という、進言も貰ったので。

 そして、皇様、次世大巫女様という二大重鎮が揃って、この地に鎮座している事を鑑みれば、人材量の面からも御傍の警護に綻びが生じかねない――故に、あの子……レンの身柄の事は、貴方に委ねたいと思ったのですよ」

 アヤコは、真意をそう告げ終えると、今度はニタリとした粘着質な笑みを浮かべ――

「"手を出し難くさせる"――という、前口を先に打ちましたが……この際、貴方たちの間に"間違い"があったとしても、それは不問とします。

 かつてのリョウゴ様、貴方のヒカリとの時の様な、無責任な行動にさえ及ばなければ♪」

 ――と、半ば楽し気にそう告げて、小さく身を捩る。

「あっ……結局、ソッチにハナシを向けるんですか……」

「ふふ♪、寧ろ"間違い"は推奨したいぐらいです♪

 私とリョウゴ様が育んだ貴方と、その二人の生き別れの娘であるあの子が結ばれる――ある意味、"同じ思いが故に"をも凌ぐ、運命的な恋愛譚の様相ですもの!」

 ソウタが、呆れ気味にアヤコの軽薄な発言を指摘するが、彼女は嬉々としてそう主張して、期待感満々な眼差しを彼に向けるのだった……
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