殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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自慰のかほり

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「なんでッ! 吾輩だけッ! 正座ッ!」

 俺を巻き込もうとして、こっちを見るんじゃねぇぞ? ビャクヤ。

「は? 文句あるの? 正座させるだけじゃなくて、星座にしてあげてもいいんだけど?」

「ヌハッ! この若き齢でッ! 夜空に煌めくッ! お星さまにはなりたくないんぬッ!」

「もうその辺にしてやってくれねぇか、リンネ。あん時、ビャクヤはマナを失って、立っていられないほどだったんだ」

 俺は良い子ちゃんを演じてビャクヤを庇う。

 しかし霊に憑りつかれたまま廃墟の地下に一晩放置された事に怒るリンネは、ビャクヤのシルクハットをゆっくりと押し潰した。

「それでも主である私を一晩放置するなんて、酷いと思わないのかしら? ビャクヤ」

 押しつぶされたシルクハットが、リンネの手の圧力から解放されると、蛇腹のように戻る。

「まぁまぁ。いいじゃねぇか。お前さんが一晩地下室にいただけの報酬は手に入ったろ? 生き返らせた子供たちの親から貰った個人的な謝礼は、金貨何枚分だ?」

「十枚だけど・・・」

「十枚! そんなにも!」

 俺は大袈裟に驚いてみせた。日本だと百万円の価値だ。これで滞納した三か月分の授業料は十分に払える。

「でもキリマルを胡散臭く思って、払わなかった人もいまんしたねッ!」

「まぁ謝礼を貰うつもりで子供たちを生き返らせたわけじゃないし・・・。それに経済的に裕福じゃない人もいるからね」

「主様のようにねッ!」

 リンネにシルクハットを叩き飛ばされたビャクヤは、慌てて拾いに行く。

「後はシンベーイからぶんどった魔法の剣が幾らで売れるかだな。高値がつけばつくほど俺たちの儲けになる」

「主様の金だがねッ!」

 そうだった。一般的な常識として、使い魔のビャクヤや契約悪魔の俺の稼ぎは、全部リンネのものになるんだったわ。まぁ金があっても使い道ねぇしよ。こんなド田舎の街に欲しくなるものなんて売ってねぇしな。

「でも今回の件は殆ど二人のお陰だし、これはボーナスよ!」

 そう言ってリンネは俺とビャクヤに銀貨五枚ずつ渡した。五万円の価値だ。

「いいのですかッ! 元・貧なる我が主様!」

「貧なる主って言うな~!」

 ビャクヤはまたシルクハットを飛ばされて拾いに行く。

「二人で何か買い物をしてきたら? キリマルも異世界から来て、この世界の事をあまり知らないでしょ?」

 ビャクヤと二人きり・・・。昨日のベッドでの事を思い出した。魅力に抗いがたい超絶美形顔が頭にちらついて嫌な気分になる。

(あまり奴の顔は思い出さないようにしよう。あの俺様史上最悪の黒歴史を、ビャクヤの読心で知られるわけにはいかねぇ)

「そうかい? じゃあ街をブラブラしてくっか。リンネは何するんだ?」

「私は実地訓練のレポートを書かないと・・・」

「学生も大変だな」

「まぁね」

 ふぅとため息をついて自分の肩を揉むと、もう怒りを忘れたのかリンネは机に座ってレポートを書き始めた。

「んじゃあ行くか、ビャクヤ。お前も魔法に使う触媒とか、買う必要があんだろ?」

「そうだねッ! 行こうか、キリマルッ!」

 ビャクヤがふざけて俺の手を握って歩こうとしたその時。

「浮気は許さない!」

 ドロンと煙が上がって、全裸のアマリが出てきた。

「何奴んぬッ!」

 ビャクヤはふわりと後方にジャンプをして距離を取ると、魔法のワンドをアマリに向ける。

「何奴って、こいつはアマリだが。人型になれると前に言ってなかったか?」

 多分言ってないな。それに言っていたとしてもビャクヤは、関心がなければすぐになんでも忘れる。

 俺だってビャクヤの話に興味がねぇから、同じ内容を二回か三回聞いてから、やっと脳に焼き付ける事ができる。神様が地球人だって話も、何回か聞いてようやく驚いたもんな、俺は。

「この美少女が・・・! アマリだとッ! その白雪のような肌は本物かねッ!」

 ビャクヤがアマリに近づいて、胸と秘所を隠す長い黒髪をかき分けようとしたその時。

「こらーーー!」

 リンネが椅子から立ち上がると、80年代アニメのキレたヒロインのような前傾姿勢でツカツカとビャクヤに歩み寄った。

「見知らぬ女の子の裸を見ようとするなんて最低! マジックハンマー!」

 100トンと書かれた巨大なハンマーが空中から現れると、リンネはそれを掴んでビャクヤの脳天に叩きつけようとした。

「なんの陽子ッ! リフレクトマンンンントッ!」

 絶対的な物理的防御を誇るリフレクトマントで、ビャクヤは巨大な槌を跳ね返したが、あんなもんまともに食らったら即死だぞ。

「ドタバタ煩い」

 アマリはリンネの胸とビャクヤの股間を握って二人を止めた。

「はうッ!」

「キャッ!」

 微動だにしない無表情のまま、二人の間を通り抜けるとアマリは俺に抱き着いた。

「キリマルは私のもの」

 俺の首に手を回すと、ドヤ顔をなぜかリンネではなく、ビャクヤに向ける。

「は? 貴方って刀でしょ? そういう仲になるのはおかしくない?」

「おかしくない。私は殿方を喜ばせる機能がある」

「え? じゃあキリマルは刀と・・・、セッ・・・。そういう事しちゃったわけ?」

「いいや、してねぇが?」

「ホッ。良かった・・・」

「ぬあああああ! 主様ッ! 今キリマルとアマリに焼きもちを焼いたッ!!」

 普段紳士ぶっているビャクヤが地団駄を踏んで悔しがる。

「馬鹿! そんなんじゃないわよ! ふ、風紀が乱れるのが良くないの! ほら、私は風紀委員だから!」

「ノン! 主様はキリマルがッ! 好きなんでしょうッ!!」

「そんなんじゃないって言ってるでしょ!」

「でもッ! 前にキリマルはシュッとしてて、カッコイイって言っていたしッ!」

 リンネは風紀委員だったのかよ。ビッチの噂を流されたり、レイプされそうになったり、ビャクヤとエロイ事しといてよぉ。

「私も買い物に行きたい」

 唐突にアマリはそう言って俺の腕を引っ張って、部屋の外に出て行こうとする。

「だ、駄目よ! ダメダメ!」

 まぁそう言うわな。全裸で外を歩かれたら大騒ぎになるもんな。

「なんで?」

「公の場で裸になると、街の自警団が飛んでくるの。荒くれ者の多い自警団に捕まると、アマリちゃんはもしかしたら変な事されちゃうかもしれないよ!」

「でもビャクヤは捕まっていない」

 アマリはビャクヤを指さす。

「プヒャ! 確かにビャクヤはパンツ一枚だもんな! 逮捕されてしまえばいいのによ」

「吾輩を変態みたいに言わないでくれたまえッ! ちゃんとマントを着ている!」

「でも殆ど裸」

「ビャクヤ、【創造】の魔法でアマリに服を出してあげて・・・」

「えぇ~。吾輩まだ疲れているんぬッ!」

「出してあげて!」

「気安く言いますがねッ! 我が主様ッ! 【創造】の触媒が何かご存知なのですかッ!」

「知らないわよ」

「メイジたるもの、知識は大事ですぞッ! 【創造】の触媒は男性なら精液! 女性なら卵子なのです!」

「えっ!」

「無から有を作り出す【創造】をイメージするのに最適な触媒ッ! それが精液と卵子なのです! なのでッ! 吾輩がッ! 創造の魔法を唱えるとッ! 自慰行為した後のような虚無感に襲われるのですッ!」

「じゃあキリマルと出会った洞窟で、ゴブリンに捉えられていた女の人たちに服を作り出した時も、そんな事になっていたの?」

「勿論ッ! なのでなるべく無用な賢者タイムは避けたいッ! 大事な子種は主様の為に使いたいッ!」

「ビャクヤにはずっと賢者タイムでいてほしいんだけど・・・」

「しどいッ!」

「じゃあ、仕方ないわね・・・」

 リンネはタンスから取り敢えず自分の下着を出してアマリに着せようとした。

「ぬはっ! 主様の生パンツッ! 生ブラジャー! 純白の白!」

「見るな、馬鹿ビャクヤ」

 下着を見たビャクヤの様子がおかしい。直立不動でビクンビクンしている。

「ふぉっ! ふぉぉぉ! フォォォォーーーーー!」

 は? なんだ? イったのか? お前は早漏のリッドかよ。

「このままでは船が出港してしまうッ! 間に合えッ! 【創造】!」

 ビャクヤが魔法を唱えるとアマリの前に、ゴスロリメイドのような服が落ちてきた。

 ビャクヤはハァハァと息をして、リンネのベッドまで行くと横たわる。

「危なかったッ! 危うく発射してしまうところだったンゴッ! 咄嗟に創造の魔法を発動させて正解だったッ! ・・・おや? クンクン、近くから主様のにほいッ! ん? ああ、吾輩ったら、ウフフ。気付かぬうちに主様のベッドに寝転んでいましたッ! こいつはうっかりさんッ! はぁ・・・、それにしても素敵な匂いッ! いやッ! 匂いではないッ! 素晴らしい香りと言い換えようッ! 良い香りの中に・・・、ん? はて・・・? なぜか淫靡なる香りがッ! クンカクンカ!」

 ビャクヤは”淫靡なる香り“のする個所を探そうと、犬のように枕を嗅ぎまくっている。まぁリンネは一人の時に枕でオナってんだろうな。

「ビャァァクヤァァ!」

 またもやリンネは肩をいからせて腰に握りこぶしを作り、般若の顔でビャクヤを睨む。

「【電撃の手】!」

 リンネはビャクヤの首筋に触れた。

「ズギャアアアア!」

 【電撃の手】という雷魔法で感電するビャクヤを気にせず、アマリはゴスロリ服を着ると、俺の手を引っ張って部屋を出た。

 ビャクヤ、成仏しろよ。南無~。
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