夜明けまでにキスをして

しおりの人

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プロローグ:始まりの鐘の音

嵐の夜に

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 私は驚いて目を開けた。
 
 外は暴風雨で満たされている。その声を聞いた瞬間、考えるよりも先に体が動いた。私は、急いでドアを開けて男の子を館の中へと引き入れる。

「お姉さん。ありがとう、ありがとう……」

 男の子は、涙なのか雨なのかわからないけど、その端正な顔をくしゃくしゃに歪ませながら私に抱きついてそういった。あの森の中で一人でここまでやってきて、どれだけ心細かっただろう。私は彼の気持ちを察して、少し心が揺らいだ。
 彼は私に抱きつくと、それが初めての抱擁であるかのように、私のことを強く抱きしめた。まるで、離したくないかのように。
 しかし、本当に助けてよかったのだろうかと自問する。
 彼は人間だ。彼は私にとって知らない人間だ。私は人間と関わるべきではない。私は人間と関わってはいけない。

「森の中で迷子になっちゃったんだ。どこにも行けなくて、怖くて……」

 しかし、彼はただの子どもだ。嵐の中で、一人さまよっている子どもだ。

 私は私の人間らしさを自覚して自嘲する。どうやら、私にもまだ未練があったらしい。私は一瞬迷ったが、ひとまずやってしまったことは仕方ない。彼をずぶ濡れのままにしておくと風邪をひいてしまう。

「ほら、まずは体でも拭いて着替えなさい」

 私は、彼を客間へと連れていくと、乾いた服とタオルを渡した。

「うん」

 彼は素直に言うことを聞いた。
 私は、彼が着替えている間に、台所で温かい飲み物と食べ物を用意してくると告げて、部屋を後にする。

 胸に手を当てる。時計の針の音にも似た、規則正しい響きが手のひらに伝わる。
 窓の外を見ると、雨風はますますその勢いを増していた。あのまま男の子を外に置いていたら、もしかしたらそのまま吹き飛ばされていたかもしれない。ガタガタと震える窓枠からは、この館でさえも嵐を耐えるのにあまりにも頼りなく思えた。
 よしっ、私は一度深呼吸すると、パタパタと急いでキッチンへと向かった。

「とにかく早く済ませないと」

 風が吹き荒ぶ音と、焦る足音が廊下にこだました。





「お姉さん、ごめんなさい。こんなことになって……」

 部屋に戻ると、服を着替えた男の子がどこか落ち着かない様子で立っていた。

「気にしないで、それよりも食べて体を温めなさい」

 私は彼に、ホットミルクとクッキーを差し出した。
 彼は、まるで砂漠の中でオアシスを見つけた時のように、ひまわりも負けんばかりの笑顔を浮かべるとカップを手に取った。冷えた体とっては舌が焼けるほど熱かったのだろうか、一気に飲むには熱すぎるミルクを少しずつ飲んでいく。暖炉の前で手を温めるように、白いカップを両手で包み込んでいた。

「ありがとう」

 私がまじまじと見ているのに気がついたからだろうか、男の子はミルクから目線を外すとどこか恥ずかしげな様子でそう呟いた。

「気にしないで」

 私の言葉を聞くと、少年は安心したように再びカップに口をつけた。
 彼の顔色はだいぶ良くなっていた。頬や唇の血色もよくなり、少しだけ血行が良くなっているようだ。そのおかげでか、先ほどよりも表情が柔らかく見える。

 窓の外では相変わらず雨風が激しく吹き荒れている。木々が風に煽られ、木の葉が何枚も宙を舞っていた。窓枠には水滴が次々とぶつかり、まるで涙を流すかのように流れていく。

 そんな外の様子を見ながら、私はおもむろに立ち上がった。そして、静かに部屋から立ち去ろうとする。

 私はしかし、それは叶わないようだった。
 なぜなら――

 私の手はいつの間にか目の前にいた小さな男の子によって掴まれていたからだ。そして、彼の目はまっすぐにこちらを見つめている。
 その目は、どこか不安げに揺れていた。彼は何か言いたいことがあるようで、口をパクパクさせているのだが言葉にならないらしい。どうしたものかと考えていると、ふいに彼が口を開いた。そして、彼はこう言ったのだ。

――一緒にいてくれない?

 ついさっきまで命の危険に晒されていたのだ。それが何を意味するのかわからないわけではなかった。しかし、私は静かに首を横に振った。それでもなお、彼は食い下がらなかった。必死の形相で、今にも泣き出しそうな声で私に訴えかける。

 私の胸の奥底にある歯車がきしむような音が聞こえた気がした。
 だめなのだ。私のようなと一緒にいれば、この子もきっと同じ運命を辿ることになるだろう。だから、私は彼を突き放すことにした。

「ごめんなさい。私はあなたと長く一緒にいるべきではないの」

 私はできるだけ優しく微笑みかけた。そして、ゆっくりと彼から離れる。
 男の子の悲しげな視線を背中越しに感じながら、私はその場を後にした。
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