殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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侍大将

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 この世界において能力値とは絶対なのだ。

 なぜそうなのだろうかと、戦いの最中でそんな事を考える余裕がないはずなのに、イエローはそう考える。

 侍大将の空を切り裂く刀の斬撃を、グレートハンマーの頭を盾にして防いだ。そして死への恐怖を遠ざける思考にまた耽った。

(能力値とは人々の強くなりたいという願望に反応したマナが、強制的にそうさせているのではないかと、何かの本に書いてあった気がするぜ)

 人の願いや想いを具現化するマナは、人々を強くするのではなく、能力値の絶対化という方向でその願望を満たした。

 腕力のあるものは腕力のないものに力で負ける事は絶対にない、といった感じに。つまり気合や根性のような不確かな要素による逆転の可能性はないのだ。

 今、イエローは侍大将との鍔迫り合いで押している。正確には大きなハンマーの頭の部分で刀を押していると言った方が良いか。これによって、自分の方がこの狂人よりも腕力がある事をイエローは知る。

 だが素早さや器用さではこの侍大将に劣るのは確実だろう。人修羅キリマルの人外の素早さに、この狂人は負けていなかったからだ。

 幸いな事に敵は一人。仲間同士で能力を補いあって戦えば勝てるかもしれない。

「お前らもボーっとしてないで、俺が足止めしている間に攻撃しろ!」

 イエローが先陣を切る事で、侍大将という狂人相手に気圧されていたパーティに気力が戻る。

「イエローが力で勝っているぞ! 人修羅なんかいなくても、俺たちでなんとかできるかもしれぇ!」

 このパーティで唯一の貴族であるドン・レッドは、平民のイエローに活路を示された事を恥じて前線に躍り出た。

「流石は元貴族だな、イエロー!」

「貴族だったのは俺が幼子だった頃の話だ。殆ど関係ないな。グハハ!」

 鍔迫り合いをしている侍のがら空きの脇を狙って、レッドは剣を突き刺そうとした。

 が、狂人レッサーオーガだと思っていた侍の左横腹から腕が瞬時に生えて、腰に差してあった十手の柄を握るとレッドのロングソードを鉤で挟んで折ってしまった。

「なに! こいつ、魔物だったのか!」

 短くなったロングソードを捨て、サブウェポンのショートソードを握るレッドの額に汗が流れ落ちる。

(悪魔キリマルの速さについてこれたって事は・・・。こいつも悪魔の類? だとしたら最悪だ。実力値2の俺たちがどうやっても悪魔に勝てる見込みなんてねぇ! 悪魔ってのは相当手練れの冒険者か勇者ぐらいしか勝てねぇ存だろ?!)

「くそったれ・・・。なんで地下四階にこんなに強いのがいるんだ?」

 ブラックがやけくそになって侍の背後から斬りつけたが、焦っているせいか胴鎧の守りの厚い部分にサーベルを当ててしまった。勿論攻撃は貫通せず、敵にダメージを与える事はできない。

「何やってんだ! ブラック! お前のサーベルが一番鎧の隙間を狙い易いんだ! しっかり狙え!」

「うるせぇ! イエローのハンマーで叩き潰せよ! こんな貧弱な鎧!」

「貧弱? 東側の連中に笑われるぞ。侍の鎧はそこまで貧弱じゃねぇ」

 遥か昔に異世界から伝わった、この素材のバリエーションが豊かな風変りな鎧は、斬撃や矢の攻撃を容易に防ぐ。

 ましてや異世界からやってきた、本家本元かもしれない侍の鎧が貧弱なわけがない。

「あの武者鎧はフルプレートほどの防御力がなくても、機動力や俊敏性は上だ。まともにヒットさせてくれると思うか?」

「だったら俺のサーベルが、鎧の隙間を貫くのも難しいはずだわな?」

 イエローはブラックの返しに言葉を詰まらせる。

「ぐぅむ・・・。いいから、俺が侍を武器で押さえているうちに何とかしろ!」

「誤魔化しやがった! 言われるまでもなく、さっきから攻撃しているがよ! この両脇腹の腕が中々攻撃を通してくれねぇ!」

 いつの間にかもう一本生えており、十手と脇差でレッドとブラックの攻撃を尽く逸らしている。

「雷打ち!」

 突然、侍がイエローの力押しのハンマーを逸らして逃れると、風のような速さで四本の腕を動かし、雷を纏った峰打ちが前衛三人を打ち据えていく。

「ぎゃ!」

「いぎぃ!」

「ぐはっ!」

 三者の悲鳴と床に倒れる音が辺りに響いた。

「誇り高き戦いの末に迎える死は誉れ。貴様らはそれに値せず」

 全身麻痺で動けなくなり、尚且つ鎖骨を骨折した三人の上に、侍の声は落ちる。

「俺らには死ぬ権利すらねぇのかよ・・・。屈辱だ」

 全身の痺れに苦悶しながらレッドは、逃げ去った悪魔の事を考える。

「くそぅ・・・。キリマルさえいてくれれば、皆で撃破できたかもしれねぇのに」

 悔し涙を零すレッドの視界の中で、ウッドペックが侍の袈裟斬りを受けて跪く。地走り族の素早さでなんとか致命傷を回避したものの、傷の痛みで動けなくなっている。いずれ出血死で死ぬだろう。

「ふえぇぇ」

「我が世継ぎを孕め」

 後ずさりするモモをゆっくりと追い詰める侍の背中に、【火球】がヒットした。

「モモは逃げて! 貴方さえ生きていれば・・・! きゃあ!」

 侍の投げた脇差がアオの腹に深く刺さった。

「痛いよ・・・。ハァハァ・・・。痛い・・・」

 アオの呼吸が荒くなり、体中の血の巡りが悪くなる。ショック死起こす手前の症状だ。

「いやだぁ! アオ、死んじゃ嫌だぁ!」

 震えながらモモは跪いて祈る。

「偉大なる地母神よ!・・・我が友人に癒しを!」

 刀の刺さったままのアオに癒しの祈りを施すも、実力値の低いモモの祈りでは致命傷を治す事はできない。

 うつ伏せに倒れたアオを呆然として見るモモの顔の前に、侍の怒張したイチモツが突き出される。

「ねぶれ、女」

「ふえぇぇ!」

 驚いて後ずさりし、立って逃げようとしたモモの足元から声がする。

「なんだもう全滅か。もう少し侍の手の内を見たかったが・・・」

 侍のイチモツ目掛けて、影の中から魔刀アマリが突き出てくる。

「嫌だ。キリマル以外のおチンチンに触れたくない」

 アマリがごねたが、キリマルは容赦なく侍のそれを刈り取ろうとした。

 ―――が。

「ふえぇぇぇ!!」

 ―――ジョバァァァ! ズドドドド!

 モモの水門が決壊した。

 キリマルの頭を打ち付けるようにして彼女の小水が流れてくる。

「おわっぷ! てめぇ!」

 あと少しで侍のイチモツを斬って致命傷を与えられたはずだったが、モモの小便が邪魔したのでキリマルは慌てて影に潜る。
 
「くっせぇ・・・」

 影の中のよく解らない空間で、キリマルは自分の長いポニーテールを嗅いだ。

 その姿を見てアマリがカタカタと笑うように震える。

「侍のおチンチンを斬らせようとしたから、罰が下った」

「やかましい! どこを狙おうが俺の勝手だ。それにしてもよぉ・・・。あの糞僧侶のせいで、侍は影に警戒するようになったろうな・・・」

 不意打ちを失敗すれば当然敵の警戒も強くなる。案の定、侍は地面の陰や影に向かって視線を落としていた。

「試しに影からもう一度攻撃してみるか」

 再度モモの影から不意打ちが来るとは思わないだろう、という考えでキリマルが影から頭を出すと・・・。

 ―――ヒュン!

 モモの足元に向かって侍の突きが繰り出された。キリマルはすぐさま影に潜る。

「モグラ叩きかよ・・・」

 キリマルは影の中で地上を見上げてぼやいた。

(侍はこちらの息の根を止めるまで警戒を解かないだろうよ。そうしないとモモとゆっくりまぐわれないだろうからな。こりゃ参ったな・・・)

 キリマルは何となく不意打ちの出来そうな影を探して、迷宮の床を見上げる。

(光源は壁の高い位置にある松明のみ・・・。床と反対側の壁にしか影を落とさねぇな・・・。せめて天井に影があれば・・・)

「ふえぇぇ! 生き返ってよ! アオ! 生き返って!」

 侍が周囲を警戒している間に、モモはアオの近くまで来ていた。

 アオを仰向けにしてから神に何度も祈って蘇生を試みるが、まだまだ駆け出しの冒険者にその術はない。

「ふえぇぇ! アオぉ! アオ!」

 冷たくなったアオの体に突っ伏してモモが泣いていると、突き刺さっていた脇差が急にせり上がって地面に落ちた。代わりに別の刀の切っ先がアオの傷口から出てくる。

「ふえぇ?」

「聞け、モモ」

 キリマルのしわがれ声がモモの頭に響いた。

「キリマル・・・?」

「アオは五分後に生き返る。そして生き返った彼女にこう伝えろ。光源となる魔法を床に置けと」

「ふぇ? アオは生き返るの? やったぁ! ありがとう、キリマル!」

「俺はその間に侍の注意を引くからよ、ちゃんと伝えるんだぞ。それから・・・。よくも俺様の頭に小便をぶっかけてくれたな! お前も今夜説教してやるから部屋まで来い」

 説教とは夜伽の隠語だろうと、頭の鈍いモモでも理解できた。しかしキリマルのお陰で友人のアオが生き返るのならば、夜伽などお安い御用だ。

「わかったぁ。頑張ってね、キリマル」

「チッ!」

 アオの時ほど困惑していないモモを見て、キリマルは舌打ちをする。

(悩ませて悩ませて、苦悩の末に覚悟を決めさせてから、部屋の前で放置してやろうと思ったのによ、こいつも俺を受け入れやがった。アオといいこいつといい、腹が立つぜ。もっと深刻そうな顔をしろや、糞が)

 キリマルは麻痺と骨折で苦しむ前衛三人と、出血死寸前のウッドペックを影の中から突き殺す。

「はぁぁぁ。人を殺すのは気持ちいいなぇ。生き返ったら少しは役に立てよ? 糞ども」

 影に潜む人修羅に突かれて死んでいった冒険者たちを見て、侍は更に周囲の影を警戒した。あの悪魔は冒険者の仲間ではなかったのか? なぜ冒険者を殺した? と侍は首をひねる。

「ひひひ、俺はここだ」

 侍は自分の影から現れたキリマルの額に刀を突き刺す。

「ぎゃああ!」

 悲鳴を上げて死にそうな顔をするキリマルだったが、途中で「クハハ!」と笑ったので侍はそれが分身だと知り、今一度周囲を警戒する。

「こっちだ! ここだぁ! ひゃはは!」

 あらゆる影や陰からキリマルは出たり入ったりして侍を翻弄した。

 それから五分、侍とキリマルのもぐら叩きゲームは続いたが、いつの間にか侍の足元を照らす【灯り】の魔法が、武者鎧の影を壁と天井に長く映しだしていた。
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