殺人鬼転生

藤岡 フジオ

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悲しき過去

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「ママァ! ママァ!」

 必死になって馬車を追いかける幼いエストを見て、ビャクヤはこれ以上見ていられなくなり、そっと手を離した。

「どうしたの?」

 リンネがビャクヤを心配そうに見つめる。

「馬車を追いかけて、母親を呼ぶエストの姿が見えるのです・・・」

「馬車に母親が乗っていて、エストは置いて行かれたって事?」

「そうでしょうね。エストは正妻の子ではありませんから。恐らくは彼女の母親は嫉妬した正妻によって追放されたのでしょう・・・」

「ほんとに? 全部見てないでしょ?」

「可哀想過ぎて先を見る事はッ! 吾輩にはできないッ!」

 ビャクヤが頭を抱えていると、目の光が消えたリンネの顔が近づいて来る。そして彼女は耳元で囁いた。

「駄目だよ。一度他人の記憶を覗き見るような事をしたのなら、最後まで責任を持って彼女の辛い人生を見てあげなきゃ」

「ひえっ! (流石は全吾輩の中で、善なる狂気と呼ばれるアトラス様の娘ッ! なんか怖いッ!)しかしっ!」

「駄目だよ?」

「おぎゅっ!」

 ビャクヤは汗の噴き出る震える手で、またエストの頭に手をかざした。

 夢の中の場面が変わっている事を期待して手をかざしたが、エストは母親の乗る馬車を追いかけて、夏の炎天下を必死になって走っている。

「ママァ!」

「くっ!」

 ビャクヤの目に涙が浮かぶ。

「やはり、吾輩にはッ!」

 かざしていた手をどけようとしたが、目に光がないリンネが引っ込めようとしたビャクヤの手を掴んで見つめてくる。

「見ますッ! 見ますってばぁ! その顔止めておくんなましッ!」

 夢の中のエストは白いノースリーブのワンピースを着ており、走るのに適していない革のサンダルが壊れてしまった。彼女はよろめいて地面にうつ伏せで倒れる。

「うわぁぁ! ママァ! 私、いい子にするから! お願い、ママァ!」

「おぶぇ! ぐっ!か、可哀想だ・・・。エストが可哀想だッ!」

 ビャクヤが嗚咽しながら涙を零して、リンネに許しを請うような視線を送ったが、リンネは真顔のまま承知してくれなかった。なのでビャクヤは仕方なくエストの夢を視るしかない。

 夢の中のエストは地面を叩きながら大泣きしている。

「ママァ! 私、良い子にするからぁ! 帰りにケーキ屋のシエルでチョコレートケーキ買ってきてよぉ!」

 ビャクヤの仮面の下から零れ落ちていた雫がピタリと止まった。

「ケーキを欲してたんかーーーい!」

 なぜかビャクヤの裏手で突っ込まれたリンネの胸がプルンと弾む。

「何を視たかは知らないけど、私につっこまないでよ・・・」

「すみませんぬッ! 母親と別れる悲しい物語が始まるのかと思ったら、ケーキのお土産を頼みそびれたエストがッ! 母親の乗る馬車を追いかけているだけの夢でしたッ!」

「それなのに、ビャクヤはボロボロ泣いていたよね?」

「おふっ! それは言いッこナシですよぉ! リンネ。・・・ところで、何でブラを外しているのです? ツッコミを入れた時にわかりましたよ?」

「もう寝ようかなって思って外したのよ。イタッ!」

 ビャクヤは優しい笑顔を仮面に浮かべて、リンネの胸をつねっている。

「いつもより、寝るのが早くないですか? 本当に寝るつもりで外したのですか? よくも、嫌がる吾輩に悲しい夢を視ろと強制しましたね?」

 ビャクヤの反撃が始まった。リンネも痛いのならビャクヤのつねる手から逃げればいいのに、じっとして痛みを甘受しているようにも見える。

「だ、だって・・・。ビャクヤったら恋人の私の前でエストの胸を擦ったりするから・・・。罰を与えなきゃって思ったの」

「ほぅ? 罰にしては酷いじゃないですか。吾輩は危うく心に、悲しみの十字架を背負って生きていくところでしたよ? この心の傷、癒してくれますね?」

「はい・・・」

 二人は寝ているエストが起きて、致しているところを見られるのを警戒し、木の陰に行き、キスをしようとしたその時。

「ああああ」

 声のする方を見ると、獣人のゾンビがヨタヨタと歩いて来て、エストに襲い掛かろうとしていた。

「エスト、起きて!」

 リンネは慌てて詠唱を開始し、ゾンビに【火球】を撃った。火球は見事命中したが、夜露で体が濡れているせいか、大して燃え上がらない。

 ゾンビは火に怯んでよろめいているが、直ぐにエストを襲おうとしていた。

 エストが異様な雰囲気を感じて目を開けると、顔の左にはゾンビの脚が、右からはビャクヤが走って来る音がする。

「エスト、早く!」

 ゾンビは他にもいて森の暗闇から腐敗臭を漂わせながらゾロゾロと現れた。そしてエストをかみ殺して仲間にする為に彼らは足を速める。

 が、エストは全く臆した様子はない。落ち着いた様子で胸の前で腕を組んだ。

「うるさいぞ! ゾンビごときで慌てるな! 浄化の祈り!」

 エストを中心にして春の陽光のような優しい光が広がり、ゾンビ達が一気に消えていく。

 あれだけゾンビの呻き声が煩かった森が静かになり、アンデッドの苦手なビャクヤはホッと胸を撫でおろす。

「ここは樹族国じゃないので、普通に地上にゾンビがいるのですねぇ・・・」

「え? 樹族国の地上には、ゾンビがいないの?」

「ええ、あの国は聖なる結界が張られていますから。それにしてもエスト! すごいじゃないですかッ!」

「当たり前だろう。私は聖騎士を目指しておるのだ。聖騎士の才能は、聖女様に視てもらうまでは他者にも自身にもはっきりとわからないのだが、私は聖騎士が適職だという自信がある!」

「どこからやってくる自信かは知らないが、エストにはッ! 凄味がッ! あるッ!」

「ヒジリ様を崇めると誓いを立てた瞬間に、癒しと浄化の祈りが使えるようになったのだ。これには教会の司祭様も驚いていた。さぁ役に立ったのだから、アレをやれ!」

「いいでしょうッ! それからッ! 一つお願いがあるのですが、いいですか?」

「なんだ?」

「地下図書館の扉向こうにいる。巨人のアンデッドを倒すのを手伝ってほしいのです」

「そんな事、お安い御用だ。修行にもなるしな。さぁやれ」

「でぇわ」

 白眼視するリンネの視線に耐えながら、ビャクヤはエストの背後に立って胸を服の上から擦る。

「そ~れそれそれそれそれ~!」

「ほ、ほーっ、ホアアーッ!!  ホアーッ!! んぎもぢぃぃぃ!」

「いいですか。他人にこういう事を気軽にお願いしてはいけませんからねッ!」

「わ、わがっだぁぁぁ! ビャクヤだけにしておぐぅぅぅ!!」

 エストは暫く悶絶してそのまま果てて寝てしまった。エストをマントに包んで寝かせると背後でリンネが呟く。

「エストばっかりずるい・・・」

 恋人がモジモジしながら拗ねているのがビャクヤには愛おしく思えた。

「でもリンネはッ! エスト以上の事を吾輩からしてもらえるでしょう?」

「うん・・・」

 期待するような目をするリンネを後ろから抱きかかえると、ビャクヤはリンネの勃起した乳首に手のひらを当てた。

「いきますよぉ! そ~れそれそれそれそれ!」

 服の上から乳首を擦られてリンネは悶絶しながら言う。

「私にはそれしなくていいからぁ! あっあっ! どんどん変な気分になっちゃうから! やめて!」

「エッチな気分になってくれてもいい―んですッ! 夜警も兼ねてのおセッセですからッ!」

 この後滅茶苦茶セックスしたが、実はエストに一部始終を見られていた。
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