現実(こっち)でユーチューバー、異世界(あっち)で冒険者やってます

三國氏

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フィンネルとヘレナ 其の三

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「いやぁ、アテナ様とポセイドン様ってほんとに仲良くて驚いたし。昔いざこざがあってかなり険悪って聞いてたのはデマだったのか」

 昨晩の出来事をヘレナに語るフィンネルは、頭の後ろで手を組み足を投げ出すように歩いていた。
 現在二人がいるのは七番街のとある通り。
 彼女らのホームがある一番街から七番街に来ることは滅多にないが、今日に限ってはその例外である。

 フィンネルが語った通り同じ派閥に属しているからといって、他のファミリアと共同でダンジョン攻略をすることはあまりない。
 そのためフィンネルがアテナを見たのは昨日が初めてだった。
 そしてフィンネルは同じくその場にいたヘレナ相手に、アテナの美しさについて何度なく語ったたほどである。

 そしてアテナの名が出たことで今回もその話がまた始まるだろうと、隣で聞いていたヘレナは感じていた。

「いやぁ、それにしてもあの美しさはなんだし。女神ってのはあたしら人とは根本が違うよな。顔ちっちゃくてパーツは全部整ってるし、足の先から髪の毛まで全部が違う。なんというか、美の終着点みたいな感じだよな、な!」

 ヘレナに顔を迫るフィンネルは認識の確認───というよりほとんど強要だが───をする。
 鼻息の荒いフィンネルに色々と思うところのあるヘレナだが、ある一点、アテナが美しいということに対しては全く異存のないところではあった。

「美の終着点という例えはあれね、ちょっと微妙だけれど。他の女神と比べてもトップに入るわね。それにしても意外だったわ」

「何が?」

「ほら貴方って自分の見た目の事とかあまり気にしないじゃない。その露出の高い服装とか特に。だからアテナ様をキラキラしてる目で見てたのが意外だったのよ。やっぱり貴方も女だったんだってね」

 化粧っ気のない親友の新たな一面を見られたと、感想を述べるヘレナにフィンネルはなんのことやらと首を傾げる。

「いやぁ、なんか誤解してるし。別に自分の服装とかどうでもいいし、単純にあの美しさに感動しただけだし。別にあぁなりたいとかじゃなくて。んー、なんかこう愛でたいなぁ、守りたいなぁ、みたいな?」

「あー、それはわかるわ。昔のアテナファミリアもそういう人が集まってたって話も聞いたことあるわね」

 どこのファミリアにおいても主神に対する忠誠は絶対だが、アテナファミリアのそれは忠誠を超え崇拝に近かったと兄に聞いたことがあったとヘレナは思い出した。
 それ故に不思議でならなかった。
 そして何故どうしてと、ヘレナとフィンネルは同時に呟くのだった。

『なんでアテナ様を困らせるのかなぁ』

 昨日二人が聞いたアテナの話をまとめるとこうだ。

 ファミリアにどうしても入りたいという三人組が現れ、再びファミリアを作ることになった。
 最初は自分の指示に従っていたが、暫くして本性を現した。
 自分をぞんざいに扱い、果てはダンジョン攻略などしないと言い、好き勝手に行動し始めた。

 そして今回のポセイドンファミリアに対しての無礼も、三人が自分の名を貶めるため強行した行為。
 だからファミリアの子らの力を貸して欲しい。
 そして少しだけ三人を懲らしめて欲しい、というのが昨晩ポセイドンファミリアを訪れたアテナの依頼である。

 普段からルールについてあまり固執せず、自由気ままな行動をとるフィンネルも今回のケン達の行動について声を大にして意を唱えた。

 ファミリアに入ることとはつまり、神の祝福を受けその加護を受けるということ。
 太古の昔から人は神の寵愛により繁栄してきたという教えもあり、ダンジョン攻略というのは人としての義務に近い。

 それをダンジョンは危険だから行かないと宣うその三人組には、神に変わって鉄槌が必要だとフィンネルは意気込んでいるのである。

「不敬にもほどがあるというものです。主神に歯向かうなど私なら兄様の命令でも躊躇うくらいですのに」

「あっ、躊躇らっちゃうんだ。そこは速攻断るべきだし」

 ヘレナにとって兄のルブルムの言葉は神の言葉と同等の重みがある。
 と言っても兄がポセイドンに敵対するような行動を取ることなど、考えることすら不可能だった。

「ありえない想定なんだからいいでしょそこは。とにかく今は、アテナファミリアの三人組を見つけるのが先決なんだから」

 今回の依頼を言葉にすることで、再び気を取り直した二人の表情は真剣なものへと変わった。
 それは年端もいかない少女のものではなく、本物の冒険者の表情そのもの。
 ただし今回は二人の表情から僅かばかりの不安が見てとれた。

「それでさヘレナ。ゆーちゅーばーって何だろうね?」

 戦士職や魔法職などから派生する冒険者の|職業(ジョブ)は数多ある。
 フィンネルのアマゾネスやヘレナのウィッチなど、上げていけばキリがないとはいえ。
 ポセイドンファミリアの誰一人として聞いたことのない職業に警戒しないほど、この二人は無鉄砲でも愚かでもなかった。

「おそらくだけど魔法職の一種だと私は考えてるわ。昨日私達を襲った巨大ファイヤーボール、さらにこの辺りでは爆裂の魔導師の二つ名で知られてるみたいだから間違いないわね」

「アテナ様はゆーちゅーばーってのはえんたーていなーとか言ってたけど、どう思う?要は強ジョブってことかな?」

「わからないわ。ただ昨日の魔法は相当なものだった。単に威力とかそういうことだけでなく、普通同威力の魔法で相殺できるはずの魔法が、あれだけしつこかったのには理由があるはずね。精霊との結び付きを強める力のある魔法職みたいなものかもしれないというのが、昨日ウィーニアと話し合った結果よ」

 消しても消してもそれ以上に広がる大火事のようだったと、ヘレナは魔法の厄介さについ補足する。
 ポセイドンファミリアの魔法職においてトップの実力のウィーニアと、それに匹敵する魔法の才能があると言われるヘレナがそう言うならそうだろうとフィンネルはさらに警戒を強める。

「要注意……ってわけか。でもわかってるよなヘレナ」

「当然よラフィー。私達のファミリアに喧嘩を売った報い、後悔を心の底の底の底まで刻み込んでやりますわ」

 未知数の敵だから逃げる。
 そんな選択肢は二人に存在しない。

 神への冒涜を犯した三人組への鉄槌を下すためだけなら、躊躇ったかもしれない。
 街で騒ぎを拡大しては大袈裟に騒ぎ立てるだけなら他のファミリアに任せたかもしれない。

 だが、ケン達は決して侵してはいけない領分へと踏み込んだのだ。
 ポセイドンファミリアという自らの誇りに手を出され、泣き寝入りを決め込むという選択肢は浮かぶことすらありえない。
 たとえ浮かんだとしてもそれを鼻で笑い、確かな意志を持って彼女らはファミリアの敵全てを討ち払うだろう。

 覚悟の強さを互いに再確認した二人、フィンネルは黒い無垢な瞳をヘレナは青く澄んだ瞳に決意の炎を纏い確かな足取りで進む。
 そして七番街に慣れていない二人にアテナが伝えた目印である、恰幅の良いおじさんとおばさんが営むコラーの店の横にある通りの角を曲がった。

「アテナ様との待ち合わせはちょうどこの辺り……いたっ」

「待ってラフィーあの三人組がそうなんじゃ」

 とある狭い路地裏でアテナと待ち合わせてから、二人を連れてケン達と対峙するというのが当初の予定だった。
 しかし、路地を曲がって見つけたのはアテナと、見たことのない三人組。

 警戒レベルを一気に数段感引き上げ、フィンネルは両手をだらりと下げヘレナは杖を握る手に力を込める。
 瞬時に対応できる構えを取った二人は一瞬足を止め、今取るべき最善手について考えを巡らす。

 フィンネルはとりあえず突撃してから考える。
 ヘレナは一時退却し態勢を立て直すべきと結論に至ったところで、ケン達の視線がこちらに向いたのに気付いた。

 敵意も悪意も無い、あるのは多少の興味という視線だった。
 それは拍子抜けするほど平凡で、その辺にいる通行人となんら変わらないものだった。

 だからこそ余計に凄まじい驚愕が二人を襲うことになる。
 狂気に満ちた歪んだ表情でやったのなら理解できなくとも納得はできただろう。
 しかし三人組の一人はなんの悪意も無いシラフの表情でそれをやった。

 神殺し。

 前代未聞どころか人類史上最初にして最後の事例に違いない。
 一人は手に持ったナイフをなんの抵抗もない滑らかな動きで、アテナの腹部へと深々と突き刺したのである。

 汚れどころか埃一つ無いのではと思えるような純白のドレスは、腹部の辺りから大量に流れ出る赤い液体で色を染めていく。

「あっ、あっ、あり……えないし」

「……殺さなきゃ」

 頭では理解も納得も出来ない状況ではあったが、二人の体は反射的に反応していた。
 時折路地裏に吹き抜ける風の速度を遥かに上回る突風にフィンネルなった。
 初速ゼロからのノンタイムでの最高速である。

 しかしヘレナも遅れはしない。
 みしりと音を立てるほど強く握った杖を突き出し、先制攻撃のための魔法を詠唱破棄で放つ。
 威力を犠牲に先制の好機とフィンネルの突撃のサポートを同時に成し遂げるためだ。

「ウォータースラッシュ!」

 ヘレナの使える水魔法の中では最速のそれ。
 数枚の水の刃がフィンネルの横を擦り抜け、軌道を僅かに変え三人を襲う。

 防御に手を回した隙に懐に入り込んだフィンネルが縦横無尽に暴れ回り、その間に詠唱を終えたヘレナの先程より強力な魔法でとどめを刺す。
 ヘレナは数秒先に訪れる未来を頭の中でイメージした。

 最小の手順で最速の時間で最大の結果をもたらす。

 そうなるはずだった。

 しかしそうはならなかった。

 彼女らは一つも手順を誤っていない、ただ一つ見誤っていたのだ。

 相手が自分達より強者だという事実を。
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