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馬車は正義へ
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しおりを挟むアーサーが振り返った先には、真鍮の燭台を手にした公爵と国王陛下がいた。兄の拘束は緩んだが、引き攣ったような痛みは残り、左肩はじくじくとした熱を帯びていた。
「どうしてここに……」
二人の姿を見て思わずその言葉が口をついた。まだ宮殿を抜け出してから、それほど時間はたっていない。別室にいると伝えてもらったはずなのに、なぜ公爵は陛下とこんなにも早くここへ来たのだろう。
「オリバーがね、君の様子がおかしいというから、中座して後を追ってきたのさ」
疑問符を浮かべる私に、なんでもないことのように陛下が答える。なにもかもお見通しだったのかと落胆していると、公爵の眉間に深いしわが刻まれているのが見えて身がすくんだ。帰宅中に何と叱られるだろう、というかそもそも私たちは無事に返してもらえるのだろうか。
「それにここは王家の庭。みすぼらしい隠れたガゼボで密会なんて、案外ありがちな手を選んだね」
そう言いながら陛下は円卓に腰掛けて、周囲にも着席を命じる。陛下の正面にアーサー、公爵の正面に私が座る形で腰かける。
勝手に抜け出したことへの罪悪感もあって、正面の顔が見つめられずに視線を落とすと、卓上に置かれた蝋燭に目が留まった。きっとここは人目を忍んだ話し合いに使われるのだろう。使われかけた蝋燭があることに納得がいった。
公爵が燭台の火を円卓の蝋燭に移すのを眺めながら、現実逃避をしているとアーサーが口火を切った。
「陛下の計画のことは心得ております」
「そのようだ、何が望みだ」
これまでになく冷たい口調で陛下が尋ねる。円形に座っているためすぐ隣から、言い知れない圧を感じて夏の夜なのに背筋が凍るようだった。
「仲間に加えていただきたく。殺すよりも生産的でしょう」
「お兄様、何を――」
予想外の返答と、殺すという不穏な表現に思わず口を出してしまう。
「陛下がお知りになりたいのは『三人のはたらきもの』に関することでしょう。私も三男の能力を持っています」
続く言葉に食い入るように兄を見つめる。兄も同じ能力を持っているとは、そもそも能力のことを知っているとは知らず、驚きで目を見開いた。
陛下は目を瞬かせた後、一瞬考える様子を見せてから私に目を向けた。
「そう……ひとまず君から話を聞きたいね、リンジー。話したいことがあると聞いたが」
「は、はい。実はあの狩猟の時に――」
急に話を振られて、戸惑いながらも狩猟の集いで何があったのかを順を追って話した。追い込まれた私が動物を操るようにして男たちの足止めをしたこと。約十年前にも同じことが起こったこと。能力を使ったのはその二回だけだが、使った分だけ反動があるらしいこと……。
話していると段々と落ち着いてきて周りを見る余裕ができた。公爵は少し驚いた様子を見せたものの、陛下と兄は表情を変えずに聞き入っている。その場にいなかったはずなのに、驚く様子もない兄に底知れなさを感じた。急に触ったのが災いして傷口が開いてしまったのか、どこか生臭い匂いが鼻を掠めた。
「そう……やっぱり君だったのか」
話し終えると、長い沈黙を破って陛下が息を吐きながらつぶやいた。口調は落ち着いていても、陛下の深い青い瞳が隠しきれない興奮できらめいていた。
「能力持ちは動物が好きだとばかり思っていたが、聞き方を間違えていたようだな」
そのまま陛下は両手を組んでは何やらぶつぶつと呟いた。理解できずに見つめていると、再び目線のあった陛下はにっこりとほほ笑んだ。
「昔話をしよう、私がまだ十二才の頃の話だ」
唐突に始まった昔話に、置いていかれまいと脳内を整理する。陛下は確か御年二十三才。十二才と言うと今から十一年前の話だ。『十一年』という言葉にぎくりと身じろぎした。私が初めて能力を使ったのもその年だった。
「先の王、父上には病が見つかってね、公にはなっていなかったが、その頃から公務はほとんど家臣に任せていたんだ。僕は自分の非力さや未熟さを痛感して、国を導けるか不安だった。周りには狡猾な大人たちがうようよしていたしね」
前国王陛下が病気で早くに崩御したことは知っていたが、そんなにも前から病に伏せていたことは初耳だった。幼い王子の心労はいかほどだっただろうか。
「ある夏の日、私は急に高熱を出した。数日寝込んでから回復した私は、体調を気遣う家臣の言葉が真っ赤な嘘だと分かったんだよ。その後も何度か、相手の言うことが嘘か本当か、見分けられることがあった。毎回疲労と高熱に襲われたけどね」
そんなのまるで、童話の加護みたいだ。そう考えて、ふと浮かんだ考えに愕然とした。
「まさかその日って……」
間違っていてほしいと思った。自分の能力めいたものと、陛下が結びついているなんて、そんな空恐ろしいことないと思いたかった。
「そう、君とアレキサンダーが襲われた11年前の夏の日だ。君が能力に目覚めたあの日だよ」
公爵も能力のことは知らなかったのか黒い瞳を丸くし、兄はどこかが痛むかのように顔を歪めている。
「私が使えるのは『三人のはたらきもの』でいうところの次男の、人を見抜く力だ。ここまで言えば分かったと思うがアーサー、君は能力を持っていない」
先ほどの問答で兄の言葉の真偽を見破っていたのか。そういえば、これまでに国王陛下と会話を交わしたときはいつも嘘が通じなかった。
陛下はその後、病床の父王に能力のことを尋ねたそうだ。病床にいた先王は能力こそなかったものの、伝承として知ってはいたらしい。独立を勝ち取った初代国王は、一定の条件下で相手の嘘を見分ける能力があったのだ。
「それに独立戦争時、当時のダールトン当主が馬を駆けて活躍したことは周知の事実だろう? なんでも帝国側の騎馬にまで影響が出たとか。いくら馬の名手とはいえ、他人の操る馬にまでなんておかしいと思わないか?」
畳みかけるように言う陛下は落ち着いていながらも、その口調の端々には確かな熱をはらんでいた。
「……確かに祖父にも、リンジーのような力が備わっていたと聞いています」
観念したように兄が言うと、陛下はにやりと口角を上げた。
「やはり! ここからは僕の想像だがね、一人が目覚めたら、連鎖して他の二人も能力に目覚めるんじゃないだろうか。独立戦争の時には初代国王か、君たちの祖父が。そして今度はリンジー、君がきっかけなんだ」
「それを証明する手立てはないでしょう」
苦し紛れに兄が言うも、陛下は留まることを知らなかった。
「あぁ、確かに仮定の域を過ぎない。しかし童話で二人の間をとりもったのは三男。独立戦争では二人が能力をいかして国を再興した。今、再び帝国と王国との関係が危うくなった時機に、リンジーと私が能力を持っていることはただの偶然ではないだろう」
「リンジー・ダールトン、始めたのが君なら終わらせるのも君のはずだ。君の能力を貸してくれ。この国を助けてほしい」
予想外の展開に私は何も言えなかった。どうして自分だけが能力を持っていると思っていたんだろう。他の能力のことなんて考えもしなかった。一度使うだけで精一杯なのに、陛下のように能力を使いこなすことも、ましてや国の危機を救うなんてことも想像すらできなかった。
しんと静まり返った後、円卓を叩くようにして兄が声を荒げた。
「御冗談を! これ以上、妹を巻き込まないでください。侯爵家はこれまで国に誠心誠意お仕えして参りました。リンジーはすでに能力を使って国の危機を救い、深い傷を負ったのです」
激高する兄の姿があまりにもめずらしくて、驚きがかえって私を落ち着かせた。
「それに、動物をけしかけるだけの力でしょう、暗殺計画に役立てるとは思えません」
「それでどうする? 国を裏切って帝国側につくか?」
陛下が青い目を細めると、公爵の雰囲気もにわかにぴりついて、殺気めいたものが兄に向けられた。
「いいえ、この国以外に、ダールトンが仕えることはありません」
そんな二人の圧力をものともせず、毅然とした様子で兄が言い切った。
「否定ばかりでは困るな。リンジーの代わりにお前に何ができる」
陛下が意地悪気に問いかける。
「爵位を弟に譲ります。生涯、あなたの手足になりましょう。必要とあれば愚弟も共に」
「駄目よ、お兄様! 二人は関係ないでしょう」
爵位を譲るなんて前代未聞だ。公の身分を捨てて、一体どんな汚れ仕事をするつもりなのか。到底認めるわけにはいかなかった。爵位を継ぐための兄の努力を知っていたし、次兄だって軍での職務に誇りを持っていることを分かっていた。
「なかなか魅力的な申し出だが、アーサー・ダールトン。私がほしいのはリンジーの力だよ」
兄の申し出を断った陛下が、今度は私の方を向いて口を開いた。
「ナイジェル殿下は王国内で皇太子を暗殺するつもりだ。そしてその罪を王国になすりつけ開戦するだろう」
想定はしていたものの、先日の襲撃の黒幕が急に明かされた。驚く間もないまま、無慈悲な言葉が続く。
「平和な街を見ただろう。戦争が始まったらどうなるか。僕は国民を守りたいんだよ。協力してくれ」
「だからあの日王都を歩かせたんですか!」
陛下の言葉に、兄が食って掛かった。王都の散策はそういう意図があったのだろうか。なんだか全てが陛下の掌の上のような気がした。
「あぁ、あの時姉をつけさせたのは君だったか」
男に対応を任せたら巻かれてしまって参ったよ、陛下が肩をすくめて続けた。
「リンジー、戦争は一度始まったら終わらせるのに何年もかかる。軍事力では帝国には絶対に敵わないが、王国の民は簡単には降伏しない。なぜか分かる? 併合を経験した者は辛酸を舐めている。過去を繰り返すくらいなら戦いを望んで散っていく。結果、戦は泥沼になるだろう」
生々しい言葉に、体に震えが走った。
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