殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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エストの夢

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 道中で出会う獣人たちからは敵意の視線を送られて、ビャクヤは樹族に変身するのではなかったと後悔した。

「やはりポルロンドの件で、獣人の樹族に対する印象は良くないですねぇ」

「そうね。それにノームの次ぐらいに、誰からも好かれる地走り族に、鋭い視線を投げかけているわ」

 リンネは獣人達がエストにも風当たりが強い事に驚いた。反面、世界的に人間族は珍しいのでリンネに対しては何の感情もないといった反応だった。

 今もエストはビャクヤからお小遣いを貰って(本人は小遣いのことを、聖騎士への寄付だと言い張っている)露店からリンゴを買ったが、獣人の店員は傷の多いリンゴを投げてよこした。

「貴様、プロとしての自覚はないのか? 金を貰う以上は、しっかりと自分の仕事をこなせ!」

 エストは十二歳らしからぬ叱咤をして、状態の良いリンゴを取るとその場を離れた。

「あまり東リンクスには長居できませんよッ! 姫様。急ぎましょう」

「うむ」

 リンゴをむしゃむしゃ食べる物調面の少女を見て、ヒソヒソと囁き合うグラス王国の騎士をビャクヤは警戒した。

(う~ん、グラス王国の小さな騎士たちは、どうやらエストを探しているように思えるッ! しかし当の本人はこれまで、物乞いのような恰好をしていたから、彼らの追跡から逃れていたッ。だがッ! 今はそうじゃないッ! 吾輩が彼女に綺麗なおべべを与えてしまった事でッ! エストに大貴族の子としての風格が戻ってしまったッ!)

 エストの父親がどれくらいの地位だったかを、ビャクヤは昔習った歴史の教科書の内容で思い出そうとしていた。

(確か・・・、侯爵くらいはあったかなッ? エストが正妻の子ではないのは知っているッ。それから弟がいたはずだッ! あぁ!駄目だ! どうでもいい情報しか思い出せないッ!)

 ビャクヤが悩んでクネクネしていると、グラス王国の騎士たちが少しずつ近づいてきた。リーダーらしき黒髪の地走り族が、こちらを指さす。

「おい、お前たち!」

「なんでしょうか? 閣下」

 声をかけられたビャクヤが、クネクネするのを止めてシュッとお辞儀をする。

「私が閣下だと? ふはは、中々お世辞が上手いじゃないか、樹族よ」

 魔法で樹族に変身しているビャクヤのお世辞に、リーダーは気分を良くした。

「ここいらで・・・その、グラス王国の貴族の少女を見なかったかね?」

 騎士はチラリとエストを見る。

「貴族の少女? はて・・・。閣下が今お目にしている彼女はッ! 私が拾った浮浪児ですが・・・。どこかのお嬢様でも迷子になられたのですか?」

「まぁそんなとこだ。お前の拾った少女の名は?」

「名前は知りません。恐らくは捨て子だと思われます。この子は可哀想な子でして・・・」

 リンゴを食べ終わったエストが、退屈そうにビャクヤの袖を引っ張る。

「おい、ビャクヤ! 退屈だ! またアレをしろ!」

「自分を拾ってくれた主に対して敬意がないな・・・」

 騎士の黒い目が細くなった。ビャクヤの話を疑っているのだ。エストの横柄な態度は間違いなく貴族のそれであると。

 疑う騎士にビャクヤは、無限鞄からハンカチを取り出して、白々しく目頭を押さえる。

「先程も言いましたようにッ! この子は可哀想な子でして、奇病持ち! しかも主に対しての口の利き方も知らない野生児なのですッ!」

「おい!早く、アレをしろ! ビャクヤ!」

 エストはぐいぐいと袖を引っ張るので、ビャクヤは溜息をついて嫌々といった態度でエストの背後に立った。

「わかりましたッ! ではいきますよ? そ~れ、それそれそれそれ!」

 突然、目の前で樹族が浮浪児の胸を擦り始めたので、騎士たちは驚く。

「な、何をしている?」

 エストの胸を、服の上からシュリシュリと音をさせながら擦るビャクヤは、悲しそうな目をして騎士たちを見た。

「この子は数時間おきにこうやって慰めてやらないとッ! 死んでしまう奇病なのですッ! なので騎士様達が探しているような貴族のお嬢様ではないかと思いますッ!」

 ごくりと喉を鳴らして、騎士たちは快楽で白目をむく少女を見てから、顔の前で手を振った。

「お、おかしな奴らめ! もういい、あっちへ行け! 恥ずかしい!」

「はい、それでは」

 ビャクヤはピクピクとするエストを抱えてその場から立ち去った。

「はぁ・・・。あのさ、ビャクヤ」

 二人の後ろを顔を押さえて歩くリンネの顔は赤い。

「さっきの・・・、人前でやらないでくれる? 凄く恥ずかしいんだけど?」

「でもピンチを切り抜けられまんしたッ!」

「そうだけど・・・」

 ビャクヤに抱かれて満足げな顔をし、ぐったりとするエストにリンネは嫉妬しているのだ。

  リンネがやきもきしながら歩いていると、次第にフサフの街を通り抜け街道へと出た。ビャクヤはエストを下すと、歩きながら何気に財布の中身を見ている。

「おわっ・・・。結構減ってますねぇ・・・」

「当たり前でしょ。ビャクヤはエストにお小遣いをちょくちょくあげてたし、エストは買い食いばっかりするしで」

「黙れ。貰った寄付金をどう使おうが私の勝手だ」

 リンネとエストは仲が悪い。憎しみ合っているわけではいないが、そりが合わないのだろう。そんな二人の間に割って入ってビャクヤは提案する。

「まぁまぁ。二人とも。森で狩りでもしながら肉と毛皮を手に入れましょう! 毛皮は良い値段で売れますよッ!」

「本当なら、フサフの街の冒険者ギルドで依頼を受けて稼げればよかったのだけど」

 その続きは何を言いたいのかビャクヤにはわかっていた。騎士に追われているエストさえいなければ、今頃はクエストを受けて路銀を稼げていただろう。

「毛皮だって馬鹿にできない稼ぎになりますよッ! 大型魔獣の毛皮なんて、高級ディナーコースが食べられる程の値段で売れますからッ!」

「でもさ・・・。ビャクヤって皇帝の孫でしょ? 狩りをやった事はあるかもしれないけど、獲物を捌いた事があるの?」

「な、ないんご・・・」

「エストは?」

「ない。そういうリンネはどうだ?」

「ないわよ」

「獲物を捕まえて肉屋さんに捌いてもらうとかッ!」

「手間賃をがっつり取られて儲けが大きく減るわよ?」

「ぐうむ・・・。それに動物の死骸を無限鞄に入れるのは嫌ですしッ! お寿司ッ!」

 三人の間に妙な間が空く。

 沈黙に耐え切れなくなったビャクヤが、シルクハットを取って軽くお辞儀した。

「キリマルがいればッ! ささっと獲物を捌いてくれたのでしょうけどもッ! 役に立たない提案をしてすみませんでしたッ! 取り敢えずッ! もう少し進んだら野宿の準備でもしましょうかッ!」

「そうね」

「どのみち、街道沿いの森にいる魔獣は魔犬とか鬼イノシシばかりだから毛皮の価値は低い」

 エストはそう言って退屈そうに草をショートソードで薙ぎ払って先を歩いた。



「ねぇ、ビャクヤ。エストってなんかおかしくない?」

 初秋の夜の森は意外と寒い。

 ビャクヤに借りたマントに包まって眠るエストの寝顔を見ながら、リンネは笹の葉を煮出したお茶を飲む。

「まぁ変なところはありますがッ! べらぼうに変人というわけでもありませんッ!」

 無限鞄から予備のマントを取り出してリンネに渡すと、自分もマントを手繰り寄せて寒さを凌いだ。

「でもね、エストはビャクヤの顔を見たのに魅了されてないよ? キリマルでさえ・・・。その・・・、ビャクヤの顔を見た時・・・。で、出ちゃいそうになったでしょ?」

「エストは魅了耐性があるのやもしれませんッ! 皆、何かしらの優れた耐性を持っていますのでッ!」

「でも快楽に弱いよね、あの子。ビャクヤみたいに」

「うぐぅ! 確かに吾輩もッ! そうかもしれませんがッ! リンネだってそうでしょう?」

「私もそうかもしれないけど、エストと違って時と場所は選ぶわ。ねぇ、エストって能力持ちなんでしょ? だったら、ビャクヤが未来で習った歴史の教科書にその事が書かれていたはずよね?」

「なんです? 唐突に」

「ううん、歴史上の人物が能力持ちだった場合、大抵その能力がなんだったかも書かれるでしょ? でもビャクヤはその事を知らなかったみたいだし、どうしてかなって思って・・・」

「吾輩が見落としただけかもしれませんぬッ!」

「そうかなぁ? 昔のニムゲイン王国いた大魔導士ライナは、全体化の能力持ちだったって名前の横に書かれてたよ?」

「全体化ですかッ。あれは便利ですよねぇ。単体攻撃魔法も全体攻撃魔法になり、自身にしかかけられない透明化の魔法も仲間全員にかけられるッ!」

「有名人で故人だと容赦なく能力を晒されるけど、西の大陸だと違うのかな?」

「いや、それはこちらでも同じですが・・・。確かにおかしいですねぇ」

 ビャクヤは「気が引けますが」と呟いた後に、眠るエストの額に手をかざした。【読心】の魔法で彼女の夢なり思考なりを覗いているのだ。

「【知識の欲】じゃ駄目なの?」

「既に試みましたが、エストに気付かれて、勝手に視るなとレジストされてしまいました。鑑定魔法は相手に一度レジストされると、次に視れるようになるまでにかなり時間がかかりますから。まぁ彼女自身の情報よりもッ! 彼女が何かに憑依や寄生をされてッ! 特別な能力を得たのではないかという疑念をッ! 思考を読み取る事で払しょくしたいのですッ!」

「まさか、こないだ言ってた存在Qの事を考えているんじゃないでしょうね?」

「吾輩は心配性なのでッ! 一応その可能性も考慮しておりますッ! 未来の歴史と過去の辻褄が合わない時はッ! 大概ッ! 神が関わっているのだとッ! 昔ヒジリ様が言っておられましたッ!」

「Qって神様なのかな?」

「この宇宙を消すことができる存在ですが、確かにウンモスも神とは呼んでなかったですねッ! ウンモスの先祖が作りし宇宙の消しゴムをッ! ウンモスはと呼んでいましたッ!」

「で、何か視えてきた?」

「ええ、視えてきましたともッ! ウッヒッヒッ!」

「いやらしい笑い声・・・」

 ビャクヤはエストが、なんとなくエロイ夢を見ているのではないかと期待していた。なぜなら寝息が荒いからだ。

「どれどれ・・・」

 しかし期待とは裏腹に霞の向こうでエストが、泣き叫びながら馬車を追いかけている。

「ママ! 待って! ママぁ!」

 ビャクヤは嫌な予感がしてきた。これはどう見ても今から悲しい物語が始まるからだ。

「はぁ、もう胸が苦しいッ!」

「どうしたの? ビャクヤ。何が視えるの?」

「まだこれからです。少々お待ちをッ!」

 ハンカチを握りしめて、ビャクヤはエストの見る夢の続きに集中した。
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