終止符を君の手で~国家機密をうっかり立ち聞きしてしまったら結婚を命じられた話~

砂川恭子

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追憶の塔

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 翌日の昼下がり、屋敷中が総出で殿下の到着を待った。一同でわざわざ玄関を出て人を待つなんて初めてのことで、落ち着かない私とカイルは大人の間をうろちょろと動き回った。

 その様子を見かねた母が兄の、そして父が私の手をつないで落ち着かせる。手持ち無沙汰で父の固くて大きな手を揺らしていると、すぐに大きな馬車が列を組んでやって来た。ひと際きらびやかな飾りのついた馬車から、祖父と同じくらい年の男性に伴われて、きちんと正装をした男の子が降りてきた。

 少年は私よりも少し背が低い。彼が殿下だろうか。じっと見つめていると、周りの大人が急に頭を低くした。きょろきょろ見回していると、隣のカイルお兄様に肘でつつかれた。横目でにらまれたので慌てて頭を下げた。

「アレキサンダー皇太子、ようこそいらっしゃいました」
「出迎え感謝します、ダールトン侯爵」

 頭を上げた父が名乗って歓迎のあいさつを述べると、男の子が大人のように言葉を返した。ほんのり赤みがかったやわらかそうな金髪で、白い肌にはそばかすが散ってる。水色の瞳が人形みたいにきれいだと思った。

 両親と長男が、殿下と彼の連れている家臣を応接間に案内すると、一同はまた各々の仕事へ慌ただしく戻っていった。放っておかれた双子と私は顔を見合わせてため息をついた。どうやら今日も子供部屋で待機か。

 三人で歩き出すと不意にかすかに後ろから呼ぶ声がした。振り返るとアーサーお兄様が応接間の扉からひょっこり顔をのぞかせ、廊下の端にいる私たちを手招きしている。

 双子に続いて部屋に入ると、大人に囲まれるようにして少年が肘掛椅子に腰を下ろしていた。祖父の代から受け継がれている立派な椅子に、ちょこんと子どもが座っているのはなんだかちぐはぐな感じがした

「年の近い兄弟に屋敷を案内させましょう。殿下、こちらは弟のカイルと妹のジャクリーン、リンジーです」
 朗らかに言う長男に挨拶するよう促され、姉の見よう見まねでドレスの裾を持って名前を言った。

「よろしく頼む」
 少し戸惑ったように殿下が言って立ち上がる。大人たちはまだ話すことが尽きないようで、運ばれてきたお茶を手に談笑を始める。

 双子と私、殿下で部屋を出て廊下を行く。少し離れたところを大人が付いてきているのが気になってちらちらと後ろを向いた。
「なんか殿下、大人みたいな話し方で変ですね」
 子どもだけになると殿下を見つめていたカイルが不意に言い放った。かろうじて敬語ではあるもののあまりにもぶしつけな言葉に殿下は目を白黒させている。

「失礼でしょう! 殿下、申し訳ありません」
 お姉さまが慌てて無神経な双子の片割れを咎め、殿下に詫びる。少年はいや……、と口ごもりながらもその表情はどこか暗く、庇護欲が掻き立てられた。

「カイルのばか! 変じゃないわ、行きましょう」
「いてっ、おい、先に行くなよ!」
 兄の腕をつねった私は、男の子の手を取って足を速めた。力の入っていない手が、おずおずと私の手を握り返す。子犬が初めて私の膝で寝てくれたときのようなあったかい気持ちになった。

 結局すぐにお兄様たちに追いつかれ、私たちは友人を連れてきたときにするように屋敷を案内した。迷路のような薄暗い地下室や、庭で放し飼いにしている犬を紹介するうち、最初は敬語で話していた双子も、私につられてくだけた口調になり、少年の緊張もほぐれていった。

「アレキサンダー殿下、はどんなおうちに住んでるの?」
 慣れない敬称に舌を噛みそうになった。
「アレックスでいいよ。帝国の城はね……」
 彼は普段お城に住んでいるらしい。まるでおとぎ話のようで姉と夢中になって城のことを聞いた。兄も大国への関心があるようで、首都のことを細かく聞いていた。

 その日の晩はご馳走が振舞われた。カイルと目撃した食材も使われていて、目配せすると兄がニヤッと笑っていた。食後ももてなしは続き、お姉さまと私は練習してきた歌を披露した。母の勧めで急遽アーサーお兄様も楽器を演奏し、その腕前を称賛されていた。

 お姉さまも私も一応きちんと練習はしているのに、お兄様のように上手になれる気がしない。軽やかに紡がれる音楽に聞き入り、その余韻に浸っていると、帝国から来た偉い人が手をたたきながら口を開いた。

「大したものだ。将来は演奏家にでもなったらどうかな」
「まぁ! そしたら私、お抱えの演奏家になってもらおう」
「あははっ、それはありがたいな」

 大人の会話に思わず口を挟むと、なぜだか周囲に笑われてしまった。偉い人は少しむすっとしていたので何か変なことを言ったのかもしれない。それでも兄が珍しく声を立てて笑っていたので、単純な私はまぁいいかとご機嫌になったのだった。

 眠くなった私はまた途中で母に連れられてその場を立つことになるのだが、その日はとても楽しかった。家族がみんな揃っていて、いつもよりさらに凝ったお料理が出てきて、おじい様まで来てくれて……。アレックスが毎年来てくれればいいのにと思った。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日は馬車で領内の景勝地へ出掛けた。屋敷から子犬も連れてきていて、初めてお出かけを経験する犬たちが野原を駆け回る。兄と一緒にその後を追いかけるようにして走り回った。

「っリンジー、待ってよ、」
「あ、ごめんなさい、アレックス」
 ついつい夢中になって少年を置き去りにしてしまった。慌てて引き返して彼の息が整のうのを待っていると、空色の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

「アレックス! どうしたの? どこか痛いの?」
 ぎょっとして背中をさすりながら聞くと、袖で目元を覆った彼が首を振った。
「それじゃあどうしたの……?大人のひとを呼ぶ?」
 金髪がまたゆるりと横に揺れる。それでもなお泣き止まない彼に、こちらも不安が募る。自分が泣いた時に周りがどうしていたか考えながら、撫でたり抱きしめたりしてみた。

「ごめん……もう大丈夫」
 しばらくして涙の引っ込んだアレックスはそう言うと、今度はうつむいてしまった。
「本当に? でも……きゃっ」
 急に白い毛玉が私の足元に飛びついてきた。見下ろすと子犬が鳴いている。そろそろ人に構ってほしくなったのだろうか。

 野原に座り込んで、白い子犬を撫で繰り回していると、アレックスも隣に座り込んだ。
「アレックスも触る?」
「いいの?」
 少年の顔がばっと輝いたことにほっとして、どこをどう撫でたらいいのか教えて子犬をそっと手渡した。

「その子がロキシー。あと三匹連れてきているの」
 恐る恐る子犬を撫でる少年がほおを緩ませてかわいい、と呟いた。その様子を見ていると、双子に構ってもらえなかったのかもう一匹もやってきた。

「あなたも来たのね」
 ぴょこぴょこしっぽを揺らしながら、私の膝に乗り上げた子犬が少し湿った鼻先で顔をまさぐる。全身を撫でくりまわした後、少し大人しくなった子犬を抱きしめて、両親ががよくしてくれるようにふわふわの頬にキスを落とした。

 少しすると人間に飽きたのか、犬たちはまた芝生を駆け回っていった。
「いいな」
 ぽつり、とその姿を並んで見送っていたアレックスが呟いた。まだ犬と戯れていたかったのだろうか。

「呼んであげましょうか?」
 弟ができたらこんな感じかしら。お姉さんぶって私は探そうと目を凝らした。大人しい上の子ならじっとしてくれるかもしれない。

 ふいに、風に吹かれて顔にかかった髪を耳にかけられた。なんだろうかと横に視線を向けるとアレックスの顔がすぐそこにあった。びっくりして目を見開いていると、空色の瞳がそっと閉じて、唇に柔らかいもの触れた。

(アレックスって、まつ毛も金色なんだ)
 頭が付いていかず、場違いな感想を抱いていると、ちゅっと音がしてきれいな顔が離れていった。

「……アレックス、あの、勝手にしちゃいけないんだよ」
「そうなんだ、じゃあ今度はちゃんと言うね」

 どうしてキスしたのか、とか言いたいことはあったが、にこにことご機嫌なアレックスを見てるとまぁいいかと思ってしまった。感情表現が豊かで、子育てを乳母任せにしない母のせいで慣れてることもあったかもしれない。家族のそれとはなにか違う気もしたが。

 西の空が黄色くなり始めた頃、帰り支度をするよう呼び戻された。人数が多いので分かれて乗車することになり、すっかり仲良くなった私とアレックスは同じ馬車に乗り込んだ。スペースがあるので子犬たちも一緒だ。

 外を駆け回って疲れた私たちはすぐに眠りに落ちた。不意に馬車が止まり、扉があいた。もうついたんだろうか。寝ぼけ眼をこすりながら降りると、そこは見覚えのない林の中だった。開けた馬車に、殿下と下ろされる。空は真っ赤に色づいていた。

「ピーター、道を間違えたの?」
 御者を見るといつもの屋敷の人間ではない。一瞬あって、王家から来た馬車だったと思い出した。
「いいえ、あってますよ、お嬢さん」
 御者が馬車から降りて言う。

(どういうこと?)
 ぼうっと突っ立っていると殿下が焦ったように私の肩を揺すった。
「逃げろ、リンジー」
「さすがに察しが早い、だが無駄ですよ」

 雑木林の中から、大きな犬を連れた男の人がぞろぞろと出てきた。手にはナイフや縄などを持っている。助けに来たわけではなさそうだ。犬が唸り声をあげて、腕の中や馬車にいる子犬がキャンキャンと吠え出した。

「おい、野犬に襲われたことにするんだから余計な傷をつけるなよ」
 御者がその男の人たちに乱暴に言う。
「かわいそうに。殿下と同じ馬車に乗らなきゃ、命は助かったのにな」
「まぁな。でもことが終われば、侯爵家もただじゃすまないだろ」
 男たちが嫌な感じで笑う。

 物騒な会話に恐怖で震えながらも、やっと何がしたいのかが分かった。この人たちは私とアレックスを殺すつもりなんだ。

 恐怖でいっぱいになりながらも、このまま死んでしまったらだめだと思った。幼心に、祖父と父が国のために頑張っていることを分かっていた。大好きな家族が大切にしているものをぶち壊させるわけにはいかない。私が守らなくちゃ。この人たちをやっつけなきゃ――。

 急に風邪をひいた時のように体が熱くなって、私の手から子犬が飛び出して男たちに飛び掛かった。呼応するように、男たちが連れた犬も大人に襲いかかる。男たちがわめきながらナイフを振りかざす姿を尻目に、私はアレックスの手を取って駆け出した。 

 背後の物音に怯え、犬の無事を祈りながら林の中を走った。物音から遠ざかっていくと安堵する心とは裏腹に、どんどん体が辛くなっていった。捜索隊に発見される頃にはふらふらで、大人に抱えられたのを最後にぷつりと意識をなくしたのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 そう――その後のことは、夢で思い出した通りだ。可愛がっていた犬が死んでしまったこと、それが恐らく自分のせいでもあることが私の心を苛んだ。追い打ちをかけるかのように医師を騙る男に襲われたことで、公爵が言うように、私は一連の記憶に封をしたのかもしれない。

 体の節々の痛みを感じながらも、私は霧が晴れたような気持ちで目を開けた。
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