殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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リンネの交渉

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 ビャクヤの【吹雪】がケルベロス達をあっという間に凍らせてしまった事に、サムシンは驚いて腰を抜かした。

 ケルベロスに怯えるビャクヤを見れる、という慢心で片頬笑いをしていた顔が徐々に真顔になる。

「ケルベロスは中級冒険者が相手する魔物だぞ! 複数匹いると上級冒険者でも死ぬことがあるのに!」

 何をどうすればケルベロス数匹を一瞬で凍らせることができるのか。

「違う! 奴には悪魔の護衛が付いているではないか! 奴のお陰だ! 奴が引き付けていたから、下準備が功を奏したのだ!」

 下準備と言ったがそれはなにかと自問する。

 サムシンが知る限りでは、スキルやアイテムの中に魔法の威力を上げるものはない。魔法攻撃力自体を上げる要素は、純粋な魔力の高さに加えて感情の高まりのみ。相手へのダメージ量を増やそうと思うなら、連続魔やファストキャストなどのスキルを使って手数を増やすしかない。

 しかしビャクヤは連続魔も、ファストキャストも使ってはいない。

 並みのメイジが一撃でケルベロスを倒す手段はほぼなし。勝ちパターンとしては、戦士職が引き付けている間にケルベロスの弱点である氷魔法を複数回撃つことだ。

 悪魔がケルベロスを引き付けていたのは一瞬で、ビャクヤは少し踊るような動きでワンドを振ったかと思えば、いつの間にかケルベロスが凍って砕け散っていた。

「そうだ! 甘い菓子だ! ケルベロスは甘い菓子に弱い! 悪魔が菓子をばら撒いて動きを止めたのだ!」

 勿論そんな素振りはなかった。そう言って自分を誤魔化さねば、サムシンは天才魔法使いのプライドが保てないような気がしたのだ。

 もし自分が逆の立場だったらどうか。ケルベロスに勝てるかもしれないが、ビャクヤのように無傷で、というわけにはいかないだろう。

「自称大魔法使いの癖に!」

 サムシンは玄関前で透明化の魔法で消えており、戦いを傍観するつもりでいたが、焦りで心が乱れ、その効果時間は一分もない。

「そうだ! 逃げなくては・・・」

 全くこちらに気付いていない様子の悪魔が、こちらに気付きませんようにと祈りながら後ずさりする。

 すると悪魔の姿が視界の中で突然揺らいだ。

「消えた?」

「お前か? 誘拐犯は」

 いつの間にか悪魔は、透明化で見えないはずの自分の背後にいて刀を首に当てていた。

「ひぃぃ! 違います! 誘拐犯は用務員のマサヨシです! 僕は脅されてやっただけなんです! 全てはマサヨシの企てです!」

 途端に魔法は解け、サムシンは姿を現した。

 ビャクヤが仮面に疑いの表情を浮かべている。氷の槍を撃った本人が何を言うのかと。用務員のマサヨシが何のために大魔法使いの息子にそんな事を頼むのか。

「本当かね? まぁいいさッ! 真相が解るまで大人しくしているのだねッ! 【沈黙】!」

 サムシンの周りの音が消える。

「なんだ? こいつの周りだけ音がしねぇな」

「【沈黙】の魔法で、サムシンの周囲の音を消して魔法を封じたのだよッ!」

「つまり詠唱できねぇって事か。でも詠唱しなくてもイメージさえできていれば、魔法は発動するんじゃなかったか?」

「声が出せないってだけでも動揺を誘うッ!【沈黙】という魔法を受けたという認識自体がッ! 効果を発揮する要因となっているのだッ!」

「よくわかんねぇな。それにしてもこの魔法は逆に、誰かに気付かれずに忍び寄るのに都合が良い魔法だな。音が消えるからな」

「この魔法を応用したのが【音消し】だよッ! ・・・おっと! 吾輩は間抜けな事をしてしまった。これではサムシンから主様の居場所を聞けない。【解除(ディスペル)】!」

 キリマルは殺したくてウズウズしているのか、一旦離していた刀をまた怯えるサムシンの首筋に当てて声を荒げる。

「おい! リンネはどこだ! さっさと言わねぇと殺すぞ」

「ひぃ! 地下室です! 地下室の仕置き部屋にいます!」

「よし、行くぞ」




「ねぇマサヨシさん!」

 リンネが呼びかけると、椅子に座ってうつらうつらとしていたマサヨシの細い目が少し開いた。

「んあ? なんでつか?」

 涎を手の甲で拭いてマサヨシは据わったまま伸びをした。

「サムシンは金貨袋を置き忘れているみたいだけど?」

「ん? ああ、そうみたいでつね。それがなにか?」

(それがなにかって・・・。金貨が欲しいんじゃなかったの?)

「貴方は金貨袋を欲しがっていなかった? 今がチャンスだから教えてあげたのだけど」

「ん~。金貨袋は欲しいんだけど、その袋の中にある魔法の金貨が欲しいんでござるよ」

「魔法の金貨?」

「うむ。コイントスすると、必ず自分が賭けた方の面が出る金貨」

(なるほど、それで賭けをして儲けるってわけね)

「じゃあ【知識の欲】で今のうちに鑑定すれば?」

「拙者、【空気の塊】以外の魔法を知らんのでござる。オフッオフッ!」

「だったら私が鑑定してあげるわよ!」

「なんでそこまでして、拙者の事を気にするのでつか?」

 リンネは、探るようにこちらを見るマサヨシの目を真っ直ぐ見ながら、適当な事を言って騙すか、正直に味方になれと言うか迷った。

(どんな時も自分の気持ちに素直になれって、お父さんは言ってたよね。今は正直に話したほうが良いと思ったからそうする!)

「マサヨシさんなら私たちを助けてくれると思ったから、交渉しているの。助けてくれたら魔法の金貨を【魔法探知】で見つけるから」

「そんな事言って、リンネちゃんは拙者を裏切るんでそ。知ってるよ、女子は可愛いけどいつも男子を裏切るんだ。いや、待てよ? 拙者は女子と話す機会がなかったから、裏切られた事なんて一度もなかったお。オフッオフッ!」

「じゃあ、助けてくれる?」

 しかし、マサヨシの目が鋭く光った。

「なんで? 魔法の金貨はいずれ拙者が手に入れる正当な報酬。明日で契約が切れるから、待っていれば拙者は報酬を必ず手にする事になる。ここで君たちを助けて、それをふいにする意味が解らないでつよ」

 確かにそうだ。自分たちを助ける義理がマサヨシにはない。この中年男性は見た目ほど頭は悪くない。

 リンネが次の交渉材料を探して考えていると、マサヨシは顔の横で人差し指を上に向けた。

「ですがぁ、拙者に変な事をさせたサムシンは許せませんなぁ。まだ鼻の頭辺りから生臭い匂いがして取れないんでつ」

 キャスが鋭く睨んだので、マサヨシは冷や汗をかきつつも「オフフ」と笑って誤魔化した。

「という事は・・・?」

「まぁいいでしょう。助けてあげましょうか。その代わり、お礼にほっぺにチューですぞ」

 それぐらい助かるならお安い御用だとリンネは思ったが、白いもち肌のマサヨシの頬には、じっとりと脂が浮いていた。

(頬をハンカチで拭いたら怒るかな・・・)

「わかった。チューするから。早く拘束を解いて」

「御意ィ!」

 マサヨシはリンネを疑う事なくあっさりと拘束具を外した。
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