殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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ノームの国籍

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「キュルル!」

「キュルルル!」

 リュウグの案内で島にあった古代の転送装置でノーム国に来たビャクヤは、彼らの早口に辟易としていた。

「何を言っているのか、わからないよ・・・」

 リンネも伸ばしていた髪をポニーテールにして、退屈さを紛らわしている。

「仕方がありませんぬッ! 【翻訳】!」

 早口なだけで共通語を喋っているノームだが、早口過ぎて何を言っているのかわからないビャクヤは、魔法を使って彼らの言葉をリンネにも理解できるようにした。

 とはいえ、凄まじい速さで情報が流れていく。

「新しい種類のお茶キュルル。成分はカフェインと・・・。キュルル!」

 現人神ヒジリが地球から持ち込んだ珈琲豆は元々この星にはない。この豆が世界に知れ渡るのは半年から一年後ぐらいなのだが、それを未来人であるビャクヤは先取りしたという形になる。

 これを国籍取得の為に使おうと思った時、ビャクヤに罪悪感があったが、いつの間にか自分たちにとって大事な存在になっていたキリマルを救うためなら神様も許してくれるだろうと思う事にした。

 暫くの間、理解できない専門用語をリュウグと役人が話した後、二人は満面の笑みでこちらを振り向いた。

「ようこそ! ノーム国へ! そしておめでとう! 君たちはノーム国の国籍を手に入れた!」

 どういう権限があるのかは知らないが、末端の役人が簡単に国籍取得の許可を出せるとはビャクヤには思えなかった。

「その・・・。あまりに簡単にノーム国の国籍を取得たので信じられないのですが・・・。てっきり偉い学者に囲まれて審問されるのかと思っていましたッ!」

「私もそう思った。レポートも書いてないんだけど?」

 リンネの疑問ももっともだ。普通、この手の審査は二ヶ月ぐらいはかかる。それがあっという間に通ったのだから不安に思っても仕方がない。

「ちゃんとお偉いさんとは連絡とってるで? 私らは樹族みたいに何でもかんでも仰々しくしたくないだけや。レポートが要らんのも、あんたらがこの価値ある新種のお豆さんの研究を、ノーム国に移譲してくれたからやで。国籍を取ってからも継続して、このお豆さんを研究するんやったらレポートが必要やけどな」

「そっか。めんどくさいレポートを書かなくてよかったわ」

「あんたらには解らへんやろうけど、これはノームにとってそれは宝を献上されたのも同じなんやで! 欲を言えば焙煎したものやなくて、ちゃんとした果実か木が欲しかったけど・・・。それからお役人さんが、このお豆さん汁を飲ませてくれるなら、樹族国行きの飛空艇のチケットとパスポートも用意してくれるって。いわゆる賄賂の見返りや!」

 リュウグが白々しい悪人顔でニヤリと笑っているので、ビャクヤにはそれが冗談だと分かった。ノームは優しい者が多い。ここまでしてくれるのも彼らの国民性なのだろう。

「賄賂・・・。まぁ珈琲を出すくらいならいいでしょう。でも後々吾輩が渡す焙煎した豆が気に入らないとか言って難癖つけたりしませんか? フレッシュな豆が良かったとか言ってッ!」

「問題ないで。豆を復元するという研究で、まずどっかのノームが喜ぶやろ? で、栽培して生態を研究する時にも別のノームが喜ぶ。出来上がった豆の成分を詳しく調べる事で、また喜ぶノームがでてくる。最低でも三人のノームが幸せの絶頂に包まれるんや。これは凄い事やで!」

「一人で全部研究するのではないのですね・・・」

「独り占めは最低のノームがやる事やからね。因みに私は機工士で専門は鉄傀儡と爆弾やから、コーヒーお豆さんの研究は羨ましくないで」

「そうなのですか。では早速珈琲でも淹れましょうか」

 ビャクヤがそう言って無限鞄からハンドミルを取り出し、豆を零さずに入れて、立ったまま珈琲豆を挽き始めた。既にこの時点で辺りに香ばしい匂いが漂う。

 ビャクヤがハンドミルで豆をすり潰す様をぼんやりと見ていたリンネが、何かを思い出す。

「あれ? 珈琲豆はいつ手に入れたの? もう残り少ないって嘆いてたよね?」

「ゴデの街に行った時に、キリマルがくれたライタァとかいう道具を売ったお金で買ったんです。野宿の時に二人で飲もうと思いましてねッ!」

「そうなんだ? どれくらい買ったの?」

「一キロですかね」

「そんなに?」

「ええ、オーガ酒場で売っていました。鉄貨三枚でライタァは売れたのですが、その半分が消し飛ぶほど珈琲は高価でした。あの時点ではまだコーヒー栽培はしていないので、これはヒジリ様が直接店に置いたんじゃないですかね。つまりこれは神の珈琲と言えますッ!」

 ビャクヤはフンスと鼻息を漏らして、仮面に自慢げな表情を作った。

「そうなんだ? きっと凄く美味しいと思うよ! ビャクヤはもう飲んだの?」

「実は勿体なくて、これが初めてなのデスッ!」

「わぁ~。なんや知らんけど、貴重なもんなんやな? 飲めるなんて嬉しいわ~」

 リュウグも飲む気満々でリンネを見上げている。あまりにも可愛い笑顔なのでリンネはまた抱き上げそうになったが、ぐっと堪えて周囲にテーブルがないか探した。

「あそこに座って飲みましょうよ」

 役所の休憩スペースのような場所をリンネは指した。

「キュル!」

「そうしよう、やって」

 あまり翻訳の魔法が得意でなかったのか、ビャクヤの魔法の効果はもう切れていた。

 役人ノームの言葉はいつも通りの早口に戻っており、代わりに気を利かせたリュウグが翻訳をしてくれた。

 椅子に座ると、ビャクヤがカップの上にフィルター付きのドリッパーを乗せて挽いた豆を入れて、お湯をゆっくりと注ぐ。

 粉が泡をブクブクと作って、このコーヒーが焙煎してから時間が経っていない―――、つまり新鮮であると示した。

 ビャクヤがコーヒー豆を買って直ぐに無限鞄に放り込んだお蔭である。無限鞄内は時間がほぼ停止するからだ。

「うわぁ~! ええ匂い! 嗅いだことない匂いやわ!」

 水着のまま役所に来たリュウグは、お尻を突き出して椅子の上に立ってドリッパーとカップを見ている。どう見ても十歳くらいにしか見えないが、これでも十五歳なのかとビャクヤは苦笑いした。

「キュル!」

「キュルルル!」

 地走り族並みに、好奇心旺盛な野次馬ノーム達が珈琲が出来上がるまでをじっと見ている。

 ビャクヤが皿に使い終わった珈琲粉を捨てると、誰かが手が伸ばしてそれを触ろうとしたので、役人が激怒した。

「キュルルルルル! キュル!」

「どうしたの?」

 リンネが不安そうな顔でリュウグに翻訳を頼む。

「あの珈琲粉は役所で回収するから触るなって怒ってるんやで」

「うふふ、そうなんだ? ビャクヤはあれを乾かして植木の肥料にしてるのに、ノームにとってはまるで黄金の粉のようね」

「そやで、あれは黄金の粉や。研究が終わったら、これの販売権を巡って大荒れやで!」

「ちゃんと権利関係の筋を通してくださいよッ! この豆はヒジリ様が持ってきたものですからッ!」

 そう言ってビャクヤは役人にコーヒーを差し出した。

 役人は白い髭を手で押さえながら、カップを持って一口飲んだ。

「キュル!」

「苦いィ! やって」

 顔をしかめる老人のように見える彼はまだ二十歳だ。胸の職員証に書いてある。

「じゃあ、砂糖とミルクを入れてみて下さいッ!」

 役人ノームは、ビャクヤが既に小皿に用意してあった角砂糖を入れ、小さくて縦長な土瓶に入ったミルクをコーヒーに少し注いでスプーンでかき混ぜて飲んだ。

「きゅきゅーい!」

「ンマーイ! 香ばしくて甘くて、ちょっとの苦みと酸味。そして気分がハイになる! やって」

「そんなすぐにカフェインの効果が出るとは思えませんがッ! 気に入ってくれてなによりです!」

「私も早く飲みたい~!」

 リュウグが隣に座るビャクヤに小さな胸を押し付けて催促した。

「クッ! なんと卑怯な可愛さ! いいでしょうッ! すぐに作って差し上げますッ!」

「ビャクヤ?」

 リュウグにすら嫉妬するリンネにビャクヤは幸せを感じつつ、人数分の珈琲を作り、野次馬の羨ましそうな視線の中で珈琲を飲んだ。

「はぁ・・・。流石は神の珈琲。香りを孕んだ風が囁くようだッ! 美味い! 美味すぎる! とッ! それにしてもこうもトントン拍子に国籍とパスポートと飛空艇のチケットが手に入るなんて・・・。人生、こんなに上手くいっていいのでしょうかッ! 吾輩、なんだか怖いッ!」

 不安がるビャクヤの隣でリンネは珈琲を飲み終わると、顔からカップを下げて言った。

「いいーんですっ!」




「よくねぇな」

 キリマルは迷宮の地下四階で、パーティメンバーに戦況を訊かれてそう答えた。

 迷宮の闇に魅入られた侍を相手に、キリマルは押されていたからだ。

 敵の刀の一閃を身を低くして掻い潜り、鍔迫り合いを挑むキリマルは技でも力でも負けており、明らかに侍としては格下だった。

「流石は侍大将だな! だがよ! 俺は侍として格下かもしれねぇが、忍者の素質もあるし、お前さんに見せてねぇ能力はあるぜぇ。まだまだ手の内はナンボでもあるってわけよ。クハハ!」

 そう言ってキリマルは覚えたてのスキルを見せた。

「影潜み!」

 影潜みはクドウなどの忍者が見せた隠遁術の一つである。その名の通り影や陰に潜んで不意打ちをする為のものだ。

 誰が迷宮の壁に掛けているのかはわからない松明が作り出す影にキリマルが消えて、力のやり場を失くした侍はよろめいて周囲を見渡した。鍔迫り合いをしていた人修羅はどこにもいない。

 急に静かになった迷宮で侍の眉庇まびさしの下で赤く光る目が殺意を宿して、レッドのパーティを見つめる。

「うわぁ! 侍のターゲットがこっちに移ったぞ! キリマルの奴、まさか俺たちをほっといて逃げたんじゃねぇだろうな?」

 侍大将と戦うには、お前らは実力不足だからとキリマルに言われて、戦わずに済んだと喜んでいたが、今は中断の構えでにじり寄って来る正気を失った侍に怯えて後ずさりするしかなかった。

「俺たちは騙されたんだ! レッド!」

 ブラックがレッドとイエローの後ろで喚く。

「悪魔なんて信用するんじゃなかった。あいつは俺たちを置き去りにしたんだぜ! くそ!」

 ブラックの言葉に皆の心が揺れる。

 キリマルは友好的な悪魔に見えたが所詮は悪魔だ。人を騙したり殺したりするのが悪魔の仕事。そんな悪魔をすぐに仲間のように思ってしまった自分たちを悔やんだ。

「女ァ・・・」

 異世界から来たであろうレッサーオーガの侍が初めて口を開いた。モモをじっと見ている。

「女以外は・・要らぬ。我には後継ぎが必要・・・」

「ふえぇ?」

 モモは貞操の危機を感じてブラックの後ろに隠れる。

「アオも女なのにな・・・。なんでモモばかり見てんだ? あの侍!」

 レッドがこれから迎える死を前にして、どうでもいい事を口にした。

「私は貧乳ですから男に見られているのでしょうね、フン!」

 これが人生最後の言葉かと思うとアオは悔しくも、滑稽に思えて口角が少し上がった。

「ええい! お前ら! 戦う前から怯んでどうする! 勝てるもんも勝てんぞ!」

 イエローがそう吠えて、グレートハンマーを盾のようにして侍に突進した。
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