34 / 48
馬車は正義へ
2
しおりを挟む陛下へのお目見えは演奏会の日に叶うこととなった。連日の雨がようやくやみ、青空が気持ちよく澄み渡っている。夏の強い陽光を受けて木々や花が輝くようだった。
支度を整え、公爵と二人で屋敷を出る。夕刻になるが王都の夏は日が長く、まだ外は明るかった。陛下との話し合いを控えた私は気もそぞろで、考え込んでいるうちに馬車はすぐに宮殿に到着した。
ホールには華やかな正装に身を包んだ紳士淑女が集まっていた。茶会よりもこぢんまりとした規模で、今日は護衛も従者も連れていない。高位貴族をはじめ芸術家の支援に熱心なごく少数の豪商や教会関係者が招かれているらしい。等間隔で並べられた椅子に腰かけると、少しして演奏会が幕を開けた。
期待のこもった拍手を受けて、次々と演奏家が壇上に上がり優雅な音楽を奏で始める。曲の合間には後援者が奏者や曲目ついて紹介している。王都ではさすがに進んでいるようで、見たことのない楽器もあった。
しかし私の頭の中は、再び目覚めた能力のようなものを、陛下にどう打ち明けるかでいっぱいで、素晴らしいはずの音の調べを楽しんでいる余裕はなかった。
(どうやら動物を使役できるようなんです。『三人のはたらきもの』の三男みたいな力があって……。駄目だわ、きっと正気を疑われてしまう)
陛下への言い分を脳内で試行錯誤するも、浮かんでくるのは子供騙しのような文句ばかりで、青い瞳に冷たく見つめられるのが簡単に予想出来て肩を落とした。
「続いて曲を披露しますのは、謎に満ちた期待の新星――」
奏者の紹介が急に砕けた感じになっていることに気付いて、ふと視線を正面へ向けた。会も半ばを過ぎたところで、演劇的な台詞や歌を取り入れたものや、情緒豊かで旋律の分かりやすい前衛的なものになっているようだった。
紹介を受けて、白い仮面をつけた男性が登場すると、聴衆の一部から熱狂的な拍手が巻き起こった。すでに支持者がついているらしい。額から鼻までを仮面で覆ったその男性は華美な装飾の施された椅子に腰かけ、チェンバロを弾き始めた。
「数年前から覆面のまま、街の食堂で演奏をはじめて徐々に人気を集めたそうだ」
奏者の姿を食い入るように見つめる私に、興味を持ったと思ったのか公爵がそっと耳打ちしてくれたが、ろくに返事を返せなかった。
長い指が鍵盤の上を器用に動き回り、繊細で軽やかな音色が空気を震わせる。顔は見えないものの、その聞き覚えのある音色と、撫でつけられた髪色をみて確信した。
(ど、どうしてここに……)
動揺を悟られないように澄ましながらも頭の中は大混乱だった。あれこれと考えを巡らせているうちに、図書館の化粧室で出くわした姉の伝言をようやく思い出した。
――『演奏会で抜け出してガゼボに来て』
狩猟でのドタバタがあってすっかり忘れていたが、要領を得ないあの伝言はこのことだったのか。しかし監視の中をどうやって抜け出すか……。
考え込んでいるうちに演奏が終わり、休憩に入った。公爵に連れられるがまま広間へ向かうと、お酒や軽食が用意されている。聴衆が熱心に感想を交わしていて、人数は少ないものの熱気があった。
給仕に勧められてグラスを手にするとすぐに、公爵の友人らしき二人の男性が声をかけてきた。茶会でも卓を囲んだ中にもいたこの二人は随分気さくな様子で、どうやら軍部に繋がりのある方らしい。立派な体躯に内心しり込みしつつも、慣れた笑顔を顔に貼り付けた。
ぽんぽんと小気味よく会話が交わされていく。抜けるなら今だろう。意を決して会話が落ち着いたところで口を開いた。
「ごめんなさい、ちょっと熱気にあてられたようで……失礼して化粧室に」
「大丈夫か?それなら私が案内しよう」
公爵の申し出に友人が目を丸くして口々に言う。
「おいおい過保護だな、あのオリバーがなんて変わりようだ」
「そうだな、急に結婚すると聞いた時は驚いたが。リンジー嬢、旦那は君に夢中のようだ」
「急に付き合いも悪くなったしな。独身者の相手はしてられないってか?」
「おい、やめろ。それにまだ婚姻は結んでいない」
にやにやと冷やかすような友人に、やや乱暴な口調で公爵が釘を刺した。
「私は大丈夫ですから、お友達といてください」
言葉の応酬がまた始まる前にそう言って公爵の腕から手を引き抜いた。私の言葉を聞いた友人が、捕まえたとばかりに公爵の肩に手を回す。これ以上引き留めるのはかえって不自然と思ったのか、公爵は渋々折れてくれた。
広間を出る間際に、そっと公爵の様子をうかがうと、お酒が回ったのかご友人はやけに陽気に絡んでいる。対する公爵も、先程は乱暴な物言いだったが、やはり仲はいいようで呆れながらも笑顔で話しているようだ。
あの様子ならしばらくは追ってこれないだろう。近くを歩いていた給仕に体調を崩したから少し休めないかと尋ねると、すぐに別室へ案内された。その旨を公爵に伝えてもらうように頼み、給仕の姿を見送ってから、私は部屋を後にした。
お友達の推測は過保護という意味では当たっていた。しかしそれは彼らの言う甘い関係ではない。やるせなさと偽りを重ねることへの罪悪感を感じながら、人目を避けるように敷地内を歩いていく。無茶をしないでほしいという公爵の言葉がちらついて心の中で謝った。
庭園へ抜け出すと、外は薄闇に包まれ始めていた。周囲の気配に神経を尖らせながら足音を立てないように庭を行く。
(確かお姉さまはベンチから噴水の方へ下りる途中にあるって言ってたはず……)
姉の言葉を思い出しながら周囲を見渡しながら道を行くと、ベンチを少し離れたところで、生垣に覆われるようにして白い屋根が見えた。
ドレスをひっかけないようにしながら細い道を行くと、白亜の休憩所に行き着いた。幾分侘しい雰囲気のカゼボは手入れが行き届いていないようで、柱も円卓もくすんでしまっている。せっかくの庭園も見渡せない位置にあるし、あまり使われていないのかもしれない。
円卓の中央には使いかけの蝋燭がぽつんと置かれていて、心細さに私は蝋燭に明かりを灯して円卓を囲む椅子の一つに腰掛けた。自分が来た方向を息をひそめて見つめていると、仮面の男性が現れた。
私の方へ歩みを進めたその男性が仮面をそっと外すと榛色の瞳が蝋燭の光を受けてきらめいた。
「アーサーお兄様……」
「久しぶりだね、リンジー。少しやつれたかな」
笑顔を浮かべながらも少し心配そうに呟いた兄が、蝋燭の火を吹き消した。細く白い煙がたなびいて、ほんの少し焦げくさい香りが夏の風にさらわれていった。
「どうしてここに?それに楽器はもうやめたと――」
「答えてあげたいけどひとまず後だ、リンジー」
隣に腰掛けた兄が真剣な様子で言葉を紡ぐ。
「宮殿へ上がったあの日、何があった?」
「、言えないわ!」
急に核心をつかれて動転した私は弾かれるようにそう答えていた。
「それじゃあ何かあったって言ってるようなものだよ」
その様子を見た兄がくつくつと笑う。悔しさ半分、巻き込みたくない気持ち半分で席をたった。
「とにかく、そういうお話ならできません。もう行かなくちゃ、演奏とても素敵だったわ」
宮殿へ引き返そうとすると、それを阻むようにお兄様が立ちはだかった。
「リンジー……」
肩に手を置いて優しく名前を呼ぶ兄が私の顔を正面から覗き込んだ。視線を合わせないようにそっぽを向いたが兄は気にも留めず言葉を続ける。
「何を見た? それとも何か聞いた?――例えば、誰かを殺す計画とか」
「ど、うしてそれを」
驚愕して思わず本音が漏れる。私の言葉を聞いた兄がやっぱりかと呟いた。
このままじゃまずい。振り払おうとするも、肩の手に痛いくらいの力が込められた。弾がかすめた左肩に痛みが走って思わずうめき声をあげそうになった。顔を歪めた私が隠し事をしていると思ったのか、畳み掛けるようにアーサーが問いを続ける。
「暗殺計画か。相手はナイジェル様? 教皇? ……その様子だと皇弟殿下か」
「っ――」
「そこまでにしてもらおう、アーサー・ダールトン」
兄の言葉を否定するより早く、その背後から固い声が響いた。最悪なタイミングでの第三者の登場に、恐怖が体を駆け抜けた。
0
あなたにおすすめの小説
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
転生者と忘れられた約束
悠十
恋愛
シュゼットは前世の記憶を持って生まれた転生者である。
シュゼットは前世の最後の瞬間に、幼馴染の少年と約束した。
「もし来世があるのなら、お嫁さんにしてね……」
そして、その記憶を持ってシュゼットは転生した。
しかし、約束した筈の少年には、既に恋人が居て……。
【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!
あきのみどり
恋愛
【ヒロイン溺愛のシスコンお兄様(予定)×悪役令嬢(予定)】
小説の悪役令嬢に転生した令嬢グステルは、自分がいずれヒロインを陥れ、失敗し、獄死する運命であることを知っていた。
その運命から逃れるべく、九つの時に家出を決行。平穏に生きていたが…。
ある日彼女のもとへ、その運命に引き戻そうとする青年がやってきた。
その青年が、ヒロインを溺愛する彼女の兄、自分の天敵たる男だと知りグステルは怯えるが、彼はなぜかグステルにぜんぜん冷たくない。それどころか彼女のもとへ日参し、大事なはずの妹も蔑ろにしはじめて──。
優しいはずのヒロインにもひがまれ、さらに実家にはグステルの偽者も現れて物語は次第に思ってもみなかった方向へ。
運命を変えようとした悪役令嬢予定者グステルと、そんな彼女にうっかりシスコンの運命を変えられてしまった次期侯爵の想定外ラブコメ。
※コミカライズ企画進行中
なろうさんにも同作品を投稿中です。
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
二年後、可愛かった彼の変貌に興ざめ(偽者でしょう?)
岬 空弥
恋愛
二歳年下のユーレットに人目惚れした侯爵家の一人娘エリシア。自分の気持ちを素直に伝えてくる彼女に戸惑いながらも、次第に彼女に好意を持つようになって行くユーレット。しかし大人になりきれない不器用な彼の言動は周りに誤解を与えるようなものばかりだった。ある日、そんなユーレットの態度を誤解した幼馴染のリーシャによって二人の関係は壊されてしまう。
エリシアの卒業式の日、意を決したユーレットは言った。「俺が卒業したら絶対迎えに行く。だから待っていてほしい」
二年の時は、彼らを成長させたはずなのだが・・・。
英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です
氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。
英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる