殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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家政婦は見た!

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「悪魔キリマルが、少女を連れて学園敷地内から出てきました。司教様の専属家政婦であるサン・マウンテンフートはこれより尾行を開始します」

 なぜ私がこういう役目を担っているのかは判りません。

 でもただの家政婦である私は、お仕えする司教様から命令をされれば、そのように動くしかないのです。

「あら! 危ない!」

 私は司教様からお預かりした、大事な魔法水晶を落としそうになって慌てて持ち直す。悪魔にバレないように行動するのも大変なのに、逐一記録もしなければいけませんから大変です。

「こういう役目に相応しい者が他にいるでしょう? もう!」

 私は怒りを飲み込むと、ずれた眼鏡を顔の正しい位置に直して、悪魔の尾行を続けた。

 何となく茂みに潜んでみたら、後ろから声が聞こえてきました。

「よぉ! 姉ちゃん! おっきなお尻プリプリさせてなにしてんだい? はばかりならもっと人のいない所でするんだな! ほひひっ!」

 歯の抜けた冒険者が、茂みからはみ出た私のお尻を撫でまわしたので体中を悪寒が駆け巡りました。

「キャッ! 汚い手で触らないでくださいましっ!」

「汚いだと? コノヤロー・・・。いや、汚ぇわ。そういやダンジョンで、尻もちついた時にゾンビのゲロの上に手をついちゃったからな・・・」

「ちょっと! そんな手で・・・!」

「ハハハ! 何をしているかは知らねぇがよ、邪魔して悪かったな! あばよ!」

 冒険者・・・。嫌な人達ですわ。ゴロツキの集まりなのに、どこの領主様も、なぜあんな者達を囲おうとするのかしら?

「あら、いけない! 見失ったら大変!」

 私は急いで二人の後を追いかけました。街道を歩く他の人達に紛れてなるべく目立たないよう自然にして。

「あの二人は兄妹なのかしら? 同じ黒髪の長髪だし。きっとそうね。妹さんもお兄さんに手を繋いでもらって嬉しそうな顔しているわ。微笑ましい事ですわね、ウフフ」

 でもおかしい。召喚術ってそんなに都合よく、兄妹の悪魔を呼び寄せたりできるものだったかしら?

「悪魔の兄妹は、召喚術に長けたリンネ・ボーンに召喚されたって事? いえ、たしかリンネ・ボーンの使い魔ビャクヤに召喚された悪魔だったかしら? なんだかややこしいわね。司教様も殆ど情報を与えてくれないのですもの。わかりっこないわ。キリマルが神聖なる悪魔だとは聞いたけど、悪魔が神聖だなんておかしくなくて?」

 それを確かめる為の調査なのだと思う。きっと神聖な悪魔なんてのは出鱈目よ。私が化けの皮を剥がして司教様にしっかりと報告しなくちゃ。

「悪魔キリマルは眉毛が無いし、三白眼だしで怖い顔しているけど、妹さんは美少女ね。全然似てないわ」

 街の門をくぐった二人を、私は見失うまいとして早足で追いかけた。



「お前、買い物って何が欲しいんだ? 欲しい物なんてあんのか?」

 日々俺と行動を共にして学習をしているのか、感情が豊かになってきたアマリはニコニコしている。

「これなに? キリマル」

「そりゃリンゴだ」

「これは?」

「オレンジ」

「じゃあこの道に落ちているのは?」

「犬の糞だ」

「フンってうんこのこと? ウンコ! ウンコぉ! あはは!」

 なんでウンコにそんなに反応するんだよ。小さなガキか、お前は。

 それにしてもテンション高いな。素直クール系じゃなくなってんぞ。

 こいつの話によると、自分を研究所から持ち出したノームの科学者が楽園を夢見ながら力尽きたあの森で、何千年も地面に突き刺さっていたわけだから、見るもの全てが珍しいのだろうよ。上機嫌なのも致し方なしか。

「それにしても下手糞な尾行をしてる奴がいるな。なんだ、あの家政婦は。ふん、中々良いケツしてんな。蹴りてぇわ」

「浮気は許さない」

「浮気じゃねぇよ。ケツを蹴り上げて、ヒィヒィ言わせたいだけさ」

「駄目。私だけ見て」

「へいへい。なんで俺の相棒はこうも嫉妬深いかね。わかったわかった。あの家政婦は無視する」

「そうして。これはなに?」

 アマリが背中を押せそうな、指圧棒のような物をまじまじと見ている。

「それは・・・マッサージに使うもんじゃねぇのか? でも妙な文字が刻まれているな。微妙に赤く光っているし、魔力が籠ってるぞ。おい、主。これはなんだ?」

 店の奥から胡散臭い子泣き爺みたいなオッサンが出てくる。

「へぇ、それはちょっとした魔法の効果がある指圧棒でげす。こう使うんでげすよ」

 店主は俺が想像した通りの使い方をしている。背中のツボを湾曲した棒で押しているのだ。しかし、機能はそれだけじゃなかった。ツボを押す丸まった部分が、ヴィィィンと振動しているのだ。

「へぇ、マッサージ器みたいなもんか。そういやリンネはよく肩がこっていたな。点数稼ぎにお土産として買って帰るか。主、それを包んでくれ。幾らだ?」

「へぇ。マジックアイテムなので少々値が張りますがよろしいでげすか?」

「幾らだ?」

「銀貨一枚でげす」

「なんだ、思ったほど高くねぇな。魔法関連は何でも高いと思ったけどよ」

「この程度ですと、無名の付魔師にも作れますので。それでも指圧棒に銀貨一枚を出す人は、そうそうおりやせんでげす。毎度あり!」

 俺は銀貨一枚を渡して店主から指圧棒を受け取ると、自分の背中のツボを押しながら歩く。

「こりゃあいいや。振動で筋肉もほぐれる」

 時々すれ違う女どもが俺を見てクスクス笑っている。なんだ?

「なんで女どもは笑ってんだ?」

「キリマルが本当に気持ちよさそうな顔をしているからだと思う」

「どんな顔だ?」

「こんな顔」

 アマリは今にも昇天しそうな顔をして見せた。それはまるでハンターハンターのOVAのエンディングに出てくる変な顔で苦悩するクラピカみたいな顔だった。俺ぁハンターハンターだけは好きだったからよく覚えてるぜ。

「やめろ、バカが」

「うふふ」

 俺はそそくさとマッサージ器を腰のベルトに差すとコートで隠した。途端に、腕にアマリがしがみ付いてくる。ウゼェ・・・。

「それにキリマルは背が高いし、手足も蜘蛛みたいに長いからとても目立つ。女たちがキリマルと話す切っ掛けを欲しているのかもしれない」

「それはねぇだろ。俺の顔はお世辞にも男前とは言い難いからよ。如何にも人殺しの顔だ」

「男は顔だけじゃない」

 なら尚更ダメだろ。俺ぁ性格も歪んでるぜ?

「ねぇキリマル、これは?」

「もういい。お前のお守りは飽き飽きだ。何か知りたいなら本を読め。本屋に行くぞ」

「うん!」

 


「私は今のところ、仲の良い兄妹を見ているだけに過ぎません。あの二人が悪魔だと知らなければ、ただの人間の兄妹を観察しているのと同じです」

 司教様の言う通り、あのキリマルとかいう悪魔は本当に聖なる悪魔なのかもしれない、という気持ちが徐々に大きくなってきた。

(いいお兄ちゃんね。本屋に妹を連れてきて知識を広げるのですね)

 と思った矢先。

「あ! 本屋に妹を置いてキリマルがどこかに行こうとしています!」

 私は魔法水晶にそう録音しながら迷いました。

 あんな小さな彼女を本屋に置いていくなんて、酷い兄もいたものです。どちらを尾行するか。司教様の託した使命を遂行するならば、勿論キリマルを追うべきなのですが・・・。

 でも! 可憐な少女を一人きりにして、この場を離れるわけにはいきません!

「小さな街とはいえ、冒険者崩れの泥棒やならず者だっているのですよ! 全く!」

 私は暫く、店の前で本を夢中になって読む妹を見守っていました。

 しかし! やはりというべきか! 心配したとおり、ならず者が若い少女に欲望をぶつけようと現れたのです!

 ああ、神様! あの巨漢二人は! 少女にしては豊満な彼女の胸と尻を触っています! 助けに行かないと!

 でも、私、怖くて動けません! どうしましょう! こんな時に限って通りには誰もいない!
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