真夏の運動会

なかとし

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第3章・2種目め

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 龍平は愛と岳斗と一緒に、水飲み場へと向かっていた。とにかく、暑い。喉を潤したかったのだ。徒競走を勝ち取った他の生徒たちも、考えることは同じなのか、水飲み場の方向へ歩いている。
 「お!スポーツドリンクがあるぞ!」
 一人の生徒が水飲み場の方を指差し、走っていく。龍平もその方向を見ると、ペットボトルが置かれているのが目に入った。
 「やったな!早速、飲もうぜ!」
 「そうだな、喉カラカラで死にそう」
 「助かる~」
 各々、飛びつくようにペットボトルを手に取り、キャップを開けている。
 「俺も、いただき!」
 岳斗も顔を綻ばせ、ペットボトルのキャップを開けようとしていた。
 「待て!岳斗!」
 岳斗がペットボトルのキャップを開けようとしていたのを龍平が制した。
 「その飲料水、本当に安全なのか?例えば、毒とかが入れられているかもしれない」
 「まあ、その可能性もあるよな……」
 岳斗は渋々といった感じに飲むのをやめた。
 「お前さ、さっきから何言ってんの?飲まないなら、俺いただくわ」
 さっき、一目散にペットボトルを手に取っていた奴が、グビグビと喉を鳴らし、飲料水をガブ飲みしている。
 「これ、毒なんて入ってないって」
 そいつは、飲料水を飲み干すとゲブッとゲップをした。
 「龍平、これ大丈夫そうだぜ」
 岳斗は嬉しそうにペットボトルのキャップを開けた。
 「これ、美味い!生き返る!」
 岳斗は美味しそうにスポーツドリンクを飲んでいる。
 龍平も釈然としないまま、自分のスポーツドリンクを手に取り、一気飲みした。

 龍平がスポーツドリンクを飲んで、喉が潤ったと同時に、運動場の脇から、武具みたいな鎧を身にまとった覆面の奴らが三人出てきた。何やらロープみたいなものを持って、運動場の真ん中辺りまで運んでいるようだ。
 龍平は怪訝に思いながら、成り行きを見ていると、ある生徒が叫んだ。
 「あいつらだ!あいつらが主催者の仲間だ!」
 ワックスで髪の毛を固めたその生徒は、覆面の奴らの一人めがけて、突進していった。
 「そうだ!あいつら、殺っちまえ!」
 そのあとすぐ、さっきスポーツドリンクを、今、突進していった生徒と親しそうに飲んでいた大柄な生徒も、それに続いて、覆面の奴の一人めがけて、突進していく。
 「やめろ!やめるんだ!」
 咄嗟に誰かが叫んでいた。
 突進していった二人は、覆面の奴に飛びつき、もみ合いになっていた。
 ーーパン!
 突然、銃声みたいな音が鳴り響いた。見ると、覆面の奴の一人が拳銃を手に持っていた。
 ーーパン!パン!パン!
 火花が散るみたいに拳銃の音が断続的に鳴り響いた。龍平は、思わず耳を塞ぎ、うずくまる。ゆっくり、顔を上げて、運動場の方を見て、目に飛び込んできた光景に絶句した。
 突進していった二人が血だらけになって、死んでいるのであった。
 愛が震えていた。龍平は愛を抱きしめた。

 無機質な声の放送が流れ出した。
 『徒競走を勝ち抜いた皆さん、お疲れ様です。これより、第二種目を開始します。第二種目は綱引きです。まず、じゃんけんをして、じゃんけんで勝ったチームと負けたチームでチームを作ります。10分間でじゃんけんを済ませ綱の横にスタンバイしてください。10分を超えた時点で、まだじゃんけんが終わっていない人は棄権とみなします。また、綱引きで負けたチームから失格者を二名決めさせていただきます。全十試合を予定しています。しかし、残念なことに、先程二名の選手が棄権となりましたので、予定を変更して全九試合を行います。それでは、まずは、じゃんけんをしてチーム決めです。では、開始します』

 龍平は放送の意味が分からなかった。ルールはだいたい分かったのだが、試合数が減ったことが理解できなかった。もしかして、この運動会の運営側は最初から失格者、おそらく死者の数を決めているのではないか。だったら、最初から全員死ぬ運命にあるのではないか。運営側は、人が死んでいくのを楽しんでいるだけではないのか。それを思うと、頑張るのは無意味な気がしてならない。俺らはどうせ死ぬのか。本当に生きて帰れるのか。その術はあるのか。今の龍平には分からないことだらけであった。不安が募る一方である。
 「私、もう限界だよ!何のためにこんなことするの?」
 ロングヘアの女子生徒が、涙声で叫んだ。
 「私も、もう限界。早く帰りたいよ」
 色白の女子生徒が、力なく呟く。
 「こんなことしたって無駄だよ。私は徒競走で友達を死なせた。私、どうしたらいいか分からないよ」
 龍平も同感だった。龍平は徒競走で相手の生徒の脚に自分の脚を絡ませ、転ばせて、死なせた。そう、自分が死なせたと同じだ。なのに俺は、何とか生き延びようとしている。でも、こんな俺に生き延びる資格はあるのか。俺は人を死なせてしまったのではないか。
 「龍平くん、私のこと守ってくれるよね?」
 龍平が自己嫌悪で頭が一杯になっているところに、愛が手を握りしめてきた。
 そうだ、大切なことを忘れそうになっていた。確かに自分は人を死なせてしまったかもしれない。だが、俺には守るものがある。幼馴染の愛と親友の岳斗。絶対に三人でここから脱出する。

 「お前ら、ぐずぐず言ってんじゃねえ!死にたいんなら、とっとと死ねよ」
 龍平が思いを巡らせていると、誰かの怒鳴り声が聞こえた。
 見ると、岳斗が何やら言い詰め寄っているところだった。
 「おい、田中。そういう言い方はないだろ」
 岳斗が田中というらしい体格の良い男子生徒を睨んでいる。
 「は?お前もいつから馬鹿になったの?これは、デスゲームなんだよ!人を殺して勝ち続けるゲームなんだよ!俺は勝って生き続けたいんだよ!まだ死にたくないんだよ!岳斗、お前は違うんか?だったら、お前から死ねよ!」
 龍平は田中に詰め寄ろうとしたが、岳斗が先に田中に掴みかかった。
 「お前ら、やめろ!」
 龍平は止めに入ろうとしたが、メガネを掛けた男子生徒が、先に二人を取り押さえた。確か、名前は水藤だ。
 「二人とも落ち着けよ。とにかく、じゃんけんするぞ」
 水藤は、拳を掲げ、周りの皆に言い渡した。
 「ここをクリアするためには、じゃんけんをするしかない。じゃないと、死が待っている。じゃんけんをすれば、少しでも生きていられる希望があるんだ。従って、ここはじゃんけんをするのが一番賢い。ということで、僕とじゃんけんする人、僕の前まで来てくれ」
 すると、ショートヘアの小柄な女子生徒、名前は美樹だったと思う、が挙手をした。
 「私、水藤君とじゃんけんします」
 美樹は滑舌よく、ハッキリとした口調で言うと、水藤の前に立った。
 「よし、じゃあ始めようか」
 水藤は緊張しているのか、ため息混じりの声を出した。
 「最初はグー、じゃんけん、ポン」
 一発で勝敗が決まった。
 すると、水藤と美樹に異変が起こった。じゃんけんを済ませた二人の手の甲が緑色に光だしたのだ。
 「そういうことか」
 水藤は納得したというふうに言った。
 「じゃんけんを済んだ者の手は緑に光るようになっているんだな。なんで緑なのかは分からないが、多分意味はないだろう。君達も早くじゃんけんしないと棄権になって死んじゃうよ」
 水藤に言われて、ビビったのか、各々がじゃんけんを始め出した。
 龍平も近くにいた奴とじゃんけんをした。龍平はじゃんけんに勝った。
 「愛、岳斗、じゃんけんどうだった?」
 龍平は自分がじゃんけんに勝った旨を伝えた。
 「私も勝ったよ」
 「俺も勝ちだ」
 どうやら、愛も岳斗もじゃんけんには勝ったらしい。
 「ということは一回戦は同じチームだな」
  龍平は、三人とも同じチームということで安堵した。

 カウントダウンタイマーを見ると、残り三分を切ったところだった。ほとんどの生徒の手が緑に光っていて、どこかのコンサートホールにいるようなそんな光景だ。
 「ちょっと、じゃんけんしてよ!」
 ヒステリックに叫ぶ女子生徒の声がした方を見ると、ひ弱そうな男子生徒にじゃんけんをするよう、その女子生徒が頼んでいるところみたいだった。頼んでいるというよりは、無理にでもじゃんけんさせようとしているところみたいだ。
 「私、まだじゃんけん終わってないの。あんたもでしょ?早く手を貸しなさいよ」
 「いやだよ!僕はこんなの嫌だよ」
 「ぐずぐず言ってんじゃないよ!ここで、じゃんけんしないと棄権になって死ぬんだよ!わかってんの?」
 「そんなこと、分かってるよ!でも、こんなことしたって無駄だよ。どうせ、僕たちは助からないんだよ!」
 「あーもうムカつく奴だね。この意気地なしが!後、じゃんけん済んでないのは……」
 今まで、不気味に微笑んでいた成瀬忍が立ち上がって、その女子生徒の前まで出て行く。
 「まだ、じゃんけん終わってないの、お前らだけ。ジ・エンド」
 成瀬が恐ろしいほど低い声で言うと同時に二人の首筋に、赤い点が見えた。龍平はレーザーポインターみたいだと思った。
 「あー!あー!あー!熱い……」
 ーーシュー!
 龍平は思わず口を手で押さえた。二人の首筋がレーザーポインターに焼かれて溶けだしたのだ。
 ーーシュー!
 二人は首を完全に焼かれ、その場に倒れた。龍平は唖然として、言葉が出なかった。周りの皆も、絶句しているようだった。嘔吐する生徒もいた。
 「あいつら、死んだのか」
 「ああ、たぶん」
 隣を見ると愛が肩を震わせて泣いていた。龍平は、何もしてやることができなかった。龍平も今、見たことが信じられなくて、ただボーッと立ち尽くすことしかできなかったのだ。
 「ハハハハハハハハハハハ」
 突然、狂ったような笑い声が聞こえてきた。成瀬が甲高い声で笑っているのだった。

 成瀬の不気味な笑い声が止むと同時に、龍平たちの手の甲から、緑の光が消えた。
 そして、放送が入った。
 『二名の生徒が棄権したため、失格とします。残り八試合です。では、じゃんけんを開始してください』
 
 各々の生徒はパニックでも起こしたかのように、相手を見つけてはじゃんけんをしだした。龍平も相手を必死に探した。
 「おい、お前、俺とじゃんけんしろよ」
 肩を掴まれ、振り向くと、田中が龍平にじゃんけんをするよう、強引に手を突き出してきた。
 「お前、体弱そうだもんな。お前とは別のチームがいいわ。だから、じゃんけん」
 龍平は田中の挑発を無視し、じゃんけんをした。龍平はじゃんけんで負けた。
 「愛、岳斗、どうだった?」
 龍平は二人に聞いた。
 「私は負けた」
 「俺も負け。同じチームだな」
 今度は、たぶん綱引きが行われる。龍平は気を引き締めた。

 『それでは、綱引きを開始します。第三回戦です。よーい、ドン!』

 龍平は後ろに思い切り体重をかけて、綱を懸命に引く。と、龍平はあるものが目について、ギョッとした。さっき、二人の首を焼いたレーザーポインターがそれぞれのチームに二つずつ、皆の手の甲の上を移動している感じに見えたのだ。
 「何なんだ、このレーザーポインターは」
 龍平は疑問に思いながら、綱を引いた。そして、なんとか勝てると思った時、あの嫌な音が聞こえてきたのだった。
 ーーシュー!
 「あー!あー!あー!……」
 何かが、溶けるような音。
 「キャー!」
 龍平は、生徒の頭が邪魔で、何が起こったのか、すぐにはわからなかった」
 「おい、マジかよ。何が起こったんだよ!」
 岳斗が駆け出した。龍平も慌てて岳斗の後を追った。
 「田中!」
 岳斗が田中に駆け寄るところで、龍平は足を止めた。田中が、首を焼かれ、死んでいた。
 
 放送が入った。
 『二名の失格者が決まりました。それでは、第四回戦を開始します。じゃんけんを始めてください」

 水藤が皆を代表するように口を開いた。
 「さっき、気づいたんだけど、試合中に赤の点が皆の手の甲を移動してたの気づいたか。そして、僕はちょうど田中君の後ろで綱を引っ張っていた。そこで、見たんだよ。田中君の手の甲で赤のレーザーが止まったと同時に試合は終わった。つまり、試合の決着がついた時に、負けたチームで手の甲に赤のレーザーが止まった人が失格者になるんじゃないかな」
 「じゃあ、自分に止まらなければ失格にならないと、こういうことか」
 この質問に対して水藤は答えた。
 「たぶん、負けても失格にならないと思う。だから、考えようによっては、死なない方法があるかもしれない」
 「教えろよ、その死なない方法とやらを」
 岳斗が水藤に訊ねたが、水藤は「それは自分で考えれば」と素っ気なく答えただけだった。
 
 龍平も水藤の話を聞いて、なるほど、そうかもしれないと思った。それなら、レーザーポインターがそれぞれのチームに二つずつ、行き来しているのも納得がいく。負けたチームから絶対に二名の失格者を出すためだと考えられる。
 「お前ら、ペラペラ喋りすぎなんだよ、さっきから」
 成瀬忍が話に割って入ってきた。
 「水藤といったか。お前、自分は頭いいと思ってるかもしれないが、そんなにペラペラ喋ったら、殺られっぞ」
 「いや、僕はそんなつもりじゃ……」
 水藤は成瀬に言われて縮こまってしまったみたいだ。
 成瀬は黙って何かを考えているようだったが、拳を掲げて、独特の低い声で、じゃんけんを始めるように皆に言い渡した。
 龍平は、この時、成瀬が一瞬だけ不気味に笑ったのを見逃さなかった。
 「成瀬の奴、何考えていやがる」
 龍平の頭の中は、これから起こり得るかもしれない、嫌なイメージで溢れかえっていた。

 『それでは、第四回戦を開始します。よーい、ドン!』
 龍平は、体重を後ろにかけつつも、さっき水藤が言っていたことを思い返していた。今、確かにレーザーポインターが各々の手の甲を、不気味に移動している。龍平の手の甲にもレーザーポインターが五秒くらいの間を空けて通りすぎていく。試合の決着がついた時点で、負けたチームの、レーザーポインターが止まった奴が失格となるということだった。
 龍平は綱を引きながら、レーザーポインターの赤い光を目で追った。
 「なるほど、そういうことか」
 龍平は分かった。まず、レーザーポインターの動きが一定であること。そして、自分の所を通り過ぎたら、次にレーザーポインターが来るまでに五秒程の間があること。それから……
 「よし、次だな」
 龍平はある作戦が頭に浮かんだ。龍平は、次の試合で、一か八かその作戦を試してみようと思った。
 色々、考えているうちに第四回戦は終わった。
 結果、龍平のチームが勝った。愛、岳斗も同じチームだったから、二人もまだ生きれるだろう。
 ーーまだ、生きれる。
 こんなに生きていることを嬉しく思ったことはないと思う。
 龍平は次の試合の計画を、頭の中で念密にシュミレーションした。
 「たぶん、いける」
 龍平は期待半分、不安半分だったが、とりあえず自信を持つことにした。龍平は自信に満ちて、第五回戦のじゃんけんを始めたのだった。

 『それでは、第五回戦を開始します。よーい、ドン!」
 五回戦開始の合図とともに、龍平は、いきよいよく綱を引っ張った。さっき、シュミレーションしたことを実行に移すために、思考をフル回転させていた。
 五回戦では愛も岳斗も違うチームになった。だから、龍平は思いっきり作戦を実行に移すことが出来た。
 レーザーポインターの動きをしっかり観察する。レーザーポインターが手の甲を移動している。レーザーポインターの動きは不気味だが、龍平は今回に限ってはその不気味な光が自分の敵に見えていた。戦うべきは、綱引きの相手チームではなく、この不気味な光であると。
 「大丈夫だ。今回も例外ではないな」
 龍平は呟くと、今か今かと作戦決行のタイミングを計っていた。今回もレーザーポインターは一定のスピードで動いている。たった今、龍平の手の甲を通り過ぎた。あと、自分の所に戻ってくるまで、約五秒。
 「いける」
 龍平は作戦を決行した。
 「うぉーーーーーーーー」
 龍平は一気に全体重を後ろから前へかけた。そして、前で綱を引っ張っている者に突進していった。
 「わー」
 「なんなんだ!何が起こった!」
 「キャー!」
 龍平は自分の前で綱を引いていた者を強引に前に押して、倒した。と同時に綱は、相手側の方に一気に持っていかれた。
 ーーシュー!シュー!
 何かが溶ける音が聞こえた。見ると、自分のチームの二人が死んでいた。
 「お前、何しやがったんだ!死ぬところだったろ!」
 龍平は胸ぐらを掴まれた。龍平は、その手を振りほどくと反論した。
 「俺はな、自分を守るためにわざと負けたんだよ。レーザーポインターを利用してな。レーザーポインターは一定の動きで、自分の所を通り過ぎてから五秒くらいの間隔でまた自分の所に戻ってくる。つまり、その五秒の間で負ければ、自然と自分は助かるという計算になる。だって、負けても他の奴が死ぬことになるんだからな。だから、俺はわざと負けるために、全体重を後ろから前へかけたんだ。そして、前の奴らに体当たりしていったんだよ。当然、綱は相手側に引っ張られるだろ」
 龍平は言い終えると、鼻から息を吐き出した。周りの奴らは、静まり返っている。龍平は続けた。
 「最低だと思うか?でもそうでもしないと、生き残れないんだよ。このデスゲームは」
 龍平は静かにいうと、地面に座り込んだ。涙が出るのを必死にこらえた。だが、目から涙が出るのを感じた。俺は、性格が変わってしまったのか……
 「龍平……」
 「龍平くん……」
 岳斗と愛が、龍平を見下ろしている。哀れな目を向けているのか、龍平には分からなかった。俺は悪魔に変わってしまったのか。自分でも分からない。だが、悪魔にならないと生き残れないのだ。
 「うぉーーーーーーーー!」
 龍平は自分の変わりようが悔しくて、思い切り叫んでいた。

 第六回戦で水藤が犠牲になった。水藤は、さっきの龍平の話を熱心に聞いていた印象があった。案の定、龍平の作戦を第六回戦で水藤は実行した。しかし、レーザーポインターの間隔を間違えたのか、水藤が龍平たちのチームに突進してきたが、試合終了と同時に水藤の首が焼かれたのだった。
 これで、残りの生徒の数も最初と比べると、だいぶ少なくなってきた。少なくなってきたということは、それだけここから解放される時間も迫っているというこたなのか。龍平は、人が死んで、悲しい気持ちもあるが、解放に近づくということで、喜ばしくもあった。そんな、自分の気持ちに龍平は追いつかなくなっていた。他者を殺してでも自分は生きる、という感覚になっていたのである。龍平は自分の心が暴走している感覚に陥っていた。

 『第七試合を開始します。よーい、ドン!』
 龍平は今回は思い切り綱を引くことに力を注いだ。岳斗も同じチームだし、愛も同じチームだったからだ。それから、同じチームのメンバーを見たとき、普通に戦っても勝てると直感したからであった。もうすぐ、勝てると思ったとき、悲鳴が聞こえた。
 「痛ッ!イッテ~」
 岳斗の声だった。見ると、相手チームの成瀬忍が血のついたサバイバルナイフを握りしめていた。あの血は多分、岳斗のものだと直感した。
 「キャー」
 美樹が悲鳴をあげた。岳斗の力が一気に抜けて、綱が成瀬のチームの方に引っ張られたからだった。
 「クソ!負ける!」
 龍平が叫ぶと同時に試合は決着がついた。龍平は慌てて、自分の手の甲を見た。赤いレーザーはなかった。
 成瀬のチームが勝った。しかし、どういうことだ。綱から手を離してもいいのか。成瀬は明らかに、綱から手を離してサバイバルナイフを握りしめていたはずだ。ということは、じゃんけんさえ済めば、あとは何をしてもいいということなのか。龍平は色々、考えを巡り合わせていたが、良い案が思いつかなかった。
 「岳斗くん、大丈夫!?」
 愛が岳斗に駆け寄っている。龍平も我に返って、岳斗に駆け寄った。
 「とりあえず、応急処置だ。タオルで傷口を塞いで、止血するんだ」
 「そうね、わかった」
 龍平は愛にいうと、岳斗の処置を愛と手伝った。
 成瀬は一人でサバイバルナイフを見つめて、不気味に微笑んでいた。

 第八試合から、岳斗は、じゃんけんを済ますが試合には出ないことにした。龍平が「試合に出なくてもレーザーに当たらなければ死なないから大丈夫だ」と言ってくれて、こうして試合を眺めることにしたのだ。

 『第八試合を開始します。よーい、ドン!」
 第八試合は、両チーム、いい勝負をしている。引っ張られたり、引っ張ったりを繰り返していた。だが、次の瞬間、岳斗は自分の目を疑い、唖然とした。
 「ちょ!何するんだよ!」
 成瀬忍が自分の綱から離れると、相手チームの肥満体型の男子生徒が履いているクオーターパンツを思いっきり下げたのだ。肥満体型の男子生徒のトランクスが露わになった。結果的に、その肥満体型の男子生徒は、綱から手を離してしまった。今まで、肥満体型の男子生徒が頑張っていたのだろう、一気に成瀬チーム側に綱が引っ張られていく。
 そして、試合終了。成瀬のチームが勝った。成瀬は勝ち誇ったような顔をしていた。
 「次はもっと面白いものを見せてやるよ」
 成瀬忍が見学していた岳斗の耳元で囁いた。
 岳斗は成瀬の声に悪寒が走り、身震いしたのだった。

 第九試合が始まった。岳斗は横で、すなわち全体が見渡せる位置で、試合を眺めていた。最初と比べると、随分生徒の数が減ったように感じる。数えてみると、十二対十二の試合である。
 「俺らは、一体何をしているのだろう」
 岳斗は、一人呟いた。今回の運動会で何人の生徒が死んだのだろう。岳斗は自分が今、何をしているのか、何をやらされているのか、理解できないような感覚になっていた。
 「キャー!やめてよ!」
 岳斗は女子生徒の叫び声で我に返った。岳斗はその光景を見て、紅潮した。
 成瀬忍が、さっきの肥満体型の男子生徒の前で綱を引っ張っていた、女子生徒が履いていたクオーターパンツを下げたのだ。成瀬は嫌がる女子生徒になおも、しがみついている。
 「やめて!離してよ!」
 女子生徒は涙ながらに成瀬に訴えかけるが、成瀬は女子生徒にしがみついたままだ。女子生徒の下着が露わになって、それを女子生徒が必死に隠そうとしている。もう、その女子生徒は綱から手を離しているが、成瀬チームが負けそうだった。
 岳斗は行く末を眺めていたが、成瀬は大胆な行動に出た。なんと、相手チームの一人一人が履いているクオーターパンツを順番に下げだしたのだ。
 「キャ!」
 叫び声が上がり、相手側のチーム全員が綱から手を離したようだ。
 成瀬側が勝利。これで、あと残り一試合。

 龍平は憤っていた。成瀬忍の行動にである。あんなことして、チームを勝たせるなんてどうかしてる。でも、龍平はこの二試合は、成瀬と同じチームだったから、死なずに済んだ。愛も同じチームだったから、愛がクオーターパンツを下げられることはなかった。

 第最終試合、十試合目のじゃんけんが完了した。
 「俺は、勝ちチームだ。お前は、勝ちか?負けか?」
 成瀬が一人一人に聞いて回っているようだ。
 「お前になんか、教えるかよ!」
 肥満体型の男子生徒が成瀬に対して吠えた。すると成瀬は、肥満定型の男子生徒にカッターナイフを突きつけた。
 「お前、死にてぇのか?」
 成瀬はニヤつきながら、肥満体型の男子生徒の喉元にカッターナイフを突きつけている。
 成瀬と肥満体型の男子生徒のにらみ合いが続いていた。
 「もう、やめて!」
 沈黙を破ったのは愛だった。愛は、成瀬の?茲をビンタした。龍平は、突然の出来事に呆気にとられていた。
 「君、今殴ったね?」
 成瀬が低い声で言った。
 「キャー!何よ!離してよ!」
 成瀬が愛に馬乗りになった。龍平は、思考が停止していて何が起こってるのか咄嗟には理解できなかった。
 「キャー!やめて!」
 愛が成瀬に弄ばれている?龍平は愛のブラジャーが露わになった時点で、今何が起こっているのかを理解した。
 「龍平、何突っ立っとんの?早く愛を助けないと!」
 岳斗が龍平の目を睨んできた。だが、成瀬はナイフを持っているし、異常である。今、近づくと自分が殺されてしまうかもしれない。
 「誰か!助けて!」
 愛は必死に抵抗していた。が、皆、成瀬が怖いのか、じっと愛がレイプされているところを見ているだけだった。
 愛は泣いていた。成瀬は、愛のブラジャーに手を伸ばした。愛は必死に抵抗しているが、もうされるがままになっている。
 「おい!龍平!このままじゃ、愛がまずいぞ!」
 龍平は自分がこんなに情けない男だったとは思わなかった。幼馴染の女の子が、レイプされてるのに、自分の安全しか思いつかない。成瀬忍は近づくと危険である。しかし、今は愛を助けないと。
 龍平は意を決した。俺が、愛を守るんだっただろう。愛と生きてここから出るんだっただろう。愛が被害に遭ったのなら俺も成瀬に刺されてやる!
 「成瀬ー!やめろ!」
 龍平は成瀬に飛びつき、愛から成瀬を引き離した。そして、愛の盾になるようにして、愛の前に立った。成瀬はサバイバルナイフを取り出した。今度は、龍平の喉元にサバイバルナイフが向けられた。
 「俺と彼女の邪魔をする奴は死んでもらう」
 成瀬はそういうと、龍平にサバイバルナイフを向けたまま、近づいてきた。龍平もそれに合わせて後ずさった。いつ刺されてもおかしくなかった。
 「あーーーーーーーー!」
 「うぐッ!あーーーーーーーー!」
 突然、誰かの苦しむ声が聞こえてきた。見ると、二名の生徒が首を焼かれているところだった。
 「え!マジかよ!タイムオーバーか!?」
 岳斗が叫んだ。皆、成瀬の行動に釘付けだったため、時間に気がつかなかったのだ。十分間でスタンバイしないといけなかったのだが、誰もスタンバイしていなかった。
 成瀬は、サバイバルナイフをしまうと、そのまま水飲み場へと消えていった。龍平は力が抜けて、倒れそうだったが、すぐさま愛の元へ駆け寄った。
 「愛!大丈夫か!」
 愛の服を正すと、龍平は愛の意識が戻るまで、静かに待つことにしたのだった。
 「これで、綱引きは終わりだな」
 岳斗が静かにいった。
 「ゴメン、岳斗。俺、もうどうでもよくなってきちゃった。俺は、愛を守るとか言っておきながら、愛が弄ばれていても、ただ成瀬のナイフが怖くて、見てることしかできなかった。愛の方が、俺よりよっぽど強いよ」
 「……」
 「俺、愛の幼馴染、失格だな」
 龍平は、静かに落胆した。
 岳斗は静かに龍平の言葉に耳を傾けていた。
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