殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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糸の行き先

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 触媒は一度買えば永続的に使える物とそうでないものがあるという事を、ビャクヤはまだ女々しく解説している。

 俺は興味のない素振りで聞いているつもりだが、ビャクヤはお構いなしで喋る。

「このッ! ヘルハウンドの鼻! どうやって手に入れるか、解るかねッ! キリマル君ッ!」

「知るかよ、興味もねぇ。さっさと魔法追跡とやらを始めろ」

「ヌハァ! その知的探求心の無さはいけませんねッ!いつか知識の大切さを思い知りますよッ!」

 村の中央にある何もない広間で、ビャクヤは激しくタップを踏んでジタバタと動くので、村人が何事かと寄って来る。ついでにゾンビもいるが、村人も慣れたのか気にしていない。

「あの悪魔が魔法で何かをするらしいぞ」

 村人がヒソヒソ声でビャクヤを見ている。

「お集りの皆さんッ! あなた達は数日間ッ! 魔法によってゾンビと化していたわけですがッ! 誰がそんな事をしたのか知りたくないですかッ!」

 怪訝そうな顔でビャクヤを見た後、村人たちは顔を見合わせてから、もう一度ビャクヤを見る。

「そりゃ知りてぇさ! できれば皆で袋叩きにしてやりてぇ! もし聖騎士見習い様が、魔法のメダリオンで俺たちを生き返らせてくれなけりゃずっと、こいつらみたいに村中を彷徨っていたんだろうからよ!」

 未だにゾンビの姿のまま村を徘徊する顔見知りを見て、村人は拳を上げて怒る。

「でしょうともッ! そこでこの吾輩がッ! その犯人を見つけて差し上げましょう! もし上手くいった時にはッ! 一人千銅貨一枚ずつを寄付してくれないでしょうかッ!」

 千銅貨一枚か。地球の価値だと千円くらいかな。払ってもいいかなと思わせる金額だな。触媒代をペイさせようってわけか。小狡いねぇ、ビャクヤは。

 それぐらいなら払えると口々に言う村人をかき分けて、如何にも事務職といった感じの女が前に出てきた。

「ついでにその犯人が魔物だった場合、ギルドから報酬を出します」

 どこの村にも町にもある冒険者ギルドの職員が、依頼書をこちらに見せて眼鏡を光らせている。

「これは僥倖ッ! お金の心配はしなくて良さそうですねッ! 貧乏なる我が主様ッ!」

「貧乏貧乏言うな!・・・貧乏だけどさ」

 リンネは恥ずかしそうにして頬を膨らませた。

 村人も冒険者ギルドも、相当腸が煮えくり返っているようだな。そりゃあそうか。即死させられて尚且つ、ゾンビにもされたのだから。まぁほぼ無害なゾンビだったけどよ。それでもクドウはお前ら村人に一回殺された。

 そういえばルロロは、このゾンビ化の原因が、無知な誰かが使用した巻物にあると言っていたな。

 確かにそう考えるのが妥当か。大勢を即死させるような高度な魔法なのだし、となると触媒代もベラボーに高いだろう。こんな財宝も何も埋まってなさそうな田舎村に唱えても、コストの回収は見込めねぇ。

 だが巻物なら簡単だ。個人の魔力の有無に関係なく、開いて文字を読めばいい。下準備もなにもいらねぇ。

 そりゃあ巻物代がかかるかもしれねぇが、盗んだ可能性もある。

 呪文を発動させれば後は経過を見守るだけだ。犯人はこの場にいない可能性もあるがな。しかし、それを追跡するためのビャクヤの魔法なんだ。

 失敗すんじゃねぇぞ? ビャクヤ。俺は犯人を斬り殺したくてウズウズしてんだからよぉ。リンネがいる手前、大義が必要だからな。大義を持って犯人を殺す! ハァー。良い子ちゃんでいるのも辛いわ。

 ビャクヤは急に気でも溜めるかのように、踏ん張り始めた。

「それでは・・・、んぎぎぎぎっ! これよりッ! 追跡の儀を始めたいとぉ・・・・! おも、おも、思いマンモスッ!」

 おまえ、絶対嘘だろそれ。そんなに踏ん張らなくてもできるだろ。何でもかんでも演技を織り交ぜやがってよぉ。え?

 俺の心の声を聴いたのか、ビャクヤは俺を見て何とも言えない表情を作っている。まぁ魔法の仮面の表情なんだが、恥ずかしそうというか、芯を食われた奴の顔というか。・・・こっちを見るな!

 しかし魔法を大して知らない村人たちは、息を呑んでビャクヤを見守る。

 ビャクヤもそれに気が付き調子に乗り始めた。

「吾輩はッ! んんん西の大陸の半分を手中に収めるツィガル帝国の! 皇帝ナンベル・ウィンの孫にして大魔法使い! その名もビャクヤぁぁぁ・ウゥゥゥゥィンッ!」

 地面に魔法陣を光らせて、下から煽る謎の風で、マントをはためかせ、詠唱するのかと思ったら、ただの自己紹介か! さっさと魔法を唱えろ、糞ボケがぁ!

「あらぁ! いいもの見たわぁ! 若い子の裸なんて久しぶりィ! 食べちゃいたい!」

 隣で見知らぬ中年のババァが、頬を赤らめて舌なめずりした。きめぇ。

 ビャクヤのリフレクトマントがたなびくたびに、パンツ一枚の細身の体が見える。よく見ると筋肉で引き締まった良い体をしている。

「ザーザード、ザーザード! スクローノ! ローノスーク!」

 ビャクヤはどこかで聞き覚えのある詠唱を開始した。おい、止めとけ。集英社にダムドされるぞ。

「マホーノ ジュモンーワ! ベツーニナンデモイーノ・アッバーブ! イメージヲ カタメルコトーガ デキレバッ! チンカラホイデモナンデモイイーノ・アッバーブ! ゼーータァァザクヘッド!」

 あ? おまえ、それ呪文か? こいつ時々地球のネタを言ってねぇか? 俺の心を読んだにしても、俺は普段から地球のサブカルの事なんて考えていねぇんだが?

 ビャクヤの足元にある魔法陣から、ドゴーンと音を上げて、太くて赤い光柱が空へと向かって伸び、ある程度の高度まで上がるとそれは細かく四方に飛び散った。そして村中のあちこちにマナの光が降り注ぐ。

「これでいよいよ、犯人の痕跡を辿れるわけだ」

 ビャクヤが出し惜しみした魔法はゾンビを光らせ、頭から糸のようなものを出している。

「この光の糸を辿ればいいんだな?」

 魔法を発動させているビャクヤにそう訊いたが返事はない。意識を集中させるのに忙しそうなので、俺は一足先に光の糸を辿って歩き始めた。
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